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読みたい本だな

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2016年6月の27件の記事

2016年6月30日 (木)

震災が公共交通に与える影響について

昨日の夜は、くまもとパレアで、
くまもとLRT市民研究会の定期総会。
熊本地震の影響は、当然既存のインフラである公共交通にも
多大な影響を与えている。
道路網があちこちで被災しているので、
慢性的な渋滞が起きているようで、当然ながら、
路線バス等の定時性がかなり損なわれている。
そういった、自然災害が人の行き来(移動の権利)に対して
与える影響の調査は、黙っていれば誰もやらないだろう。
LRT市民研究会の出番だということだが、
その手順というか全体像を
まずは設計することから始めるべきだろうか。


2016年6月29日 (水)

ニッケイシナモン

毎日の日経平均の数字が気になる。
別に株に投資しているわけではないのだが、
以前、生命保険会社に勤めていて、
保険料を株式でも運用していたので、
その動きに興味を持つようになった。
安倍政権では、アベノミクスが株価で評価されることもあり、
下がるとうれしいという、倒錯した喜びを持つに至った。

株式市況は、円相場と連動するところもあるので、
対ドルで円安か円高かは、解説だけでなく、
社会情勢と世界の動きを考慮しながら、
自分なりに、投資家の判断の根拠を推測する癖がついた。

いま、昨年8月の新聞を整理しているが、
8月21日から中国発の世界同時株安が起きている。
いま英国のEU離脱ショックでの株価下落が注目されているが、
昨年のショックの方が大きかったのではないか。
人の印象は身近な事件の方に重きを置くので、
現在、英国とEUの今後が注目されるのは自然だが。

いろいろな人が数字を挙げてアベノミクスの化けの皮について
批判している。そこから導き出される最もシンプルな答えは、
どんなにその力を誇示しても、
一国の経済政策だけでは、
円相場も株価も思うようにはならないということだと思う。
国内の天気といえども、気圧配置や海流や海水の温度など、
世界中の変化に影響を受けるように。

もちろん、だからこそ、各国で協調できるところは
やらなくてはならないということなので、
一国の宰相としてはもう少し謙虚になるべきだろう。
ということは前々から書いている。
性格というか考え方の違いだと思うけど、
虚勢を張るのが優れた政治家だと思っている人もいる。

先週、一旦大幅に下落した日経平均が
昨日来、値を戻しているのは、年金基金が買っているから、
という人もいる。私もその可能性があるような気はするが、
投資家心理としては、売られすぎに買い戻しというのは
普通の反応なので、そんなものかと思う。
自分では投資していない素人はのんきなものだ。

ただ、日銀がもはや打つ手なしの状態のようにも思え、
もはや剣が峰、今日の小池百合子ではないが、
「崖から飛び降りる」しかないのではないかということは、
アマチュアなりに危惧しているところだ。

2016年6月28日 (火)

憲法改正を考える

熊日で「この先に~憲法改正を考える」という連載が始まった。
第1回は、前川収・自民党県連幹事長。

自民党の改憲草案では、国民に義務を課す内容が目立つが、
という問いに対して、
「日本人の資質を捉える憲法であるべきだ。
草案は古来の伝統や文化、家族を基本とした考え方を
大事にしている。国家を基盤とする国民が、
国家のために頑張るという意識は必要だ。
ただ、がちがちに縛るものではない」と答えている。
これは、この草案を端的に説明する考え方であり、
そういう意味で模範的な回答である。

ただ、そこでは憲法そのものをどう規定するか。
また、グローバルな社会における国家と個人の関係性を
どう認識するかというところで、
そうは思わない人たちとは全く相容れない考え方だ。
それは正しいとか間違っているという問題ではない。
噛み合うことのない議論である。

基本的に日本でしか通用しない憲法だが、
対象となるのは、日本国籍を持つ者だけではなく、
日本に暮らす外国籍の人たち、旅行者、企業等も無縁ではない。
憲法の考え方の下に、様々な法律が作られているからだ。
「国家を基盤とする国民が、国家のために頑張るという意識」
という場合の国家には、形があるのだろうか。

