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読みたい本だな

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2016年4月の26件の記事

2016年4月30日 (土)

地震保険という商品

昨年の6月4日の熊日に、
「地震保険料19%値上げ」の記事があった。
「来年秋にも全国平均で19%引き上げる方針を固めた」とのことで、
つまり始期日が今年の秋になる契約ということだが、
損保ジャパン日本興亜のHPを試しに開いたら、
実際には7月1日に改定になる旨、出ていた。

【保険料改定の背景】
地震保険の保険料率は、
政府の地震調査研究推進本部が作成する「確率論的地震動予測地図」
を用いて算出しています。先般、この「確率論的地震動予測地図」が
一部見直されたこと等により、
全国的に地震保険の保険料率の改定を行うことになりました。

ということで、地震の予知は困難であるが、
危険度を予測できるほどには進化しているということだ。

さて、この地震保険料、実は一昨年7月にも
全国平均で15.5%値上されたばかり。
確か熊本県は比較的安かったのが、
確かこのとき大きく値上げされていたような記憶がある
(確認はしてません)。
地震に揺らがない国にする地震本部~政府 地震調査研究推進本部
リンク 
専門的なので読み解けないが、
地震保険という金融商品に関係するので、
かなりシビアな研究成果が示されているような感じはします。


2016年4月29日 (金)

熊本地震にオスプレイ

去年の6月1日の熊日の記事。
翁長雄志・沖縄知事に聞く㊦
―安保法制の整備をどう見ていますか。
「中国に対するコンプレックスではないか。
軍事力だけではなく経済大国として台頭したことで、
国民も、政治をやっている人も、
いたくプライドを傷つけられた。
安保法制の背景にはそんな感情があるのではないか」
「尖閣問題の発端を作ったのは石原慎太郎(元東京都知事)
さんが『都が買う』と言って、野田佳彦(前首相)さんが
買ってしまったこと。それがなければ曖昧なまま少しはしのげた。
安保法制には、それがしのげなくなってしまった結果の
恐怖心もある」
安保法制とは何だったのか。
過去形ではないのだけれど、誰もよく分かっていない。
もうそのころまで生きていないとは思うけれど、
後世の歴史家にきちんと位置付けてもらいたい。
そのときまで、日本という国が残っているかどうかわからないが。
 

2016年4月28日 (木)

小中一貫

黒石に散髪に行って、
地震で黒石神社の鳥居が落ちたことを聞いたので、
帰りに車から見たら、確かに
すっかり風景が変わっていたようだったが、
カーブを曲がろうとしていたときだったので、
はっきり確認できたわけではない。

今日は、山本由美著『「小中一貫」で学校が消える』新日本出版社刊
を読んでいた。小中一貫に反対の立場で書かれている。
だから、そのバイアスをわかった上で、
どこまで客観的に分析できているか。
勉強だ。

2016年4月27日 (水)

元気の森の元気市

テレビタミンの特派員情報に出た。
日曜日に、元気の森公園で開かれた元気朝市の話題。
もともと取材予定だったのだが(放送日も5月9日に決まっていた)、
震災の直後なので、朝市をやるかどうかわからなかった。
予定通り開催すると聞いたので、
通常どおり放送されなくてもいいかと、
ひとまず取材して、KKTに素材を送っていたら、
昨夜ディレクターから、明日の放送でできないかとメールが来た。
地震後、少しずつ日常に戻りつつあるという話題が
番組的に良かったのかもしれない。

写真は、今夜の泉ヶ丘市民センター避難所。
ガラスドアに私が映っている。
避難者は20人にまで減った。

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2016年4月26日 (火)

避難所

毎晩、妻と二人で泉ヶ丘市民センターに出かけ、
受付の手伝いなどをしてきた。
それで、避難している人たちとは顔なじみになった。
なので、泉ヶ丘市民センター付近のことで、合志市全体のことが
わかったような気になっていたようだ。
ツイッターで「合志市」を検索すると、
時系列ではないが、水がない、食べ物がないなどの
ツイートがあふれていた。
切実な思いのツイートにどう応えるのか。
実はこれは滅茶苦茶むずかしいのではないだろうか。
その時点では不足していた物資も、
それが届き始めると、いきなり過剰になることもある。
不満を自由に、悪く言えば身勝手につぶやけるのが市民だ。
行政のできることは限られていて、
市長の言葉を借りれば「調整」だけである。
一議員の立場はさらに微妙なものだ。
知人に呼びかけて食料を調達し、それを避難所に配送する。
そういう活動もあった。だが、それは人任せにした。
市民でもなく、行政でもない立ち位置で
全体の流れを見渡して、今後の災害対策や対応に活かすことが
議員の大きな仕事なのだと思う。



