合志中体育祭
来賓も今年で最後かと思うと、ちょっと感傷的になる。それを振り返るとき、置いてけぼりにした時間が取り戻せないことを実感するということだ。そんなこと書きながら、最後まで見ないで、途中で帰った。
来賓も今年で最後かと思うと、ちょっと感傷的になる。それを振り返るとき、置いてけぼりにした時間が取り戻せないことを実感するということだ。そんなこと書きながら、最後まで見ないで、途中で帰った。
くまみん合志の宮田さんの参加している、南米楽器のケーナが好きな人たちの集まりであるケナクンパ結成20周年記念コンサートに参加した。会場は、大津町の倉庫cafeハロー通り。この店はもうすぐ閉店するとのこと。中川五郎さんを何度か聞いたことも思い出になる。
ケナクンパを聞いていて思ったことは、オリジナルとは何だろうということだ。昔、日本語のロック論争というのがあり、ロックは英語でなくちゃ、ノリが悪いとか言われてた。当時はロックに対して、日本人は英米のバンドの真似をしているだけで、オリジナルには及ばないという幕末の開国以来のコンプレックスが、根強くあった。でも、今思えば、仮にカバーをやったとしても、それはオリジナルではないにしても、その音楽をそっくりに演奏したくなるという気持ち、思いは、クリエイティブなのではないだろうか、ということだ。
詩集を出版することに妻の同意を得た。あとは、詩をどう選ぶかである。ファースト&ラストになりそうなので、半分はエッセイにするかと、早速逃げを考えている。そんな自分を発見する。
Amazonプライムに入ってたので、ついに見ました。悲惨な話なんだけど、希望につながるんだよねと信じて最後まで。そして、少なくとも魂は救われたと信じたい。
違法薬物の売買が重要なポイントなので、保護司であるから他人事ではないということ。北川景子と森田望智はダブル主演と言っていいんじゃないか。北川景子が日本アカデミー賞主演女優賞で、森田望智は最優秀助演女優賞。
バイプレイヤーズと呼びたい、適材適所の役者の皆さん、ありがとうございました。ずいぶん気分悪くさせていただきました。
音楽が子どもの弾くバイオリンだけだったんじゃないかな。それが凄く潔くて超効果的でした。
思い出消費という言葉を思いついた。多分誰か使ってるだろうとは思いつつ検索したら、ありました。
ただ私のイメージとしては、いま盛り上がっている「推し活」のことである。若い人たちの推し活と違い、私たちの年代のそれは、自分たちが若いとき熱中したアーティストが、元気でツアーなんかやってくれるので、チケット代が高価であっても、なかなか取れなくても、やっぱり申し込んでしまう。そういうことを、わが身を振り返って考えたことによる。
つまり、昔自分たちが若かったときは、行きたくても忙しかったり、いま思えば安かったんだけど、やっぱりどうしようかと考えたこともあったり。もちろん手に入りにくいチケットもあったとは思う。当然、お互い若さがはち切れそうなときに体験したライヴは、今でも生きる力になっていたりもするだろう。
それらを新しい出合いで求めるよりも、ある種確実なリターンが約束される、昔のアイドルに求めることは理にかない、コスパも良い。だって、余生を考えれば、時間の使い方は大切だから。
それを名付けるとしたら、「思い出消費」はどうだろうと思ったのだ。高齢者(だけでもないけど)の推し活の一つの形を定義してみたい。
4月26日(日)
荒尾総合文化センターありあけホール(大ホール)で、映画「ら・かんぱねら」を見た。1000人収容の立派なホールがあることに驚く。世間知らずということなんだけど。
滅多に使わないカーナビを使ったため、結局遠回りしてしまい、開始時刻に遅れたが、文句一つ言わなかった妻に感謝したい。
4月23日(木)
男女共同参画推進懇話会、今期最後の会議。また、2年が過ぎた。
午前中、杉並台幼稚園の入園式に出席。今年の新入園児は30人。一頃、希望者が多く、なかなか入園できなかったのは何だったのか、と思わざるを得ない。幼稚園だけではなく、保育園も定員割れが起きていると聞く。
本日、熊本地震前震発災から10年になった。そういうつもりではなかったのだが、妻とランチに出かけた帰り道、滅多に来ないからと、健軍から益城町を経由して帰った。もともと多車線化の計画があったものが、熊本地震の復興で現実のものになった。
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