2018年8月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最近のトラックバック

untitled

読みたい本だな

  • 読みたい本だな
無料ブログはココログ

経済・政治・国際

2018年8月11日 (土)

米国産豚肉

8月10日付の全国農業新聞の「食肉ウォッチ」によると、
エスカレートする米中貿易戦争などにより、
米国の豚肉産業の損失が対中国11億4千万ドル、
対メキシコ8億3500万ドルと試算される。
途中省略するが、結局米国のその損失の抜本的解決のたどり着く先は、
日米FTAではないかと、
食肉コーディネーターの片平梨絵さんが危惧している。


2018年8月 8日 (水)

サマータイム

2020年東京オリンピックを念頭に、
サマータイムの導入が前向きに検討されるようだ。
ことの発端はいつか明らかにされるべきだと思うが、
この夏の酷暑を長期に経験して、国民の間に
8月の五輪開催は無理無理という声が広がっているので
それに鈍感に反応した開催委員長の森喜朗氏あたりが、
サマータイムというのがあったなとか、
思いつきで言い出したことに対して、
NHKがお先棒を担いで、世論調査の項目に入れたら、
意外と容認する意見が多数を占めたので、
人気取りに目ざとい安倍首相が乗り気になったという
ことではないかと思われる。

弊害を訴える声はツイッター上ではかなり強く、
というか私がフォローしている人たちの多くは、
反安倍政権なので、特にそう感じるのかもしれないが。
誰かが「サマータイムやっても涼しくなるわけじゃない」
と書き込んでいたが、それは唯一の真実である。
ただ再来年の夏が冷夏でない保証はない。
特に地球温暖化によるにせよ、そうでないにせよ、
気候変動の異常が顕著である昨今、
小手先でどうこうできる範囲を超えている。だからあえて、
私は、混乱を承知でサマータイムの強行に反対しない。
誰にも直接的な被害が及ばないようにしつつ、
つまり労災的な意味合いで犠牲者がでないように配慮しつつ、
社会実験としてやってみる価値はあると思う。
心配なのは、安倍政権(多分交替はないだろう)が
サマータイムに関して、決して責任を取らないことが
今の時点で明白であることだけである。

2018年8月 1日 (水)

NHK番組改変

風の便り(言行一致)8月1日号やっと校了。
フライングとも言えますが、一部掲載します。
 

「今だからこそ、思い出そう!NHK番組改変問題」

2001年1月30日に放送されたNHKテレビのETV特集
「問われる戦時性暴力」という番組の内容が、
政治的に偏向しているという風評から、
安倍晋三(現総理)氏と中川昭一(故人)氏が
NHKの総局長を呼び出して圧力をかけ、
その結果、番組の内容が改変されたとされる事件である。
今回、魚住昭氏の月刊現代2005年9月号の記事を参考に、
番組への「政治介入」を振り返った。

当該番組の放送前に、その内容にクレームが付けられたことで、
結果的に両氏などの意見に配慮し、編集し直した番組を
NHKが放送してしまったと言われている。

後に番組の取材協力先がNHKを訴え、
また朝日新聞が取材して記事にした内容が事実ではない、
政治的圧力で改変された事実はないと、
NHKが公表、朝日新聞と対決した。

ジャーナリストの魚住昭さんは独自に丹念な取材を重ね、
真実に近付こうとしている。
その内容がどういうものであれ、
NHKが制作した番組に放送前にクレームをつける
という事自体が言語道断であると私は思うのだが、
安倍、中川両氏は国会議員として
それが当然のことと考えたのだろう。

両氏は、その経緯を記事にした朝日新聞に対して、
事実と違うと反論する。
そしてNHKも政治的圧力はなかったと公表し、
朝日新聞とNHKが対立することになる。
魚住さんによって関係者の証言が整理され
「政治介入」は、ほぼ間違いないということがわかるのだが、
結果的にあいまいなまま風化していった。

とはいうものの、この件がきっかけで、
私は安倍晋三という人を知ることになる
と同時に最も信頼できない人物となった。
第1次安倍政権で、当時農水大臣だった故松岡利勝氏が
自死を選ばざるを得なかったのは、
安倍首相(当時)が松岡氏の辞職を認めなかったからだと
私は今も思っている。

現在、一国の総理大臣として、一応
首相に敬意を表するものであるが、
昨年から問題になっている森友・加計学園に関する経緯を
目の当たりにして、このNHKの番組改変事件を思い出した。

人は良さそうだが、自分を守るために
なら、後先を考えずに事実と異なることでも、
平気で言ってしまう人であることは、
多くの記録が伝えているところである。

 

2018年7月27日 (金)

安倍晋三氏とNHK番組改変問題

活動報告「風の便り」に、
NHKの番組改変問題について書いている。
参考にしたのは、

NHK vs. 朝日新聞「番組改変」論争 「政治介入」の決定的証拠 News for the People in Japan→リンク

ほぼ出来上がるが、読みにくいような気もする。




2018年7月 1日 (日)

非難反日

昨日の熊日夕刊の記事。
国立天文台名誉教授の海部宣男さんが
科研費を巡る研究者非難について書いている。
これだけ言われれば反論できないのではないか。
もともと言いがかりみたいなものだが。

「国」は、国民全体のもの、民意で運営してゆくものである。
時々の「政権」は、一時のものにすぎない。
だから、政権が進める政策を非難するのは「反日」ではない。
もしそうなら、野党やそれを支持する国民はすべて
「反日」になる。
さらに、政権を批判する「反日」研究者に研究費を出すな
という人々は、もし政権が野党に回ったら、同じことを
言うのだろうか。それを言わずに政権非難にまわるなら、
自分たちが「反日」になるではないか。