国家とは国土であるとなれば、山や川、そして回りの海である。
天然資源を守るために、国民は努めなければならないとすれば、
大変わかりやすいのだが、そういう意味ではないだろう。
私は国民を基盤とするのが国家ではないかと考えるので、
その国家の形がよく分からない。だからこそ、
日本国憲法によって国家を形作ろうというのだろう。
そうなると、憲法とはある種の教義のようなものなのか。

ひょっとすると、政教分離を戒めることが、
自民党の憲法改正草案の大きな柱なのかもしれない。



2016年6月27日 (月)

スタンディング for あべ広美

私が写ってないのは、私が撮ったからです。

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2016年6月26日 (日)

騙される方が悪い?

今朝の熊日の「くまにち論壇」、
執筆者は立命館大産業社会学部教授の福間良明さん。
選挙公約に関して目を向けるべきは、
「公約がいかほどに実現されたのか」よりも
「公約にない何がなされたか」なのかもしれないと書いている。

また「今回の選挙で問われるのは、
政権のあり方だけではない。人々の投票が、
『騙される』ことを言い訳にしない思考や判断に
どれほど基づくものか。そのことも併せて問われている」

私たちは騙されやすい。
というよりも、よくよく考えもせず、
それを信じ込んでしまい、あとで騙されたと言い訳をする。
自分に対して言い訳をするのなら、
まだマシなほうなのかもしれない。


2016年6月25日 (土)

三四郎とEU

去年の8月ごろ、熊本日日新聞に
夏目漱石の「三四郎」が連載されていた。
その前は「二百十日」で、その前は「草枕」だった。
漱石の書く女性の魅力的なことに驚く。
美禰子さんは容貌も美しいのだと思うが、
身のこなし、言葉遣い、おまけにミステリアス。

さて、漱石といえば英国留学。
EU離脱の英国民投票の開票結果。
5月のG7サミットのとき、当のキャメロン首相だけではなく、
それぞれの国の首脳にとっても懸案の一つだっただろう。
それを口に出せないから、あえて道化となって、
安倍首相は「リーマンショック級」という例えを出した。
なんてことがあったのなら、
そんなこと自分は言ってない、みたいなことは
言っちゃいけなかったのに、と私は思う。
それでも擁護する人はいるようで。

Well on the way, 子どものころは無邪気に、
そのうち、世の中から争い事はなくなって
世界は一つになるのだろうと信じていた。
EU欧州連合はそのさきがけになるものだと思っていた。
しかし、そう簡単には行かないものだ、民主主義は。



2016年6月23日 (木)

好き嫌い

政治家を好き嫌いで判断してはいけない。
嫌な奴でも、きちんと仕事をやってくれればいいではないか。
しかし人間的には好きになれない。

なぜ、好きではないかというと、
見た目もあるかもしれないが、
やっぱり言ってることや、その物言いが信用できない。
それは政治家として致命的だ。

しかし、もともと嫌いだから、
いやいや、データをきちんと分析すれば、
自分たちに都合のいい数字を使っていることがわかる。
だから信じられない。
ここまで来ると、好き嫌いではなく、
許せない段階になっている。

誰からも好かれるなんて無理。
でも多くの人に嫌われてまで、求める理想は何だ。
いや、そういう政治家を好きな、
いや支持している人たちもたくさんいるのだろう。


2016年6月22日 (水)

アベノナクス

今回の豪雨だけではなく、少し前の風雨が強かったときも、
まだ瓦屋根の修理が終わっていないわが家では雨漏りがした。
ブルーシートが被せられている状態に
完璧な姿があるのならば、瓦など無用の長物である。

これらは、お金の問題ではなく、
いや優先順位に関係するかもしれないが、
ほとんどの場合、業者の人手と材料の問題である。
その上、こう雨が続けば職人さんも仕事ができぬ。
すべて、あの熊本地震の2次被害と言えるのではないだろうか。

