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読みたい本だな

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日記・コラム・つぶやき

2018年5月17日 (木)

西城秀樹

西城秀樹が亡くなった。4月に63歳になったばかり。
昔、年齢詐称疑惑とかあったが、郷ひろみ、野口五郎と並んで、
新御三家は私たちの同級生であることは間違いない。
中学高校の同級生で早く亡くなった友は何人もいる。
友と過ごした時間や、叶えられなかった夢などを思い、
また、たまたま自分がこちら側に残っただけで、
自分が先に亡くなってしまっていた可能性がないわけではないと、
いつも思ってきた。
最近もよく考える。
特に大したことを成し遂げた人生ではなかったけれど、
もちろんまだ終わってないないが、ひょっとしたら、
私にもう少し謙虚さと思いきりのよさがあったら、
随分違う人生を送っていたかもしれないと。
しかし、この道にもそれなりに意味があったと思う。
あのとき、ああしていればと想像して後悔するのは
長生きした者の特権みたいなものだ。
そういうことを、ときどき考えていた今日このごろ、
西城秀樹の訃報が届いた。
完成したジグソーパズルのピースが一つずつ欠けていく。
喪失は残るが世界はゆるがない。
そういうものだろうか。


2018年5月12日 (土)

戦後を生きて

5月11日付全国農業新聞、山下惣一さんがエッセイで書いている。
明治維新から150年だが、自分は82歳になるので
その半分以上を生きているという。
150年の前半、日本は戦争ばかりしていた。よく言われる。
「その後73年間、この国は戦争していない。
戦争は人殺しである。人殺しがなぜいけないのかといえば、
それは自分が殺されるのが嫌だからだ」
山下さんは戦後を生きてきてそう書くが、
私なら、人殺しをしたくないから戦争はいけないと言う。
人殺しをするぐらいなら、自分が殺されても構わない。
人生先が見えてくると、そう腹を括れる人は
そう多くはないかもしれないが。


 

2018年5月 6日 (日)

改憲4項目

4日の熊日に「自民党の改憲4項目」についての記事があった。
原文に当たろうと思ったら、自民党の憲法改正推進本部のHPでも、
議論について書かれているだけで、いまいちはっきりしない。
で、もう一度しっかり検索記事を見たら、
産経新聞が前文を載せていた。
熊日の記事(共同の配信だと思うが)における専門家の指摘。
9条の2 九州大の井上武史准教授(憲法)
「自衛隊を合憲化するだけの目的なら、従来の政府見解を書き込むだけで足りた。必要ない自衛隊明記にこだわったため、疑問の残る条文になってしまった」
この件に関しては、自民党は国民に対してよくリサーチを掛けている。
逆に、世論とはこんなものだろうと甘く見ている可能性もあるが、
安倍首相が自衛隊の最高指揮官である自分の存在にこだわっているのではなかろうか。

合区解消 元最高裁判事の泉徳治弁護士
「都道府県単位の選挙区では、人口が異なるため『一票の格差』が
当然生じる」「選ばれた議員は地域代表の意味合いが強まる。
『国会議員は全国民の代表』と定めた憲法43条とも整合性が取れない」
細かいところを詰めずに、とにかく素案をという感じ。粗案だ。

教育の充実 学習院大法科大学院の青井未帆教授(憲法)
「国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割を担う」の文言が
「国家のための教育を国民に強いる根拠とされる危険性がある」
余計なものを追加した感じ。

緊急事態条項 同上
「このまま改憲が実現すれば、内閣の力が強くなり過ぎ、
国家の利益が個人の権利より優位になるのが当然という考え方に
つながりかねない」
安倍首相は自分は総理大臣だから、間違ったことは言わない。
というか、自分が言ったことはすべて正しい(正しくなる)
という稀有な思想をお持ちなので、こうなるのだろう。

党是だから改憲するというのが自民党の基本姿勢なので、
細かいことはあまり考えていないと思われる。
井上准教授はこう言っている。
「自民党案には、理論的に詰められるべき事項が
検討されていないなどの問題がある。国会議員だけではなく、
専門家を交えて条文案を検討し、解釈がどう変るのかを
国民につまびらかにした上で議論を進めるべきではないか」

2018年5月 2日 (水)