2016年4月25日 (月)

ライフライン

今日、ガスが通じたのでこれですべてのライフラインがつながった。
今回は電気・水道がほとんど止まることがなかったので、
私の住む地域は比較的よかった方だと思う。
こればかりは起きてみないとわからないという、
実に脆弱な基盤の上に私たちの生活があることを
改めて認識する機会でもある。
望むときに蛇口からは水が出て、
スイッチを入れると電気は流れるという
そういう暮らしを私たちは追求してきた。
そしてそういうサービスがほとんどすべての場所で受けられる。
どんなに大きな災害であっても、まだ復旧に希望が持てる。
戦争だとそうはいかないだろう。


2016年4月24日 (日)

昨日

泉ヶ丘市民センター。

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2016年4月22日 (金)

議員としての災害対応

多分、行政職員はそれぞれの立場で今何をなすべきか、
よくわかっていると思う。
それに指示、命令系統もはっきりしているし。
それに比べて、議会の対応はそのようにできていない。

だが、そのことについて、特に卑下することはないと思う。
もともとの役割分担なのだから。
議会は市民の代表であることを考えれば、
市民の声(不満や要望、ときには賞賛)を受け止めて、
それを市の執行部の迅速な対応に結びつけることだろう。

と、きれいに書いてしまうとそれだけのことなのだが、
「常に考える」ことに尽きるような気がする。


2016年4月20日 (水)

合志市立図書館

昨日、泉ヶ丘図書館に行った。
入り口から中を見た感じ、整然としているので、
被害が軽かったかと思ったら、
ひとまず書架に収めたところで、当然分類などはまだとのこと。
広くはないが閉架は、市民センターの物品と共用も含め、
スチール棚がひっくりかえっていたので、
片付けを少し手伝った。

その後、ヴィーブルへ自転車で。
こちらの図書館は、スプリンクラーの誤動作というか、
配管の破損から大量の漏水があり、かなり悲惨な場所も。
10万冊の蔵書の片付けは今から。
司書さんとも話したが、図書館の役割はこういうときにこそ、
発揮され認識されるべきものである。
一部でもいいので、早急に復旧開館してもらいたい。
もちろん協力は惜しまない。

2016年4月18日 (月)

泉ヶ丘市民センター

建物自体は特に問題ないのですが、
外部柱の基礎部はこんな感じ。

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今夜は、受付にいます。

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2016年4月17日 (日)

総合防災計画

この2日引き続きいろいろなことを考えた。
しかし、睡眠不足もあって、それが有意義なものだったかどうか。
16日深夜(早朝と言うにはあまりに早い)寝入りばなの震度6。
どちらか即断しなければならないことばかりで、
しかし、冷静であるかどうかすら冷静に自覚できない、
そういう時間が、自覚なく過ぎていった。

災害時の対応は、総合防災計画に則って、
こういうときこそ粛々と進められなければならない。
しかし、同様の災害を実際に経験したわけではないので、
類似の災害とその経験を基にしたひな形をマニュアル化したもの、
それが基本的な防災計画となる、といったところではないか。
いや、これも憶測に過ぎないかもしれないが。

大筋では間違いないが、実際に動かすと、
細かいところはその場の判断に頼らざるを得ない。
そういう点は多い。
その経験が活かされるような災害は二度と起きてほしくないが、
その経験をマニュアルに組み入れておくことが、
将来の誰かの対応に効果を発揮する。
そうやって人類としての叡智がエヴィデンスとなる。



2016年4月15日 (金)

熊本地震

昨夜の地震は、「平性28年熊本地震」と命名された。
名前を与えることは、検証と将来への備えにつながる。
発生当時は、落ち着いているようでいて、
かなり感情が昂ぶっていたと、冷静になるとわかる。
動物は非常時にアドレナリンの作用でそうなるらしい。
大きな災害では、一発目で助かる状態に置かれていたかどうかが
重要な意味を持つことが改めてわかった。



