夜のくちなし

夜のくちなし
雑誌「婦人公論」6月22日号の表紙は、高橋惠子さん。私より一つ上なので54歳。
告白するが、私は若いとき、彼女と結婚することが目標だった。
しかし、彼女が渋谷のPARCO劇場で、「ドラキュラ」に出演中、仕事をほっぽり出して、駆け落ちしてしまったことにより、
その夢は潰えた。
ま、それはそうと、彼女の麗しいポートレートを見ながら、
もし彼女と結婚していたとして、彼女の美貌をここまで維持させることが、私には出来たであろうか、と自問した。
と同時に、彼女だって、いつまでも二十代ではないということも。
特集が「別れる夫婦、別れない夫婦の紙一重」なので、
ついそんなことを考えた(笑)
他に、充実の読み物満載であったが、特に、
よしもとばななの「私は忌野清志郎に救われた」は素晴らしかった。
当たり前だが、彼女にしか書けないリスペクトである。
読んでみてください。
写真は、夜になると一段と芳香わしい(気がする)、わが庭のくちなしの朝。

The hair's breadth of the couple who does not part from a parting couple.

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武士は死んでもなおらない

いしいひさいちの人気時代劇キャラクター勢揃い!
「人間、2年前も
200年前も、
やってることは
だいたい同じ!!」


◎いしいひさいち著 講談社刊 1000円
「チャンチャンバラエティ 武士は死んでもなおらない」

帯の惹句が素晴らしい。
中身は、読んでません。
「だいたい」ってところが、いい。


◎FLIX SCRIPT 2009 vol.1(FLIX 7月号増刊)
       ビジネス社刊 1200円

表紙、巻頭グラビア 長澤まさみ。
これが、実に美しい。
ありのままの彼女って感じ。
分厚い肩と、首の脂肪さえ、大女優の貫録。

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いま なんつった?

週刊文春に連載中の宮藤官九郎のレッセイ(クドカン流(笑))「いま なんつった?」4月9日号からの引用。
「例えば最新作『ありふれた奇跡』。あんなに静かで穏やかで、かつドラマチックな最終回を僕は見た事がない」
前後は、当該誌で読んでもらうとして、
これこそ、私があのドラマについて書きたかったことなのである。
実際は、もうどんな内容だったか、細かいことは忘れているのだが、印象だけは残っている。
こういう大人な感覚をキチンと持っているからこそ、表向きハチャメチャに見えても、宮藤官九郎は立派である。


The splendidness is a strange praise.

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入浴本『かわいい女』

入浴本『かわいい女』
「私は勘定を払い、バーに寄って、ニューヨーク風の料理の後にブランディを流しこもうと思った。
なぜニューヨーク風なんだろう、と私は考えた。
工作機械を作っているのはデトロイトではないか。
私は夜の空気の中へ出た。夜の空気の権利を取っているものはまだ誰もいない。だが、権利を取りたいと考えているものは大勢いるだろう。
そのうちに、きっと誰かが取るにちがいない」

レイモンド・チャンドラー著 清水俊二訳
創元推理文庫 320円 1980年2月8日 35版

Copyright 1949 in U.S.A
ミステリーを風呂で読むのは無理がある。切りをつけるのがむずかしいし、前に戻るのも面倒くさい。なかなか進まない。
しかし、純文学ふうの言い回しが結構あったりする。だから人気があったんだな。
清水俊二さんは、字幕もやっていた人。映画『ロッキー・ホラー・ショー』で「エイリアン」を「外国人」と訳したのは、やはり誤訳だっただろう。

The Little Sister.

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郷愁こそすべて

『坂崎幸之助とJ-POP Friends 3』
自由国民社刊 1800円

何気なく手に取ると、加藤和彦、サディスティック・ミカ・バンド、大滝詠一の名前が…

これは、アルフィーの坂崎氏が聞き手を務めるFM番組を収録したものだ。
3とあるが、これで3冊目。
前に見たことがあるような気はするが、私は「J-POP」という文字に鼻炎を起こすので、
読んでみようなどとは思ったことがなかった。
で、今日、ついに魔が差して手にしてしまったのだ。
試しに、加藤和彦の章を読む。しゃべりがテンポよく、耳に聞こえてくる。この番組を聞ける人は幸せだ。内容はほとんど知ってることばかり。
でもうれしくなる。何度聞いても。
Googleで検索すると、坂崎幸之助、加藤和彦両氏のユニット 和幸のニューアルバム『ひっぴいえんど』というのが発売されるらしい。
品があってもなくても、パロディギャング健在のご様子(笑)

All you need is nostalgia.

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ヴォネガット、大いに語る

ヴォネガット、大いに語る
1984(昭和59)年3月30日発行
サンリオ文庫『ヴォネガット、大いに語る』飛田茂雄訳 560円

カート・ヴォネガットのエッセー、講演、インタビューなどをまとめたもの。入浴本として読む。

「(アメリカの視聴者は)その役者が個人として高潔かつ誠実だからかとか、
私生活で心の底から最大の国益を求めているからとか、ただそれだけの理由で彼のショーがつづくことを欲していません。
問題になるのはただひとつ、その役者がカメラに向かってすごい魅力を発揮するかどうかです」
これは、共和党のニクソンに負けた、民主党のマクガバン候補について述べている文章です。
これをオバマ大統領に当てはめようと言うわけではありません。
これは1973年の「プレイボーイ」インタビューでの言葉です。ノストラダムスの大予言みたいなもので、
解釈の仕方では予言のように思えても、普遍的な考え方がそこに含まれていれば、いつの時代の誰についても当てはまることでしょう。
いつ読んだかで、影響の受け方には違いがあると思うが、いずれにせよ、そのとき買っておいてよかった。
そういう本です。
(現在、ハヤカワ文庫より出ています)

It was good choice to buy.

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長袖の秋

黒木瞳が詩人だなんて知らなかった。
ブックオフで見つけた第一詩集『長袖の秋』角川文庫
標題の「長袖の秋」はこんな風だ。
「太陽をちぎって
僕は日光浴をする

心が火傷しないように
僕は君以外のことを考える」

「本音」という詩はこう結ばれる。
「君に気持ちを伝えたいのだけれど
僕の本音には
音がない」

きゃあっ、と声を上げたくなる言い回しが、いたずらな眼差しを向けています。
ページのそこかしこから。

Lyric writer.

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小泉の書評 悼む人

1月11日本よみうり堂の小泉今日子の書評。久しぶりだぜ。
『悼む人』天童荒太著
文藝春秋刊 1619円

ほとんど印象に残らない文章だった。こんなそつのない書評を読みたいわけではない。
勝手な言い分だが、小泉の書評の書評をやってるんだからしょうがない(笑)

ところで、昨夜、NHK総合の「SONGS」は、小泉今日子特集だった。FM791「夕方フレンド」で、ホワイトリリーさんが教えてくれたのだが、
うたた寝していて見ることが出来なかった。
再放送は夜明け前なので録画しようっと。
パート2が来週あるらしい。NHKのサイトでチェックしました。


The program is broadcasted again before the daybreak.

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[画像]わが映画、わが人生

[画像]わが映画、わが人生
添付し忘れたので…

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わが映画、わが人生

『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』
ロバート・アルトマン著 デヴィッド・トンプソン編
川口敦子訳 キネマ旬報社刊 3200円
「ハリウッド映画のジャンルの神話を刷新し、アイロニーと哄笑に満ちた傑作を量産した巨匠ロバート・アルトマン」
「アメリカン・インディーズの父として半世紀に及ぶ映画の歩みを刻んだ彼が
デビューから遺作までを縦横に語ったスリリングなメモワール!」
以上、帯より。
ついに買ったが、まだ読んでいません。
アルトマンのフィルモグラフィーがないものかと思ってたら、本人自ら語るという夢みたいな本です。


I bought this, but do not yet read after all.

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1984

1984
『とうに涅槃をすぎて』橋本治著
徳間文庫 360円
1984(昭和59)年発行

買ったときに読んだんだよな。読んでたことを部分的に思い出した。
入浴本。一度手から滑り落ちて、お湯をかぶった(笑)
最近『橋本治と内田樹』筑摩書房刊 1890円 を出して、ちょっと評判になってるんじゃないだろうか。
橋本治氏の多作には、とてもついて行けないが、内田樹氏もすごい。部数ではなく出版点数で稼ぐ。これがロングテールというやつか。
「橋本治が橋本治になるために読んだ100冊の本」の中にカート・ヴォネガットが5冊選ばれていた。
また、橋本治はパンタと友だちである。
内田樹は硬派だがミーハーで、自著『村上春樹にご用心』のタイトルを大滝詠一の「あの娘にご用心」から取ったとのこと。
「あの娘にご用心」は、もともとジュリーこと沢田研二のために書かれた四度進行の循環コードで作られた歌曲。

The great Hashimoto, whether you like or dislikehim.

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冒険者たちの続編

『幻影シネマ館』佐々木譲著
マガジンハウス刊 1500円

作られなかったというか、こんな映画をこのスタッフとキャストで作ったら、ゾクゾクするだろうなという
「あり得ない映画」の本です。
帯にそう書いてあったのだけど、試しにリュック・ベッソンの『冒険者たち』リメイクの章を読んだら、
ああ見てみたいなと、つい信じ込んでいる自分がいた(笑)

『読んでいない本について堂々と語る方法』ピェール・バイヤール著
筑摩書房刊 1900円
というのもありました。

書店には次々と新刊が入ってきます。タイトルや帯の惹句が、どれも面白そうなんだな、これが。
出版点数を制限する法律を作ってもらいたいよ、まったく。
私みたいに、一冊本でも作ってみるか(不遜な輩)と狙ってる者にとっては、
先を越されるばかりで、口惜しくてしょうがない(怒)


Attack a bookstore again.

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となりの車線はなぜスイスイ進むのか?

まるぶん書店のトンデモ本コーナーで、トム・ヴァンダービルト著『となりの車線はなぜスイスイ進むのか?』 早川書房 1800円 を立ち読み。
トンデモどころか、車と交通問題に関する、至極まっとうな本だという印象。
そのうち買おう(笑)

Why does the next car advance smoothly?
これが原題ではないのだが、翻訳ソフトを使ったら、こうなった。もっともらしい。

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スカーフェイス

スカーフェイス
昭和59(1984)年3月に集英社文庫から出ていた映画『スカーフェイス』の原作本。作者は、ポール・モネット。
映画は、ブライアン・ディ・パーマ監督で、アル・パチーノ主演。見たかどうかは忘れた。
去年の暮れまで、入浴本として読んでいた。読み応えのあるクライム・ノベルだった。
主役は、やはりパチーノのイメージそのもの。ヒロインのエルヴィラは誰だったんだろうと思ってたら、ミシェル・ファイファーでした。
小説から浮かび上がるファム・ファタールとしては、ちょっと違うが、あの頃売れっ子だったからね(笑)
今なら、スカーレット・ヨハンソンかなって感じ。


A book at the time of bathing.

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江口寿史の塗り絵

くまもと阪神の6階にある本屋、リブロで見かけた。『江口寿史の塗り絵 美少女編』河出書房新社刊 1200円。
美少女編以外に何があるのかというのが興味深いが(笑)、なかなか楽しそうな一冊でした。
テクニックも掲載されているけど、ちょっと手ごわそう。しかし、下手の横好きとはいえ、一応絵を描いてたことがある身としては、塗り絵で終わりたくないと、
変にプライドがウズく(苦笑)
あと、もう一冊、同じ江口寿史の本、全国のラーメンを食べ歩く対談集『ラーメン道場やぶり』
集英社インターナショナル刊 1500円。これは、徳丸真人さんと共著で、対談というより、放談か。うだうだしてるようで、しっかり評価を出してる。


Coloring for the drawing seems to be pleasant.

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女たちよ!

女たちよ!
先月、HONDAの新型オデッセイを買えるくらいのお金をかけて、わが家の水回りを改築した。
ジョージ・クルーニーにはなり損ねたけれど、湯舟に浸かって読書という至福を味わえます。
車検もないしね(笑)

で、村上春樹の『風の歌を聴け』に続いて読んでいるのは、
伊丹十三さんの『女たちよ!』文春文庫版。
現在は新潮文庫に移ってるけど、やっぱ矢吹申彦さんのイラストじゃないとね。
もちろん、ジャケットは脱がして入るんですが。

最初に読んだのは、加藤和彦氏が、オールナイトニッポンのパーソナリティをやっていた頃。
寝る前に読むのは、伊丹さんのエッセイなど、というのを聞いて(そういう文章を読んだのかもしれないが)。
1975年に文庫第一刷だから、33年前。
内容に古色あれど、それもまた趣。つい時間を忘れそうになるのが困りもの。 もちろん古びない含蓄も多い。
それと、私自身がいかに、伊丹さんの影響を受けたかが再認識される。
受け継ぐもの、それが文化だから、オリジナルって何よ、です。

Reading in a bathtub.

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真行寺君枝

真行寺君枝
今週の熊日読書のページのベスト10欄によると、
東京堂書店(東京)19日調べで、真行寺君枝著『めざめ』春秋社刊が、堂々の2位。

店からのひと言「半生を赤裸々に語り、生きる道を探そうとアリストテレスなどの哲学に正面からぶつかっています」とある。

興味津々。

彼女は、タメを効かせて「ばかッ」と囁く決めゼリフで、当時弱小メーカーだったアサヒビールの売上に貢献した。

その後、山田太一脚本のテレビドラマ「沿線地図」で主演。
理屈っぽそうな口調は、地だったんだろうな。

私は、アサヒビールのペーパードールを酒屋からかっぱらって、世田谷警察署に連行されたことがある(苦笑)

写真は、1980年にCBSソニーから発売されたEP盤。

あ、資生堂の「ゆれる、まなざし」がデビューだったっけ。
パートナーというタバコの広告に出ていたので、その頃私は、パートナーを吸っていた。
村上春樹原作の映画『風の歌を聴け』でも主演。イメージ違うけどな(笑)

These foolish things.

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豚を飼う>9/11/2008

小説を必要としている人がいるから、小説が書かれるのか、
小説があるから読んでみたくなるのか。
そういう問いに比べれば、この短編集の一つの主題である「食べ物」は、
それなくしては人間生きていけないという切実なものである。
材料を作る人も料理をする人も、食べる人も誰も欠くことができない。
では恋愛はどうなのか。なんてことを普段考えたりはしません。
だから恋愛小説があるのです。
メニューは、カツサンド、水餃子、目玉焼き、その他特別なものではありません。
だからかえって、作る人食べる人、その関係性、家族や男女のヒストリーが読者の味覚の記憶と相まって、
他人事なのに、どこかで自分の思い出や身近に聞いた話とも重なってくる。
お話がかもし出す味わいは読む人それぞれの人生経験で少しずつ違うだろう。
こういう小説を楽しめるようになったのは、
ちょっと年を取ったおかげかなと思う。

『ベーコン』井上荒野著
集英社刊 1470円


Then and Now :熊本日日新聞平成20年10月12日付け読書欄
「わたしの三つ星」に掲載。
この紹介文では触れていないが、ここに書かれたお話群は、「キッチン&ベッド」、
つまり、食事だけでなく、男女の性的な関係がもう

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火の玉ボーイとコモンマン

火の玉ボーイとコモンマン
1989(平成元)年に、新宿書房から出ていた『火の玉ボーイとコモンマン』。
10月1日発行になっているから、長男が生まれる少し前に出ている。
出ていたことを知ったのも、ずいぶん経ってからだが、
注文しようかなどと思っているうちに忘れていた。
長いこと忘れていたのだが、渡鹿のBOOK・OFFで最近見つけた。
縁があったんだな。
「ロック・オブ・オール・エイジズ」だって、たまたま遊びに行ったエフエム791で、
タイムテーブルをもらったら、なんと熊本でも聴けるではないか、と。
慶一氏のはてなブログで、やるという話は、その前から読んでいたからね。

思えば、長男が生まれるくらいまでは、熱心なファンだったのだが、
ライダーズの失われた10年の間に、私は子育て、
慶一氏は結婚して、いつの間にか離婚していた。

あれから、20年ですよ。
そして、1年半続いた「ロック・オブ…」も愈々終わるらしい。

1年ほど、トヨタ提供だったのが、ノン・スポンサーになってた。
車売れないから(笑)笑っちゃいけないけど、
戦略があまりに幼稚

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muchcolor

九州各県で、TSUTAYAを展開しているニューコ・ワンが、
無料情報誌を発刊した。
今月が2号目。
創刊号の対談も面白かったけど、
今回の山野潤一氏のインタビューも読ませる。
だが、そらもちろん、インタビュアーがうまいからではありません。

山野潤一氏は、サンワ工務店の社長で、
熊本市の古民家・店舗再生で、グレートな仕事をしてきた人。

本誌は、まだTSUTAYA各店にあると思うので、
ぜひ一読してもらいたいが、一言引用。

「一番悲しいのは、壊されるとね、
普通の人はなくなった風景をすぐに
当然のものとしてとらえてしまうっていうことかな」
仕事の一つとして、家屋解体をやっていたことが、
逆に建物の生命みたいなものに気づくきっかけになったみたいだ。

Webには、誌面未収録の話や写真が。

http://www.muchcolor.com

It's hard to believe that this is the place where we were so happy all around.

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小泉今日子の書評

7月6日の本よみうり堂。
『変愛小説集』
岸本佐和子編著
講談社 1900円

短編「五月」について(引用)
「春のやわらかな光を浴びた若葉の色、それが朝露に輝く瞬間、そしてその匂いを想像すると、
私にも木に恋をしてしまう可能性があるような気がした」

小泉今日子 42歳。
前にも書いたかもしれないけれど、書評として
普通にまとまった文章を書くようになっちゃったエリクシールです。
肩書き(女優)なので、観客としては、
演技力の隙間から零れ落ちる、一人の女としての本音みたいなもんを
つい期待しちゃうのである。
それは、あんたの勝手でしょ、と言われるだろうけどね…

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微かな絆で繋がっている

5月11日の本よみうり堂、
小泉(今日子)の書評は、

『かもめの日』
黒川創 著 新潮社刊
1600円

「私も今、少しだけ孤独を感じている。でもその孤独は慣れ親しんだ、すごく当たり前のもののような気もするのだ」

意味深長で、ファンとしてはちょっと胸を突かれる。
自信過剰な輩は、俺なら今日子の孤独を癒してやれると思うだろう。
しかしね、それはその人が背負った、
ある種の業みたいなものなのではなかろうか。

彼女の文章を読むと、ロバート・アルトマンが得意とした
群衆劇に近い作品のようだ。

本書を読んでいない私が、最初に思い浮かべたのは、
『パニック・イン・スタジアム』という映画の導入部だった。
昔のアメリカのアクション映画は、今と比べれば、
ずいぶん地味な映像だったが、
静かな悲しみを湛えているような作品が多かったと思う。

意識したわけではないが、村上春樹みたいな文章になりました。
そういう気分で、堪能してもらえれば、ぐっと来るかも。
自画自賛(笑)

そうそう、読売新聞では、たとえば、
「微かな」や「絆」や「繋がって」にルビをふってあった。
活字を大きくするだけではなく、体裁を保ちながら、
フリガナを配する心遣いがうれしいじゃないか。

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2ちゃんねるとんねる天国

2ちゃんねるの管理人で有名なひろゆき氏が書いた
『2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?』扶桑社新書を
明林堂書店白山店で、少し立ち読みして、
これは面白かった。読みの深い人だと思った。
成り上がり的なスノビズムを許容出来るかは、人によると思うが。
全部きちんとは読んでないし、印象しか残っていないので、
詳しく書けないが、ネット社会の現在が、よく整理されている。
とは言っても、この本、去年の7月に出てたのでした。

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小泉の書評・二人の秘密の記憶

3月23日の本よみうり堂で小泉が取り上げたのは、
岸田今日子さんの『二つの月の記憶』講談社刊 1500円

「私達は別れる時に、いつも
『またね』と言って軽く抱きしめ合った。
それは二人の儀式のようだった」

うっかりしていたが、二人とも同じ
今日子でしたね。
実は少し前に、蔦屋書店三年坂店で、
ぱらぱらとこの本を立ち読みして、
あれ、岸田さん、亡くなったんじゃなかったっけ、
という印象を受けたのだった。
そのエロティシズムが新鮮で、
生き生きしていたからだ。
変な表現だが、
とても死んだ人が書いたものとは思えなかった。

小泉もいい仕事してます。

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晴れた日には

ベストセラー『社長のベンツ…』の著者が教える、
起業家、イケイケ社長、土壇場の社長に捧ぐ、
会社の成長に応じた“経営の勘所!”
新聞広告そのまんまです。
元銀行員の資金繰り&会計コンサルタント 小堺桂悦郎氏の
『晴れた日には銀行から傘を借りよう』日本実業出版社刊1470円
タイトルが、当ブログと似てるので、
紹介しようかと、切り抜いていたんです。
もう忘れるほど前に書店で、立ち読み。
わりとためになりそうでした。
ゆっくり読んでみたいなと思ってそのまま、
平成20年です。
それにしても、いいタイトルだなあ。

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Twinkleパンタ舟歌

八代亜紀さんは、57歳だそうで、このたび
『舟歌ビューティ』アスコム刊というエステの本が出た。
企画自体は優れていると思うが、
エステの広告にとどまっているのが惜しい。
モデル素材の八代亜紀も中途半端、
文章もお飾りみたいで、これは実にもったいない。
こういう作りを「こんなもんでよかんべ」イズムと言うが、
エコロジーの観点から、評価は低い。

対する伊東美咲は、『Twinkle Girls』幻冬舎刊を発表。
ブログを本にしただけの安直出版だが、
パラパラ見てる分には楽しい。
ただ、あの手の顔が好みの方のみ。

そして小学館から、浦沢直樹×和久井光司で
『ディランを語ろう』。
パンタへのインタビューだけ立ち読み。
ディランとあんまり関係ないんですけど、ググッと来ます。
にしても、パンタって敬称略していいのか。
パンタさんも変だけど。

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原宿百景

明林堂書店白山店の雑誌棚で、
「井上雄彦・重松清、ハワイ島を旅する」という
惹句が目についた。
「SWITCH」の12号だ。
特集に惹かれたわけではないが、
普段立ち読みもしない雑誌なので、
秋元康流に、日頃行かないコーナーに足をのばすように、ぱらぱらめくった。
そしたら、小泉今日子のい〜い写真を発見。
「原宿百景」第9回とある。
ウワ、知らなかった。
「リッチくん、三軒先より空の上の方が
よっぽど近い気がするよ。変なの。」

小泉の書く文章には、いつも
どこかやるせない気持ちが残る。
だけど、そこには、ちょっぴり温もりがあってね。
寂しがり屋のいたずらっ子。
キュンキュン!

