2025年1月18日 (土)

イベント

男女共同参画推進懇話会の最大のイベント「気づきうなずきフェスティバル」が開催された。集合時刻が午前8時15分。早い。

ラジオ体操には行ってるので、早起きはつらくないが、朝からバタバタするのは嫌だ。と思いながらも寒い朝、出かけて行きました。

講師は、山本カヨさん。福岡のローカル情報番組のキャスターとして有名だった人である。

無事終わって良かった。

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2025年1月14日 (火)

出初式

1月12日(土)

合志小学校で消防出初式。その後、泉ヶ丘に戻り、どんどや。午後は、ヴィーブルメインアリーナで、二十歳を祝う会。

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2025年1月 9日 (木)

賀状

ここ数年は毎年書いていたので、元気にしていらっしゃるかと思いつつ、岡村良昭さんに年賀状を出した。施設に入られたという噂も聞いていたのだが、息子さんから寒中見舞いが届き、昨年7月に亡くなられたことを知る。

たまたま日本農友会実習所発祥之地跡の記念碑を通りかかったとき、実習所同窓会の方たちの集まりをやっていて、そこで知り合った皆さんの中に岡村さんがいた。

松田喜一さんについて、合志義塾についての講話を聞く会を開いた。その帰り道、石坂繁さんのお墓にお参りできたことは良かったと思う。

2025年1月 7日 (火)

オッペンハイマー

映画「オッペンハイマー」をAmazonプライムで見た。長い。長い映画は正直苦手なのだが、途中でやめられない映画だった。広島長崎への原爆投下を正当化しているかどうかに関心があったけれど、主題はそこではなかったようだ。

科学者としては、研究を実践できる機会が与えられたら、やはり突き進むだろう。そこには大戦中であり、戦後の国際関係、パワーバランスが待ったなしの外交課題としてあった。

誰かに責任を押し付けるのではなく、ドラマを通して、今さら核なき世界をどう実現するのか、不可能なのかを突きつけるものだった。 

2025年1月 6日 (月)

毎日書こうと思いつつ

もう6日である。母校大津高校のサッカー部の敗退も今は昔のことのような。毎日7000步のウォーキングは続けてます。でも体重は増えてます。 今日は久しぶりに車を運転して熊本市内へ。士野精二先生の個展に。購入できなくてすみません。

2025年1月 1日 (水)

謹賀新年紅白歌合戦

昨日の紅白歌合戦は、B'zのために見ていたのだけれど、前半若手のグループが続々と出てきて、特に興味もないのでスルーして、Xのポストを追いかけていた。それが画面を見ているよりも面白かった。

それが後半になり、GLAYもちょっと良かったし、B'zの素晴らしさ、虎に翼ドラマスペシャルから、米津玄師の歌も素晴らしかった。

怒りを抑えているとしか思えない星野源の思いは多くの人に伝わっただろうか。玉置浩二の歌のうまさ、オーケストラの美しさなどなど。

紅白歌合戦形式は時代にそぐわないという議論は、NHK内部でも当然あっているとは思う。しかし、この形式の必然もあるような気がする。紅白が男女という区別を表しているわけではないとしないと、あり得ない話なのだ。

とはいえ、昨夜の白組の圧倒的な力は、紅組の団体女性ユニットに頼っている芸能界の問題である。白組が強くなれたのは、ジャニーズからの呪縛がなくなった意味が大きい。ジャニーズ系のグループの出る幕がなくなったのだ。


2024年12月28日 (土)

報告書

保護司の仕事は、対象者(保護観察中の人)と面接して、その報告書をあげること。今月分の報告書を書いた。以前は郵送だったが、今はネット上のメッセージボックスに入力することで事足りる。

4時過ぎから、ウォーキング。

2024年12月26日 (木)

窓拭き

大掃除らしきもの。窓拭きと23日、25日、たなか歯科へ。その間、ウォーキング。

2024年12月22日 (日)

ウォーキング

くまモンICカードにチャージするために、ローソンまで歩いた。なかなか歩数は伸びないので、御代志駅まで歩いた。それで、1万步達成。

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夕方、風呂掃除。

26回卒の会と高中正義

正式名称はあって、ないような大津高校の同期会。三里木のせんだい別館にて。東京にいる高本の帰省に合わせて集まっている。 それはそうと、高中正義コンサートの短い記事を読んでくれる人がいることには感謝しかない。特に内容のあるエントリーでもないのに。わたくし的には、この1週間、YouTubeミュージックで、高中のアルバムを聴くことが多い。実はこれまで聞いたことのないアルバムもいくつもあった。初期のアルバムは繰り返し聞いていて、もう頭の中は、そのフレーズがすぐ鳴らせる状態。とはいえ、タイトルがすぐ出てこない曲もあるので、必ず呼び出せるというわけでもない。 改めて、高中の音楽を聞いていると、そのときどきで、新しいサウンドを試していることがよくわかる。再録音にしても、それなりに意味がある。若いときの彼が、このまま40歳のときも同じようにアルバムを作っている自分が想像できないみたいなことを語っていた(記憶がある)けれど、それを乗り越えて、71歳になっているではないか。素晴らしい。

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