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2016年6月28日 (火)

憲法改正を考える

熊日で「この先に~憲法改正を考える」という連載が始まった。
第1回は、前川収・自民党県連幹事長。

自民党の改憲草案では、国民に義務を課す内容が目立つが、
という問いに対して、
「日本人の資質を捉える憲法であるべきだ。
草案は古来の伝統や文化、家族を基本とした考え方を
大事にしている。国家を基盤とする国民が、
国家のために頑張るという意識は必要だ。
ただ、がちがちに縛るものではない」と答えている。
これは、この草案を端的に説明する考え方であり、
そういう意味で模範的な回答である。

ただ、そこでは憲法そのものをどう規定するか。
また、グローバルな社会における国家と個人の関係性を
どう認識するかというところで、
そうは思わない人たちとは全く相容れない考え方だ。
それは正しいとか間違っているという問題ではない。
噛み合うことのない議論である。

基本的に日本でしか通用しない憲法だが、
対象となるのは、日本国籍を持つ者だけではなく、
日本に暮らす外国籍の人たち、旅行者、企業等も無縁ではない。
憲法の考え方の下に、様々な法律が作られているからだ。
「国家を基盤とする国民が、国家のために頑張るという意識」
という場合の国家には、形があるのだろうか。

国家とは国土であるとなれば、山や川、そして回りの海である。
天然資源を守るために、国民は努めなければならないとすれば、
大変わかりやすいのだが、そういう意味ではないだろう。
私は国民を基盤とするのが国家ではないかと考えるので、
その国家の形がよく分からない。だからこそ、
日本国憲法によって国家を形作ろうというのだろう。
そうなると、憲法とはある種の教義のようなものなのか。

ひょっとすると、政教分離を戒めることが、
自民党の憲法改正草案の大きな柱なのかもしれない。



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