ああ、それなのに腹の立つことに、
安倍首相は、熊本市の健軍商店街で
参議院選挙の公示日の第一声を発した。
いや、その第一声に腹が立ったわけではない。
私はあべ広美候補のポスターを掲示して回っていたので、
現地にいたわけではないが、
ラジオでその内容を聞いて、その内容の中身のなさに
腹が立ったのだ。
いやもう、全世界的にアベノミクスなんて雲散霧消していると
思われているのに、まだ進めるか、戻るかなんて言っている。
そのことについて、世論調査では疑問に思う人が多い。
にもかかわらず、どこまで現実から逃避するつもりか。
国民も舐められたものだ。
野党が具体的なキャッチフレーズを繰り出せないのをいいことに、
もはや霞を食ってるに等しいアベノミクスという言葉だけが、
意味もなく宙に舞っている。
私は思う。
アベノミクスをなくす、つまり「アベノナクス」で行こう。
 

2016年6月21日 (火)

民主主義とは簡単に言うと

3館体制の合志市立図書館で現在唯一開いている
西合志図書館に借りてた本を返却に行った。
図書館に行って最初に執り行う儀式は、
新着図書のコーナーの前に立つことだ。

新刊には、それまでの知が弁証法的に含まれていると
考えているからである。偉そうに言うことではないが。
今日はそこに、小林よしのりの『民主主義という病い』幻冬舎刊
を見つけて、つい立ち読みし始めてしまったが、
面白いので、閲覧席について途中まで読んだ。

ゴーマニズム宣言のシリーズは、めんどくさいので
ちゃんと読んだことがなかったが、
思想的に意外と自分に近いのかもしれないと思う。
ただ、安直に分類して、この本は学習漫画だなと思った。

しっかり勉強して描かれているので、
歴史や政治について、本当に分かりやすくてためになる。
著者が「ごーまんかまして」も、
それは個人的な気づきを読者に表明しているだけなので、
影響を受ける人はいても、それが世の中を変えるには、
まだまだ時間と月日が必要だろう。

でも、私は学習漫画としてこの『ゴーマニズム宣言SPECIAL
民主主義という病い』を評価します。
書店で買う人は多いと思うので、矯味を持った方は、
私が返却した後、西合志図書館で借りてみてください。




2016年6月20日 (月)

政治的教養

昨年8月13日の熊日の記事。
小学校非常勤講師の岡崎勝さんの「学校のホンネ」で、
教育の中立性について書いていた。
昨年のことだが、山口県の高校で行われた安保法案についての
学習を県議が問題視し、教育長が謝罪したという話があった。
以下引用。
「これには驚いた。県議が学校教育内容に
口を出すこと自体が『教育の政治的中立性』を損なうからだ。
教育基本法の14条によれば、学校では『政治的教養の尊重』が
学習されなければならないし、中立とは、
子どもや保護者に特定の政党や党派を支持したり、
反対したりの選挙宣伝や応援をしてはいけないということである」

その授業は賛否のディベートや18歳選挙権に向けての
模擬投票だったらしいから、
ま、驚きの県議会議員である。
クレームを付けることを「忖度」と言うこともできるだろう。
岡崎先生は冷静に、教師や親自身が政治に関心を持ち、
「政治的教養」を身に付けることが必要だと結んでいる。

私も気づかないうちに、
そうとは気づかない過ちを犯しているかもしれない。
常に学び続けることが大切だ。

確か、この後、テレビ報道の「政治的中立性」について、
総務大臣が余計な一言を発することになる。
どうしてこうなってしまったのか。
私の考えがまともでないのだろうか。


2016年6月19日 (日)

地域防災計画

合志市地域防災計画は、災害対策基本法に規定されるものだ。
今回の熊本地震で、この計画が有意義なものだったか、
検証され、大幅な見直しがなされる予定だ。市長も述べている。
どういう形で行うのが望ましいだろうか。
私は、市民参加のワークショップ形式がいいと思う。
防災計画を熟知している市民は多くはないだろうから、
これを機に自分たちに身近なものと認識してもらえる。
まず、地震が起きたそのとき、どうしたということを
みんなで出し合うことから始めたい。
これは相当盛り上がるだろうから、時間を区切る、
たとえばそのときに感じたことにしぼるとかの工夫が要る。
そのときどきに取った行動が、一般化出来れば、
そこから生まれる気づきを計画の改善に活かせる。
そういうわけだ。