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ゴージャス

環境問題については、さまざまな立場と角度から数多く語られる。
対立する意見も少なくない。
著者は、これまで流行の最先端を走ってきたクリエーターである。
消費は美徳であると言っても過言ではない生き方をしてきた。
それが、いくつかの体験を通して、かけがえのない地球と
自然の素晴らしさに気づく。
環境問題への対応は
スピーディーにやらないと間に合わないという点と
温暖化はいずれにしても進行するのだから、
この「南国」化をゴージャスに楽しむべきではないかという提案が、
この本の二つの大きな柱である。
なるほどと納得する人もいれば、
疑問を持つ人もいるだろう。
たとえば、レジ袋を断ることより、
コンビニの利用回数を減らすことの方が必要だという
主張をどう思うか。
わかりやすい事例を列挙して、読者に自分で判断することを迫る。
それは自分で自分の生き方を選ぶことでもある。

   『サヴァイヴ!南国日本』
     高城剛著 集英社刊 1365円

Then and Now : 平成19年11月11日付熊日読書欄「私の3つ星」掲載。
「消費は美徳」はないよな、と郵送した後で恥ずかしかった。
著者の高城剛氏は、沢尻エリカのボーイフレンドとして
最近とみに有名になった人。
だが、一部で書きたてられるわりには、
ゴシップとして盛り上がらないのは、
沢尻がバッシングの対象だからか。
私が著者を知ったのは、小泉今日子のブレーンのひとりとして。
ずいぶん前のことだ。
何かに書いてあったが、本書は、
確かにトンデモ本と紙一重である。
しかし、「一つダメならみんなダメ」がまかり通る
環境に関する論議に一石を投じているところを
私は買いたい。

高城 剛 / 集英社(2007/07)
Amazonランキング:5121位
Amazonおすすめ度:
エコってホントは先進的でカッコイイ
このワクワク感はやめられないっ!
高城ファンは必読。グリーン革命を中心に筆者のライフスタイルや歴史への言及も多い。

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小泉の書評『猫鳴り』

11月4日の本よみうり堂に取り上げられたのは、
沼田まほかる著『猫鳴り』双葉社刊 1400円
「希望の光は暗闇を知ってこそ、
見えてくるのだろう。
そう思いながら、穏やかな気分で
私はこの本を閉じた」
小泉が、そっと本の裏表紙を閉じ、
改めて、表紙に視線を転じるそのときの
深い吐息が感じられませんか。
私はそういう本になりたいものだ。

本よみうり堂へのリンクは、こちら

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こんなところで僕は何をしてるんだろう

『こんなところで僕は何をしてるんだろう』
佐野史郎著 角川書店刊 1600円(税別)
合志市西合志図書館で、ふと思い出して、
備え付けのパソコンで検索したら、閉架に収納されていた。
平成10年7月発行で、当時パラパラ立ち読みして、
はっぴいえんどや、フォーク・クルセダーズについての記述が、
なんか、自分で書いたみたいに思えたことを
覚えている。
一時、顔が似ていると言われていたことがあり、
佐野氏には親近感を持っていた。
1歳上の同じ3月生まれとは、さらに同族。
因みに、佐野元春は、私の1日後の3月13日生まれ。
なんか、口惜しいなあ。
こっちこそ、こんなところで何をしてるんだろう、
と思うよ。
でも、まあ、気を取り直して、さあ行こう。
カレッジ・ポップスみたい(笑っ

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現実よ、ひれ伏せ

金城一紀の『映画篇』(集英社刊)を読んだ。
書店に並んだときは、すぐにでも読みたいと思ったが、
映画→『ローマの休日』というのが、ちょっと、
と、その捻りのなさに
こちらが首をひねったものだが、
これはもっと早く読めばよかった。
アマゾンのコメントでは、最初はいいが(5本の短篇からなる)
次第にボルテージが下がるという人がいたが、
私は、逆に、一番軽いのに、5番目の「愛の泉」に
読みながら期せずして涙がにじんだ。
5つの物語が、それぞれの時間と場所から(そのうえ趣向も大きく違う)、
次第により集まってくるところは、
1枚の手描きのポスターがきっかけで、
映画を見るために集まってくる
その他大勢の人達にも、小説に書かれなかった
それぞれのの人生があることを想像させる。
映画を仕掛けにするのは、安直だと思う。
でもあえて、それをやって、見事に不安を吹き飛ばしてくれた
金城一紀。アマゾンに、著者は女性ではないか、というコメントがあったが、
おっ、鋭いなあ、と感心した。
表現の微妙なゆらぎにそれをを感じる。
文体にときおり、素人っぽさが混じるが
それも愛嬌、まあ大目に見よう。
今夜から、オリジナル脚本で「SP」というドラマが、
フジテレビ系で始まる。
タイミング的に、このエントリーが、
私の嫌悪するプロモーションみたくなったのは、
『映画篇』に免じて、許して下さい。

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「社会の要請に応える」>8/18/2007・k337

物事には、その立場の違いから、いくつもの見方、考え方が生まれる。
談合問題について、その背景を明治22年の会計法制定にまでさかのぼり、
経済成長と独占禁止法をからめながら、これほど
的確に書かれた本を私は他に知らない。
またライブドア事件、村上ファンド、
耐震偽装などを例にあげ、
法令と実態がかけ離れた法治国家日本で、
「法令遵守的対応」を取り続けることの危うさが告発される。
社会環境の急激な変化に伴い、
想定外の問題が生じるとき、
具体的な法令や規制を守ることにばかり縛られていては、
新たな問題に対応するための能力が失われる。
官とマスコミがいかに弊害を助長するかの指摘も鋭い。
著者は、コンプライアンスを「社会の要請に応えること」と定義する。
本書の目的は批判にあるのではない。
企業が、世のため人のための組織となって
発展し続けるための、ひとつの重要な態度を示している。

Then and Now : 熊日「私の三つ星」不採用。
この文章には結構時間がかかった。どこを切っても
きちんとした論理立てになっているので、
まとめるのがむずかしかったのだ。でも
よく書けてると自分では思う。

郷原 信郎 / 新潮社(2007/01/16)
Amazonランキング:15095位
Amazonおすすめ度:
よく分かりません
モラルに欠ける日本企業のトップ
著者は「日本は法治国家か」と問う

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小泉の書評8月9月

毎度おなじみの小泉今日子の書評。
少し遅くなったけれど、8月19日の分。

松浦寿輝著『川の光』
  中央公論新社 1700円

「実際の私は音を立てずに歩くことは無理だけど、
本を読んでいる私の頭の中ではそれが出来てしまう。
私は、こういう時に読書の幸せを感じる」
こういうのを読むと、私も幸せを感じる。
読書のページにぴったりの一文ではないか。

因みに、本よみうり堂へのリンクは、こちら

もう1本。9月2日は、江國香織著
『がらくた』新潮社 1500円

「自分にとって大切な思い出でも、
他人の目にはなんの価値もない「がらくた」のように
映ることもあるだろう」
う~む。こういう俗な表現は、ちょっとなあ、
小泉、他に書きようはなかったのか。
と言いたいが、締め切りもあるし、
仕方ないやね。そんなこともある。
でも、書き出しは、可愛くて抱きしめたくなるよ。
リンクは、これ

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芸術の勧め by ヴォネガット

SFマガジンの9月号は、カート・ヴォネガット追悼特集だった。
過去形なのは、多分いま書店で手に入るのは、
10月号だからだ。
普段立ち読みもしない雑誌に
見逃せない記事を偶然見つけたときの喜びは、
さしずめ、水道町の交差点で、長澤まさみとすれ違ったようなものだ。
人類の文化が遺物として残る限り、
ヴォネガットに関連するものに触れるために、
それほど困難な目に遭うことはないと思う。
だけど、まあ、こういう機会じゃないと、
普通の日本人は、読むこともないだろうと思われるので、
インタビューを少し、引用しよう。
「大学でよく講演をやっていた当時、わたしはこういった。『みなさん、芸術に手を染めなさい。どんなにまずくても、どんなにうまくても、それでみなさんの魂は成長します』と。(中略)シャワーを浴びながら歌うことも、ラジオに合わせてひとりで踊ることも、ルームメイトの肖像画を描くことも、詩を書くことも、そのほかあらゆるものがそこに含まれる。どうか芸術に手を出してほしい。なにかになりきる経験を積んでほしい」
その他いろいろ。

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ストレンジデイズ

ストレンジデイズという、ロック雑誌がある。
今月は、ニルソンの特集だ。
ミュージックマガジンなら、表記は「ニルスン」となる。
毎度立ち読みで申し訳ないが、私は
たっぷりノスタルジックにはまってしまった。
友人に医者の息子がいて、彼の部屋で、よくレコードを聞いた。
バンドの練習もやったっけ。
おうおう、高校の放送室で、「ヘイ・ジュード」を録音したことも。
あのときは、ちゃんとディレクターがいたもんね。
思い出しついでに。パルコが時代の先端だった頃、
ビックリハウスという雑誌があった。
特別編集で、パロディ専門のSuperが生まれたのだが、
今でも、ときどき思い出して、そのセンスに頭が下がるのは、これだ!
「ニューミュージックマーガリン、特集:マーガリンにとってバターの存在とは」

ミュージックマガジンという雑誌、元は「ニュー」を冠していたが
ニューミュージックというジャンルが広まったせいか、
誤解を避けるため、しばらくして「ニュー」を外し、ミュージックマガジンになった。

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夏のコワ〜イ書評

8月12日付讀賣新聞の本よみうり堂は、
「夏のコワ〜イ1冊」というテーマで、書評者勢揃いだ。
こういうテーマをいきなり振られたら困るよな。
しかし、そこは伊達に書評担当しているわけではない。
小泉今日子の1冊は、偕成社刊『赤いろう燭と人魚』である。

でも、今回の文章、そつがなさすぎで、怖くないッス。
ま、コワイ書評という特集ではなかったが、梯久美子さんの
夏目漱石「夢十夜」は、怖かった。

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松岡と小泉(今日子)

夕方、三年坂の蔦谷書店に行った。
『松岡利勝と「美しい日本」』という本が、朝日新聞社から出ているからだ。
大雑把に立ち読みしてみて、松岡が死ななくては出版できなかったのかと思う。
悪行を暴くだけに終わっているのは、1260円分だから仕方がない。
荒木組が松岡に利用されるばかりでなく、
うまく立ち回って、新幹線工事にまで食い込むようになったことなど、
枝葉の方まで東京からJRでやって来るライターに頼むのは虫が良すぎるか。
なぜ、松岡が政治家を目指したのか、理想はなかったのか、私はそれが知りたいのだが、
それに応えてくれる本は誰も書いてくれないだろう。
メディアにとって熊本は、片田舎に過ぎないからな。

金城一紀が新作『映画篇』を出していた。集英社から、1470円。
この本の期間限定公式サイトは、こちら
また、7月22日の読売新聞の本よみうり堂に、小泉の書評。
筒井ともみ著『おいしい庭』光文社1470円。
「私の庭は時々大人になりきれない気持ちの隠し場所になってしまう」と書く今回は、
書評本文を是非味わってほしい。
こういう紹介をされたら、思わずハグしてしまいそうに素晴らしい文章。
つーか、チャンスがあれば、理由なしに、ハグしますが、Kyon2なら。

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好評・小泉の書評

携帯からなので、リンクとか出来ません。
7月1日の読売新聞小泉の書評で取り上げられたのは、
万城目学氏の『鹿男あをによし』幻冬舎 1500円です。
そつなくまとめてた。

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小泉今日子の書評:『建てて、いい?』

読売新聞6月11日号に掲載。オンラインはこちら
今回は、中島たい子著『建てて、いい?』です。

実は、同業、じゃない、同じ趣味の「Independent俺」さんのブログで、
掲載を知りました。おまけに『お月さん』も。

だけど、今回私がいいなと思った小泉の一節は、
「賃貸生活25周年の私は、家を買おうと思った事がまだない。
今のところ、私の居場所は仕事場にあるということで
満足しているからかもしれない」でした。

でも、でも、少しさびしいぞ。キョーコっ!

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知ることより考えることより...

風邪で2,3日寝ていたので、その間、図書館で借りていた
池田晶子著『知ることより考えること』を読んだ。
この2月に亡くなった著者の人生観というか、死生観に触れてはいたが、
やはり志半ばという無念さは、いかばかりかと、、
何度も書くけど、松岡ショックがずしりと重たい。

もちろん、池田さんは、多分無念を超越していたとは思うが、
10年後20年後の、思索を楽しめないという現実は、
やっぱり残念だっただろう。

池田 晶子 / 新潮社(2006/10/17)
Amazonランキング:43467位
Amazonおすすめ度:
これでいいのだ
無知+エゴ=傲慢
考えることの本当

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小泉今日子の書評・5/14/2007

小泉今日子というカテゴリーも要るな。
久々に本よみうり堂をチェック。
見やすいサイトなんだけど、私みたいに小泉の書評が、
ほとんど、お目当てというような者にとって、
ぜーんぶ<続きを読>まないと、小泉の書評にたどり着かないというのは
ま、言ってみれば陰謀の類か?
大抵の場合、より幅広いジャンルの新刊についての知識を得ることができるので、
そういう苦労も、ためにはなるんだが。

そこで今回は『頭のうちどころが悪かった熊の話』。
ま、読んでみてくださいよ。
「大人になって、寂しいと感じるのは人に叱られなくなることかもしれない」
と、こういう言い回しが出てくると、もう小泉節ですね。
ただ、これをあざといと感じる人もいるであろう(これも小泉風表現)。
だけど、この文章そのものが、ファンによるファンのためのエントリーである。

小泉今日子にこんな素敵な紹介文を書いてもらえるような
本を作ることが、私の人生の目標です。ということで...

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都市計画、利権の洪水。

都市計画が規制緩和とともに進められてきたというと、聞こえはいいが、
この規制緩和は実は容積率を中心とした緩和にすぎない。
地元の声をないがしろにして、
建設業をはじめとする産業界の利益のために、
ひたすら国土を食いものにしてきたことが、
この本を読むとよく分かる。
また戦後経済の中で、列島改造論やバブルなどが、
どう位置づけられるものかも分かりやすい。
国から都道府県を通じて。市町村におりてくる通達の意味を知らない
自治体職員の方は、いらっしゃらないと思うが、
「やさしいまちづくり条例」なるものが、真に住民のためになるためには、
一人ひとりが、税金の使われ方を考えていかなくてはいけないことを
思い知らされた。
私たちは利権の構図を本当に超えていけるのだろうかと心配になってくるが、
現実を見つめ、足元を確認するのにはよい本だ。

五十嵐 敬喜, 小川 明雄 / 岩波書店(1993/08)
Amazonランキング:211233位
Amazonおすすめ度:
土地、このまがまがしきもの
都市計画の抱える課題を分かりやすく解説
わかりやすいのだけれど・・
Then and Now : 平成8(1996)年5月19日付熊本日日新聞「私の三つ星」欄掲載。
40歳にして、これだ。もっと大人になれよ、と
「夏のタイムマシーン」by Kyon2に私は伝言を依頼した。
当時はまだ、ゼネコンに勤める前だったので、好き放題言ってるって感じです。
五十嵐教授については、前にも書いたけど、賛否好き嫌いの分かれる人。
ダニー・デビートにやらせたら、最高の役どころ、とも言える。
あれから10年、変わったことも少なくはない。
良い世の中になったかどうかは、人それぞれの感じ方だろう。
なんて、のんきな感想でいいのか!

