熊日デリすぱについては、ときどき取り上げているが、
4月20日号のデリすぱ・ジャーナルの
「「無責任」シリーズでブーム 植木等さん死去」について。
筆者(妻)氏は、私に比べると10歳ほど若いようなので、
どうしても、クレージーキャッツと日本の高度経済成長、
あるいは自分に引きつけて、リバイバルとなったバブル経済期としか
関係性を見出しえないらしい。
しかし、クレージーキャッツは、グループ単独で成り立っていたのではなく、
渡辺プロダクションを始め、東宝、あるいは青島幸男などのスタッフが
戦争の影を引きずっていたことを忘れてはいけないと思う。
それは、暗いだけではないかもしれないが、
いきなり東京タワーが作られたわけではないということでもある。
もちろん、
「『デリすぱ・ジャーナル』は熊本日日新聞の記事を基に、
デリすぱ独自のエッセンスを加えたニュースな読み物ページです」から、
字数の関係で、お気軽にしかなれないのかもしれないが。
統一地方選の後半戦とかで、
私の住む合志市の市議会議員選挙も、明日は投票日。
改めて、選挙公報を眺める。
私の意見としては(選挙と関係ないが)、
1.熊本市との合併もいいんじゃない?であり、検討に値すると思っている。
2.東熊本市は、ひとまず反対。
3.議員定数は、ただ減らせばいいというものでもないと思う。
4.熊本電鉄と熊本市電の結節は、熊本電鉄原案のサイドリザベーション
(軌道を歩道側に寄せる)を何としても実現させたいものだ。
先見の明がない、自動車産業の回し者は要らない。
5.都市計画市街化区域の安易な見直しは、どうかと思う。
光の森の成功(と言っておこう)は、ハプニングである。
6.九州自動車道のスマートインターチェンジ導入は、早く進めるべきだと思う。
しかし、北熊本PA付近の土地の利権が絡みそうだな。
それにそれ以前の問題として、ETCに技術的不安がつきまとう。
久しぶりに、合志市について考えた。
この町にもまた 冬将軍がやってきた
ふたりにとって2度目の この冬を
この恋が無事に越せるものかな
抱きしめて 抱きしめて
だけど次第に離れてく ふたりの心の距離なんだ
地球がまるで 丸くないみたいに
この町にもまた 青い麦の葉そよぐ春
今頃どこでどうして いるのだろう
ああ君は 誰の胸で泣くのか
抱きしめて 抱きしめて
だけど次第に離れてく ふたりの心の距離なんだ
地球がまるで 丸くないみたいに
「冬将軍」より きょう、マイ・ホームタウンの
大津町に行ったついでに携帯でカシャ。
もう少し早い時期の方が、
より「青い麦」です。
というわけで、この歌詞は20歳のころ、書いた曲。
青い(英語で言うと、ビギナー)。
昔ジャニーズ事務所の看板だったフォーリーブスのヒット曲に
「どんなに逃げても僕は君を捕まえる
だって地球は丸いんだもん」という風な歌詞があったので、
その諧謔である。
因みに、大津町はホンダの工場で有名ですが、
麦は、サントリーとの契約農家が多いという話を昔聞いたことがある。
今はどうだか存じません。
うす曇だったけど、それにふさわしく
雲雀の声はかまびすしかった。
森永節子さんの「夕方フレンド」は、熊本シティFMの看板番組です。
と、自分で言ってたが、確かに一言では語れない、魔力がある。
さて、今日も携帯からメールを送った。
わりによく書けた文章だったので、少々補足して、エントリーとしよう。
冷たい雨でした。ヴァージニアでの乱射、長崎での市長射殺事件。
ニュースも肌寒ければ、気候も寒い。
雨の歌で、ノスタルジックに「雨にぬれても」をリクエストしようと思ったんですが、
こんな日には、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの「雨を見たかい」か、
「フール・ストップ・ザ・レイン」が似合っているかもしれません。
どちらもベトナム戦争当時のヒット曲であり、
いつ終わるとも知れない戦争の影が色濃く滲んでいます。
とはいえ、それはあとになってそういう評価を受けるようになったのかも。
ところで、中2の春休みに初めて一人で見に行った映画が『イージー・ライダー』で、
中3になってすぐの天皇誕生日に友だちと見に行ったのが
『明日に向って撃て』と『シシリアン』の2本立て。
電気館でした。
『イージーライダー』は、東宝プラザだったかも。同時上映が『ボブとキャロルとテッドとアリス』で、
主題歌はハル・デイヴィッドとバート・バカラックの作品「世界は愛を求めている」、
