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1月28日(火)
総合センター「ヴィーブル」文化会館で、木村敬熊本県知事の「お出かけ知事室〜ともに未来を語る会〜」が開かれた。
海外から来た人たちへの支援。外国ルーツの子どもたちの日本語指導に対する行政の具体的な支援。市街化調整区域と集落内開発の不平等さなど。知事は最後に「そういうもんだ」主義を打破したいと強調した。そこでは、県民や議会との衝突も不可避だと思うが、折れずにやれるだろうか。住民の意見を聞く場としては、まずまずの会だったと思う。
昨夜、熊本県土木部下水環境課によるセミコンテクノパーク周辺の下水道整備に係る都市計画素案の説明会が、合志市役所防災センターで開かれた。
熊本セミコン特定公共下水道(下水処理場・下水道管路)の整備について、その理由、処理区域、処理場の位置、放流先とそのルートなど、現段階で具体的な話である。
工業排水に関して、多くの人が不安を持つのは当然のことだ。法規制自体が甘いと言われるが、規制が追いつかないのは事実だろう。熊本県の場合、最終的に有明海に流れ込み、内海なので滞留していく危険性もあると指摘した人もいた。それについては、排水処理されずに流れ込むもの、マイクロプラスチックなど、私たちの日常が、問題となる物質を生み出している事実もあることを思う。
県は、法令等による規制物質の監視に加え、規制外の金属類や化学物質を対象にした環境モニタリングを行い、新たな工場稼働前後の環境の変化を客観的かつ科学的に把握すると言っているので、少なくともそこは確実にやってもらいたい。
西合志図書館は、いわゆる学習スペースが狭い。
なので、集会室を学習室としてりようできるようにしてある。
でも今日の午後は、一人しかいなかった。
ロビーのスペースは満席。
私は自分が図書館で勉強したことがないので
図書館で勉強している若者を見ると
偉いなあと感心してしまう。がんばってほしい。
私にとっての図書館は本を借りるところであった。
小学2年生頃からと思うが、学校の図書室で
本を借りる、図書カードにカードに名前を書く。
自分のカードは何と読んでいただろう。
そこに書名をどれだけ並べるか、まるで記念切手を集めるように。
そんなことで競うのは不純な気もするが、
そうやって、私の小学生時代は人生で一番本を読んだ時期となった。
中学生、高校生のとき、あまり本を読んでいないのは
人生での大きな欠損である。
アマゾンプライムで「ロストケア」を見る。最近の長澤まさみ出演の作品で、唯一見てない作品で、そのこともすっかり失念していた。介護がテーマの作品で、介護する側、される側の究極の関係性が描かれる。長澤まさみの演技が素晴らしく良かった。とはいえ、ガラスに反射する姿を象徴的に映す映像はもう少し整理されてもよかったかなと思った。
書くことを頭の中で整理しているうちに、他のことをやりだしたりして、ついにそれは書かれぬまま、次の日になっている。毎日それの繰り返しだ。
米国では、トランプとマスクが際限なく自己顕示を繰り出している一方、日本では中居正広問題がフジテレビ問題になり、メディアはメディアであることにより、やり込められている。みんな、正義というものが確かな形で存在していると勘違いしているのではないか。
ここ数年は毎年書いていたので、元気にしていらっしゃるかと思いつつ、岡村良昭さんに年賀状を出した。施設に入られたという噂も聞いていたのだが、息子さんから寒中見舞いが届き、昨年7月に亡くなられたことを知る。
たまたま日本農友会実習所発祥之地跡の記念碑を通りかかったとき、実習所同窓会の方たちの集まりをやっていて、そこで知り合った皆さんの中に岡村さんがいた。
松田喜一さんについて、合志義塾についての講話を聞く会を開いた。その帰り道、石坂繁さんのお墓にお参りできたことは良かったと思う。
映画「オッペンハイマー」をAmazonプライムで見た。長い。長い映画は正直苦手なのだが、途中でやめられない映画だった。広島長崎への原爆投下を正当化しているかどうかに関心があったけれど、主題はそこではなかったようだ。
科学者としては、研究を実践できる機会が与えられたら、やはり突き進むだろう。そこには大戦中であり、戦後の国際関係、パワーバランスが待ったなしの外交課題としてあった。
誰かに責任を押し付けるのではなく、ドラマを通して、今さら核なき世界をどう実現するのか、不可能なのかを突きつけるものだった。
もう6日である。母校大津高校のサッカー部の敗退も今は昔のことのような。毎日7000步のウォーキングは続けてます。でも体重は増えてます。 今日は久しぶりに車を運転して熊本市内へ。士野精二先生の個展に。購入できなくてすみません。
昨日の紅白歌合戦は、B'zのために見ていたのだけれど、前半若手のグループが続々と出てきて、特に興味もないのでスルーして、Xのポストを追いかけていた。それが画面を見ているよりも面白かった。
それが後半になり、GLAYもちょっと良かったし、B'zの素晴らしさ、虎に翼ドラマスペシャルから、米津玄師の歌も素晴らしかった。
怒りを抑えているとしか思えない星野源の思いは多くの人に伝わっただろうか。玉置浩二の歌のうまさ、オーケストラの美しさなどなど。
紅白歌合戦形式は時代にそぐわないという議論は、NHK内部でも当然あっているとは思う。しかし、この形式の必然もあるような気がする。紅白が男女という区別を表しているわけではないとしないと、あり得ない話なのだ。
とはいえ、昨夜の白組の圧倒的な力は、紅組の団体女性ユニットに頼っている芸能界の問題である。白組が強くなれたのは、ジャニーズからの呪縛がなくなった意味が大きい。ジャニーズ系のグループの出る幕がなくなったのだ。
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