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都市と水と、

水は日本を水田文化の国として豊かにはぐくんできたものであるが、
洪水をはじめとして、水との付き合いには
必ずわずらわしさがつきまとう。
戦後の高度成長期はその歴史の中で全国的に都市化が進み、
水と文化を切り離してしまうような異常な時期であった。
それは経済的に貧しかった国民が豊かになるのと並行して、
次第に自然の水循環というものを無視して、
自然からしっぺ返しをくらう時期であったとも言える。

元来、農山漁村の水社会で育成された水文化の伝統と理念とを
急速に都市化した日本の社会でどう次世代に着実に伝えてゆくか。
地下水の保全、川辺の自然景観の復元、
「おいしい水」の秘密など具体例が豊富である。

水資源開発が進むほど、水の大漁使用が促されるという現実。
中学、高校ぐらいの世代にぜひ読んでほしいと思う。

高橋 裕 / 岩波書店(2004/02/20)
Amazonランキング:422997位
Amazonおすすめ度:
Then and Now : 平成8(1996)年7月21日付熊本日日新聞「私の三つ星」掲載。私が40歳のときである。
あのころ、何を考えていたんだろうな。
長男は7歳だったし、私の父も弟も元気だった。
そういうものだ。

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働く男

小説新潮5月号の特集は「人生が二度あれば」だ。
そのテーマで、何人かの小説家が競作していて、
その中の重松清の「マティスのビンタ」を読んだのだが、
どうもなあ、でした。ありきたりの終わり方で。

それはそうと、井上陽水のロングインタビューが、これが
読み応えってものが全然ないんだけど、
「まったり」というのか(この表現は好きではないのだが)、
あの口調がそのまま活字になってるので、
団塊の世代の方には、たまらないかもしれません(笑

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「クルマがやさしくなるために」

 Then and Now : 平成9(1997)年3月16日付熊本日日新聞「私の三ツ星」掲載。
 ひょっとしたら、前にエントリーしてるかも…
 このゴールデンウィーク中に熊本県では、5人の方が交通事故で亡くなった。
 原因はいろいろだろうが、街頭の交通指導、パトカー、白バイ等、
 早朝より、本当にご苦労様です。おかげで渋滞してます。
 皮肉ではなくて、それで交通死亡事故が防げるのなら、どんどんやってください。
 そんな簡単に行かないことも県警では分かってるんだろうけど、ね。

     
          「クルマが優しくなるために」
        
          杉田 聡著 ちくま新書 680円

極論である。運転中の携帯電話使用は確かに危険だけれど、
視線移動を伴うカーナビはもっと危ない。
通過儀礼的な運転免許制度によって大量生産される素人により
歩行者に対する思いやりもなく運転されるクルマは
「子どもの権利条約」を踏みにじる大人のエゴである。

またクルマ問題をエネルギー問題にすり替えてしまうエコロジストに対する苦言。
シートベルト着用や車両の安全性強化のために
歩行者がかえって危険な目に遭うようになるなど
クルマを利用する人々にとってほとんど反論の余地のない
見事な論理展開である。
子どもだけに限っても毎年、一般的な小学校の児童数に近い
600人という死者を出している「走る凶器」について
私たちはあらためて考えなければいけない。
交通安全運動の目標が、例年代わり映えしないから事故が減らないのだと
考えていた私は、問題の根本を既に取り違えていたらしい。

杉田 聡 / 筑摩書房(1996/10)
Amazonランキング:1012030位
Amazonおすすめ度:

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あのころは定期購読者

左下の方に、アクセス解析の一部を表示しています。
検索フレーズとアクセス地域のランキングです。

ところで、本日も過去の投稿から。
本当は、k(ケッヘル)番号つけるところだが、
原稿が残っていないので、掲載コピーから引き写します。

ザテレビジョン1997年3月21号より

■ソフトな記事ばかりではなくテレビ界についての
鋭い分析もザテレビジョンの持ち味だと思います。
そこでこんな企画はどうでしょう。
お年寄りがテレビに対して抱く思いを検証するのです。
テレビの成長とともに年を取った人たちが、
テレビの中に何を見ているのか。
私を含め、その下の世代の人たちも認識する必要があると
思います。

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トラルファマドールからの招待状

カート・ヴォネガットが死んだ。
亡くなったとか、永眠したとか、そういう言い回しより、
直截的な方が似合うと、勝手に言っておこう。

今朝、熊日で知った。13日の金曜日の始まりにぴったりだ。
というのは、ヴォネガット風ではない。
重要な予定が入ってなかったら、今日は仕事を休んでいただろう。
悲しみというのでもない、喪失感そのものでもない、
でもちょっと打ちひしがれた。
享年84歳。
読売新聞の記事(どちらもニューヨークタイムズ電子版によるが)では、
11日に亡くなったとあった。死因不明。

新聞表記の都合で、「ボネガット」となっていたのは、
少し寂しかった。少しだけね。

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オバハンの入り口にて

菊陽町図書館で、日曜の読売新聞を開いて、本よみうり堂へ。
小泉(今日子)の書評があった。うれしい。
ONLINEでは、4月9日付になっているが、こちら
取り上げられたのは吉永みち子さんの『オバハン流旅のつくり方』。
これは久々に痛快な小泉流です。
人間ドックを引き合いに出すから、体調悪いのかと心配しつつも、
文章のノリは絶好調なり。
いいなあ、友だちになりたいなあ。
年も10コしか違わないしねえ。
ところで、映画版『東京タワー』にもカメオ出演しているらしい。

その『東京タワー』だけど、映画は日テレが出資しているようだ。
誰がプロデューサーか知らないけれど、
ものすごい荒業に思えるんですけど。

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読みたい本だな

3月27日付毎日新聞に「となりの達人~売れる書棚を作って36年」
という記事があった。
ジュンク堂書店池袋本店の副店長・田口久美子さん(59)のインタビュー。

「たまに出かける旅の先でも、つい地元の書店に入り、棚を見る。
『これを売るんだ』という顔が見える書店に出合うとうれしい。
だから棚作りはやめられない」

彼女は、書店の棚に並べる書籍セレクションの達人なのだ。

客としても、売れ筋に頼らない書棚の前に立つと、
少し大げさだけど、身震いする。
あちこち魅力的な女性を前にした感じ?(笑

4月8日付熊日の読書欄の「週刊ベスト10」の東京の部は、
神田の東京堂書店だったが、
なんと第6位に『変死するアメリカ作家たち』が入っている。
これは、どういうことかと思って、検索してみた。
すると、去る3月24日に坪内祐三先生が、
出版記念イベントで、トークをやってる様子。
なるほど...
この本については以前取り上げたが、
引用書籍の一覧表がないという不親切な編集である。
書き下ろしでもなさそうなのに、初出がないのもどうかね。
ガイドブックとして、面白く読めるだけに残念。

JA菊池直営の「きくちのまんま」に妻と野菜を買いに立ち寄ったおり、
包装用に置いてあった日本農業新聞。
たまたま書評のページだったのだが、
これが実に有益。
日ごろ業界紙までカバーは出来ないが、すごい得した感じ。

そこで、私のWEB本棚ブクログ。
このブログのトップページの左下にリンクがあります。
って、ここに「読みたい本だな」リンクすればいいのか。

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ゴー・ウエスト


坪内 祐三 / 白水社(2007/02)
Amazonランキング:102550位
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タイトルから、ナサニエル・ウエストを連想、手に取ると、
なんと予想通り、「早く来すぎた男、ナセニエル・ウエスト」という章がそこにあった。

ウエストは、往年のアメリカン・ニュー・シネマ・ファンには、
映画『イナゴの日』の原作者として有名、というか、
ジョン・シュレシンジャー監督や、主演のドナルド・サザランド(キーファーの親父)は
知られているが、ウエストは日本では無名のままだろう、多分。

私は、丁度映画公開まもなく、英米文学科に入学したので、
演習で、ウエストの講義を取った。
演目は代表作の一つ『孤独な娘(ミス・ロンリーハート)』、
私的には、しっかり勉強した部類である。

解説に、スコット・フィッツジェラルドの急死の報を受けて、
駆けつける途中、事故死と書いてあったことはしっかり覚えていたが、
30年を経て、それはどうも間違いのようであることがわかった。
メキシコでのハンティングの戻り途、もともと、無謀運転のひとだったらしい。

因みに、
フィッツジェラルドが亡くなったのは、1940年12月21日夕方、
ウエストは、その10数時間後、1940年12月22日午後2時55分。

フィッツジェラルドが彼の恩人であったことは事実だし、
もちろん親交もこれからお互いもっと、深まるところでもあったようだ。

ネイサン・ウエインスタイン、1903年10月8日生まれ。
村上春樹が、彼について書いた文章にはお目にかかったことがないので、
アメリカ文学史上は重要な作家だとしても
少なくとも、村上春樹にとっては評価に値しないのかもしれない。
「村上朝日堂」で質問しようとして、忘れていた事柄です。

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クンタキンヤのデタトコ主義

養老孟司先生が中央公論に「鎌倉傘張り日記」というエッセイを連載している。
3月号では「データ主義」というタイトルで、
例えば、こういうことを書いている。

「データの読み込みというのは、それ自体がじつはむずかしい。
だからそこにインチキが付け入る余地が必ずある」

「データは考えていることを確認する材料に過ぎないのであって、
じつは考えのほうが優先するのである」

どこかで誰かが、養老先生の文章の論理立てが
データに基づかない、感想文に過ぎないと書いていたのを
読んだ記憶がある。最近のことだ。
たぶん、それへの反論だろう。
私も養老先生の屁理屈に親近感を持つもので(読めばわかるか)、
氏への批判に不安になっていたのだったのだが、
この文章を読んで、それでいいのだ、とまあ思った次第です。

昨日は、左側の肩こりがあまりにひどいので、
午後、西合志図書館で、雑誌など読んでいたのだが、
男子小学生が、現代農業という雑誌のバックナンバーを
夢中でめくっているのに遭遇。
土作りがどうの、畝の起こし方、プラウがなんたら、と
耕作機械が好きなのかとも思ったが、どうも興味はもっと深いようで、
「これだー」とか言いながら、
図書館の通いバッグ(市内の小学生に無料配布されている)に
何冊か突っ込んで、借りる様子。
思わず、「何年生?」と聞いたら、
「5年生です」と答える。
そういうつもりではなかったが、「変わってるね」と言うと、
「みんなにそういわれます」だと。
「頼もしいね」と感想を述べると、照れくさかったのか、
あっちに行ってしまったが、なんかいいやつに出会ったよ。
友だちになりたいぐらい、であった。

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ディスカバーJAPAN>2/11/2007・k326

この本のページのあちこちから、
懐かしい歌謡曲、フォークソング、Jポップのヒット曲のメロディーが聞こえてくる。
テレビの歌番組やCMが思い浮かぶ。
日本人の嗜好の変遷、
景気の動向に密着してきた流行歌売り出し戦略の提携先には、
大まかに分けて、企業広告系と放送局系の二つの流れがあり、
レコード業界は映画やドラマ、あるいは広告とのタイアップに支配されてきた。
大衆は踊らされていたのかと感じる人もいるかもしれない。
だがこのタイアップをしたたかに利用して
独自の音楽を作り上げ確固たる地位を築いた、
松任谷由実や山下達郎のような実力あるアーティストを、
結果的には生み出したシステムでもあった。
「ディスカバー・ジャパン」キャンペーンの歌い文句が「美しい日本と私」であり、
それが川端康成氏の言葉に由来するというようなトリビアを始め、
団塊の世代の皆さんが半生を振り返るよすがとなる読み物になるだろう。

             「タイアップの歌謡史」
             速水健朗著 洋泉社 819円

Then and Now:
平成19年3月25日熊本日日新聞「私の3つ星」掲載。
やっと載りました。揺るぎない自信はあったのだけど、
改めて読むと、ちょっと硬いなあ、小泉今日子の書評、
なんだかんだ言えないッス。
最近、安倍首相の話題が激減しているので、
ちょっとインパクトなくなった「ディスカバー・ジャパン」のエピソード。
ユーミンや山下よりも、大滝詠一や鈴木慶一を引き合いに出したい気もしたけど、
この際世間体を意識しました。
マニアックな本ではないけど、十分楽しめます。
洋泉社らしい誤植や、推敲不足は新書だから目をつぶろう。

因みに、レコード・コレクターズ2007年4月号は、大滝詠一さんの
「NIAGARA CM SPECIAL」の特集。
これについては、ブログ「鳥肌音楽」さんが書いています。


速水 健朗 / 洋泉社(2007/01)
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タイトルに『通説』とつけるべき
ありそうでなかったCMソングの歴史の本

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続・恋って苦しいんだよね

こういうとき、
前のエントリーを修正するにとどめるか、どうか迷うんだが、
新しく書いたのは、アクセスを増やすためではありません。
というと、かえって言い訳がましい?

小泉の書評はこちら

NHK土曜ドラマ「ハゲタカ」が今週でいよいよ最終回。
番組HPにメッセージを送る。

  「先週都合で見れなかったので、
  ビデオに録画してもらっていて、
  本日鑑賞。

  鷲津に(おそらく)弾丸が当たったと思われるシーン。
  私が思い出したのは、
  ロバート・レッドフォード主演の
  映画『華麗なるギャツビー』で
  ギャツビーが撃たれたプールサイドでした」

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さよなら!シクスティーズ

サエキ けんぞう / クリタ舎(2007/02)
Amazonランキング:15402位
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歯科医でロック・ミュージシャンのサエキけんぞう氏の著書『さよなら!セブンティーズ』は、
私にとって、かなり、後悔してもしきれないほどの自責の念に駆り立てられる本である。
千葉と熊本と育った場所が違うということではない。
思い切り、恥知らずにも大胆な行動を取らなかったことに対してである。
もちろん、死にたくなるくらいの馬鹿をやらなかったわけではない。
しかし、少しばかり遠慮していたな。と思うのだ。

 「鈴木ヒロミツの豪放なボーカルを思い出すと、人が「ロックであること」は、
 たった1日だけであってもいいし、一生でもいいし、
 あるいは限定されたある期間だけでも、どれでもいいのではないか?
 と思えるのである」

これは、この本に収録された
先日亡くなった鈴木ヒロミツさんについてのサエキ氏の文章である。
もちろん、亡くなることなんか夢にも思わないで書かれている。
結果的にそういうことになったので、静かだがズシリと重い。
タイトルは「鈴木ヒロミツの温かい手のひら」である。

19日のNHK-FM「ミュージックプラザpartⅡ」で、
つのだ☆ひろさんが、モップスの鈴木ヒロミツさんの特集をやっていた。
いつもああいう声ではあるが、
お終いの方では、少し涙声だったような。

鈴木慶一氏も自身のブログで、哀悼の意を表していたが、
鈴木ヒロミツさんのこと、
「アニマルズのエリック・バードンだ」という認識をみんな持っていたのだろうか。

私が番組で聞いたのは、
「朝まで待てない」これは、阿久悠さんの作詞デビュー作で有名な曲。

「たどりついたらいつも雨降り」吉田拓郎、このころ天才だった(ご無礼!)。

「大江戸冒険譚」つのだ☆ひろ作詞、加藤和彦作曲。ボラン・ブギーを
ちょっと照れくさそうに演奏したという感じ。

「気楽に行こう」モービル石油のCMソング。「車はガソリンで走るのです」の
ナレーションは、加藤和彦だったという話。

「何処へ」この曲は覚えがないが、失くしたものの大きさがよくわかる。
こういう言い方は非礼だが、PANTAにはずっとずっとがんばってほしい。
そういうことを実感する。

ニッポン放送の元社長・亀淵昭信氏が「オールナイトニッポン」の
パーソナリティー(因みにこの言い方は、この番組で初めて使われた)だったころ、
ヒロミツさんは、懐かしのGS特集でゲストに来て、
ほんとうに面白くて、マニア心をくすぐる裏話をたくさんしてくれた。
「日本のロックファンが、「日本のロック」のレコードを買わないから
俺たちはやりたい音楽がやれない」発言(大意)がなされ、
それに怒ったリスナーが、
買いたくなるようなレコード作らないのが悪いんだよと葉書を書いた。
子どものケンカである。
どこで見聞きした話だったか忘れたが、
氏が、ドラマなどのタレント活動に傾斜していったのは、
そういうところに原因があったのではないかと私は思っている。

1月にあと3ヶ月と余命宣告をされて、
誰にも言うなと口止めしたそうだ。
これはつのだ氏が番組で語ったエピソード。
見舞い客の対応などに時間を取られるよりは、
家族と過ごす時間を大事にしたいと
言っていたらしい(モップス元メンバーでもある実弟の幹治氏談・大意)。

私がヒロミツ氏のことをどう思っていたか。
グループサウンズの語り部。
私にとってはそれに尽きる。

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恋って苦しんだよね・・・小泉の書評

読売新聞に掲載される小泉今日子の書評は、
いつもは、「YOMIURI ONLINE 本よみうり堂」で読むのだが、
きょうは、そういうわけで熊本市中央公民館の図書室で読んだ。

永沢光雄さんの『恋って苦しいんだよね』リトルモア1800円について。
もどかしさが、小泉のこころの内を垣間見せてくれる、少し切ない文章だった。

永沢 光雄 / リトルモア(2007/01/26)
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僕はきみに守られるために生まれてきたんだ
よぉ!永沢さん。

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削られた副題


筒井 ともみ / 新潮社(2007/02)
Amazonランキング:41595位
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単行本で出たとき、小泉今日子が紹介文を書いていたので、
気になって読もうと思っていたのだが、
ついにこれまで読まずに来てしまった。

で、今回新潮文庫に収録。
なんとお、解説を篠原・オーマエ・涼子が書いている。
ゴーーーージャス!

彼女はその昔、東京パフォーマンスドールで売り出し中、
漢字が読めない書けないあほキャラで、バラエティで人気を博したのだが、
実はちゃんとした文章が書けるひとだったのだ。
勉強したのか。
ただ、あまり本は読まないと白状している(脚本は別)。
この解説、結構長いので、これに100円くらい払う感じ(立ち読みしたのですが)。
おそらく、彼女のことを憎からず思う人にとっては、それだけの価値もある。
というわけで、お薦めです。
ついでながら、yomyomの第2号が出ている。
今回の表紙は、暖冬ゆえに余計まぶしい純白なり。
なぜかというと、今回はソフトバンク・モバイルとのコラボだからです。
手には取ったものの、すぐに戻した。

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この切なさは...

小泉今日子が、山田詠美の新作『無銭優雅』について書いている。
例によって、本よみうり堂の書評こちらです。

で、少し前に三年坂の蔦屋書店で見かけたときの第一印象が
すこぶる悪かった本書。なぜか?
そうです、装丁です。
あまりに安っぽい。これって、わざとですか?
タイポグラフィも手触りもあまりにチープ(ほめ言葉ではない方)。
やい、幻冬舎、君は何を考えていないんだね?

日本語に「?」はありません。大学で比較文学の小玉先生に習った。

それから、小泉の書評についての批評。
なんだろう、この切なさは。
ぜんぜん「ビバ、40代!」が伝わってこない。
それは、当方の心持のせいだろうか。

日本語に「!」もありません。

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「コンセント抜いたか」

週刊朝日2月23日号の連載エッセイの中で
嵐山光三郎さんが渡辺和博さんに捧げる文章を書いている。

「こうして渡辺和博氏は死んでいった。
友人が死ぬのは自分の一部が死ぬことを意味する。
そして「人は死ぬのだ」というあたりまえのことを教えてくれる」

最近、引用と盗用について考えるところがあって、
検索してみると、一般的な定義が見つかった。
厳密な線引きはむずかしいところでもある。
で、私としては、中途半端に要約するよりも、原文を
そのまま引用した方が誤解も少ないのではという気持で、
著作権云々に特段の配慮をせずに引き写しています。
出典を明らかにしておくことで、本文に当たってくれればということです。

1月9日の熊日夕刊に、竹原ピストルという歌手の記事があった。
その中に、彼のデュオ「野弧禅(やこぜん)」の
代表作『ならば、友よ』の歌詞が引用されている。

 〝青春〟って言葉はきっと立ち止まった人が発明したんだろ
  ならば、友よ・・・君と青春を語り合うのは 死ぬ間際でいいや
 

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小泉の書評『均ちゃんの失踪』

こういうレビューを読むと、
その本を読みたくなる。
小泉今日子が今回選んだのは、中島京子の『均ちゃんの失踪』。
やっぱ、女なんだねえ、キョンちゃん。

これ、「ヒトシちゃん」と読むのか、「キンちゃん」と読むのか、
その微妙な違いで、私の心証も変わります。

中島京子のデビュー作『FUTON』は面白かった。

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アギーは恋人

団塊パンチ4号」の表紙は、アグネス・ラムだ。
しかし、団塊世代とアグネス・ラムはカブらないんじゃないか?
と、私は後期団塊世代として思う。
(この「後期」は、ポストが誤訳されたもの)

でも、あちらは長友健二。こちらは、
篠山紀信の「激写」をやっとのことで探し出した。

Dscf0076 Dscf0077

「アギーは恋人」については、
カテゴリー「週刊クンタキンヤ」のこのページに。
グーグルで「アギーは恋人」を検索したら、
『レヴォリューションNo.3』のアギーよりも上、
堂々のトップ表示でした。当たり前か。

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この国はオレのもの、じゃない

牛島信著『この国は誰のものか』(幻冬社刊)の新聞広告は
結構インパクトあった、というか派手だった。
たまたま昨日書店で立ち読みしていたのだが、
コーポレート・ガバナンス(企業統治、これでもわかりにくい)の点で、
トヨタのことを手放しで褒めている。
そのことに??が浮かんで、興ざめであった。
トヨタには、企業姿勢そのものに問題があるからなあ。仮に
トヨタの正体』に書かれていることのすべてが真実だとは限らないとしても。

ちなみにアマゾンでは品切れでした。
広告効果?

もうひとつの流行語、
カスタマー・サティスファクション(顧客満足)の雄(あ、これも不適切語かしら)、
と自画自賛している au 。
TVドラマ「エラいところに嫁いでしまった!」を見ていたら、
篠原涼子がCMに出ているではないか。
ついにイメージ・キャラクター交代の予告編?