2016年6月17日 (金)

合言葉は復興

来る参議院選挙において、何を訴えるのか。
特に熊本選挙区においては、熊本地震の被災からの復興が
挙げられるだろう。
しかし、政権選択選挙ではないし、
政権が被災地の復旧復興に尽力するのは当たり前のこと。
野党が、それは効果的な予算の使い方ではないと指摘しても、
基本的に思いは同じでなければならない。
だから、自公政権だから出来ると言ってしまうのは、
思い上がりだと反発されるのではないか。
つまり「復興」を正面に持ってくることは難しい。
と私は思うのだが。


2016年6月16日 (木)

定例会最終日

合志市議会第2回定例会が終わった。
熊本地震による執行部の対応などを優先したため、
今回の会期は7日間であり、実質審議は2日間。
一般質問、常任委員会は行われなかった。
緊急性のある補正予算等は専決処分されたこともあるが、
これが地方自治体における緊急事態への対処である。
被害の程度はあるものの、基礎自治体レベルで
それぞれに最善を尽くしたことを思えば、
憲法に緊急事態条項が必要だという理由は、
少なくとも災害に関しては、まったく当たらない。
ふと思い出して、合志市国民保護計画を引っ張りだした。
これが有効に使い、武力攻撃事態等にも
自治体で対応しなければならないということだ。

2016年6月14日 (火)

レターバスに乗って

昨秋値上げした合志市のコミュニティバス。
乗客が減ったまま増えていないそうだ。
私も熊本地震以降、利用していなかったので、
今日久しぶりにレターバスで合志庁舎へ行った。

行きは、お昼時の便で、思ったよりも多く、
座れない人を含め、20数人だった。
つまり、どんなに利用者が増えても、そのへんが上限。
30人は厳しいだろう。
だから、収支率を言うならば、乗車率の悪い便を
多くの人に使ってもらうしかないというジレンマを抱える。
乗客の多い時間帯に便数を増やせば、
もともと運賃が安いのに、運行経費が増えるばかりだ。

だから、コミュニティバスを住民サービスと割りきって、
どこまで予算をつぎ込めるかという判断が必要だ。
平日なので、高齢者の利用が多かったが、
お出かけによる健康増進効果を数値化できれば簡単だが、
実際には、かかりつけのクリニックに通院という利用もある。

隣町の店舗でショッピングされたら、
それはすべての購買力の流出のように言うが、
実際の税収での差額などが示されないので、
感情論の域を出ない。

地域公共交通に投入する歳出をどう位置づけるのか。
しっかり議論すべきである。
バスに揺られながら考えたことなので、
この程度の結論であった。


2016年6月13日 (月)

総合計画

合志市総合計画は、今年度から平成35年度までの
第2次基本構想に入った。
正式な印刷物として、議員にも配布されたので、
じっくりと分析していこうと思う。
内容に関しては議会で承認しているので、
その推進状況が適切なものか、
また現実との乖離というか、さらに住みよいまちづくりのために
多少の修正が必要ではないかということを指摘していくのも
議員としての務めではないかと考える。

第2章《わがまちの姿》の中に、
「中央地域は、既存地域の住宅地が広がりをみせ、農業研究機関や
医療機関、教育機関などの国有地・県有地などの広大地が集積し、
緑多い癒しの空間を提供する一方、南部地域から中央地域への
市街地の広がりを阻害する存在となっています」と書かれている。

「市街地の広がりを阻害する存在」とはかなりキツい表現だ。
今まで気づかなかったが、地勢を記述する以上のものがある。
私の主張する「グレートカントリー」構想は、
逆にその広大地をありのままに受け止め、他所にはない
合志市の魅力としようという考え方である。
県や国の動向いかんでは、これらの機関が撤退することも
あるかもしれない。ただ、ここでは現状の記述だ。


