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2016年10月18日 (火)

国籍

昨年の12月30日付熊日に掲載された「刻む記憶~フィリピン」に
フィリピン生まれの日系2世、カルロス寺岡さんの話。
寺岡さんの父は1919年にフィリピンに移住、
大工見習いから建築業を起こし、地元の女性と結婚、
ルソン島バギオへ、三男のカルロスさんら6人の子どもに恵まれた。
父の死後、太平洋戦争が始まり、日本人学校は国民学校になった。

45年に米軍がルソン島に上陸。
長男は日本軍によりスパイ容疑で銃殺、次男は地元ゲリラに
襲撃され命を落とした。
米軍部隊から逃れる途中砲撃され、母と弟と妹1人が死んだ。
もう一人の妹と二人で日本の幸福を知らず、
山中をさまよい続けた末、捕虜になった。

引き揚げ船で、父の故郷山口県に戻った。
祖父は歓迎してくれたが、地元の戸籍に登録されていなかったため
「無国籍」のままだった。日本人として認められないことが
しのびなく、寺岡さんは21歳になり、フィリピン国籍を選び、
横浜からマニラ行きの船に乗った。
フィリピンで材木業などで身を立て、日系人のまとめ役に。
日系2世の国籍回復に取り組む。
日系人として認められれば日本で仕事ができて生活が向上する。

2世には、現地姓を名乗る人も少なくない。
差別を避けるため、日本人と分かる名前を変えたり、
書類を自ら廃棄したりして、日本とのつながりを
証明できなくなった人も多い。
東京にあるNPO法人「フィリピン日系人リーガルサポートセンター」
によると、残留2世は少なくとも3545人。
日本国籍が認められたのは213人にとどまり、
今も生存する約1200人が国籍を求めている。
寺岡さんが戸籍に記載されるのも98年までかかった。

寺岡さんは昨年7月、在留2世代表団の一員として来日し、
安倍晋三首相に直接、2世らの国籍回復を訴えた。
「自分たちが何者なのかという、アイデンティティーの問題は
大事です」

民進党代表の蓮舫氏の2重国籍が問題になった。
なんか、今でもくすぶらせているようだが、
いろいろ言う人は、この寺岡さんの物語を読んでほしいものだ。
日本人の国籍について考えるきっかけになるだろう。


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