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小泉今日子の書評『一瞬の風になれ』

この本、夏の終わり頃、託麻市民センターの図書室で見かけ、
ぱらぱらと読んで、面白そうだなと思った。
例のごとく、そのうち、の本になったのだけど。

そして直木賞の候補にもなったので、
早く読んでおけばよかったと少し後悔。

読売新聞の書評で小泉今日子が取り上げていた。
リンクはこちら
で、彼女の文章、今回は少々説明的でちょと硬い。
最後の方でやっと、コイズミに追いつくという感じ。
でもそれが、この本について逆によく物語っていると言えるかも。

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濃密な共同体としての学校

「週刊エコノミスト1月23日号」の別の特集で
伊藤茂樹 駒澤大学総合教育研究部教授が
「いじめの実態をあぶり出し学校の共同体的濃密さを薄めよ」と
書いている。その記事からの引用。

「日本の学校は、伝統的に全人格的なコミットメント(関与)を要求する濃密な共同体としてあり、それがいじめの温床となっていることが指摘されてきた」

そこで、共同体的な濃密さを薄めていけば、いじめも起こりにくくなると考えられるというわけだ。

「これは「心の教育」の充実や「規範意識を高める教育」といった、学校への期待をさらに高度化してメニューを書き加えるのとはむしろ逆のベクトルである」

それはもっともなことながら、それならば自分が社会の構成要素のひとつの染みであるということを分かった上での「規範意識」をどこで学ぶのか。
「規範意識」と言うから、安倍好みになるが、「コモンセンス(常識、共有すべき認識)」の持ち方は家庭や地域で、ということになるのか。

図書館でメモしてきたのが一部なので、全文をもう一度読むと、もっと建設的なことが書いてあったかもしれない。

また、濃密な共同体でなくなった学校では、
他の場所、時間では得がたい友人に出会うことも難しくなる
ということもあるかな。

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「エコノミスト・リポート」から

「週刊エコノミスト1月23日号」の「エコノミスト・リポート」、竹内啓 東京大学名誉教授の
「改めて問う 何のための「改革」なのか」からの引用です。

「「自由化」「市場化」をスローガンとする「改革」を求める人々は、結果としての成長のみを求めているのではなく、より根本的な理念あるいは哲学に立っているように思われる。それは「市場における競争は善である」というア・プリオリ(先験的)な仮説である。
つまり、それが事実としての経済成長という結果をもたらすというのではなく、市場競争は善であるから、その結果はよいものである、あるいは市場競争によってもたらされるものが「善」なのであるという考え方である」

このような例は、いくらでも見受けられる。例えば
「「教育再生」をスローガンとする「改革」を求める人々は、結果としてのよりよい教育のみを求めているのではなく、より根本的な理念あるいは哲学に立っているように思われる。それは「教育においても競争は善である」というア・プリオリ(先験的)な仮説である。
つまり、それが事実としての教育再生という結果をもたらすというのではなく、市場競争は善であるから、その結果はよいものである、あるいは教育における市場競争によってもたらされるものが「善」なのであるという考え方である」
だいたいの感じはつかめるでしょう。

ただし、このような言及の仕方は、さほど難しくはないし、
それで問題解決への近道が見つかると言うものでもない。
だから、絵のない風刺漫画と思ってね、私の文章は。

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考える人 g.u.

新潮社から「考える人」というムックが出ている。
今回は、ファーストリテイリングとダイエーのコラボ「ジーユー」とのコラボである。
「yomyom」のときもそうだったが、
広告連動型の表紙を開発したという意味では
新潮社に企画賞を差し上げたい。

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「ちゃいろにわとりのちゃーぼう」

 まだ実物を見ていないで紹介する無礼をお許しください。
 年賀状でトトハウスの前田さんが、絵本を作ったということを知りました。
絵本の販売ページは、こちら。トトハウスのホームページ自体もご近所の縁側で茶飲み話をしているような楽しさです。
 
Dscf0068_1 写真は、幼稚園のとき、
学芸会でニワトリのお母さん役を演じた
私の写真でございます。
これも縁かな。

 ご近所と言えば、今日の熊日に高橋章子さんの「愛があるから子どもに口出し」というエッセイが載っている。
もう一昨年になるのか、大津町で開催された「第5回くまもと子育てトーク」に、彼女見たさに行きましたよ。
思えば、学生時代、ビックリハウス編集部に遊びに行けばよかったんだよな。
 それはそうと、彼女の文章にもあったが、失われてしまった「町のご隠居さん」待望論は根強い。
だが、自分が進んでその役目を引き受けようという人は少ないだろう。昔はいたなあ、と言ったってそれは落語の世界か、よくて自分たちの記憶の中。
つまり、いつだって「ご隠居さん」は近くにいる可能性は高いし、いつのまにか自分がそうなっているかもしれない。

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わすれものは もう

 西合志図書館の新刊のラックに入っていたので、読み始めたら、活字が大きいのですぐに読んでしまった。 
 やっぱり昔話が面白い。細野さんや松本隆との出会いとか。とにかくエゴの強い人という話だったので、近寄りがたかったが、それが自分に対する自信のなさから来ていたことが、この本を読んでよくわかった。 
 クリスチャンになることは、自然な流れだったのだ。最後のページに自作「機関車」の自筆の歌詞が掲載されているが、変わらないものもあるのが人間なのか、自分が変わったことを示したのか、どちらだろう。


小坂 忠 / 河出書房新社
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12月の雨の日

「12月の雨の日」は、大瀧詠一さんの作曲なので、細野さんのことを書こうというのに適当ではないが、雨降りだったので。もう上がりそうだけど。

 この本は、北中正和さんのインタビューをもとに構成されたもので、今回平凡社ライブラリーに収められた。定価1400円は高い。高いけど、それだけの価値はある。といってもそれは細野さんに興味を抱く人にとってのことだけれど。

 いちばん驚いたのは、ドラッグにのめり込んでいた時期があったということ。「おっちゃんのリズム」という一拍子のリズムの話。いまや、目新しい概念ではないが、ここに新しい日本のポップスが始まったと言えるかもしれない。

 小原礼が抜けたあと、サディスティック・ミカ・バンドのベースをやったこと(私の誕生日に行われたライブだったことは覚えている)は一部では有名。細野さん、どこかのインタビューで、本気で加入を考えて、『泰安洋行』の「蝶々san」は、初代ミカをイメージして書いたと語っていた記憶がある。

 宗教的なものへのアプローチが随所に見られるのは、1991年という時代がそうさせたのだろうか。

 現在の細野さんはここいらにいらっしゃいます。

細野 晴臣, 北中 正和 / 平凡社
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ホソノワールド

 

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後日談『ひとつ、村上さんでやってみるか』

 今日、明林堂・麻生田店で見つけ、早速内容をチェック。目を皿のようにして探したが、なんと不採用。ショックその②。同じテーマがあって、そちらの方が数段上ゆえ、私のメールが没に。仕方がない。コピーしちゃっていいかな、ごめんなさい村上さん。

-----Original Message-----
From: H. Murakami
Sent: Thursday, April 13, 2006 11:41 AM
To: B出版・村上朝日堂
Subject: Fwd: 交通標語は、役に立たないの件

僕はむしろ「踏切だ、電車と相撲をとりたいか」というほうが好きですね。きっと採用されないだろうけど。

村上春樹

>>>>
>>>> ----------
>>>> From:  クンタキンヤ[SMTP:KUNTA-KINYA@NIFTY.COM]
>>>> Sent:  2006年4月9日 17:31:20
>>>> To:  B出版・村上朝日堂
>>>> Subject:  交通標語は、役に立たないの件
>>>>
>>>  村上さんの、交通標語は役に立たないという意見、ごもっともです。
>>> しかし、交通事故抑制に効果があるかどうかは別にして、村上さんの小説の中に出て
>>> くる警句同様、忘れられない文句もあります。
>>>  私が好きなのは、学生のときに見かけた、「踏切だ、鳴らせ心の警報機」というも
>>> のです。
>>> ポピュラー・ソングのサビにもってこいのフレーズだと思って、これにはメロディを
>>> つけましたが、頭が出来ぬまま、30年の歳月が過ぎました。
>>>  役に立たなくても、やっぱり人生の数だけ、交通標語はあるのかもしれません。冗
>>> 談です。

-----Original Message-----
From: H. Murakami
Sent: Friday, April 21, 2006 11:05 AM
To: B出版・村上朝日堂
Subject: Fwd: 今度は、映画のエンドロールの件。

そうですか。今度アルトマンの映画を見る時には、エンド・クレジットまでちゃんと見てみますね。アメリカではもうすぐアルトマンの新作が封切られま
す。ラジオの音楽ショーがテーマの映画みたいです。面白そうです。

ただね、アメリカの映画館だと、場所によってはエンドクレジットの途中で場内が明るくなって、掃除の人が入ってきて作業を始めたりするんです(誰もそ
んなもの見ないから)。だからシェフの名前の出てくるところまでうまく見られるかどうか・・・。

村上春樹

>>>> ----------
>>>> From:  クンタキンヤ[SMTP:KUNTA-KINYA@NIFTY.COM]
>>>> Sent:  2006年4月14日 22:02:15
>>>> To:  B出版・村上朝日堂
>>>> Subject:  今度は、映画のエンドロールの件。
>>>>
>>> 交通標語について、ご返事ありがとうございました。
>>> さて、エンドロールは見ないという村上さんの意見を読んでから、
>>> わりと早く席を立つようになった私ですが、
>>> ケータリング・サービスについては、ちょっと興味をそそられます。
>>> というのも、かなり昔ですが、ロバート・アルトマン監督が、雑誌のインタビューで
>>> 「(スタッフに)うまいもんを食わせれば、いい仕事をする」と語っていたからです。
>>>  気になって見ていると、アルトマン氏の場合、ケータリング・サービスではなく、
>>> シェフの名前がクレジットされているようです。

 実は、その前に今日のショックその①がありました。月刊現代だったか、週刊文春だったか、小泉今日子のマンションの近くに朝、ジャニーズ事務所の差し向けた車が今も目撃されとるという話題。Wショックな一日でした○

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『ひとつ、村上さんでやってみるか』

 週刊朝日のタイアップ記事を立ち読みして、昨日出ていたことを知りました。明林堂白山店にはありませんでした。なので、私の質問メールが収録されているか、今のところ不明です。まあ、以前このブログにも書きましたが、2本も返事が来たので、一つくらいは載ってるだろうことを期待しています。
 00007728_c_murakamisan03         
 と書いてる今、もうすでに購入されて、読んでる人もいるわけで、運命の鉄槌は振り下ろされているのに、そうとは知らず日々の暮らしを送っている人々のあはれを思うのでした。嗚呼!
 朝日新聞社のこのムックの内容紹介は、こちらです。

 そうそう、今日は帰りに用事があったので、幸山政史事務所の前を通ったのだが、車や人がたくさんで、その様子は差別的表現と言われるかもしれないが、田舎の村会議員の選挙とそう変わらない。
 それと、見方によっては小泉的とも取れる「改革をとめるな」ののぼり。本人の理想がどこにあるかはわからないが、実際選挙の足元は、どろどろした泥臭いものなのだろう。どぶ板選挙とはよく名づけたものだ。
 有権者の一人ひとりが、政治に関心を持つようになると、おそらく洗練されてくると思うのだが。
 投票率が低いことを望んでいる陣営もあるに違いないと思うと、隣の芝生のこととはいえ、緑には見えないね。「ひとつ、○○さんでやってみるか」と思えるようなインパクトが、ガツンとほしいものだ。

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イエロー・サブマリン温度

 映画『イエロー・サブマリン』を見たのは、30年近く前で、フィルムの状態も音響もあまりよくなかったので、面白かったという記憶はない。でも、やっとノルマを果たした気はしたものだ。だって、私は歴史ある青山学院大学のビートルズ訳詩研究会の会員だったから。
 それから、ヴィデオになったら見ようとか、リニューアル公開時とか、そのたびごとに機を逸してきたので、今回この本を図書館で見つけたとき、ちょこっとでも今読んでおかないと、多分一生手に取ることもないだろうと、思い切ったのだ。そんな大それたことか? 
 今回初めて知ったのは、あのピーター・マックスが制作にまったく関わっていなかったこと。そのことについて、著者はあの時代に、ああいう雰囲気のアートが同時発生的に生まれる要素があったのだろうと書いている(言葉は違うけど、そういう意味のこと)。
 超多忙な上、メンバーがバラバラになりかけていたビートルズが、ユナイト映画との契約を履行する最後の手段として企画されたにもかかわらず、まったく新しいアニメーション映画を作ろうと奮起した200人の物語。アニメ史上、ひとつの奇跡だったのかもしれない。
 小学生のとき、新世界会館(当時。今はPARCOか)の壁にかかったイエローサブマリンの看板を、垂涎の思いで眺めていたアニメキッドは今何処、だなあ。

ロバート・R. ヒエロニムス, Robert R. Hieronimus, 清川 幸美 / ブルースインターアクションズ
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引用・小泉の書評

小泉今日子の
伊藤たかみ著『八月の路上に捨てる』の書評はこちら

今回はちょっと説明的。
離婚については、ちとつらい思いがあふれるのかも。

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表現王コイズミ

 発売とほぼ同時に買ってはいたが、読み始めたのは最近。少しずつ読むのが楽しみな本です。
 こぐれひでこさん(デザイナー?)との往復書簡(Eメールか)をまとめたもの。お互いに質問したり、思い出を語ったりするわけだが、やっぱり小泉のほうに注目してしまうよね。全体にそういう作りでもあるが、こぐひでさんがうまい具合に引き出しているのも事実だ。

「20代のころは恋をしがちだったり、悩みがちだったり、感じがちだったりで、心に贅肉をつける時期だったような気がする。30代は余分な贅肉落としてる時期のような気がする。」老いることについて書かれた文章。素晴らしいですね、この感性。

 たくさんの人に、表現王・小泉今日子を知らしめたいものだ。

小泉 今日子, こぐれ ひでこ / SSコミュニケーションズ
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おもしろいです
スーパーアイドルキョンキョン参上!
KYON2&こぐひでさん 大好き!

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「どこでもロズウェル」があるわけではない

 UFOを観光まちづくりの目玉にして活性化しようという、さびれた町の青年クラブの奮闘記。ではあるんだけど、どちらかというと巻き込まれ型のコメディと呼んだ方がふさわしいかもしれない。 
 最初からUFOの町を企画したわけではないが、次々と災厄のように降りかかってくる幸運と中傷の連続。うまく行くときはうまく行くが、つまずけばどこまでも転げ落ちる、かに思われるが、助け舟はまた意外なところから突然にやってくる。 
 何より住民一人ひとりの描きわけがうまいから、町全体が立体的に感じられる。それぞれの演技が光るオールスターキャストといった趣向。実際に芝居をする場面も用意されているし。 
 日本中いたるところに、過疎という現実はある。駒木野町みたいにうまく行くところは少ないだろう。それは一概に住民のせいには出来ない。もともとよそ者の鏑木(こいつは、本当に胡散臭いが、憎めない)や牧場主川崎みたいな人間はいつも前向きだ。背負ってるものがないから。主人公靖夫のように、どうすればいいんだ。他にどうしようがあるのかと悩んでいる人たちの方が多いはずだ。
 この小説は彼らの起死回生の処方箋になるというマニュアルではない。しかし、ちょっと肩の力を抜くことを教えてくれると思う。それは何のためになるのかわからない小説の立派な効用のひとつだろう。 
 本文から「観光とは退屈な人生に、劇場を作り出すことだ。これまでの実人生で脇役や通行人に過ぎなかった人々は、離れた土地でもてなされながら主役を演じる。」  
 
 因みに実際にあるUFOの里 福島県飯野町のHPはこちら

篠田 節子 / 講談社
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過疎の町は救えるのか
5回も読んでしまった
人々の虚心を描いた

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恋は遠い花火の煙か>8/27/2006・k318

 それは本人のせいではないのだけれど、クラスに一人や二人はいただろう、存在感の薄い同級生。主人公タカシが恋したあずさは、両親からも忘れ去られてしまいそうな少女。理由も原因もわからぬまま<消え>たり現れたりを繰り返しながら、次第に<フェードアウト>していく運命だ。
 人は自分以外の誰かに覚えていてもらうことで、いつまでも生き続けることが出来るのに、彼女の場合、思い出もろとも<消え>てしまうというのだ。タカシはあずさを引きとめるべく八方手を尽くすが為すすべもない。彼女のことを忘れないようにノートに克明に記録し、それを何度も読み返すしかなかった。
 そしてある日、彼女が残したメッセージに偶然出合ったタカシは...遠い日の恋は印象が強いだけに、時の流れとともに本物の記憶だという自信が持てなくなる。若い読者より中高年の方が、より切実に胸をつかれるお話かもしれない。

Then and Now:平成18年9月24日付熊本日日新聞「私の3つ星」掲載。同じ日に2本も載りました。整理部の人も見過ごした?
この本、読んでみたくなりましたか。この手の小説多いですけど、私の場合、西合志図書館で書架の間を歩いているとき、タイトルに呼ばれるようにこの本を手にしました。あずさを撮ったビデオテープについて書かれる導入部の「惹き」はかなり強かったです。

平山 瑞穂 / 新潮社(2006/02/20)
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パラツィタ、ツィタラチ、ストトツ、トン。

 もう一冊読み終えました。村上“ポンタ”秀一の『自暴自伝』。
 途中までは面白かったけど、次第にワンパターンになった。若くてやんちゃだったポンタさんといえど、やっぱ、大人になるんですよ。
 立ち読みしたら、多分途中で止められなくなると思う。でもまあ、私的には文庫になるまで待ってよかった。
 脚注は役に立ったが、索引も付けてくれたら…って、そういう本じゃないって。大村憲司のことがいちばん多く語られている。ただならぬ仲だったんだ。
 1975年頃、下北沢ロフトの開店記念で、カミーノのライブを見た。ギター大村憲司、是方博邦、ベース小原礼、ドラム村上秀一。当時は、小原礼を生で見れることで舞い上がっていたのだったが。ポンタ氏のドラムは、確かにめちゃくちゃ音数多くてパワフルで、圧倒されたことを覚えている。え?もう下北にロフトはないんだって?

416365310409 文春文庫PLUS 590円(税別)

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滋養豊富か?『風味絶佳』

 山田詠美の『風味絶佳』読みました。職業人小説と呼んでよろしいでしょうか。設定がそれだから、理屈ではない男と女の滋味深い恋愛小説が6篇。山田詠美は、男の子の心を描くのがうまいなあ。だから、男と女なのよ。おとこが先。寄り添うハートとハートが海藻みたいにたゆたうムードが、たまりません。

 何でこんなに恋愛小説が好きなのだろうと自分でも思いますね。自分に出来そうもないから、疑似体験てやつ。そうも言えるけど、このわくわくする気持ち、小説を読む醍醐味?
「本ばかり読んでると、碌なもんにならんぞ」と映画『ハード・デイズ・ナイト』で、リンゴ・スターは叔父さんにそう言われてた。確かに、山田詠美の文章に酔っていたところで、実生活では何の役にも立ちません。さあ、明日から家族のために、日本のために仕事頑張るぞというものでもありません。

「夕餉」から、「憐れみに肉体が加わると恋になる」
「アトリエ」から、「だらしない幸せは、憂鬱を流してしまう作用があると思うのです」
 これだけ取り出しては誤解の元ですが、まあ読んでみなっせ。

山田 詠美 / 文藝春秋(2005/05/15)
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ゆっくりと濾過していくような感じ
詠美姉さん、ありがとう
読めない作品・・・

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キンキーとは、「変てこな」かな?

 市民センターの図書館で、先日見つけて借りました。出てるのは知ってたけど、これまで縁がなかった。 
 確かにそれぞれ主人公二人の対話から成り立つ3つの物語。ちょっとキンキーな設定で、習作かという感じで読んでいたのだが、最後の「花」 は泣けた。これぐらいで、と言うのは簡単なんだけど、記憶にまつわる お話を、ロードムービー風にまとめた佳作だと思う。「恋愛小説」と「花」はドラマ化されているらしい。 
 しっかし、ご本人、最近しっかり仕事してるのかねえ。ちょと心配。

金城 一紀 / 講談社 (2003/02)
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ちょび泣き
会話 が紡ぎだすもの
人恋しく。。

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『ぼくは勉強ができない』から

「時代のまっただなかにいる者に、その時代を読み取ることは難しい。叙情は常に遅れてきた客観視の中に存在するし、自分の内なる倫理は過去の積木の隙間に潜むものではないだろうか」

 これは、山田詠美の『ぼくは勉強ができない』の単行本のあとがきにある文章。10代でなければリアルな高校生のことが書けないというわけではないということです。

 彼女の書く文章の、華麗な力強さには舌を巻くことが多いが、これもそう。

「季節はいつも暦を裏切り、名残りの尻っぽを落として行く。空気は秋でも、影は夏、」

それはそうと、『風味絶佳』が映画化されるに当たり、「シュガー&スパイス」というタイトルで、「風味絶佳」がサブタイトルになってるよ。センス悪いけど、これがマーケティングってやつかあ?