坊っちゃん

古新聞の整理が後片付かず、平成28年11月の熊日を
今頃読んでいると、漱石記念年2016・2017ということで、
ちょうどいま「坊っちゃん」が連載されている。
恥ずかしい話だが、中高生時代あまり本を読んでいない。
図書館にもあまり通っていない。それでいながら、
なぜか夏目漱石の「坊っちゃん」は中学生(か高校生)のとき、
図書館で借りて読んだ。数少ない希少な一冊である。

坊っちゃんと清との別れのシークエンスを引用する。
「車を並べて停車場へ着いて、プラットフォームの上へ出た時、
車へ乗り込んだおれの顔をじっと見て『もうお別れになるかも
しれません。随分ご機嫌よう』と小さな声で云った。
目に涙が一杯たまっている。おれは泣かなかった。
しかしもう少しで泣くところであった。汽車がよっぽど
動き出してから、もう大丈夫だろうと思って、窓から首を出して、
振り向いてら、やっぱり立っていた。何だか大変小さく見えた」

高校生のときと大学浪人時代の都合4年間、父方の祖母と暮らした。
清のエピソードでは、その祖母のことをいつも思い出す。
まったく同じだというわけではないが、似たようなものだ。
生家を解体するとき、祖母の日記をなぜ持ち出さなかったのか。
私が買ってやったスマイルマークの黄色い表紙のノート。
昭和を記録する貴重な歴史資料が永遠に失われた。
私の歴史認識なんてものは、それぐらいのものなのだ。


2018年4月24日 (火)

龍神橋

建設会社と生命保険会社で営業をやっていた約13年間。
今日、警報レベルの雨の中、熊本市内をクルマで走っていると、
当時よく使った道や立ち寄り先の近くを通った。
結構あちこち走ったし、いろんな所を訪れたなと感慨が湧く。
ああ、いつの間にか、龍神橋が開通していた。

2018年4月20日 (金)

62歳

今朝いつものように、中央公園でラジオ体操をしているとき、
ああ!62歳はなんて素敵なんだと突然思った。
このまま62歳でいられたら、人生まだまだ何だってできるではないか。
ポール・マッカートニーが歌った64歳は既に随分年寄りに思えたが、
彼だって、自分がその年齢になって、
何だまだまだイケるじゃないかと思ったのではないか、とも思った。
多分、五十肩も治って天気のいい爽やかな朝、
ラジオ体操で肩をほぼ自由に動かせる気持ちの良さが、
そういう気分の元になったと思われる。
昨夜、高校の同級生たちと久しぶりに飲んで、
実は楽しかった夜の翌日は大抵喋りすぎたと後悔するのだが、
それはあるにはあったにせよ、やはり62歳でよかった、
ある意味、62歳まで少なくとも生きてこられた自分を
祝福したい気持ちになったのかもしれない。




2018年4月19日 (木)

やっと春

春だ。
少し前、桜が満開のころも春だと思ったのだが、
あれからまた冷え込んだりしたので、
やっと春。
気持ちがオープンになって、あれもやらなきゃ、
これもやらなきゃ、という感じ。



2018年4月13日 (金)

腐る

新明解国語辞典第6版によると、「腐る」には
大きく分けて2つの意味がある。
その1-③に、人や組織・集団などが堕落し、本来あるべき姿を失った状態になる。「腐った根性をたたき直す/腐った官界にメスを入れる」というのがある。
政界ではなく、官界を当てているところは、
政界はごく日常的に腐っているから用例として面白くない。
そういうところかもしれない。政治って生ものですから、というか。
何について書いているか、ここに明らかにしないので、
あとになったら、何のことやねん、と自分でもそう思うだろう。

で、その2は[接尾語的に](俗)その行為が軽蔑すべきものであることを表す。
「何を言い―か/余計なことをし―奴だ」というものだ。
つまり使途に汎用性があってこそ、辞書に載るのである。





2018年4月11日 (水)

五十肩

右肩が五十肩で自由が利かない。
電気治療と湿布と鎮痛剤で少し落ち着いてきたが、
まだまだ動作に限界がある。つまり痛い。
「風の便り」編集が大幅に遅れている。
今回は定例会が早く終わったのに、これだ。



2018年4月 3日 (火)

墓参

お彼岸に行けなかったので、本日お墓参り。
母と妻と。
この写真はうちの祖先の墓らしい。
左手前は熊本地震で倒れた。いつ置かれたのか、
石材店の名刺が台座にあった。
右の墓石は墓地から100㍍ほど北側を流れる白川が
氾濫したときに砂に埋まったのをここまで掘り出したと
幼いころ聞いた。
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