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2016年5月11日 (水)

情報公開の在り方

今日の熊日夕刊の「政流考」というコラムに
共同通信編集委員の川上高志さんが書いていた。
国の情報公開の在り方について考えさせられると。

「情報は誰のものか。公文書管理法は国の文書を
『健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源』と明記、
『主権者である国民が主体的に利用し得るもの』としている。
まっとうな文言だが、その精神はどこに生きているのか」
と結ばれている。

わが国の官僚は、情報は権力を持つ者の物、
つまり権力をより自由に行使するために独占すべきもの
という考え方で長らく仕事をしてきたので(おそらく)、
公開しないことが前提のシステムとなっている。
それはミスを隠すとかよりももっと根源的な、
過去は反省しないという姿勢があるのではないか。
そこらへんが、現政権と非常に相性がいい。
安倍首相たちがこだわる歴史って何なのだろう。
当然そういう素朴な疑問がわくと思う。

前にも書いたが、大阪府知事時代の橋下徹氏には功績もあった。
徹底した情報公開にこだわったことだ。
その成果について具体的に調べたわけではないが、
ポーズだったとしても、真似のできない領域にあった。

国会議員や地方自治体の議会、首長が
情報公開を当然のものと考えていれば、
住民、つまり国民の暮らしも少しずつでも良くなるだろう。
そういう方向に政治が向かうことは必然なのだ。

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