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2019年5月21日 (火)

国語とは国をかたる語か?

そういう話を聞いたことがあったような気もするが、
高校生の「国語」が、必修のほかに
「論理国語」と「文学国語」と「国語表現」と「古典研究」とに
分かれて、ここから選択しなくてはいけないらしい。
昨日の夕刊に劇作家の野田秀樹が書いていた。

ぼーっと生きて「国語」を勉強しなかった大人の末路は、
「美しい国」の今の国会を見ればわかる、って話でしょう。
あの「美しい国」には「森羅万象を担当」していると自ら
公言してはばからない、神様のような首相が鎮座ましまし、
その横には「産まなかった方が悪い」を繰り返す副総理が居座り、
そして他人の病気に「がっかりした」りする大臣までが住んでいます。
あの人たちは皆、ご本人がおっしゃるように
間違って使っている言葉に、悪気はないのです。
すなわち知性が欠如しているだけなのです。

閣議決定する方々に知性が欠けていて、
文章読解能力がないのをいいことに、
仕事やってる感を演出するための官僚が持ってくる、
国語を英語にしてしまおうという戦略。
いったい誰のための政策なのだろう。



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