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読みたい本だな

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書籍・雑誌

2017年10月 6日 (金)

カズオ・イシグロ

昨日から、カズオ・イシグロのニュースが続いた。
昨夜のTBS系「NEWS23」は、
『わたしを離さないで』をテレビドラマ化していたという
僥倖に恵まれたというか、他社よりより親密感を協調。
これはどういうことかというと、
たかが(失礼)テレビドラマとはいえ、
しっかりとした問題意識を持って制作することが大事、
という基本的なことなのです。
私も他の著作は読まなければと思いながら未読なので、
偉そうなことは書けないことを正直に告白した上で、
さらにリンクを。

看取りについて→リンク  

「カズオ・イシグロ・インタビュー」は
リンク切れしていて残念である。
ネット上ではそういうものだという情報の寿命について、
私たちは忘れてはいけません。


2017年10月 5日 (木)

ノーベル文学賞

作者を日本人と書いていた。間違いです。

カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』書評過去記事。
リンク

2017年9月 3日 (日)

書店ゼロ自治体

8月24日の朝日新聞に「書店ゼロ自治体2割強」の記事。
あまりありがたくないが、熊本県合志市は
書店が地域に1店舗もない7市の一つに実名入り。
合併前の合志町時代には、永江団地の近くに
小さな本屋さんがあったが今は焼き鳥屋になっている。
すぐ近くのプラモ屋さんはしっかり営業しているので、
書店経営の難しさだろう。
片山善博さんに言わせれば、図書館と書店は
自治体に必須だということになるが、
市内になくても、商圏には明林堂が2店舗、
それに熊本市中心街から移ってきた紀伊国屋書店もある。
環境的には悪くないと考える。
思えば、3館ある合志市図書館が貸出数で県下有数なのは、
書店がなかったことも大きいのかもしれない。
好きと商売でやっていけるかは違うが、
独自色を狙えば、規模の問題ではないと思う。
市民にとっては、読書のその先に何を見つけるかが
重要であるので、その水先案内人が身近にいることが
もっと大事である。



2017年8月28日 (月)

大和魂

夏目漱石著「吾輩ハ猫デアル」から。

「大和魂はどんなものかと聞いたら、大和魂さと答えて行き過ぎた。五六間行ってからエヘンと云う声が聞こえた」
「その一句は大出来だ。君はなかなか文才があるね。それから次の句は」
「三角なものが大和魂か、四角なものが大和魂か。大和魂は名前の示すごとく魂である。魂であるから常にふらふらしている」
「先生だいぶ面白うございますが、ちと大和魂が多過ぎはしませんか」と東風君が注意する。
「賛成」と云ったのは無論迷亭である。
「誰も口にせぬ者はないが、誰も見たことはない。誰も聞いた事はあるが、誰も遇った者がない。大和魂はそれ天狗の類か」

そこだけの引用は誤解のもとであるが、
作者が、それはコレコレの意味でということを
解説してくれるわけではない、いわゆる古典なので、
全体、部分だろうが皆勝手な解釈を与えることになる。
それが言語と文書の宿命であろう。
「愛国心」「道徳心」その他いろいろ。


2017年8月25日 (金)

伊藤野枝、電鍵を握る

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合志庁舎3階議員控室から。

一般質問が終わった後、
西合志図書館へ次回の近代遺産を学ぶ会のための
調査に赴いた。
そこで見かけた昭和43年(明治百年)10月23日発行の
『熊本電報百年史』p105に「伊藤野枝殺害事件」という章が。
「伊藤野枝は明治43年、熊本通信伝習生養成所の卒業生で、
在学中から異彩を放っていた。卒業後郷里の福岡県今宿局に
配属され、しばらくは電鍵を握っていたが、まもなく上京して
上野高女に入学した」とあった。
「電鍵を握る」とは、電信で打電することらしい。

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2017年7月18日 (火)

