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2017年12月24日 (日)

後ろめたさ

昨年の8月28日の熊日の記事だが、
歴史学者の一ノ瀬俊也さんが自著「戦艦武蔵」(中公新書)
について語っている中で。以下引用。

戦争をめぐる研究を続けて感じるのは、
「歴史の流れの中で個人がいかに無力であるか」ということ。
だからこそ「なぜ」にこだわる。
「反論できない人たちに、後知恵でものを言っているという
『後ろめたさ』を忘れずに、『自分ならどうしたか』を
常に考えながら行うのが歴史学だと思っています」

同じ日の「くまにち論壇」では、立命館大産業社会学部教授
福間良明さんが書いているのは、政治思想家・橋本文三の
74年の論考「靖国思想の成立と変容」について。以下引用。

橋川は、死者の顕彰に否定的だが、それは死者を軽んじる
態度とは異なる。むしろ、「死に直面したときの個々の
戦死者の心情、心理」に真摯に向き合う延長で、
死者を祀り上げることを拒もうとする。
橋川にとって、「死者の魂の姿を勝手に描きあげ」ることは、
「生者の御都合」と「政治の傲慢」以外の何物でもなかった。

また、映画作家の大林宣彦さんは、
12月24日のしんぶん赤旗日曜版のインタビューで語っている。
かつての軍国少年には、戦争に反対する資格があるのかどうか。
この国もまた加害者だった。だから作るのは厭戦(えんせん)映画です。
「戦争反対」でも、もちろん賛成でもなく、「戦争はもう二度と嫌だ!」
と強く訴え続けたい。

どれも共通点があると思う。



 

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