散髪から始まる1日
散髪から始まり、町内のごみステーション掃除当番。その後早めの昼食を取り、皮膚科の予約へ。待つこと1時間強でやっと順番が。診断は加齢によるもので心配することはないとのこと。気になることは早めに解決したほうが良いという見本でした。
午後、高校美術部の同期、いや同志か、内田君の個展を偵察にギャラリーキムラへ。あと、長崎書店、汽水社をハシゴして、ひさびさの上通を去る。
散髪から始まり、町内のごみステーション掃除当番。その後早めの昼食を取り、皮膚科の予約へ。待つこと1時間強でやっと順番が。診断は加齢によるもので心配することはないとのこと。気になることは早めに解決したほうが良いという見本でした。
午後、高校美術部の同期、いや同志か、内田君の個展を偵察にギャラリーキムラへ。あと、長崎書店、汽水社をハシゴして、ひさびさの上通を去る。
菊陽町のさんさんで、岳鷹会の役員会。お昼前までかかったが、良い議論ができたと思う。
その後、黒石へ先月亡くなった冨美子叔母の七七忌に。と言っても、納骨も終わり、食事会への参加だけになってしまった。
ビートルズの「フール・オン・ザ・ヒル」の歌詞だけど、毎日頭の中でブログ書いてます。そういう気持ち。ひどい花粉症だと感じたことはないが、明らかにその症状が鼻と目に現れている。
今日はガソリンスタンドに給油に行き、ガソリンどうなるんでしょうねと話す。天気の話題みたいに口にすることではないのだが。
定例会開催中です。一般質問はとうに終わり、常任委員会が一応明日まで。
5日㈭母の妹である叔母古庄冨美子が90歳で亡くなった。東京の学生時代、お世話になった。主に金銭面で。昨日が葬儀告別式だった。再春荘病院から設立間もない北里大学病院に転職したのは37歳のとき。ヘッドハンティングだったらしいが、誰が声をかけたのだろう。叔母は、千人以上のナースをまとめる看護部長を長く務めていた。弔問に来られた現在の看護部長さんの話によると、現在の看護体制の基礎を固めた人だったらしい。
1月17日(土)
熊本駅のアミュプラザにあるザ・フォレストテラス熊本で、大津高校26回卒業生の同期会が開催された。クラス幹事として、微力ながら一応務めを果たした。無事に終わって良かった。
年賀状を出した。
新聞整理は、2023年5月分まで来た。5月3日、コロナ禍の菊池恵楓園の入所者自治会長のインタビューで、志村康さんの元気な笑顔の写真も掲載されている。2年前はこんなに元気だったんだなと思う、年の瀬。亡くなられた母上のこと、お墓を建てられたことなどを語っておられた。
保護司の仕事は難しくはないが、大変と言えば大変だ。月2回の面接は、特に多くはないけれども、犯罪から立ち直ろうとしている人にどう接するかは、メーカーだったり販売だったりする仕事とは明らかに違う。教育でもなく、競技でもない。成果があるとするなら、対象者が罪を償い、普通の社会生活を営むことができるようになってくれることだ。しかし、そこに保護司として、明確な責任があるとまでは言えない。制度のなかの一つの役割であり、他の何かに置き換えられるのかというと、それが可能かどうか誰にもわからない。
12月3日(水)
泗水公民館で、保護司の研修。刑法改正による「拘禁刑」の創設について。
懲役が、刑事施設に拘置して所定の作業を行わせることが目的であるのに対し、再犯防止を主眼に置くために、個々の受刑者の特性に応じて、改善更生・再犯防止のために必要な作業を行わせ、又は必要な指導を行うことが可能になった。
本人の特性を把握するためのアセスメント機能を強化、どうやったら犯罪を繰り返さないか、福祉的対応を含め、かなり時間をかけた処遇をすることを、なんと140年ぶりの刑法改正で決定したのだ。
戦後80年くまもと平和ミュージアム企画展 戦時下の市民の暮らしと文化〜記憶を未来へ 平和のバトン〜と、更生保護だよりの編集で、他のことは後回しという日々でした。
最近のコメント