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音楽

2019年9月23日 (月)

イエローモンキースプーンフル

昨日、イエローモンキーのライブに妻と2人で行った。
グランメッセ熊本だったが、ライブ自体が久しぶり。
会場は大きなライブハウスといった感じで(後ろの席の
博多から来たような男性3人組弁)、最初は客層共々
馴染めなかった。もともとそんなに聴き込んでいるわけではなく、
知ってる曲も少ない。それでも熱烈な支持者ではある。
始まってしばらく、雰囲気になじめない。
みんな何度もライブに来てるんだろう、手のフリが違う。
聞いたことあるような、でもこれで2時間はちょっとつらい。
とか感じていたら、「JAM」をやってくれた。
ほっと一息。ああ、やっとここまで来たか。
今日、ネットでセットリストを見たら、ほとんど
最新アルバムからだった。当たり前のことだが。

20年ほど前、イエモンについて書いた記事→リンク 

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2019年4月30日 (火)

紀元貳阡年

「めでたいなーめでたいなー 赤飯焚いて祝おうよ」
ザ・フォーク・クルセダーズのアルバム『紀元貳阡年』に
収められている、「紀元貳阡年」という曲である。
私はあまり名曲であるという褒め方をしないが、これこそ、
本当に名曲の名に値する曲の一つであると思う。
「平成最後の」という形容は否が応でも使わざるを得ない本日、
それが大したことかといえば、明日からの「令和」という時代に
即した形で、昭和から平成もこんな感じだったかなと。
めでたい国民だなと思う気持ちと、
自分もその国民の1人に違いないと感じる思い。
ある元号で区切られた一定の期間を特別に意味づけることに
厳密な定義が発生することはないのだが、
いわゆる時代の雰囲気なるものは、どちらが先とは言えずとも、
「昭和」や「平成」のように語られ、そのなかでまた、
細分化され、メディアにおいてイメージが確定していくのだろう。

ザ・フォーク・クルセダーズ「紀元貳阡年」→リンク 



 

 

2019年1月14日 (月)

18祭(フェス)

午前中、NHK総合で「RADWIMPS18祭(フェス)」という番組を
見るともなしに見始めたら、ついつい引き込まれた。
RADWIMPSが、全国から公募した1,000人の18歳と
一緒に歌うという企画。
1,000人の18歳は将来の受信料負担者でもある。
とはいえ、自分の思いを動画で送るという企画が
そもそも実に面白い。番組で紹介されたものは、
特にインパクトがあるのかもしれないが、
18歳の不安や苦悩をストレートに吐露するものもある。
聴き込んだことはないが、どうもRADWIMPSの歌詞に見られる
若者の共感を呼ぶ感じが好きになれなくて、ふんっとか
つまりジイさんが妬んでいたということなのだが、
時代は確実に進んでいるというか、表現の幅が
広がっているということは認めないわけにはいかない。
最後のステージのシークエンスは実に感動的だった。
しかし、そこから始まるんだよ。
人生は続く。
RADWIMPSもそういう時を経て、いま歌っている。
それが強く感じられた。いい奴らだ。
新聞の番組表を見たら再放送だった。
成人の日にふさわしい番組だった。


2019年1月12日 (土)

レコードコンサート

泉ヶ丘公民館の図書室当番のあと、
レコードコンサートを聞きに、菊池中央図書館へ。



2018年12月25日 (火)

クリスマスソング

風呂掃除をするとき、クリスマスソングをかけようと、
GooglePlayMusicを検索した。もちろん、フィル・スペクター。
スペクターのクリスマスアルバムは、大瀧詠一さんが、
スペクターのアルバムの中でも最も素晴らしいと言っていたので、
学生のとき買ったのだが、そのときはピンと来なかった。
つまり大瀧さんのことは信頼していても、
スタンダードなクリスマスソングを次々に繰り出されても、
ちっとも新鮮味がないと当時は感じたのだ。

ところが、本日スマホで聞いたにも関わらず、
いやあ、スペクターサウンド、ウォール・オブ・サウンドの
楽しさを初めて知ったと言っても過言ではない。
これをやりたかったのか、ナイアガラ大瀧さん。
サウンドのウォールは、フォール(滝)に通じていた。

というわけで、クリスマスの1日が終わろうとしている。
本当は、『ダイ・ハード2』のDVDを借りに行こうかなと
思わないではなかったのだが、出不精の日であった。
で、旅先の長野市の中古盤屋で買ったハプニングス・フォーの
シングル・コレクションを今聞いている。
そういう人生を送ってきたのだな、と年の瀬らしいことを
思いながら。


2018年12月21日 (金)

ドライビング・ホーム・フォー・クリスマス2018


2008年の記事→リンク


2018年12月15日 (土)

QUEEN

映画『ボヘミアン・ラプソディ』をやっと見た。
うーーん。イントロダクションのツカミは良かったが、
言われているように、フレディ役の俳優が
あまりにデフォルメされていて、引いた。
それはともかく演出がそれほどでもないのに、
クイーンのヒストリー自体がドラマティックだということだ。
でも、あんな一発取り同然で名曲が生まれはしないだろう。
2時間半ですべては語れないから、しょうがない。
その中で、一言でまとめると、
ロックが好きでよかった、です。



2018年6月15日 (金)

ディランズ・スピーチ

ボブ・ディランがノーベル文学賞を取ったときの
受賞スピーチを今頃読んだ。
文学史の中での自分の立ち位置を謙虚に語っている。
私はほぼ同時代であるにも関わらず、
ほとんどディランの影響を受けていない。
つまり聞いていない。
しかしディランの影響を強烈に受けた人たちから
絶大な影響を受けている。つまり、間接的に
私は彼をリスペクトしている。
エゴの塊だと言われていた。ま、そういうものだろう。

ディランはこう結んだ。

これまで「自分の歌は『文学』なのだろうか」
と自問した時は一度もありませんでした。
そのような問い掛けを考えることに時間をかけ、
最終的に素晴らしい答えを出していただいた
スウェーデン・アカデミーに感謝します。
 (2016年12月13日付熊本日日新聞より)

2018年3月12日 (月)

マイラス

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昨日、泗水図書館で、馬頭琴奏者でありホーミー唱者の
マイラスさん(30、誕生日が来てたら、31)の演奏会。
というか「スーホの白い馬」の朗読も。
鼻炎の薬のせいか眠たくて、演奏は気持ちよくて、
まさにモンゴルの風でした。
ホーミーの生歌を聞いてみたかったから出かけたが、
2曲だけ。何でも喉にかなり負担がかかるらしい。
そりゃそうだろう。
内モンゴル自治区の出身と書いてあったので、ウィキを読むと、
歴史的政治的には一筋縄では行かない国というか地域だった。
マイラスさんが背負っているものはかなり深刻かもしれない。
本人はいたって感じのいい青年だったが。






2018年1月21日 (日)

ロキシー



高浜寛さんのInstagramがきっかけで、

ブライアン・フェリー経由で、
久しぶりにロキシー・ミュージックを思い出す。
検索したら、こういう動画があった。
やっぱりロキシーはアップテンポの曲のほうが好きだ。
高浜寛さんには「ヨーロッパ哀歌」のほうが似合ってると
思うのだけれども、気に入ってくれるだろうか。



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