2018年6月20日 (水)

プレス向け声明(以前の)

平成28年12月16日、
安倍首相は来日していたロシアのプーチン大統領と
首相官邸で共同記者会見し、プレス向けの声明を発表した。

【そのポイント】
○北方四島での共同経済活動の協議会は、
平和条約締結に向けた重要な一歩になり得る
○漁業、海面養殖、観光、医療、環境などの分野で
関係省庁に競技開始を指示。国際約束の締結を含む
法的基盤の諸問題を検討する
○共同経済活動は平和条約問題に関する日ロの立場を
害するものではない。両首脳は、平和条約問題を解決する
自らの真摯(しんし)な決意を表明した
○両首脳は、北方四島の元島民の墓参に関し
手続き簡素化を迅速に検討するよう両国外務省に指示した

平成28(2016)年12月17日付熊本日日新聞より。
外交は1対1の相手国だけではなく、
関係諸国との関係も影を落とすので、思うように行かない。
だからこそ、安倍首相は安倍主砲を鳴らすことに対して、
謙虚でなくてはいけないと思うのだが、
取り巻きが悪いのか、まったくそんな素振りも見せない。
ついこの間、プーチン大統領と会っているが、
何の成果もない。
それなのに、世論調査で他に適当な人がいないと
答えてしまう日本人って、チコちゃんに怒られるぞ。


2018年6月14日 (木)

歴史が動く

米朝首脳会談は、歴史的なものだろう。
けれど、すぐさまそれが歴史を書き換える、
という評価はされていない。
今まで何をどう信じていたのか、安倍政権は
いまもう、どう対応していいかわからず、
ただ安倍首相の対面と体裁を繕うだけである。


2018年6月 3日 (日)

「貧困」の深刻な実態

普通の日本人が知らない「貧困」の深刻な実態
リンク

雑誌東洋経済のこの記事は、情報としては細切れに出ているものを
丁寧に拾ってまとめている。
安倍政権がこれらの貧困問題に冷たいことは明白である。
貧困と格差を解決するためには、デフレ脱却すれば良い、
それぐらいしか考えていないと思われる。
仮想的に対する危機感を煽るばかりで、
国民一人ひとりに向き合わず、
国民を一塊としてしか捉えていないことは、
憲法改正を最大の実績にしたい安倍晋三首相のあの
中空を見つめる空疎な視線を見ればわかるだろう。



2018年6月 1日 (金)

今日行く明日来る

森友学園、加計学園問題は、いずれも学校教育に関係する。
教育だけが岩盤規制というわけではないが、
ドリルで穴を開けやすい部分であったのかもしれない。
許認可等に裁量や恣意的な判断が入り込みやすいというか、
例えば許認可が適正であったのかどうかの判断や評価が
どういう形でなされるのか、観点と同時に時間がかかる。
つまり結果オーライとなる可能性が高いと言える。
だからこそ、投資はなるべく抑え、持続可能性を設置者が求め、
時間をかけて育てていきたい事業となる。
森友学園の小学校と加計学園の獣医学部では
なんで少子高齢化の今、学校なのという部分では似ていても、
真の目的はそれぞれだろう。
ただそこにつけ入る文教族や私から言わせれば「偏向教育」を
教育の理想とする団体の人たちが絡んできたと思われる。

最終的な責任は安倍首相にあると私は考える。
直接支持を出したかどうかではなく、
物ごとを軽く見ていることの責任である。
その一番わかり易い部分が目に見える場面が毎度国会中継にある。
激昂したり、議員も総理も辞めると切れるところではない。
「いま私が答弁しているから、ヤジは止めてくださいよ。
冷静に議論しましょうよ」などと泣きを入れる場面である。
政治的な議論を貶めていることに気づいていない。
自分の姿を客観的に見ることができていない。
つまり、言い逃れを繰り返して、嵐の過ぎるのを待てばいいと、
それが処世であり、政治であると体現しているその責任である。

だから、なぜか「ないない」説法に誰もが陥り、
それを補強するために公文書の改ざんまで、
官僚達の能力と才覚と時間と、莫大なコピー代まで消耗した。
やる気を無くさせた上に、自ら命を断った人も出た。
他にやることがあったのは、追求した野党国会議員ではなく、
与党と政府の皆さんであることは間違いない。

安倍首相はなぜ、あそこまで物ごとを甘く軽く見るのだろう。
森友加計と教育がその修羅場になったことは象徴的である。
教育を自分たちの意図する方に曲げれば、
世の中はすべてうまく行くと考えるならまだしも、
教育を印刷したての教科書みたいに揃えれば、
美しい国がそこに出現すると考えている節があることだ。
つまり曰く言い難い理想を掲げることで、
日本は再び輝くという思い込み。
そうでないと反論するには相当な説得力が必要だと思われるので、
それの何が悪いと居直った方が楽ですよと助言しておきたい。



2018年5月31日 (木)

モリカケ

夏目漱石「坊っちゃん」より。

けちな奴等だ。自分で自分のした事が云えないくらいなら、
てんでしないほうがいい。証拠さえ挙がらなければ、
しらを切るつもりで図太く構えていやがる。

学生たちに、宿直の布団にバッタ(イナゴ)を入れられ、
ご立腹の坊っちゃん先生の言である。




より以前の記事一覧