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『早く家へ帰りたい』

 きょうは、ちょっと時間が空いたので、おおづ図書館に寄った。本棚の間を歩いていたら、なんとなく詩集のコーナーに。そして、久しぶりにこの本に出合った。

 難病を抱えて生まれた息子を亡くした哀しみは、そう簡単に癒えるものではないだろう。でもこんなに透明で静かな詩集が残された。
 初めてこの詩集を読んだとき、自分の息子がもし、いなくなったらという思いに打ちひしがれて、私の涙は止まらなかった。あれから、もう10年ほどが過ぎて、憎たらしげに育った息子。あの頃の、無私無欲の自分の思い出だけで、十分価値があるのだとしみじみ思う。 
 それは、親の勝手な思い込みに過ぎないのかもしれない。こどもは、自分なりに成長していく。きょう、この詩集の何篇かを読みながら、グッと来るものを感じながらも、曲がりなりにもでかくなった息子を持つ親としては、私自身もうこんな所まで来てしまったのかと、別の感慨を抱く。 
 時の流れを遡るときは、脚色なしにはいられない。 

 高階杞一さんのホームページはこちら。作品抄もあります。

高階 杞一 / 偕成社(1995/12)
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カフェ・ルモンド・ウィークリー

「週刊デーヤモンド」じゃなかった「週刊ダイヤモンド」8月26日号で『全国・市「倒産危険度」ランキング』という特集を組んでいる。数字は、うろ覚えだが平成16年度の統計から取っていたと思う(いい加減)。わが合志市はまだ含まれていない。
 気になる熊本県内では、最上位(悪いってこと)で宇土市、234.6点で堂々の85位。あと、上天草市87位、水俣市160位と続き、注目の熊本市216.7点で200位。栄えなきワースト1位の神戸市312.5点と比べると、全然健全じゃないかって感じがします。(点数は「倒産危険度」で、根拠となる計算式も出てます)
 興味ある方は、書店で購入または立読みしてください。

 合志市西合志図書館は、木曜日午後8時までの開館になっている。これは、おおづ図書館、菊陽町図書館も同じ。西合志図書館は、わが家まで車で5分ほどの距離にあるので、仕事帰りに立ち寄るには最高のロケーションだ。毎日8時まで開いてても良さそうなものだが、経費が気になるんでしょうか。
 全国的に目立つためには、24時間あいてますとか、いいと思うんだけどなあ。天文台も併設してるしね。
 因みに「週刊ダイヤモンド」を私は、西合志図書館で閲覧しました。

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本から始まる 小泉今日子・角田光代対談

本よみうり堂の過去記事ですが、タイトルの対談も見つけました。
毎日更新のための埋め草じゃない、こともない。

少し前は、本上まなみのことを毎日考えていたんだけれど、
ここのところ、小泉のことばかり考えている。

四六時中じゃないよ。

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小泉今日子の書評

 小泉が読売新聞の読書委員をしていることは、『半径100m』にも書いてあったが、YOMIURI ONLINEの「本よみうり堂」で読めます。素敵です。

華恵著 『本を読む私』

光原百合著 『銀の犬』

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直径200mの端とはし

オレだったら、彼女を幸せに出来る。 20代のとき、ひとつ違う電車に乗っていたら、彼女と出会っていたかもしれない。もしも...でも、ふたりの女を幸せにする甲斐性は私には残念ながらありません。

小泉 今日子 / 宝島社(2006/02)
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カズオ・イシグロ・インタビュー

『わたしを離さないで』に興味を持たれた方、読んでからの方がいいと思いますが、
(おそらく)最新のインタビュー記事を見つけました。こちらを参照してください。
長いです。

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『わたしを離さないで』

 カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』をひそかに読む。翻訳された女性の語りで綴られるストーリー、作者が日本人であることはもうほとんど関係ないということを実感する。
 短命に終わることが、予めわかっている主人公たちは、映画『ブレードランナー』のレプリカントに近いものがある。しかし、きちんとした教育を与えられると、ちゃんと自分の役目を理解する大人に育つということを書きたかったわけではないでしょう。

 彼女らより長い人生が、一般的に与えられているとはいえ、限りある命という意味では、私たちの人生も変わりはない。ただ、彼女らは、自分たちの臓器を私たちに提供するよう運命づけられている。文字通りの「献身」である。
 彼女らの最高の望みが、わずか3年の延命と恋人との自由な生活だけというのが、泣ける。鮮明な記憶は彼女たち「生徒」の特性であるが、生きた証は何度でも繰り返し思い出されることの中にあるのだろう。

 架空の生命体(遺伝子的には人間だけど)の独自の世界観を表現して、静かで滑らかな、読み応えのある文学作品でした。「泣ける」かどうかは、その人によるでしょう。
 Never Let Me Go の原題のわりに、「行って」しまうことがどうしようもないこととして刷り込まれている「生徒」たちの悲しさは、幼いときから敵を倒すことを使命と教え育てられる、かの国の子どもたちを思わせる。


カズオ イシグロ / 早川書房(2006/04/22)
Amazonランキング:位
Amazonおすすめ度:

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「常識的!」?

 8月4日付熊日に内田樹「常識的!」というコラムがあった。「おじさん」向け雑誌のおじさん的オピニオンの形成は、マニュアルによってなされるという内容だ。妙齢の女の子が、「フェイクおじさん」になって書いた記事を自分たちおじさんの意見の集約だと勘違いしていると言ったって、元々雑誌の記事を自分の考えみたいに思ってしまうことが間違いである。実際のおじさんが書いたって、マニュアル・ライクなことを書くに決まってるんだから。
 
 内田先生は結びに、スティービー・ワンダーが、ボブ・ディランに歌唱指導していたという話を書いている。おそらく、マイケル・ジャクソンが昔チャリティでやった「ウィ・アー・ザ・ワールド」のことだろうと思われる。ボブ・ディランの名誉のために書いておこう。
 他人の曲を、いくらチャリティとはいえ、いきなり与えて歌えというのは、オリジナルなアーティスト、ディラン氏にとっては酷ではないか。スティービーがこういう風に歌えというのは、「世の中が求めるディラン・スタイルに即していなければ、大衆が納得しないよ」ということを知り尽くしている、ワンダーのプロデューサー感覚である。
 それを「(ディランは)加齢とともに創造的エネルギーが枯渇してしまい」と、自分の文章のテーマに合うように、強引に引きつけてしまっている。ディランらしく歌えないことの方が、創造的と言えるかもしれない。

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完結した物語

  閉じられた本のなかで 物語は完結している
  ページがめくられることで
  ストーリーが始まるが
  しかし結末はすでに書かれているのだ
  それを知らぬのは
  読み進まれると同時に動く登場人物たちと
  もちろん読者

  読み疲れて本を閉じれば
  彼らの人生も凍結される
  再び白日にさらされるときまで

  閉じられた本のなかで 物語は完結している
  ページが開かれるとき
  定められた運命の日々はまた始まる
  それを知らぬのは
  読み進まれると同時に動く登場人物たちと
  もちろん読者
  予備知識なしに初めて読む者

  何度でも同じ人生
  結末はすでに書かれているのだ
  なのに それを読む者は
  常に新しい発見をする
  完結した物語でも
  理解するには時間がかかる

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わかったふうな風をあつめて

 夏目房之介さんが、大同生命のPR誌「ONE HOUR」に「夏目房之介の書棚」という書評を連載している。前に予告したので、その素晴らしい指摘を引用します。
 今回は藤沢久美さんの『なぜ、御用聞きビジネスが伸びているのか』という本についての文章です。

「同じことを一見わかった風の抽象言語で難しく書くのは、じつは簡単だ。具体例の一枚上に抽象化されたリクツを平易に書くのが難しいのだ。具体例と抽象化したリクツがあれば応用がきくのである。本書の書き方には、女性が得意とするエッセイ的な平易さと応用できる程度のリクツがある」

 これは、本上まなみの場合にも当てはまるのではないか、と思った次第です。新潮文庫に入った『ほんじょの鉛筆日和。』の穂村弘さんの解説「「時間」がみえるひとを読むと、さらによくわかる彼女の文章の魅力。

 私は、その昔、彼女のエッセイを伊丹十三さんの著作に近いと評したことがある。『女たちよ!』への回答を、本上まなみは、期せずして書いているというのは、ちょっとひいきしていることになるかも。
 彼女、将来的には、映画監督になってもらいたいものだ。

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人生のまナビ。

 ただいま、『ほんじょの鉛筆日和。』文庫版を読んでいる。
 ブログほんじょクリップ。のプレゼントで当たったのだ。
 これは、実は単行本も持っている(なのに文庫版をもらっちゃって恐縮~~~)。本棚の辺りのどこかにあるはず。というのも、もうかなり前から「自分ちに本をあまり置かない主義」な私が、人にやらないで取っておくのは、小泉今日子と本上まなみの本ぐらいなので。
 彼女の文体の縦横無尽の表現力は、多分「ご勘弁」という人もいるだろう。独特のゆるさ(へもさ?)のせいで。しかし役に立つこともある。実は、彼女の文章を読んでいて、きょう私は気づいた。自分の文章の弱点に。
 何をいまさら、なんだけど、私の文章は観念的過ぎる。対するほんじょは、さすが昆虫ほか、生きもの好きなだけあって、観察力が素晴らしい。専門家的なハードさではない、やわらかく包み込むような視線。別に私が指摘しなくても、みんな知ってることだろう。ちょっとアイロニカルな言い回しもあるが、それが爽やかなのも特長である。
 ということは、私は、ものを見ているようでいて、ほんとは見ていなかったのかもしれないということなのだ。
 夏目房之介氏が大同生命のOne HourというPR誌で毎月本の紹介をしているのだが、奇しくもそのことを、女性の書く文章の特質ということで書いていた。手元に来たら引用します。

 それとは別に、参考文献:ほぼ日刊イトイ新聞-担当編集者は知っている。

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ムーンライダーズの30年

 雑誌「ミュージック・マガジン6月号」は、今年30周年を迎えるムーンライダーズの特集だ。4月のライブ(4本もやったらしい)のレポートは興味深いが、それ以外は、数年前に音楽之友社から出てた『20世紀のムーンライダーズ』に詳しく書かれていたので、新鮮味はあまりない。

 それより、先日有線か何かで聞いた、歌声は中島美嘉みたいにへたっぴーだけど、リズムがセカンドラインで、かっこよくて、すごいなあと感心していた曲、なんと正真正銘・中島美嘉のニューオリンズ録音「ALL HANDS TOGETHER」というチャリティ曲だったらしい。ビックリ・ハウス!!

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村上朝日堂・その後

 第2弾が載りました。今回(318.)は、ロバート・アルトマン監督についてだったので、ちょっと興味をそそられたような、村上さんの返事でした。いやあ、正直うれしいです。

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参拝、村上朝日堂。

 村上春樹さんの村上朝日堂ホームページが、3ヶ月限定(ってことは、6月末日迄?)で、復活してます。そこでは、前にあったみたいに、読者とのメールのやり取りが掲載されてまして、このたび「クンタキンヤ」のもこちらに掲載されました。

 258.です。なんか、ちょっと冷たいなあ、という印象を受けますが、それが彼の持ち味の一つなんだから、しょうがない。

 実は、もう一通送ってるんですが、これにも返事くれるか楽しみです。

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あれは、ロックな春だった?

 アエラ臨時増刊[アエラ・イン・フォーク]というムックを、健軍東町の「明屋書店」で買った。この本屋、「はるや」と読むので、この雑誌に相応しかったかもしれない。偶然だけど。

 開店当初は、本の品揃えに、目新しさとテイストがあったのだが、やっぱりあれでは売れないんでしょう。次第に没個性的になってきています。

 それで、この雑誌、常になんらかのバッシングを受けている朝日新聞社から出ているんですが、内容はものすごく濃い。これで、すべてが語られているわけではないが(もちろんそんなことは無理だが)、よくある回顧モノを超えた取材が為されていると思う。

 私にとっては、知ってることがほとんどだけれど、それを確認したり、思い出したりで、人間にしか味わえないであろう、人生の悦びというやつ、それも加齢者でこそ深みがわかるというものがある。

 リンクした目次で興奮した人、損はしません。

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ミス・ユー>2/5/2006・k306

 庄司さんの書くものに出合ってから、ずいぶん月日は流れ、年も重ねた。
 伝達のための道具であり素材でもある言葉を駆使して、小説ならば様々な物語が綴られるが、それでは詩にしか紡げないものとは。
 庄司さんの詩が持つ、ひとつの確かな要素。それは喪失感だと思う。「いまここにいてほしい」とはっきり書かれたわけではないが、失くしてしまって取り返しのつかないものを切望する気持。あの日にもどれないからこそ、その埋められぬ思いは、どこまでも深い。
 しかし、そこは詩歌である。懐旧の人もため息をついているばかりではない。
 印刷された行を追いながら、呼び覚まされる光景は、彼女の思うところと似て非なるものかもしれないが、甘美な夏と海の記憶と、それに連なる追想に、誰もが誘われるのではないかと思う。
 うしろ向きに、ちゃんと前に歩ける彼女は、俯いていても前向きな、朗読の詩人です。

         「和田浦の夏」
           庄司祐子著 石風社刊
               1500円

Then and Now:熊本日日新聞「私の3つ星」不採用。熊日文学賞を受賞されたあとで、これを投稿するのにも勇気が要った。でも、自分が書かなくて誰が書くと思いながら悪い癖で、延ばしのばしにしていたのだ。
 かっこつけたわりに、相当独りよがりの文章で、意を尽くしたとも言いがたい。ちょっと今日は急いでますので、これにて失礼。
 庄司さん。改めて、受賞おめでとうございます。

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人生の壁・孤独なクライマー~11/6/2005・k302

 現在の医学では進行を遅らせることすらむずかしい病気、アルツハイマーと診断された主人公は、広告代理店の営業部長、50歳。その瞬間、希望から最も遠い存在となった。しかし彼はそれを隠し、仕事を続けながら病気と闘うことを決意する。せめて娘が嫁ぐ日まではと。

 日に日に衰えゆく記憶を、あふれるメモでつなぎとめる彼の苦闘は、ともすれば暗く重たい話になるところ、学生時代に今は亡き友人の影響で始めた陶芸の趣味が救っている。ろくろを回したり、土をこねたりする身体感覚、いわゆるからだが覚えているということが、彼に生きていることを実感させる。

 記憶は、自分と関わりを持つ人と共有するものでもあるが、最終的には他者が覚えていてくれるかどうかということだ。結末はちょっと美しすぎる気もするが、老いや死、病に対する不安や恐れが、少しだけ和らぐように思えてきた。

        『明日の記憶』
           荻原浩著 光文社 1500円

Then and Now:熊本日日新聞「私の3つ星」不採用。お話を要約するにとどまったことが、敗因か。
意図的な誤植(変換ミス)が、アルツハイマーの進行を動かしがたく描写する。そのことだけで、小説として成功している。しかし、それを書いたら凡百の紹介文なので、あえて書かなかった。
渡辺謙主演で映画化されるとのこと。かなり痛い映画になりそうで、私は見たくないが、若年性アルツハイマーに対する理解が社会的に深まることはいいことだろう。
また、夫婦の麗しい愛の物語として読むことも出来るので、そういうところがクロースアップされるのかもしれない。

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ソリューション・フォー・リゾート~7/11/2005・k294

 9年前に東京から故郷にUターン、市役所に就職した主人公の啓一は、無難に仕事をこなすだけの日々を送っていたある日、第3セクターの超赤字テーマパークの立て直しを命ぜられる。

 その「駒谷アテネ村」は、地域おこしが、観光=リゾート=テーマパークと単純に結びつけられ、全国各地に建設された、あの時代の遺物のひとつである。

 自然に恵まれ、生活にも子育てにも素晴らしい環境なのだが、そんな田舎の暮らしに埋没していた啓一は、自分にまかせられた使命「テーマパーク再建」に突如目覚める。

 前例の呪縛と因習に敢然と立ち向かう彼の熱意に、一筋縄では行かない協力者が集まり、年に一度の大イベントは成功するのだが・・・

「お役所仕事」のひとことで片付けるなかれ。メリーゴーランドのように、同じ所を回っているだけのようでも、星のように輝く仕事もあるというお話です。

  『メリーゴーランド』
    荻原浩著 新潮社刊 1700円

Then and Now:熊本日日新聞「私の3つ星」不採用。地域おこし、町づくりをテーマにした小説が、いくつか続けて出版された。重松清『いとしのヒナゴン』、篠田節子『ロズウェルなんか知らない』などである。素材も新鮮だし、シチュエーション・コメディとして東宝の駅前シリーズみたいな可笑しさも期待できるというところか。
コンパクトにまとめたと思ったのだが、内容にインパクトがないせいか、没になった。残念。

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「環境と公共性」について考える①~10?/?/1997・k288

 小学生の頃は、本は買って読むものではなく、図書室で借りて読むものだと思っていた。

 30年以上も前のことではあるが、初めて図書室に連れていかれた日のことをほんの少しだけ覚えている。小学校にいる間に、木造校舎は鉄筋コンクリートの3階建てに変わったが、その校舎も今はない。鉄筋コンクリートの建物は100年はもつと当時聞かされたものだが、その頃身のまわりに100年建っているコンクリート造の建造物はなかったわけだし、一事が万事、未来は限りなく広がっていると考えられていたのだから、それを私たちに得意気に語った校長先生に責任はない。

 もちろん、その新校舎が30年も実際には使われなかったのは別問題であり、そこには「もったいない」という考えはあっても、不変不朽と言われるものほど、生活環境の急激な変化について行けなかったに違いない。
「まちづくり」とか「都市計画」を扱った本を何冊か借りて読んでいて、この本に行き当たったわけだが、「環境」と「公共性」の問題は、とても1冊の本で語り尽くされるものではない。引用される文献の数多さは、事の深刻さを物語るものかもしれない。

 しかし、これだけの書物があることを私だって知らなかったし、おそらくこれを読んでいる人も少ないことだろう。

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「環境と公共性」について考える②~10?/?/1997・k287

 というわけで、「規制緩和」は自分たちを幸せにしてくれると単純に思いこんでいる人はいないだろうが、経済政策・景気対策としての規制緩和の先には、社会的損失が横たわっているかもしれないということは覚えておいていいだろう。

 自分の仕事に追われたり、生活にかまけたりして読書する時間も持とうとしないことが「環境の悪化」に拍車をかけている、というのは私の意見です。本を読んだら議論もしたい、これは私の願いです。

「まちづくり」は「ひとづくり」とはよく言われることだが、「ひとづくり」とはいっても結局、本人の自覚がなければ始まらない。
 だが実際には、たとえばこの本が再び手に取られることすら、向こう5年ぐらいないかもしれない。一生かかっても読みきれないくらいの本が図書館にはあるから、振り向かれない本だってあるのも不思議ではないとも思う。

 それでもなお、本を読んで考えるということは私たちの義務でもある。楽しみで読むことも大いに結構だが、読まなくちゃいけないものだという意識も多くの人に持ってもらいたいものだ。

              家木成夫著  日本経済評論社
 
Then and Now:平成9年度合志町図書館の作品募集に応募したもの。この尊大な物言いは何だろう。それに持って回った言い方。公共工事に関係する建設会社に勤めていたので、ストレートに書けない部分もあったのだが。「環境と公共性」の何が書かれているのか、まったく触れてないのは、内容を要約する手間を惜しんだのだ。
0:46 2005/05/20

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「感動」と村上春樹・上~10?/?/1996・k286

 私は村上春樹が大好きである。無論、男性として好きなのではなく、物の考え方、とらえ方の共感者なのである。

 もともと彼の書く小説よりエッセイを先に読んでファンになったもので、安西水丸氏との共作である「村上朝日堂」を読むためだけに、毎週県庁の地下売店で週刊朝日を買っているぐらいだ。

 ところで、「感動」というのは個人差があるのかもしれないが、私の場合、時の流れと共に何にどのように感動したかという具体的な事柄よりも「感動した自分に対する感動」という正に「感動」という言葉あるいは記憶だけが、胸の奥の方に積み重なって残っていくような気がする。年を経るごとに、この気持ちは強くなっていくようで、逆に「物事に感動しない自分」が次第に大きくなってることに気づく。

 話を村上春樹に戻すと、私が確かに彼を小説家として意識したのは、彼が自作『羊をめぐる冒険』について語っているのを雑誌か何かで読んでからだ。彼はこの小説を書きながら、おしまいの方で、自分で感極まって涙あふれてしまったらしい。そして私はその話に感動して、無性にその小説を読みたくなった。もちろん私も泣くためにである。

 後で知ったことだが、村上氏は現代アメリカの元超人気作家カート・ヴォネガットのファンであったらしい。私も流行物には目がない方なので、学生の頃には同様にヴォネガットに夢中だった。特に『チャンピオンたちの朝食』をペーパーバックで読み明かした早朝、降り積む雪の中で主人公がひとり寂しく、天に召されていく様を思い、涙したことは忘れ得ない。泣けてきた自分に私は感動していた。

 というような「感動」と「涙」のキャッチボールというか、フィードバックというか、つまりそういう時空を超えた応酬が、今なお見知らぬ二人であるところの村上氏と私にあったことは誰も知らないだろうから、ここに記す。

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「感動」と村上春樹・中~10?/?/1996・k285

 しかし正直言って『羊をめぐる冒険』は期待が大きすぎた分、思ったほどは泣けなかった。もちろんそれは作品の責任ではない。それでも私は氏の描く世界にその頃からズブズブとハマッてしまって行ってしまった。