2016年6月12日 (日)

あべ広美総決起集会

午前9時、雨の熊本市白川公園に集合。
あべ広美総決起集会。
スタッフといっても、第1部の復興ライブの一応出演者。
一番個性的ではない初老の二人組でトリを務めた。
歌ったのは、キャンペーンオリジナルソング「手をつなごう」。
受けたかどうかはわからない。

第2部には、民進党の山尾志桜里、共産党の吉良よし子、
社民党の福島みずほ、衆議院北海道5区補選に出た池田真紀さんなどが
登壇。やっぱりみんな演説がうまいなと正直な感想。

午後は、合志市豊岡キリスト教会で、
合志の歴史遺産を考える集まりの準備会に出席。
主に黒石原の奉安殿の今後の利活用などについて。


2016年6月11日 (土)

熊本地震アーカイブズ of 合志市

昨日の全員協議会で、
今回の熊本地震における合志市としての対応を
時系列で記録として残す方針だと市長が述べた。
よかった。
どういう形になるのか、注目。



2016年6月10日 (金)

測候所

昔、測候所と呼んでいた場所が
母方の祖父の家のそばにあった。
いまは、ゴールデンラークスの寮になっているのだが、
昨日その裏手で、こういう標識を見つけた。
気象庁のホームページには、その歴史の概略があった。
リンク 

詳しくは参照してもらうとして、簡単に記すと、
測量技術を取り入れるためにイギリス人技師を招聘したのだが、
気象観測も必要だと言われて、そのための器械を購入。
また、日本では地震が多いので、そのための測点が移動しては困る。
だから、地震観測が必要だからということで同時に地震計も買った。
そういうわけで、地震に関しては今も気象庁が発表するのか。
当初、内務省所管だった気象事業は明治28(1895)年4月に文部省に移された。
その後、昭和18(1943)年11月、文部省から運輸通信省所管になった。
気象台は逓信省所管だと思い込んでいたので、黒石原飛行場に近いところに
測候所があったのだと思っていたが、そういうわけではなかった。
ただ、業務上深い関係にはあったのだろう。

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2016年6月 9日 (木)

農業の仲間たち

今日届いた全国農業新聞に載っていた、
大分県杵築市にある「ザ・ジャパン・トラベル・カンパニー」
の紹介記事。
代表はイギリス人のポール・クリスティさん(54)。
「観光地化されていない農村にこそ外国人がひかれる
日本の魅力がたくさんある」と年間約3,000人を
世界中から誘致してるのだそうだ。
思いつきはしても実際にやるのは大変そう。
リンク 



もう一つ、
「農業女子PJ(プロジェクト)」の紹介もあった。
これは、農林水産省が仕掛けているもので、そのコンセプトは、
「女性の視点で、農家の課題を補助金を使わずに
企業との連携で解決しようという取り組みです」
例えば、圃場にトイレがなくて困っているというので、
レンタルのニッケンと連携し簡易トイレを開発、とか。
リンク  

2016年6月 8日 (水)

二枚舌

明治大学公共政策大学院教授 田中秀明さんが、
6月2日付ダイアモンド・オンラインに書いていた。

増税延期の安倍総理に必要なのは
二枚舌でなく「謝ること」(上)→リンク  

こういうことは、参議院議員選挙の前でもあり、
はっきりしておくべきだと考えるので引用する。

「安倍総理は、前回の3%の消費増税が個人消費を押し下げた
と指摘していた。
しかし、事実を確認する意味で付言しておくが、
経済データをつぶさに見る限り、
前回の消費増税が景気を低迷させたわけではない。
当然ながら、消費税を増税した2014年4-6の消費は落ち込んだが、
9-12月期以降は消費はプラスに転じている。
7-9月期のマイナスは在庫投資である
(4-6月期に積み上がった過剰在庫を減らしたから)」

ぜひ全文を読んでほしい。もちろん(下)も。

データというのは、それをどう読みとくか、
角度と読み手の立場によって違ってくるものだ。
しかし、それを割り引いても、安倍首相が持ち出す説明は、
いかにもその場しのぎのものばかりである。
それが一度や二度ではないので、
私たちは用心深くならざるを得ない。
それは支持するとかしないとか以前の誠実さの問題だ。
二枚舌はあんまりだと思うが、
他に言いようがない。

