詩集を出版する
詩集を出版することに妻の同意を得た。あとは、詩をどう選ぶかである。ファースト&ラストになりそうなので、半分はエッセイにするかと、早速逃げを考えている。そんな自分を発見する。
詩集を出版することに妻の同意を得た。あとは、詩をどう選ぶかである。ファースト&ラストになりそうなので、半分はエッセイにするかと、早速逃げを考えている。そんな自分を発見する。
思い出消費という言葉を思いついた。多分誰か使ってるだろうとは思いつつ検索したら、ありました。
ただ私のイメージとしては、いま盛り上がっている「推し活」のことである。若い人たちの推し活と違い、私たちの年代のそれは、自分たちが若いとき熱中したアーティストが、元気でツアーなんかやってくれるので、チケット代が高価であっても、なかなか取れなくても、やっぱり申し込んでしまう。そういうことを、わが身を振り返って考えたことによる。
つまり、昔自分たちが若かったときは、行きたくても忙しかったり、いま思えば安かったんだけど、やっぱりどうしようかと考えたこともあったり。もちろん手に入りにくいチケットもあったとは思う。当然、お互い若さがはち切れそうなときに体験したライヴは、今でも生きる力になっていたりもするだろう。
それらを新しい出合いで求めるよりも、ある種確実なリターンが約束される、昔のアイドルに求めることは理にかない、コスパも良い。だって、余生を考えれば、時間の使い方は大切だから。
それを名付けるとしたら、「思い出消費」はどうだろうと思ったのだ。高齢者(だけでもないけど)の推し活の一つの形を定義してみたい。
散髪から始まり、町内のごみステーション掃除当番。その後早めの昼食を取り、皮膚科の予約へ。待つこと1時間強でやっと順番が。診断は加齢によるもので心配することはないとのこと。気になることは早めに解決したほうが良いという見本でした。
午後、高校美術部の同期、いや同志か、内田君の個展を偵察にギャラリーキムラへ。あと、長崎書店、汽水社をハシゴして、ひさびさの上通を去る。
1月24日(土)
気づきうなずきフェスティバル。植木町真教寺住職であり保護司でもある真野秀慈さんによる講話と歌唱。真野君とつい呼んでしまうが、昔のバンド仲間である。
午後、大津町生涯学習センター文化ホールで、文化庁邦楽普及大使の清原晏(はる)さんらによる「くまもと箏のつどいin大津」を鑑賞。清原さんは大津高校の後輩なので、君付で呼んでしまう。コンプライアンス的にどうなのだろうか。彼は合志市出身で、何とすずかけ台保育園に通っていたとき習ったことで、箏に目覚めたのだそうだ。
昨日、くまもと戦争と平和のミュージアム設立準備会の理事会が開かれた。8月の県立美術館分館での企画展に向けての打ち合わせが主な議題。私もなかなか協力できていないが、何とか開催に向けて進んでいる。しかし予算も行き当たりばったりで、それでいいのかとは思う。ただ、今回初めての企画展であり、これを叩き台にして、次回以降はもう少しきちんとやるという考え方もないことはない。
参議院選挙の投票日が近づいてきて、不安と不穏が感情に入り交じっているのか、気持ちが落ち着かない。重い。
そんななか、益城町文化会館にミュージカル「鶴子の一生」を観劇に行った。リズムと声量に圧倒された。もちろん郷土のドラマとしての力強さもある。良かった。
5月24日(土)
熊本市現代美術館で開催中のやなせたかし展に行く。最近、やなせたかしについての文庫本を発表した梯久美子さんの講演が目的だったが、お話を伺ったあと、展示を見ると、より一層胸を打つものがあった。
熊本は6月末までで、その後全国を巡回するという。お近くに来たなら、ぜひご覧ください。
昨日、水前寺成趣園能楽殿で、国際日本文化研究センター教授の磯田道史さんの講座があった。磯田道史が肥後熊本で語る「私の見る細川文化の輝き」という演題である。細川幽斎の短歌から読み解く武家の心得みたいな感じ。
本日は、泗水公民館で、保護司の地域別定例研修会。初回面接について、ロールプレイあり。
11月17日(土)
熊本城の城彩苑で、九州各県のみならず全国から、詩人や詩に興味のある人たちが集まった。私は司会を務めた。
懇親会は、アークホテル熊本で。そこでは熊本代表として、詩を朗読した。代表と言っても、特に優れた詩を書いているということでもないのに、そういう役回りになった。
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