 言いかえれば、生まれつき小生物好きの3月生まれだもので、多分これはブレイクアウトする小説家であることを、直感的に感じとっていたのだろう。

 どちらかと言えば私は「感動」する人というより「感」情が、ただ「激」しやすいというだけの恐るべき傍迷惑な人間だと自分で思う。だが、物事に対する知覚に関しては、ときとして鋭いこともあるような気もする。

『ノルウェイの森』が超ベストセラーになったとき、天才バカボンのパパのように「これでいいのだ」と納得して、毎週ベストセラー・チャートの上がり下がりを、まるで講談社の重役のように目を細めてながめていた自分が、つい昨日のことのように、今思い出された。

『ノルウェイの森』はもちろん、あのビートルズの有名曲であるが、元ビートルフリークとして書かせてもらうなら、あの曲は今は亡きジョン・レノンが、オノ・ヨーコに出会った当時のことをうたった歌であり、村上春樹氏に引き寄せて言うなら、あの小説こそビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』という一般に音楽的評価の高いアルバムと、ソニーのウォークマンがなかったならば書かれなかったであろう、というと極端だが、少なくとも多少形が変わっていたであろうという作品なのである。

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「感動」と村上春樹・下~10?/?/1996・k284

 そしてまったく個人的な話で恐縮ですが、私の長男が妻のお腹の中で、生命の進化を魚から鳥へとたどっていた頃、むさぼるように読書に明け暮れていた妻が、私より先に読み終えてしまって、結末をいじわるにも私に教示した小説が、この『ノルウェイの森』でした。

 話はここらで、次第に村上春樹からビートルズへと移っていくが、この『ノルウェイの森』という曲、サブタイトルが確か「そして鳥は飛んでった」というふうになっている。

 お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、昨年発表された化石の発掘保存みたいな、ビートルズの新曲のタイトルが「フリー・アズ・ア・バード」。因果は巡るというか、我ながら実に見事なこじつけである。

 ついでに一言付け加えさせてもらうなら、流行の先取りに敏感な私が断言する。おそらくこれから向こう1年の内に、図書館は最もトレンディーなスポットになるであろうことを。
 世紀末とは良くも悪しくもそういうものだと私は思う。

Then and Now:平成8年度、合志町図書館開館1周年を記念した作品募集に応募して、作品集に掲載されたものを、文節など少し手直しして、ここに掲載した。
泣ける自分に感動する症候群は、数年後世間に認められた。昨年は『世界の中心で、愛をさけぶ』が、小説・映画共に(おまけにテレビドラマも)大ヒットして、ひとつのトレンドが終焉に向かっていることを証明した。
当時は、臆面もなくこういう鼻持ちならない文章が書けたのだから、私も今より十分に青かったのだ。客観的に読むと、目のつけどころは結構鋭いと自分で思う。
図書館ブームは、最後の箱物として、近隣の町に立派な図書館が作られるという形で、多少は現実になった。そこには平成の大合併という陰の力が働いていたかもしれないが、長い目で見れば、いい機会だったと言えるようになるだろう。
この機会に付け加えるなら、私の永遠の図書館像は、資生堂のCM「ゆれるまなざし」に描かれている。少年役佐藤祐介君は、いま何をやってるんだろう。

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「考えるヒット」を読んで・上~10?/?/1998・k283

 今どきの流行歌について行けない。どこがいいのかわからない。あんなワケのわからない歌じゃなくて、昔は良い曲があった等々。確かに「一理はあるよな」とは思うのだが、長い人生の中で俗に言う、ヒット曲に夢中になる年頃というのは、誰にとってもある一時期に過ぎないのではないか。

 そういう意味では近田春夫氏が今、「ヒット曲について考える」という週刊文春の連載を引き受けたのは、並の音楽ファンではなかったからであろう。もともとは、氏自身がミュージシャンでもあるので、サウンドについてはかなり専門的な言及がなされるのだが、わかった気になってしまうのは文章のノリの良さのせいだろうか。ただ、CDを聞きたくさせる有無を言わせぬ賛辞も多いが、何となく聞いた気にさせられる危険もあわせ持つところは弱みかもしれないが。

 たとえば自分の娘や息子の考えていることがわからないと、なかば腹立ちまぎれに嘆くお父さん。娘や息子の聞いているCDは誰の曲かを確認したら、この本の近田春夫氏の文章を読んでみて下さい。いや別にそこまでしなくてもただ無心に読むことによっても1998年の日本がどういう文化状況にあるのかが良くわかるはずです。

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「考えるヒット」を読んで・下~10?/?/1998・k282

 たとえば最近では小泉純一郎元厚相も熱狂的なファンであると公言したX JAPANについて近田氏はこう語る。「X JAPANが、何を売り物にしたか、の話である。私はひとことで言うと、それは「命懸け」だったのではないか、と考える。」この前後も重要ではあるが、この部分だけからも近田氏の感性の豊かさと、パターン認識を短いフレーズに凝縮させるソングライターとしての才能が読み取れる。

「小室哲哉の曲は週刊誌 続きを早く聞きたい!」という文章も収められているが、私にとっては、この「考えるヒット」こそ、早く次が読みたいという気にさせられる連載である、今も。そしてこれまで発表されたものをまとめた本書は、陳腐な言い方だが、大全集の趣があり、評価がまちまちになるところも、かえって冷凍保存みたいで鮮度を保つ効果があるようだ。

 ナンシー関との対談-紅白歌合戦大改革試案の項はオマケの収録だが、紅白自体がヒット曲と無関係になっているのだから、この本には不似合いだと思う。しかし、「まえがきにかえて」と「あとがきにかえて」は必読に値する。それぞれに文章のトーンを変えて、誰のと指摘できるほどの素養は私には残念ながらないが、明らかにある種のパロディとなっている。と考えずに素直に受け止めるべきかもしれないが。

 それにしてもヒット曲を分析することはできても、曲をヒットさせるのは計算通りに行かない。でも波に乗りさえすれば連続ヒットしてしまう。奥が深いと言うべきか底が浅いと言うべきか、確かに私の興味も尽きない。

              近田春夫著 文藝春秋刊

Then and Now:平成10年度の合志町第3回図書館まつりの公募。作品集に収録された。
当時は、原稿用紙に手書きだったので、一発録りのライヴ感がある。推敲はするものの、何回もの書き直しは、面倒なのでやっていない。その代わり集中しているとも言えるか。鋭い指摘は近田氏のものだが、小泉首相と、X JAPANの共通点について、計らずも係わりを見出していた自分がうれしい。

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地下世界のダンディ~10/11/2004・k274

 使えるものを使い続けるとGDPにはならないが、つぶすとGDPになる。リサイクルは、環境というより経済問題である。

 高コスト構造のリサイクル関連法を尻目に、経済の進展による旺盛な需要に応えて、廃棄物という名の資源は、中国へと輸出されている。

 著者は、千葉県の不法投棄現場を取り締まる現役の産廃Gメン。不法投棄問題を掘り下げていくと、そこには、環境省、厚生労働省だけではなく、経済産業省を始めとする官公庁の縦割り行政と、覇権争いがあることを私はこの本で知った。

 どんなに資源ごみを分別して、紙くずすらもリサイクルに回す努力をしても、その善意が必ずしも「環境に優しい」結果に結びつくとは限らないという現実がある。

 環境は地域の問題であり、全国一律の規制ではなく、地域の独自性を生かし、循環する資源のスケールを減量することでしか持続可能な循環型社会は実現できないと結ばれる。

  
     『リサイクルアンダーワールド』
        石渡正佳著 WAVE出版
           1500円

Then and Now : 熊本日日新聞「私の3つ星」不採用。これが、採用されなかったのは、残念至極。全編これ、リサイクルを巡る利権覇権のオンパレードなので、どこをどう切り取って書くか苦労して、結局自分の意見が書けなかったところが、弱かったのだろう。リサイクルの問題点を晒すことが、特定の誰かの利益に反するから、という深読みは致しません。
ときに、『地下世界のダンディ』は、マーク・ボランとT.REXの最後のオリジナル・アルバム・タイトルです。イエロー・モンキーが、パクッたと思しき原曲も入っています。

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そこにはただ風が吹いているだけ~1/14/2002・k272

 日本の警察官が、安全保障上危険な、中国要人を失脚させるために中国に単身乗り込み、海上自衛隊の潜水艦で救出される、という荒唐無稽な話の底に、情報社会の不気味さがある。

 敵と味方の区別がつけにくいのは、そこに歴史という時間の流れが絡んできて、それぞれの立場が、そよ風にゆれるモビールのように入れ替わるからだ。

 しかし、それも事が身近に及べば、話はまったく違ってくる。守るべき家族を襲撃され、部下を殺害された主人公、峰岸智之44歳、体重80kg。利用していたつもりが操られていた、と思っていたら、実はアレがこうして、コレがそうならなくての権謀術数と疑心暗鬼の数々。
 それでもやっぱり、信頼が絆であると信じていたい。だがそれも...

 読後、自分には何のやましい所もないと思っていた人でも、尾行されていないか、つい後ろを振り返ってしまいそうになるだろう。

      『ZERO』
        麻生幾著 幻冬舎刊
         上巻1800円 下巻1900円

Then and Now : タイトルは、シューベルツのヒット曲「風」の一節です。作詞は北山修。いま思い浮かべると、あまりの牧歌調にびっくりする。時代であった。人口が少なかったせいだろうか。しかし、団塊の世代の青春でもある。いつも背伸びをして、そういう兄貴姉貴の聞く歌を聞いていた気がする。
とはいえ、気持ち的にも、ぴったりに感じられたものだ。2007年には、その団塊の世代の退職がピークとなるらしい。
熊本日日新聞「私の3つ星」不採用。

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使われなかった人生~12/24/2001・k268

 若くして病死した女性が、生前、娘に当てて録音したテープを起した話という筋立てになっている。

 その女性、四条直美の結婚前の恋愛に関するエピソードは、彼女がホステスをやっていた大阪万博が舞台になっているので、当時中学3年生だった私にも、とても懐かしく感じられた。

 背伸びしていた私があこがれていた世界が、回想で描かれる。それを読むことで体験するという至福のひとときが持てた。

 23歳の直美の恋人であった臼井と、彼女の義理の息子である語り手が出会う場面がすごくいい。
 沢木耕太郎さんの言う「使われなかった人生」の存在が、男たちにとって思い出以上でも以下でもなく、かといってもちろん軽いはずはない。そのことが「まあまあです」「まあまあだね」という会話にさりげなく滲む。

 女性心理の描写も巧みだと思ったが、男同士の、亡くなった女性を巡って交差する思いと、現実を受け容れる姿は、さらに爽やかだった。

      『水曜の朝、午前三時』
         蓮見圭一著
        新潮社刊 1400円

Then and Now : 平成13年12月30日付熊本日日新聞「私の3つ星」掲載。改めて、原文を読み返すと、その読みにくさに閉口する。そこで、新聞のスクラップを読んでみたら、実にうまく書き換えてある。前にも書いたことがあったが、編集の妙。でも、そのままだと、著作権もあるだろうし、くやしいので、自分なりに書き直した。俳優の児玉清さんは、読書家で有名だが、確か氏が泣けた小説というふれ込みだったように思う。
それにしても、この程度の文章が採用されていた当時と較べて、最近の「私の3つ星」投稿のレベルの高さよ。自分が、このところ没続きなので、言ってるわけではありませんが。
蛇足ながら、タイトルは、サイモンとガーファンクルの同名曲から取られたのだろう。でも、直感的にビートルズの「シーズ・リーヴィング・ホーム」の中の「水曜の朝午前5時/一日のはじまり~」という歌いだしを思い出した。著者の次の作品は『ラジオ・エチオピア』、その次が『空色のクレヨン』になるのかな。
前者は、パティ・スミスのアルバム・タイトルで、後者は、ひらがなカタカナの違いはあるが、はっぴいえんど、か。U~m

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まず親が本を読むこと~12/22/2001・k266

 中教審の教育制度分科会が「本を読む子ども」を育てるべきとの答申案をまとめたそうだ。これについて、わが家を参考に申し上げるなら、まず親が本を読むというのが、一番の近道であるということだ。

 長男がお腹にいたとき、妻は持て余した時間を読書で過ごし、その延長で、子どもへの読み聞かせも自然の流れとなったようだ。

 仕事で疲れて帰ってきた私までが、何で子どもに絵本を読んでやらなくてはいけないのかと、最初は思っていたのだが、正直言って嫌々ながらでも、読み聞かせを始めたことを、今では心底よかったと思うことが出来る。

 なぜなら、親の自分も年を取ってくるが、子どもも成長して、読んでやろうかと言っても断られるようになる。だからこそ、体を寄せ合って同じ絵本を開いていたころの思い出が、本当に宝物のように思える。

 妻や私は、今自分の読みたい本を、自分のために読む。読み聞かせが役に立ったのかどうかはわからない。だが、二人の息子たちは、よく本を読み、それぞれに読書の世界に入り込むようになった。何がそんなに夢中にさせるのか聞いてみたいくらいだが、親が本を読む姿が、よほど楽しく見えていたのだろう。

Then and Now : これは、前にも書いたことだけど、妻が妊娠中に読んでいた本には、村上春樹の『ノルウェーの森』があった。内容は覚えてないけど、時代を感じさせますね。例えば、昨年のベストセラー『世界の中心で、愛をさけぶ』を読んだ新米ママが、日本中にいっぱいいたと思います。息子や娘が高校生になったとき、世界はどんな風になってるんでしょうね。
 殺さなくても人は死ぬ。スマトラ沖地震・津波で亡くなった人の数が、15万人を超えるだろうという新聞記事に、長男は「20万人は、行かないよね。でももう、それがただの数字になってる(としか考えられない)自分が怖い」とつぶやいた。父は内心うれしかった。
 平成14年1月6日付熊本日日新聞「読者のひろば」掲載。

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Arteryへの投稿~10/15/2001・k254

 川原亜矢子さんが「私の旅」に登場するなんて、思ってもみませんでしたが、彼女の言葉からは、まさにシンプルながら、豊かな生活というものが浮びあがってくるようです。

 美人なんだけど、コメディーっぽい役もサラリとこなせる素敵な人です。人生を楽しめる人の余裕が演技にも出てくるのでしょう。

 中嶋悟さんのQ&Aにあったハザードランプの件、私も「進路を譲ってくれてありがとう」で使うのは変だとは思うのですが、車同士、声に出せないし、クラクションで「ピッ」とかも、時と場合によってはうるさかったりするし、感謝の念を態度で表わすのはむずかしい。

 ゆずってもらって、会釈も返さないドライバーに「なんだ、アイツは」と思ってしまう、余裕のない私がいることもあるし。

Then and Now : 道路公団のPR誌の読者欄に出したもの。不採用。以前仕事で、官公庁の出先をまわっていたので、ずいぶん色んなPR誌を目にしたものだ。きれいで見やすいがあまり存在価値があるとは思えないものが多い。しかし、なかに一ヶ所ぐらいは、ためになる箇所があるものだ。
一般市民が目にする機会は、限りなく小さいと思われるが、無くしてしまってもいけない。それが広報、プロパガンダの価値(代価履行性)判断のむずかしいところ。
発注先はそれらしい団体名で、天下り先の確保的側面もあったのだろうが。

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本上まなみ写文集『ほんじょの天日干。』読者カード~10/1/2001・k251

1.本書をどこで知りましたか? 
 A.ボムの予告で

2.本書をお求めになった動機は?
 A.本上まなみのファンだから

3.本書の価格はどう思いますか?
 B.ちょうどよい

4.本上まなみのエッセイ集『ほんじょの虫干。』は読みましたか?
 A.読んだ

5.雑誌『ボム』は買ったことがありますか?
 C.ほとんど買わない

6.本書へのご感想をお願いします。

 写真を撮る楽しさ(わくわくする感じ)にあふれ、文章を飾らず、思ったまま感じたままを表現しようとしているんだなーという気持が伝わってきて良いと思います。
「へも」とけんそんしてらっしゃいますが、「へも」はへもでも、ヘモグロビンの「ヘモ」かも。鉄分が多くて、酸素をいっぱい運ぶ元気者のことではないでしょうか。

Then and Now : 抽選で1000名様にプレゼントすると書いてあった特製ポストカード、外れました。

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生命線を繋ぐのは、俺たちだ!~1/27/2002・k248

 景気が悪いと言いながら、私たちは結構豊かな生活をしていると思う。その暮らしを支えているのが、トラックを主体とした物流の世界である。

 この小説は、いわゆるハイジャック物なのだが、人質が「日本全国の物流」そのもの、という壮大なスケールである。読み進むうちにに運送業界の慣行や流通の仕組がよくわかってくる。安くて良い物が買えるのは、ありがたいことだが、そのしわ寄せは、それを運ぶ運転手たちの過酷な労働に及ぶ。

 北海道から九州まで、伝説の大型トラックが50トンもの謎の荷を積んで、ひた走る。彼女を守り、誘導するのは同業のトラッカーたちである。普段、物言わぬ彼らが、違法なCB無線という手段を使うとはいえ、連帯の輪を拡げる様は、不気味さと同時に共感も得ることだろう。

 それにしても、物流という生活線(ライフライン)の何と頼りないこと。いわゆる「生活者」への静かな警告にもなっているようだ。

       『漂流トラック』
         安東能明著 新潮社刊 1900円
 
Then and Now : 熊本日日新聞「私の3つ星」不採用。プロット自体はすごく魅力的だけど、小説としては、起伏に乏しい。ただ、逆に重量級の超過積載トラックが暴走する、重々しさは伝わってくる。
以前、工場で出荷係をしていたことで、物流の重要性、その割りに報われない現場というのを身をもって知っているので、言いたいことはよくわかった。
特に年末は、物資も滞りがちで、渋滞もひどい。国民の皆様、ご理解ください。快適な生活の根底には、日夜走り続けるトラック・ドライバーたちが、数多くいることを。

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当り前が扇情的な世の中~2/11/2002・k246

 書名は、少しセンセーショナルすぎるかもしれない。しかし交通事故は「アクシデント」ではない。世の中の仕組みが、事故の発生を野放しにしてきた。著者は被害者の会の会員へのアンケートを通して「安全意識を持っていないドライバーが多く存在」し、「事故を起すべくして起している」という結論に達する。

 地方においては特に、車は生活必需品であると思われがちだが、“車は玩具”でもある。車のおかげで日本経済は発展してきた。しかし、道路整備の財源不足から、公共交通機関が見直されつつある。地球温暖化防止もまた、その動きに追い風になっている。

 車好きを自認する著者ですら、車を捨てることを真剣に考えざるを得なくなってきたと告白している。少なくとも運転免許が、安全運転を心がけることをいつまでも忘れない人にのみ、与えられる制度になりますように。

         『殺人ドライバー』
           沼澤章著 WAVE出版刊 1600円

Then and Now : 平成14年3月10日付熊本日日新聞「私の3つ星」掲載。これだけでは、よくわからないだろうが、車と運転者をめぐる状況は年々悪くなっている。無自覚な人が多いと思わざるを得ない。
実社会で、車を運転するということは、映画のカー・アクションを追体験することとは違う。

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ハングリー?~9/19/2001・k243

「ハングリー?」と消費者に問うカップめんのCMがあった。この本の題名から、まず思い出したのはそのことだった。「ハングリー」と「ハッピー」は、矢沢永吉を支点にして、両方とも際立つ言葉のように思える。

 ロックで成功しても何かが違う、足りない、もっと喜んでもらえる音楽を作りたいと、制作も自分でやる、興行にも手を出すなど、ビジネスをコントロールする方法を手さぐりで作り上げた男。そして信頼するスタッフに裏切られたことも。

 巨額の金が動く世界で、自分を殺したくないと主張することは、並大抵のツッパリで出来ることではない。

 矢沢が語る言葉が、そのまま活字になって、それを読むとき、耳にあの声と口調が蘇える。汗もつばも飛んで来そうな感じ。臨場感はやはり、ライブで鍛えられているせいか。

 大切なのは、矢沢の人生を見て、ひとりひとりが自分の人生(ストーリー)を生きることに前向きになることだと教えられる。

        『アー・ユー・ハッピー?』
           矢沢永吉著 日経BP社刊 1300円

Then and Now : 熊本日日新聞「私の3つ星」不採用。浜田雅功と槇原敬之の歌う「チキンライス」という曲を、TVで聞いた。松本人志が詞を書いている。いまや高額所得者になってしまった売れっ子芸人が、クリスマスに七面鳥を注文しようとするが、貧乏だったころのことを忘れられずに、「やっぱり、オレ、チキンライスでいいや」と、少し照れくさく、でも謙虚にオーダーする。そういう歌。