ジャッキー・デシャノンの歌でした。
あれから40年近く経って、変わったことと言えば、
「ラヴ」が極私的な意味合いしか持たなくなったことぐらいですかね。
久しぶりに片付け物をしていて、
新聞等に掲載された投稿文のスクラップブックを開いた。
なんと13年前、1994年(平成6年)。
熊日と熊本放送、NHKの3社合同企画で「コメ新時代 くまもと’94」という
連載があったとさ。
その番外編で、読者の意見が掲載されている。
私はそのころ、コンクリート2次製品工場に勤めていて、
顧客は公共工事を請け負う土木業者だった。
県北で農業土木業者に資材を納めている会社員男性(38)は
「土地改良事業を検証した記事を読んだ。
『業者だけは確実に太っている』との生産者のコメントは、
農村部に住む人ならだれでも実感していることだと思う」
「圃場整備と農用地開発公団の仕事、あれは全く金を使うために
仕事を作っているようなもので、実際に意味のあることなのか」。さらに
「(関連業界への)天下り前後のことしか頭にない人に
農業の未来が描けるわけがない」と業界内部から痛烈に批判する。
以上、記事の引用。会社員男性は、38歳の私です。
農用地開発公団は、のちに緑資源公団となって、
最近、官製談合で揺れている。もちろんそれは、天下りがらみである。
太っていた業者もいまや、構造改革で工事量が激減したので、多くはやせ細った。
順調に成長して、ついに新幹線工事まで受注するようになった業者もいるが、
それは、オーナーが県議で利権を誘導できたからだ。
その県議も今度の選挙ではついに引退したっけ。
1994年には、利権がらみの政治が浄化されることを望んでいた私。
2006年、松岡利勝代議士は農林水産大臣になった。
4月6日付熊本日日新聞では、
「こうのとりのゆりかご熊本市許可」の記事が大きく出ている。
おそらく全国的には「赤ちゃんポスト」という呼ばれ方をしているのだろうが、
(NHK熊本もそう呼ぶ)、熊日では、設置申請していた慈恵病院が
そう名づけているので、早くからそう表記していました。
全国の晴れ永遠訪問者の皆さん、よろしくご記憶ください。
さて、記事によると、
「慈恵病院は匿名の人から赤ちゃんが預けられた後、
熊本南署と熊本市役所、県中央児童相談所に連絡する。
同署は、熊本市と同相談所に通告し、親を捜す。
熊本市は赤ちゃんの戸籍をつくるが、
名付け親になるのは幸山政史市長の役目だ」
この、名付け親になるのが、市長だというくだりを読んだとき、
私は不覚にも目頭が熱くなった。
幸山の顔を思い出したというわけでもない。
ただ、どんな事情があったにせよ、この世に生を受けた子どもが、
少なくとも、名前をつけてもらうことで
祝福されるということだからだ。
この件で不快感を示した安倍首相は、
もうそんなことを覚えてもいないだろう。
村上龍が『コインロッカー・ベイビーズ』を書いてたことも
思い出した人は少なかったのではないだろうか。
おおづキネマ倶楽部では、来る4月29日(日)に
恒例の映画会を開催します。
山田洋次の世界も早6回目。
今年の作品は、『なつかしい風来坊』。
チラシは、こちらから→「pdf.pdf」をダウンロード
ところで4月29日は、今年から「昭和の日」になった。
「みどりの日」は、5月4日へ移籍。
「みどりの日」は、去年まで「国民の休日」だった。
その「国民の休日」を作ったのは、昨年亡くなった青島幸男だと
聞いたことがあったのだが、ウィキペディアでは触れられてない。
でも、他に興味深い記述があるので、参照されたい→こちら
先日亡くなった植木等さんの功績を称える記事が新聞に出てた。
「スーダラ節」などのヒット曲の多くは、青島幸男氏によるものだ。
昭和という時代を思い出すとき、
当時ふざけていると見なされていた奴等が、
歴史的評価を大真面目に受けるのも滑稽だが、
そのおふざけ度を許容する余裕が、大事なのだ。
『なつかしい風来坊』の主演は、クレージーキャッツのハナ肇さんです。
「風来坊」は、はっぴいえんどの曲のタイトルにもあったが、昭和の言葉だ。
「風来坊」から、「フーテン」へ山田洋次の軌跡。
ぜひ、見に来てください。
晴れ永遠に来てくれる全国のみなさんにおかれましては、
まあこういう酔狂な催しをやるグループが熊本にあることを
知っていただくだけでも、たいへんありがたいことです。
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