年の瀬
年賀状を出した。
新聞整理は、2023年5月分まで来た。5月3日、コロナ禍の菊池恵楓園の入所者自治会長のインタビューで、志村康さんの元気な笑顔の写真も掲載されている。2年前はこんなに元気だったんだなと思う、年の瀬。亡くなられた母上のこと、お墓を建てられたことなどを語っておられた。
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年賀状を出した。
新聞整理は、2023年5月分まで来た。5月3日、コロナ禍の菊池恵楓園の入所者自治会長のインタビューで、志村康さんの元気な笑顔の写真も掲載されている。2年前はこんなに元気だったんだなと思う、年の瀬。亡くなられた母上のこと、お墓を建てられたことなどを語っておられた。
保護司の仕事は難しくはないが、大変と言えば大変だ。月2回の面接は、特に多くはないけれども、犯罪から立ち直ろうとしている人にどう接するかは、メーカーだったり販売だったりする仕事とは明らかに違う。教育でもなく、競技でもない。成果があるとするなら、対象者が罪を償い、普通の社会生活を営むことができるようになってくれることだ。しかし、そこに保護司として、明確な責任があるとまでは言えない。制度のなかの一つの役割であり、他の何かに置き換えられるのかというと、それが可能かどうか誰にもわからない。
本日は、中九州横断道路 大津熊本道路(大津西〜合志)着工式がヴィーブルメインアリーナで行われた。
午後は、同じヴィーブルの文化ホールで、合志吹奏楽団響の定期演奏会。アンコールはやっぱり「コパカバーナ」で決まりですね。
反戦フォークは死語だろう。それになじんだ世代も次々に亡くなっていき、それこそ死語になる。文献の中には残るのだろうか。
私の思春期はベトナム戦争の真っ只中で、米国の若者はほとんどが反戦運動をやってるみたいな伝わり方だった。実際はそんなことはないかもしれないが、音楽も映画も政治的主張をしてないと、作品として評価されないようなところもあった。もう、50年半世紀も前のことだから、いまそれが現実味がないのはしょうがない。
その代わり、インターネット、SNSの世界で、政治的な議論がなされているのかもしれない。でも、ポピュラーソングの世界で、誰かこの世界のなかの自分たちの立ち位置を、少しでも歌ってほしいと思う。売れる曲の中に、思想をまぶしてもいいんじゃないのかな。サザンオールスターズは、ときどきやってるんだけど。
若い世代は、そういう主張はナンセンスだと思っているのだろうか。ま、ナンセンスという語が死語みたいなものだろうけど。
令和5年(2023年)3月、当時経済安全保障担当相だった高市早苗首相は、放送法の「政治的公平」に関する総務省の行政文書が捏造されたとされる事件で、国会審議の渦中の人だった。
この文書は、総務省の担当局長が2015年2月に高市氏に対し、当時の礒崎陽輔首相補佐官と総務省の間のやりとりや、政治的公平の解釈について説明したと記述。高市氏は当初それを認めないどころか、「捏造」と指摘していたが、時間の経過とともに、この「捏造」という言葉はきつ過ぎるから、あえて使わないと言うようになっていた。
彼女の特性がここに表れている。失言、いや放言しても、それを取り消さず、言葉巧みに(いや全然巧みではないが)論点ずらしを続け、なんとなくうやむやにするというものだ。
そうやって、ガラスの天井を自ら高くしていたんだなと当時の報道を読んで改めて思う。
12月3日(水)
泗水公民館で、保護司の研修。刑法改正による「拘禁刑」の創設について。
懲役が、刑事施設に拘置して所定の作業を行わせることが目的であるのに対し、再犯防止を主眼に置くために、個々の受刑者の特性に応じて、改善更生・再犯防止のために必要な作業を行わせ、又は必要な指導を行うことが可能になった。
本人の特性を把握するためのアセスメント機能を強化、どうやったら犯罪を繰り返さないか、福祉的対応を含め、かなり時間をかけた処遇をすることを、なんと140年ぶりの刑法改正で決定したのだ。
本会議質疑、委員会付託。その後、予算決算常任委員会質疑。
午後、保護司地域別定例研修。その後、対象者面接。
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