私にとって、20世紀クリスマス・ソングの2大傑作は、山下達郎「クリスマス・イブ」とジョン・レノン「ハッピー・クリスマス」です。そして、21世紀枠の候補曲に推したくなったのが、この曲。
貧乏自慢がわざとらしいという意見に対しても、すでに歌詞の中にそれに対する答えを用意している、これぞ、プロの書く曲だ。カラオケで歌いたくはないけど、コーラスは是非やりたい。メインで歌うと多分涙声になるだろうから。

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図書館歴~9/8/2001・k238

 小学校の図書室に初めて入ったのは、1年生のときか2年生のときか、よく覚えていない。ちょっと薄暗く、窓だけがやけに明るかったような気がする。

 友だちと二人で「ジャングル・ブック」を大声で音読して注意され、図書室では静かに読書することを教えられたのはその日だった。それから図書室によく行くようになり、司書の先生にはいろいろな本を教えてもらった。本との「幸運な出合い」だったと思う。

 ある日、祖父が出来たばかりの中央公民館の図書室に行こうというので、喜んでついて行ったが、小学校のそれに比べたらずっと小さく、おまけに子どもの読むような本はなかったので、ひどくがっかりしたことを覚えている。

 中学・高校時代はあまり本を読まなかったのが悔やまれる。そのかわりに絵を描いたり、詩を書き日記もたくさん書いたのだが、ほとんど残っていない。そういうものだ。

 今、町には図書館があり、近くの町民センターには図書室がある。その上、地区の公民館には、ボランティアで運営される自治会の図書室もある。実に恵まれた環境だ。

 図書館で本に囲まれて毎日を過ごせるようになりたいものだと思う。現実逃避だろうか。しかしそこでは、真実のかけらがひっそりと、歴史の重みを分かちあいながら、いつか誰かに読まれる日を唯々待っているのだ。

Then and Now : 平成13年9月20日付熊本日日新聞「おとこの目」掲載。今、思い出したことがある。初めて訪れた図書室の印象は強く残っているものの、実際に親しんだのは、学校改築のために移転した北向きのちょっと薄暗い教室の方だった。だから、この文章の「ちょっと薄暗く」というのは、イメージがこんがらかっているかもしれない。

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「心を決めたあのことば」~?/?/2001・k237

 あしたのために今日も寝る。

 20年くらい前、私の友人が、私のアパートに泊まった夜、遅くまで話し込んでいた。話の内容は忘れたけど、今でも何か行き詰まると、この一言を思い出して、寝てしまう。明日はまた別の風が吹く。

Then and Now : 角川書店の単行本「心を決めたあのことば3 仕事をがんばるあなたに」に掲載される作品の募集が、ネットを通じて行なわれ、見事入賞した。4054作品の中から、100点ほどが選ばれたのだったと思うが、うれしかった。特に本屋で、手にしたときの喜び。
これくらいの字数だから、うっかりページを飛ばしてしまいそうなものだが、全国の書店に並んでいるかと思うと、感激もひとしおだった。しかし、現在これが掲載された本は持っていません。もう絶版かも。
「明日はまた別の風が吹く」は、ご存知、『風と共に去りぬ』のスカーレットの言葉の意訳で、このサイトのタイトル Another Day とルーツ的には同じですね。気持ち的にも、心が不安定で眠れぬ夜を過ごしていた思春期の自分を、何とか励ました言葉でもある。

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私の「東京」は~7/13/2002・k236

 私は、ガソリン・スタンドの有線で桑田佳祐さんの「東京」を初めて聞いた。音響的にはよい状況ではなく、歌詞もほとんど聞きとれなかったにもかかわらず、イントロから、近田さんと同じようにロックを感じた一人です。歌謡曲でありながら、まぎれもないロック。

 桑田氏をほめることが、ほとんどなかった近田さんが、今回どういう評価を下されるのか、それとも無視されるのかと案じていたところ、やはり感動は同じだったようで、「桑田氏をきちんと評価できて、うれしい」と書かれた近田さんの文章を読むことが出来て、そのことが私はうれしかった。

 ところで、この「東京」で私が思い出したのは、ジャッキー吉川とブルー・コメッツの「雨の赤坂」と西田佐知子さんの「アカシヤの雨が止むとき」だった。

Then and Now : これは、「週刊文春」の読者欄に送ったもの。不採用。例えば、「どういう評価を下されるのか」というふうな、私は尊敬語として使っていたつもりだったが、どうも方言らしいということを最近知った。それはそうと、サザンの新曲は、ひどい。たまに、いい曲を出すので、いや逆、たまにひどい曲を発表してしまっても、それが人間らしさという気もするが。
同世代で、同じような曲を聴いて育ったので、共感するものも似通ってくるというお話でした。

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響子のポートレート~9/2/2001・k233

 響子は、ハイクラスな女性誌の編集者。既婚、娘・義母同居の生活はまあ順調に行っている。それが、ひょんなことで、キプロス島に観光記事の取材に行くことになり、ガイド兼カメラマン役で檜山が同行する。

『マディソン郡の橋』を思わせる二人の組合せ。しかしキプロスは、歴史ある風光明媚なだけの土地ではなく、政治的には南北に分断され、トルコとギリシャが常ににらみ合っている状態。国民にも緊張が影を落とす中、ロシアン・マフィアも勢力を伸ばしてきていて、ジェームズ・ボンドが活躍しそうな設定である。

 ヒロインの響子は仕事熱心で生真面目すぎて、心身ともに欲求不満を抱えこんでいる様子がさりげなく描かれていて、善良だがちょっと得体の知れない部分もある檜山に、反発しながらも惹かれていく。
 ラストの写真展に出てくる響子のポートレートは、文章から鮮やかに浮びあがり、本当に美しかった。

      『インコは戻ってきたか』
         篠田節子著 集英社刊 1800円

Then and Now : 平成13年9月9日付熊本日日新聞「私の3つ星」掲載。篠田さん自身が美しい人なので、読んでいて響子のイメージと重なってしまう。ドライではないが、ベタッとしていないラブ・ストーリーを書けるのは、彼女を置いて他にない、と言い切るほど、本を読んでるわけではないですが。
ラブ・シーンは、短いがゆえに切実さが感じられて、わたくし的にはR指定。

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本上まなみへの手紙~?/?/2002?・k229

拝啓。
 初めまして。
「ほんじょの鉛筆日和。」楽しく読ませて頂きました。
長靴の項で、私の自作の詩を思い出したので、送らせて頂きます。自分で解説するのもナンですが「子だから」は「子宝」に掛けています。歌詞で聞くとすぐにわかるんですが。

「私にも言わせて」も詩と同様に熊本のローカル新聞「熊本日日新聞」に掲載されたものです。投稿というやつです。担当記者から、ある晩電話があり。本上まなみって誰なのか全然知らないというから、簡単に教えてやると「ほんなこつ、美人バイねー(熊本弁で、本当に美人ですね)」と、タレント名鑑か、インターネットで見つけて、申しておりました。

 で、そのくせに掲載時には、字を間違えやがったのです。
すぐさま抗議したところ、翌週◇訂正が入りました。というわけです。それでは...
                              敬具

本上まなみ 様

Then and Now : 読者カードのはがきと一緒に送ったのだと思う。実際に読んでくれたなら、返事をくれてもよさそうなもんだ。熊本弁の部分は、わかり易く創作したような気がします。

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ロマンあふれる実践的教育論~9/22/2002・k228

 この本は「公立中学をどう変えていったら日本の教育はよみがえるのか?」をテーマに、櫻井よしこさんを始め、中学校の校長、教頭、大学教授らと共に教育改革についての問題点を探り出そうとする試みです。

 新学習指導要領に至る道のりを教育政策史の面から、参議院議員の鈴木寛氏が解説する章は勉強になったし、「教育を変えるには、教育をコミュニティに取りもどし、家庭や地域がその主体となる」ことの必要性。そのための具体的な方法の提案にも、21世紀の日本人が「大人」になることへの熱い思いが伝わってきました。

 また理想を語ることに臆せず、制度改革を待たずともできることを実際のカリキュラムに組んで、要はやる気の問題だと言ってのける。教育関係者にとっては試金石となる本かもしれません。
 ちょっと過激だけれど、ロマンあふれる実践的な教育論です。

       『中学改造』藤原和博編・著
             櫻井よしこ・苅谷剛彦・鈴木寛共著
                 小学館・1400円

Then and Now : 平成14年10月20日付熊本日日新聞「私の3つ星」掲載。実際に掲載された文章は、第2段の文章の前後を入れ替えて、ぐんと読みやすくなっていました。編集の妙です。ここでは、多少手直しをしましたが、原文に近い形で載せました。

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『レヴォリューションNo.3』2~7?/?/2002・k215

 中学か高校生のときにこの本と出合っていたら、人生変わっていたろうか。今読んで、新しさと同時にちょっと懐かしくもあるということは、青春の普遍性の証しかもしれない。

 そんなことを言うと、著者の金城氏や彼の熱狂的な信徒にバトウされかねない。でも一見古くさい愛という言葉も、それが君の口の端にのぼるとき、常に新しいというではないか。

 主人公を始め、アギーもヒロシも舜臣(スンシン)も実に魅力的だ。彼らはザ・ゾンビーズとして47人徒党を組むんだけど、高校生のくせにそれぞれ自分自身に対して真剣に立向かっている。自分が何者かを知ることは、ときには挫折であり、勝利することはあまりなかったよな。

 ドロップアウトした彼らは、しまいには大河の一滴と飲まれるのかもしれない。だけど、へらへら笑いながら、踊り続けるしたたかさと若さが正直うらやましい。いつかどこかで会ったって、あまり声はかけてほしくないけど。

Then and Now : これも熊日に送ったのだったか。かなりしつこい。紹介文としては「ボーイズ・ビ・アンビシャス」と比べて、どちらが効果的でありましょうか。ご意見を伺いたい。私は3回読んだけど、ホントに一度是非読んでみてください。1180円という価格設定と軽装版だというところが、実に爽やかな本です。

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ボーイズ・ビ・アンビシャス~少年よ、野望を抱け 7/31/2002・k214

 私が高校の教師だったなら、迷わずこの本を夏休みの課題図書にする。感想文は出さなくてもよい。しかし、読んだ(男子)高校生は確実に変わるだろう。一概に良い方向に、とは言い切れないところが難だが。

 本当にかっこいいことは、相当にかっこ悪いこともあるにはあるが、世の中変えられないことはないはずだ。生物の教師、通称ドクター・モローの言葉に突き動かされた彼ら。ともかく、友情に厚く、努力を怠らなければ、オチコボレ高校生にだって勝利はある。それは自分たちの子どもの世代のことになるのかもしれないが。

 仲間の死が第一話で語られる。死が身近にあることで、小説として力強さが増していると思う。死というのはこの世の理不尽さでも最大級のものだものなあ。

 第三話で、その友人が生きていた夏に戻る構成(それも回想ではなく)は心憎いばかりだ。

        『レヴォリューションNo.3』
          金城一紀著 講談社刊 1180円

Then and Now : 中年男性の感覚では、まったく別世界に住む若者しか面白さはわからないだろうと思わせるに十分なカバーであった。なんで読む気になったのか。しかし、こういう本に巡りあえるから、読書は楽しい。どこかに私を待っている書物があると、信じられる気がする。
 とあるインタビューで著者は、この作品については映画化の意図はないと語っていた。小説で完結して、あまりいじられたくないストーリーというのもあるんだろう。
 私の息子にも読ませたが、少年のころに読んでも、その重たさまではわからないようだ。ある程度、取り返しのつかない人生を送ってきて、失ってしまったものの大きさに、ぞっとしたことがある人たちの方が、より共感を覚えるだろう。
 熊本日日新聞「私の3つ星」不採用。

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GOT TO GET YOU INTO MY LIFE~6/3/2002・k211

 本を読むときは、たいてい「この本は誰にピッタリか」を考えながら読んでいる。余計なお世話かもしれないが、あの人ならどう思うだろうと想像すると2倍楽しめるではないか。本上さんの3冊目のエッセイ集は、すぐに3人の顔が浮んだ。

 彼女が流行らせようとしている言葉「へもい」そのままに、その生活のつましさ、慎ましやかさが、逆にゴージャスに見えてくる充実の暮しっぷりだ。伊丹十三氏の『女たちよ!』が30年の時空を超えて、現在に見事によみがえったと言ったら大げさでしょうか。

 それにしても彼女の母上「オカン」のたくましさ、妹や14人のイトコたちなど、大家族の中のひとりであることの幸せが、しみじみ伝わってくる。

 友だちにはなりたいけど、一緒に暮したいという気持には少し距離がある。彼女の場合、自立してるということだけど、弱点でもある。

       『ほんじょの鉛筆日和』
         本上まなみ著 マガジンハウス刊 1500円

Then and Now : 彼女が私と同い年の編集者と結婚していたのが発覚したのは、この直後ではなかったか。逆立ちしても他人事なのに、ヘルプレスな無力感に打ちひしがれたことを思い出す。
そんな大袈裟な!
一緒に暮したいタイプではないと明言しているのに。彼女、最近絵本とか出版しているが、もう興味がなくなった。再び、私の気を引くことがあるとしたら、どういうときになるだろう。

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ファンタジーはおとぎ話のことではない~4/30/2002・k210

 ファンタジーというと、おとぎ話か絵空事とお考えのあなた。口当たりは発泡酒より辛く、ちょっと身につまされる父と子と家族のこんな話こそ、私たちに必要な魔法のひとふりであったということに、読後気づかれることは間違いありません。

 リストラに家庭崩壊、もう生きていることに疲れ果てた主人公一雄(かずお)は、ワインカラーのワゴン車に同乗することで不思議な体験をします。現実には病床で死にかけている父親が、自分と同い年で目の前に現れて、現実には打ち解けることがなかったのになかったのに、いつのまにか朋輩(ほうばい)の気安さで本音をぶつけ合うようになります。

 父親というのは確かに息子に対して無神経すぎるところがあると、わが身を降りかえっての実感です。しかし、交通事故で亡くなった幽霊の父子の切なさを思えば、人生をやり直せたらなんて、ぜいたくな話。生きてる限り遅すぎるということはないはずです。

         『流星ワゴン』
           重松清著 講談社刊 1700円

Then and Now : 平成14年5月19日付熊本日日新聞「私の3つ星」掲載。東野圭吾さんに『トキオ』という作品があり、先週までNHKの連続ドラマでやっていた。同じ講談社から出ているとはいえ、同時期によく似た設定の小説が出版されたのは、不思議な感じがする。
かたや、ジョン・コラピントの『著者略歴』という作品に酷似したような印象を受ける、スティーブン・キング原作の映画が、公開された。ジョニー・デップ主演『シークレット・ウィンドウ』がそれ。
『著者略歴』の方は、トム・クルーズが映画化権を買ったという話だったが、このジョニー・デップ、プレスで見る限り、クルーズの役作りって感じ濃厚。

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リリー・フランキー賛江~2/26/2002・k202

 リリー・フランキーさんの「テレビが消えた後のレモン」は、写真もいいけど、文もいい。いや、文章もイメージ豊かだけど、写真も彼女たちの、テレビでは見られないサムシングを写しとっていると書くべきか。
 毎週見られないのは残念だけど、それは無理なネタ探しや、タイアップと無縁であることの証しでしょうか。

Then and Now : 深く敬愛するリリー・フランキーさん。最近目にしないけど。
宮藤官九郎も、年下だけど、尊敬するひとり。みうらじゅん氏も、うらやましい存在。エロでも、美女が寄ってくるという、不思議なキャラの人たち。
「ザテレビジョン」の「ボイスボックス」不採用。

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『バリアフリーが街を変える』~5/29/2001・k192

「失われた10年」と言われることもある90年代。その呼び方が、自らは何も行動しなかった(もちろん頭も使わなかった)人たちの弁解に過ぎないことが、バリアフリーデザイン研究会の活動の集大成である、この本を読むとよくわかります。

 10年、着実に歩み、そのひとつの成果として超低床電車の早期導入にも影響を与えることが出来たのは、基本的に正しいこと、大切なことは何なのかを抑えるという「研究」の姿勢が常にあったからでしょう。

 今や、バリアフリーという言葉は、特別な説明がなくても通じるような世の中になりましたが、一律にこうすれば良いという便利なマニュアルはないようです。この本はボランティア活動についての考え方や、方向性の与え方の手引になることでしょう。

 また、情報は発信する人のもとへ、よく集まると言われますが、これもまた真実であることが、実例として書かれています。

      『バリアフリーが街を変える』
        バリアフリーデザイン研究会編
           学芸出版社 1800円

Then and Now : 平成13年6月3日付熊本日日新聞「私の3つ星」掲載。私もその会員である、通称「バリ研」の本について、これだけ持ち上げて書くというのは、アンフェアじゃないかとも思ったが、バリ研に印税収入をもたらして、活動の一助になればと願ったのでした。大体、熊日が本体の書評で取り上げてくれなかったから、私の出番だと思ったわけです。

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地軸ゆすりて~5/12/2001・k180

 ヴォネガットは、日本でいえば大江健三郎みたいなポジションにいるアメリカの作家ではないか。
 彼が最後の小説であると明言しているこの本。確かにもうこれ以上、長編を書くのに時間と労力を使いたくないという気持がわからないでもない。

 人間長生きすれば、家族に不幸も起こるが、それにも増して幸せなことも数多くある。作者の分身でもあるような架空のSF作家、キルゴア・トラウトに毒づく言葉はまかせて、拡大家族の一人に過ぎないともいえる自分の人生や出会った人たちについて語る、一大叙事詩と言えるかもしれない。

 彼を悲観主義的ととらえる人もいるだろうが、子どもたちやそのまた子どもたちに、自分の未来は自分で切り開くしかないことを告げる彼の蒔いた種が、こうして日本でも芽を出して成長しているんだから、人類もそう捨てたものではないだろう。

       『タイムクエイク』
          カート・ヴォネガット著 朝倉久志訳
             早川書房刊 1900円
             (文庫でも出ています)

Then and Now : 「こうして日本でも」というのは、ちょっと厚かましかったかもしれない。しかし、ヴォネガットの哲学は、(本人が否定しても)村上春樹らに顕著に受け継がれている。ハイホー。
個人的には、ヴォネガットを読み明かした夜明けに流した涙が懐かしくもある。

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『子どものための哲学対話』~?/?/2001?・k168

「へ理屈を言うな」「言い訳をするな」。これらは、子どもが言葉で親のいい加減さを突いてきたときに、親が発する自己防御の常套句である。

 子どもは、そんな親の言い逃れを真剣勝負で打ち負かそうとするんだが、いかんせん貧弱な語彙(ボキャブラリー)しか持たないので、親の恩着せがましい態度にやり込められることが多い。できることなら、お互い、手を出すことなく、とことん理詰めで主張を戦わせたい。

 この本は、そんな戦術を説いたものではない。猫のペネトレと「ぼく」の禅問答のような哲学対話だ。しかし、使える。表現としては矛盾しているが「理屈ぬき」に、子どもに「ぼく」をやらせ、親のあなたが「ペネトレ」を演じて、この本を音読してみることをお薦めします。
 言葉の限界を超えて、想像力の翼を広げる子どもを発見するのは実にうれしい。

   『子どものための哲学対話』
      永井均著 講談社刊 1000円

Then and Now : 隈本日日新聞「私の3つ星」不採用。良く書けていると自分では思っていたんだが、掲載されるとは限らない。しかし、何度も書くように、これでめげてはいけないのだ。
 ところで、哲学対話を実際、わが家でやってみたのだが、息子(二男)はちょこっとしかつきあってくれなかった。親の理想と、現実はかくも隔たるものだ。機嫌を見て、もう一度トライすべきだったかな。

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『交通安全教育指導の手引き』~7/21/2001・k157

 熊本大学での総合講座がこの本のもとになっている。これほど充実した内容の実践的な教養教育が以前から行なわれていたことは、驚きであり、また誇らしくも思えた。

 自動車工学や法医学から見た交通安全、応急救護の実技などを学ぶことで、学生たちが卒業後、各方面で交通安全の指導者になることができれば、多少時間はかかるが、そのことが悲惨な事故を減らす確実な近道であるはずだという信念が、いたるところで読みとれる。

 残念なことに交通事故は、技術的な未熟さより、精神的(人格的とも言える)弱さから引き起こされやすい。それを知ることが大事なのだが、規制緩和の名の下に免許更新の期間は延長、簡略化され、交通安全への取り組みはスローガンと取締りに集約されていく。