ロートレアモン全集

『ロートレアモン全集』栗田勇訳 人文書院刊
ヤフオクで格安購入。昔持ってたが、これは1980年重版。



2017年7月17日 (月)

旧制中学的熊本ガイド

熊本北郵便局に手紙を出しに行ったのは、
できれば明日届いてほしいと思ったから。
すぐ近くの合志南郵便局は休日午後12時の収集が最後。
自転車で坂を登って(かなりの行程を押して歩いたが)
投函して帰り道、泉ヶ丘市民センターに寄った。

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ここも12時。

毎日新聞でも読もうと図書館に行く。
いつでも何かしら出合いがあるもので、
熊本大学文学部編『熊本ガイド―こだわりの歩き方』と
岩代太郎著『映画音楽太郎主義』の2冊。
『熊本ガイド』は、こういう感じの合志ガイド本を作りたいと
思っていたところだったが、ちょっとハードルが高すぎ。
岩代太郎さんは、故岩代浩一さんの息子である。
昨日、旧制大津中学校卒の大先輩の米寿の祝賀会に招かれて、
ホテルキャッスルに行ったこともあり、
岩代浩一さんのことをちょうど思い出していたので、
これぞ縁ですね。
岩代浩一さんは済々黌卒業になっているが、
もともと旧制大津中学を放校になった経歴がある。
同窓会で一度一緒になったことがあるが、
滅茶苦茶酔っ払ってはた迷惑な人だと正直思った。
旧制中学の人たちも数多く元気な頃で、同級生たちが
それ以来岩代を呼ぶのは止めようということにしたようだ。
本人は大津中学時代が懐かしく楽しかったので、
卒業したわけでもないのに、
同窓会に呼ばれて心底うれしかったのだろうと
誰かが言ってたことを覚えている。
だから、岩代太郎は先輩の倅だと思っているのだ(偉そうに)。



2017年6月18日 (日)

ブックオフ・ストーリー

わりと新し目の新書等を数冊ブックオフに持っていった。
1刷100円にもならないが、
次の読者が選んでくれればいい話である。
しかしブックオフもビジネスとしてどうなのだろう。
コンビニではないが、なくなったら困る。
古書も売れなくなっていると聞く。
少子高齢化の影響はここでも現れてくると思う。
それは今の若者が本を読まないということに関係なく、
団塊の世代がかつて買って読んだ相当数の書籍が
そのうち処分されることを意味する。
というか、後生大事に取っておくという発想を
持たない人の方が多いなら別だが。
ブックオフの棚を久し振りに眺めてまわると、
書物の送る人生、ではなく何というのか、運命か、
いずれにせよ翻弄されるものである。
ただ、ブックオフの書棚に並んでいるということは、
一度は購入されたわけだから、まだ本としては
多少なりとその存在意義が認められたということになる。
食べられず消費期限が過ぎて処分される食品はどうだ。
そういう時代に生きていると言えば
それだけの話なのだが。


2017年5月29日 (月)

古本市

熊本市の上通アーケードで開催された
一箱古本市に参加した。
一番古い本は40年以上も前のもの。
引っ越しのたびに持って回ったのだ。
自分で言うのもなんだが、私は物持ちはいいが、
ものをあまり大切にしない。のではないかと思う。
今回、思い切って何冊かの
自分でもこれは貴重だろうなという本を持っていった。
値段はその本の現在価値を表す。
でも、素人だからいい加減なものだ。
ついブックオフ的に焼けシミがあれば価値なしと。
逆に思い入れで値付けすると、売れない価格に。
そういう駆け引き的なものと、
その本の内容を説明し推薦するときの会話やり取り。
通りすがりの人が腰をかがめて覗き込んでくれる。
こんなに楽しいコミュニケーションがあることを
古本市に出店する人は発見するのだ。
その持ち主が亡くなったらその本はどうなるか。
自分が元気なうちに、その思いとともに
手渡すことができれば、それは幸運なのではないか。


2017年5月28日 (日)

予告

古本市については、明日書きます。


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