2016年6月 7日 (火)

マンガ文化論

『竹と樹のマンガ文化論』内田樹・竹宮惠子著
小学館新書刊

ずっと前に買って、読みかけていたもの。
ちょうど、テレビで「重版出来」というコミック業界を描いた
ドラマをやっているので、一部重なる部分があって
面白さと問題点がクリアになった。
二人とも大学の先生なので、
テーマは違うとはいえ、学生に課題を出す話がためになる。
読者をどう想定するかというのは、
ブログのエントリーを書いていても意識すべきこと。
私も正式に文章術を学んだわけではないが(文学部出身だけど)
熊日に投稿していたときがそれに当たるかもしれない。
というか、学生時代、
週刊プレイボーイなどにハガキを出していたとき、
その前、深夜放送にハガキを・・・
いや、それらはちょっと違うだろうな。


2016年6月 6日 (月)

プライベートアーカイブズ

一連の熊本地震でのわが家の被害は、
屋根・瓦等のダメージに比べれば、屋内は棚から物が
転落したと言ってもそれほどひどくはなく、
意外やCDなども無傷、書類やファイルも
もとに戻すのに別段苦労はなかった。
しかし、震災前から考えていたことだけれど、
雑誌、書籍やその他をこのままにしておいていいのか、
この際、大減量すべきではないかということがある。

日頃、アーカイブズ云々と主張しているので、
できれば何でもかんでも残して後世の役に立てたいと思う。
しかし、それは個人でやるべきものなのか。
個人で文庫みたいに残せればいいけれど、
私の没後は誰が面倒を見るかとなると、
かの植草甚一さんの蔵書にしても、結局古書店に
引き取ってもらうしかなかったという現実がある。
わが家には、合志市立図書館の蔵書整理に伴って、
除籍された数々の本がある。
自分で買った本ならば、迷いつつもブックオフに持っていけるが、
リサイクル本はそういうわけにはいかない。
しかし、わが家に死蔵されていれば、
世の中人のためにならないではないか。
少なくとも、私は廃棄されるには忍びない書物を
一旦わが家に引き取る意図を持って、持ち帰ったのだから。

実は処分するとなったら、容赦なく処分してしまうことができる、
そういう性分だからこそ、その決断がなかなか出来ないのだ。


2016年6月 5日 (日)

行政報告書

先月の全員協議会でもらっていた行政報告書。
4月15日は熊本地震の、まだそれが本震だと思われていた
前震の翌日なのだが、
総務課では、男女共同参画推進懇話会が開かれ、
福祉課では、ハローワーク巡回相談、
農政課では、多面的機能支払交付金現地確認検査、
生涯学習課では、陶芸教室総会が行われていた。
震災の記録ではこういう一見瑣末なことが案外重要。


2016年6月 4日 (土)

海が呑む

『海が呑む~3.11東日本大震災までの日本の津波の記憶』
花輪莞爾・山浦玄嗣著 晶文社刊
東日本大震災による津波以前の津波被害に関する現地での聞き取り。
多くは過去にも同様の津波の襲来を受けている。
津波は地震によって巻き起こされるものだが、
震源が南米チリ沖であるように、
地震そのものの揺れが感じられないまま到達することもある。
直下型の地震と違って、早めの避難で逃げ切ることで、
生存の可能性が高まる。
誰しも旅行や仕事で、沿岸地帯にいないとも限らないので、
過去の津波の経験談が本に記録され出版される意義がある。
また、その本が津波被害を受けやすい地域の人に
読んでもらうためには、日常ではあまり関係ない
海岸から遠く離れたところに住んでいる人が、
この本を手に取ることも対策を広めるために役に立つ。
「はじめに」にはこう書かれている。
「将来、起こりそうもない戦争に備えて莫大な予算を投じるが、
必ず来る地震津波は考えるだけ無駄と、
心の奥底に押し込んで目をそらしている」
それに対しては、天災に乗じて攻め込んでくる隣国から
わが国を守るために軍備が必要だと言う人もいるだろう。
自分は地震や津波の被害を受けることはないと
根拠のない認識を持っているのだ。
西合志図書館から借りています。