 いのちを大切にすることや自分をコントロールすることは、ここでも教育の根本に変わりないことを多くの人に知ってほしい。

    『交通安全教育指導の手引き』
        恒成茂行編  勁草書房刊 3000円
     
Then and Now :平成13年8月5日付 熊本日日新聞「私の3つ星」掲載。私たちの生活経済は、物流の上に成り立っている。販売価格を下げるためには、輸送経費を低く抑えることも必要だが、それは過積載や過重労働につながりやすい。快適な生活は、そういう土台の上に成り立っていることを忘れてはいけない。交通事故で、全人口の半分の人が亡くなることはないけれど、あなたの大切なひとが犠牲者のひとりにならないとも限りません。

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『川原亜矢子のデジカメ日誌』愛読者カード~11/23/2000・k148

■この本についての(または著者への)ご感想、ご意見をお聞かせください。
 一年以上前に買っていた。で、このハガキを出そうとずーっと思っていて埋もれていた。
 ずーっと前、TV「ファッション通信」(だったかな)で、パリ暮らしの川原さんのドキュメントを見て以来のファンです。今度のドラマの秘書役もすごく、かっこいい。
 本の感想がなくてごめんなさい。

Then and Now : こんなもんもコピーしていた。私は、小学生から中学生にかけて、マンガを描いていたので、それを何とか本にしたかった。当時、ガリ版刷りの同人誌もあったと聞くが、ゼロックスすなわち電子コピーは、憧れの的であった。いまでも、コンビニ=コピーが使える場所としての、聖地である。
川原亜矢子さん、最近マツダの新型車のCMに出ているが、あまりかっこよくない。

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「私ならこう使う――夢の100万円読書計画」~4/21/2000・k137

小泉今日子さんか、本上まなみさんに本を朗読してもらいたい。
個人相手というわけにはいかないだろうから、聴衆は10人ぐらいかな。
こじんまりしたレストランか、温泉旅館みたいなところがいいと思う。
お二人とも、本好きみたいだから、本の話で盛り上がれたら最高だ。
で、それをまた本にして出版するというのはどうだろう。

Then and Now : 講談社α新書の懸賞で公募されたもの。見事落選。入賞作はどんなもんだったか知らないが、これは今でも結構グッドじゃないですか。落選、不採用にひるむな。これ、投稿・公募の鉄則。
本上まなみの『本の虫干し』、新潮文庫に入りました。

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優香~8/28/2000・k136

 文章はともかく、と言ったら悪いですが、ノニータさんの撮る優香のフォト、毎回本当に美しいと思います。いや、感じます。
 私、44歳、小学生の息子が二人います。
 しかし、彼女の、自然なんだけど「君にそこにいてほしい」という気持にさせてくれる、圧倒的な存在感の前で、私は「恋のとりこ」となりそうです。

Then and Now : 雑誌「ザテレビジョン」の「ボイス・ボックス」の投稿。不採用。いま思うと、なんと大袈裟な、と感じるが、恋とはそういうもの。しかし、彼女も売れて、忙しすぎれば、しぼんで来る。いま、オンエア中のほっかほっか亭のCMは、そういうコンセプトとはいえ、無残である。ネクスト篇で、弾けてほしい。

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村上春樹氏への初めての手紙・Ⅰ~6/25/2000

 初めまして。
 私は村上さんが『羊をめぐる冒険』を書き終えたとき、自分で涙が止まらなくなるくらい泣けたという話をどこかのエッセイで読んで以来のファンです。

 とはいえ、申しわけないことに、最近の作品は落ち着いてじっくり読もうと思いながら、全然読んでいなくて、しかし、ananの「村上ラジオ」はいつも立読みしています。

 という自慢できる状況ではないにもかかわらず、初めてのお手紙を差上げる気になったのは、もう、先々週号になりますか、ニール・ヤングとキンピラの話の中に出てきたアニマルズの「スカイ・パイロット」に鋭く反応してしまったからです。アニマルズといえば「スカイパイロット」と「朝日の当たる家」しか知らない当時の中学生だった私は、ついにそのEP盤を手に入れることはなかったのですが、A面B面がパートⅠ、パートⅡだったことはよく憶えています。【Ⅱへ続く】

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村上春樹氏への初めての手紙・Ⅱ~6/25/2000【Ⅰの続き】

 あの頃(といっても何年かは前後するかもしれませんが)たとえば、ニーナとフレデリックの「エリザベスⅠ世とⅡ世」―――あ、これは別にA、B面ではないですが、フラワー・ポットメンの「花咲くサンフランシスコ」というのが、やはりA・B面、パートⅠ・Ⅱでした。

 話がそれましたが、ジェームズ・クィネンの『いちご白書』にも「スカイ・パイロット」に言及するくだり」があったことを、そのとき思い出したことをお伝えしたかったのでした。

 また『やがて哀しき外国語』の中で、だったでしょうか、エルトン・ジョンの『メイド・イン・イングランド』を聞きながら、ハイウェイをぶっとばす話があったことも連想しました。

 私は、やはりエルトン・ジョンのファンであり(初めて買ったLPは、サード・アルバム『タンブルウィード・コネクション』、タイトルが未だに素晴らしいと感じられる)、勝手ながら村上さんもエルトンのことを気にかけているひとりなのかなと、親近感を前にも増して抱いたということもあったことを、また思い出しました。
 それでは失礼いたします。読んで頂き、ありがとうございました。

Then and Now : anan編集部気付で送ったので、本人に届いたかどうか。でも丁度「スカイ・パイロット」について、書いておきたい気持があったので、手紙という形で書いたのだが、自分のことながら、まったく相手のことを念頭に置いていない、一方的な文章。ところで、ニール・ヤングの「ヘルプレス」には「大きな鳥が空を横切り 地上に影を落とす」という、ベトナム戦争当時のB52のことを思わせる歌詞があった。
 余談ながら、私が以前勤めていた会社の、マイケル・ダグラス似の社長は、若いとき航海士だったのだが、リバプールの酒場でライブで聞いたアニマルズの「朝日の当たる家」の印象が強く残っているとのことだった。

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映画は小説の想像力を借り、小説は映画を模倣する~3/20/2000

 この小説には、自衛隊のミサイル護衛艦、日米防衛協力問題や究極の生物化学兵器、北朝鮮の工作員などなど、新鮮な素材が惜しみなく使われ料理されている。手に取っただけで、胃にもたれそう、という大長編である。

 でも何でも食べてみなくてはわからない。海上自衛隊の隊員に始まり、防衛庁のお役人や政府首脳まで数多くの登場人物が際立つ個性で描かれていて、むずかしい設定が消化されやすく作られている。

 テレビのニュースだけで、世界がわかったような気になっている怠惰な国民への警告という側面もないわけではないが、そこは娯楽作品、細かい仕掛も後でひとつにつながってくるし、物語の展開も次々に意表を突いてくる。

 アクション場面のたたみ込み方は、洋画の名場面を思い起こさせ、映像を見るリアルさが感じられる。そのとき、ふと思う。映画は小説の想像力を借り、小説は映画を模倣する、と。

           『亡国のイージス』
              福井晴敏著 講談社刊 2300円

Then and Now : 平成12年3月26日付熊本日日新聞「私の三つ星」掲載。最後の一行を思いついたとき、我ながら、身体が震えた。頭から書いて行って、料理を引き合いに出したのも成行き、最後まで突っ走ってから、推敲するという文章の書き方が基本パターンである。
 書き始めたときには思いも寄らなかった言葉が、ひらめいたりするから、やめられない。それにしても、この本はホントにヘビイで、400字にまとめるのに苦労した。うまく行ったとは、さすがに言えないけど、表現することの喜びに改めて目覚めたのでした。

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『アメリカかぶれの日本コンビニ・グルメ論』~6/17/2000

 日本人は断言されることを好む国民だ。という言いまわしが、おそらく私が典型的な日本人のひとりであることを端的に表しているだろう。

 最初は、コンビニと日本人の食生活に関する考察だろうと思っていたのだったが、6年間をニューヨークで過ごした著者のアメリカ礼賛はすさまじく、確かに「アメリカかぶれ」の一言で片づけてしまえるほどである。

 でもポップな装丁と文体から受ける印象以上に中身は濃い。さすがに年季の入ったグルマンである。食のみならず、衣・住・ビジネス・文化文明論にまで、領域は広がっていく。日本に生まれ育ち、日本の本当の良さを(ノスタルジックにだが)わかっているからこそ、つい辛口の批評になってしまったのだろう。

 ハードカバーではなく新書判で出るべき本だったと思う。また、過剰なくらい漢字にフリガナがついているのも著者の心配りだと素直に受けとめたい。

  『アメリカかぶれの日本コンビニ・グルメ論』           
               横川潤著 講談社刊 1400円

Then and Now : 平成12年7月2日付熊本日日新聞「私の三つ星」掲載。この文章が、採用されたときは驚いた。こんなんで、いいの?って感じ。この本は、合志町図書館に寄贈したように思う。

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『国の福祉にどこまで頼れるか』~6/12/1999

 この本の中で述べられる福祉は、社会保障を含む広義の意味であると最初に断り書きがあるが、年金・医療費・雇用問題など、本来ひとつずつを取り出して改革できるものではないのに、総合的に施策を進めるべき行政のネットワークはどうなっているのだろう。

 第2次世界大戦後、日本人を世界第一の長寿国民にした決定的要因は、医療や長生きのための食生活や運動ではなく、戦争のない安定した成長経済にあるという指摘。なるほど。

 将来私たちの世代は、国の福祉に期待しない方がいいとは言われていたが、想像以上に今の状況は悪い。このままで行くと、なんて悠長なことを言っていられないことを知るためにも、必要な基礎知識がわかりやすい事例で説明されているので、特に就職活動で絶望的な毎日を送っている大学生には読んでほしい。

 社会的責任をぐっと感じることができた諸君は、おそらく良い仕事に出合い、有意義な人生の一歩を踏み出すことができるだろう。

      『国の福祉にどこまで頼れるか』
         手塚和彰著 中央公論社刊 1800円

Then and Now : 熊本日日新聞「私の三つ星」不採用。掲載されたと思っていたので、スクラップを当たってみたが、なかった。安保と憲法で、日本は長寿大国になったのか、とすっかり忘れていた本書を思う。誤字、脱字がやたらと目立つ本であった。ともあれ、年金法改正のドタバタを目の当たりにして、あ~ぁ、この5年間、日本人は何を考えていたのかと嘆くと同時に、これから、5年間何を、どう為すべきか、真剣に、そして気楽に考えて行こうと思う。

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恋愛小説、泣けるばかりではなく~5/2/2000

 たまには恋愛小説も良いと思った。読み終わってジーンと来るやつではなく、人生って色々あるけど、やっぱりいいもんだと感じさせてくれる、爽やかなストーリー。

 現在と回想を自由に行き来する自然な文書の流れは、お話としては映画やテレビドラマに出来そうでいても、活字で読むこと以上には楽しむことがむずかしいだろう。
 警句や気の利いた言いまわしの数々の中にときどき出てくる陳腐な表現は、おそらく作者の余裕か、お遊びか。

 主人公の夏美は35歳、既婚の純文学系編集者。夫は同業者、恋人は郵便局員。夫にも恋人がいて、仕事上では才能ある新人作家を奪い合う。

 言葉で表現することの可能性を信じている人の書くものには、言葉の力が宿るのだ。
 小道具のひとつひとつに手触りが感じられ、壊れるときの瞬間の音までも、文章の隙間から聞こえてくるっていうのもぜいたくの極み。

            『A2Z(エイ・トゥ・ズィ)』
              山田詠美著 講談社刊 1400円(税別)
        
Then and Now : 熊本日日新聞「私の三つ星」不採用。400字で、ブックレビューを書くというのには、すっかり慣れてしまった。本の紹介をするコーナーなのだが、やっぱり少しだけ、自分のことを書きたい。というパターンが出来てしまった。そのひとことを書かなければ、この欄に投稿する意味がない。
と気づいてからは、書くことがますます楽しくなって、その上ずいぶん掲載していただいている。本当にありがたいことだ。ところで、これってレビュー的にほとんど満点だと自分では思っていたんだけど。
久しぶりにこの文章を読んで、この本をもう一度読みたくなった。

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本を所有するということ~6/?/1997

 私は本を読むのが遅いので、経済的に許されたとして、欲しい本を全部買ったとしたら、読まない本がどんどん増えるだけではないかと思う。それでも書店で見かけて、パラパラっとながめるだけで、「いつか君は僕のモノ」だなんて心に誓う。本を所有するということは、世界の一部を所有することででもあるように。

 私の頭の中には理想の本棚があり、その架空のモデルをなぞるように本を集めたいと思っている節が私にはあった。しかし、最近は読んだ本を取っておくより、自分が面白かった本をピッタリの誰かにも読んでもらいたくて、その誰かに譲ってあげたくなる。書物に書かれていることは知識であり、ファンタジーであり、我々をつなぐ何かなのである。

 文章を読むことは作者との対話であり、また自己との会話でもある。そして一冊の本を通じて、また別の誰かとも共通の話題を持てるし、お喋りができるというのは素敵なことだ。

 我が家にはそれ程たくさんの本を置けなくても、よく立ち寄る本屋があり、図書館があれば、それらは自分の書斎のようなものである。まずは、いま買っておかないと、図書館でもお目にかかれなくなるような本か、飾っておいて自分のテリトリーであることを意識できるような本を買って、いつかそれらを自分の息子が読んでくれたらと思う。

Then and Now : 合志町の「図書館まつり」のために書いたのだろうか。よく憶えていないが、この頃から、「所有」にこだわらなくなったのは事実。架空のモデルには、リチャード・ブローティガンとカート・ヴォネガットがあった。学生時代の流行りだったからだ。
で、いま保存に入っているのは、小泉今日子と本上まなみのエッセイか。村上春樹はあんまり本を出すから追いつかなくなって久しい。成長してきた息子たちは、趣味嗜好がまったく違って育ったので、当時の思いは、今のところ世界の幻想文学てな趣き。そんなもんだ。ハイホー。

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シューティング・スターを撃つな~9?/?/1999

 村上春樹は小説の中で「35歳=人生の折返し点」説を唱えたことがある。その説に共感しながらも、やはり直線的に人生を送ってしまっている私だが、いわゆる「若者」でないことの有難さもよくわかる年になった。

 しかし、どうしても世間的に少し遠慮してしまうのが中年たる所以である。そんなとき神足氏がシリコンバレーを眺めて、自分たちの世代はもっと闘うべきだったと書いているのを読むと、その言葉が正直胸に突き刺さり、取り返しのつかない10数年を思うのである。

 そして底無しの後悔から立ち直るために、まだそんなに年を食ってるわけではないんだ、今からでも同じ中年のあこがれの的くらいにはなれるかもしれないと思ってみる。

 私が心に漠然と思い描いていたことのいくつかが活字になって、そこにあった。遅くはない、それにあせらなくても有意義に中年を生き抜き、老年を迎えることはそれほどむずかしいことではなさそうだ。

       神足裕司著『輝く中年の星になれ』講談社刊

Then and Now : 平成11年9月12日付熊本日日新聞「私の三つ星」掲載。これは、載らないんじゃないかと思っていた。だけど、中年男性として、これだけは言っておきたい、という思いは熱かった。結果的に紙面を飾ることが出来て、本望です。

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「ロックの英詞を読む」1/18/2004

 20年以上前のことだが、レコード会社のPR紙で著者の言葉に出合い、勇気づけられたことがある。日本のラジオはどうしようもない音楽ばかり流しているけれど、あきらめてはいけない。リスナーがきちんと面白くないと声を上げ続けなければ何も変わらない。確かそんな意見だった。

 雑誌に連載された文章をまとめたこの本は、英語を学ぶためにロックを利用しようというだけのものではない。かといってロックを歴史的に捉えることが主たる目的でもない。

 それを歌ったアーティストについての基礎知識はもちろんのこと、英語の「うた」に託された思いを日本語に解釈することを通して、その背景にある欧米の文化、人種・階級の壁、発表された時代状況などを解説する。

 売れなくては意味がない歌の文句に過ぎないのに、私情や恋だけじゃなく、社会に対する憤りや正義を問う熱情がある。歌の力で世界を変えることが出来ると信じる心がある。

      「ロックの英詞を読む」
          ピーター・バラカン著
       集英社インターナショナル刊 1600円

Then and Now : 今日5月22日(土)、NHK-FMの音楽番組「ウィークエンド・サンシャイン」で、DJのバラカン氏が、私の文章について「ありがとう」と言ってくれた。平成16年4月25日付熊本日日新聞朝刊「私の三つ星」掲載。そのコピーを先週、番組宛に郵送した。多分ひとこと紹介してもらえると信じ、カセットも準備していた。
 この文章の冒頭に書いたように、私は氏の言葉に大いなる影響を受け、外に向けて自分の意思を表明することの大切さに目覚めた。レコード会社のPR紙というのは、私のホームタウンである大津町の商店街にあった「本田レコード店」(といっても電気屋の一角)でもらったもの。東京から戻ってきて、しばらくしてのことだったと思う。
 何でも大袈裟に書く傾向があることは自分でも承知の上で重ねて書くが、チラシみたいなフリーペーパーの、小さなコラムを読んだことで、人生変わることもあるのだ。事はラジオだけに終わらない。
 この本に出合えたのは、奥田英朗著「真夜中のマーチ」が痛快に面白いという書評を、週刊誌の立読みで読んだので、それを買ったら、新刊案内が挟み込んであり、多くのタイトルの中に本書を見つけたのだった。かようにして、本は発見(ディスカバー)される。

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「村上春樹さんへの手紙」① 初夏?/?/2001

拝啓。
 ananに「村上ラジオ」を連載中には、anan編集部気付でお手紙を差上げたことがありますが、御覧になられたでしょうか。
 どういうご縁でか、当地では、西部ガスという都市ガス供給会社のPR誌に村上さんのエッセイが連載されていまして、またお手紙を書こうと思った次第です。

 用件を単刀直入に書きますと、私の住む熊本県菊池郡合志町では、毎年11月頃に町立図書館で「図書館まつり」というイベントをやるんですが、今年のまつりに是非御参加願えないだろうかというお願いです。

 何故、村上さんが九州の片田舎まで、わざわざ来なくてはいけないのかという必然性はまったくありませんし、私達の方にもお願いするに足る大義があるわけでもないのですが、ある種の「まちおこし」のイベントであると同時に、大げさに言えば図書館の役割というのは、わが町においてどういう意義があるのだろうということを考える機会にしたいと思っています。(②へ続く)

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「村上春樹さんへの手紙」② 初夏?/?/2001

 町民が望む箱物として、となり町とそのとなり町で、今年から来年にかけて、二つの図書館が作られます。子どものために本を読み聞かせようというムーヴメントの奥には活字離れを憂えるというよりも幼児教育の一種というのが当っていそうな気がするんですが、もちろんそんなことは口に出せません。
 いずれにしても図書館に少年少女が集まってきたり、年輩の方も来られたら楽しいことです。そしてわれわれのような働く世代も。

 そこで、というあんまり関連性はないんですが、11月の4日か5日頃(実はまだ正式に決定していません)に、九州まで来て頂けないでしょうか。図書館について語って頂きたいんです。それだけです。御検討ください。
 いきなり不躾なお願い、御容赦下さい。
費用のこともありますので、前向きにお考えならば、御連絡をお願い致します。

村上春樹 様
 
Then and Now : 厚かましい手紙を書いたものだ。西部ガスを通じて、PR誌の編集プロダクション経由で本人のもとへ届いたと信じたい。新作の執筆で海外に行くこと、このような依頼は公平を期すためにすべてお断りしているという旨の返事を、確か編集プロダクションの方から頂いた。
 で、そのとき準備されていた新作は「海辺のカフカ」となって結実したので、ま、図書館絡みということで、後付ながら所期の目的は達せられたということにしておこう。
 それにもし私が、村上氏の立場だったら、やっぱりこの依頼断っただろう。他にやること一杯あるし、作品を通じて理解してくれというのが、プロの作家のはずだ。

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『家族を「する」家』8/27/2000

 厳密な意味で、センセーショナルという形容詞は、マスコミ受けを狙う衝撃的な表現を指すわけではない。それは、人の感情のひだに入りこみ、ジワリと効いてくる奥深い感動を呼び覚ますものであるはずだ。

 私が藤原智美を支持するのは、いたって単純な理由による。英国ロックの雄であった、ザ・フーのピート・タウンジェントと、アメリカのニュー・シネマの旗手だったロバート・アルトマンが自分のヒーローであると語ったインタビューを読んだからだ。
 
 なぜ、という疑問に答えてくれそうな情報は巷間あふれている。そういう時代に自分の考えを真剣に表明することは、ある意味で自分