2016年6月 3日 (金)

1億総活躍プププ

今日の熊日朝刊に「1億総活躍プラン」のことが出ていた。
「骨太方針」と共に2日閣議決定されたものだが、
表に示されていたのは、
・返済不要の給付型奨学金
・同一労働同一賃金
・保育士・介護職員の処遇改善

どれも民進党(旧民主党)が言ってたことではないか。
いいとこ取りをするのは悪くはないので、
あまり攻め立てたくはないが、さも自民党が言い出したふうである。
著作権などないので、どっちが先もない。
しかし、それなら自民党がよく言うように
財源の裏付けはあるのか、はっきりしなさい。
記事にはこう書かれていた。
「財源については景気回復による税収増や歳出削減といった
『アベノミクス』の成果を活用すると述べるにとどまった」
アベノミクスで景気回復しなければやらないと言うに等しい。
こういうときに「一度ならず二度までも」と言うのではなかったか。
おそらく安倍首相にも、この先日本経済がどうなるか
まったく見当がつかないのだろう。
アベノミクスへのこだわりは、責任問題よりか、
それしか思いつかないと言った方がより相応しいかもしれない。
ここで、民進党など野党にも、
対案を示してもらわないことには始まらないのだが、
はっきり言って、何かが出てくるとは思えない。
対案と言ってもこの場合は財源。
赤字国債しかないのか。

私は元々、成長頼みに反対の立場なので、
鳴り物入りの規制緩和で成長戦略なんていうのを信じない。
こつこつやることは馬鹿の所業なのだろうか。
見直すべき慣行はいくらでもあるのではないか。

安倍政権に退陣してもらいたいのは、
行き当たりばったりの政策で、何とか憲法改正まで
たどり着きたいという意思しか見て取れないからである。
※改正というより、改悪ではないかという意見もあるだろうが、
便宜上、社会的通念上の改正というのにした。


2016年6月 2日 (木)

ふたつの震災から

『ふたつの震災[1・17]の神戸から[3・11]の東北へ』
西岡研介・松本創共著 講談社刊
今日、図書館に返した。
最初の章しか読めなかった。
一連の熊本地震(と、NHKのニュースでは必ず言う)の前に、
これらの本を読んでいたとしても、役に立ったかどうか。
いや、この本はそういう本ではない。
ルポライターが東日本大震災の被災地に入り、被災者の話を聞く。
ルポライターは、阪神淡路大震災を経験し、地元紙の記者として
取材している。
地震だけでなく、津波にも襲われたということもあり、
熊本とはかなり状況が違う。
ひとくちに地震といっても、同じものはない。
当たり前のことだが、そのことに気づかされる。



2016年6月 1日 (水)

記者会見

NHKラジオ第一で安倍首相の記者会見を予定通り聞いた。
長かった。
言いたいことがたくさんあるようにも思えるが、
実のところ、首相が得意とする余計なことを何度も言って、
印象をかえって弱めてしまうといういつものパターンだった。
スピーチライターの能力というよりも、
今日の場合は特に顕著だが、
簡素な言葉にすると、どうしても自分の非を認めざるを得なくなる、
それを回避するためには弁を弄するしかないといった按配か。
安倍首相の場合は、憲法改正に着手することこそが全てなので、
経済ぐらいで引っ込んではいられないのだ。

私個人の考えで行けば、
ここは内閣総辞職こそが、日本のまさに輝かしい未来につながる
唯一の選択ではなかったかと思う。
ポストアベノミクスの議論で切磋琢磨すれば、
結果的には自民党の政権をさらに強固にすることもできたかもしれない。
しかし、もう遅い。

日本国民一人ひとりが「どんなもんじゃろのう」と
しっかり考えなければいけない。
明日の朝刊が楽しみである。


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