2016年4月14日 (木)

広報・こうしとあかし

Photo

これは、熊本県合志市の広報紙「広報こうし」。
毎月上旬に届いて、ぱらぱらと目を通して、
面白い記事もあれば、もうちょっとという記事もあると
ざっとした感想を持って、すぐに保存用にこうして綴じられる。
のだが、自分の活動報告用の情報収集で
バックナンバーをぱらぱら見てみると、
いや、思った以上に充実していることに気づいた。
評価は、第一印象だけでなく、時間の経過も必要だと思った。

さて、次は兵庫県明石市の「広報あかし」。

Photo_2

高校の同級生が住んでいるので、送ってくれた。
関西方面では珍しくないのかもしれないが、
新年度予算が予算(案)のときに、こうして
広報紙の記事になって市民のもとに届けられる。
人口約30万人、さすがに中核市を目指すまちである。







2016年4月13日 (水)

議会だより「きずな」

昨日、熊日の新生面における題材の展開を
ほぼべた褒めしたが、冷静に考えれば、
たとえば、宮崎静夫さんの命日という点から連想していった
ということも考えられるので、取り立ててすごいことではないのかも。
朝日新聞の天声人語みたいに、文章の流れに
ある種のパターンがあるようなので、
何本も書いていれば体得するのだろう。

さて、本日は議会広報委員会。
議会だより「きずな」の編集会議だった。
こちらも、「きずな」らしさみたいなものが既にあるので、
それに則った形で紙面づくりは進む。
主に定例会の議決事項を中心にしているので、
自ずと型どおりになってしまうことも悪くはない。

今回は平成28年度予算が大きなテーマなので、
大きな流れとしての合志市の目指す方向、
自治体として求められるサービスがどう提供されるか、
議会としてどう市民に示していくかということが重要だと思う。
議会で議決した以上、市長が提案したことに対する責任は問えない。
うまく行けば、執行部の努力、
失敗すればその予算を承認した議会の責任。
それが二元代表制というものなのだ。
だからこそ、チェック機関としての議会がある。
そういうものだ。

2016年4月12日 (火)

貞明皇后

今日の熊日朝刊に、
菊池恵楓園にあった奉安殿に収められていたとされる
貞明皇后の写真のことが記事になっていた。

貞明皇后については名前を聞いたことがあったぐらいなので、
検索してみたら、東洋経済オンラインの記事、
「皇后が近代天皇制の中で果たした役割とは?」というのがヒットした。
これは興味深い。→リンク
原武史著『皇后考』、読んでみたくなった。

こんなに興味の範囲がどんどん広がったら、
収拾がつかなくなる。

ときに今朝の熊日新生面は、NHKの朝ドラ「とと姉ちゃん」から、
雑誌「暮らしの手帖」に宮崎静夫さんが挿絵を描いていた話、
そこから昨日、広島市の平和記念公園でケリー国務長官らが
献花したニュースにつないだ。
とどめは、本日が宮崎さんの一周忌だったという奇遇。
新生面の鑑のような文章だった。

ただ、そういう引きを、あざといと感じる人もいるだろう。



2016年4月11日 (月)

入学式

小学校と中学校の入学式に出席。
来賓とはいえ、ただ席を温めているだけではナンなので、
いろいろ考えたのだ。
合志市の義務教育についてとか。

新小学1年生は、だいたい15分くらいで、もぞもぞし始めた。
でも、「おめでとうございます」と呼びかけられると、
ちゃんと「ありがととうございます」とレスポンスする。
去年もそうだったが、先生にそう言われていたわけではないかも。
この自然に帰ってくる「ありがとう」はいいなあ。

これが新中学1年生になると、さすがに
言葉ではなく、うなずきというか黙礼になっていた。

今朝、合志南小学校に歩いて出かけたとき、
近所で立ち話しているご婦人方に会った。
その一人が、朝から新1年生に何人も会って、
とても気持ちが明るくなってよかったとおっしゃる。
この辺は年寄りばかりだけん
ね、と。

2016年4月10日 (日)

看取りについて

昨日のハンセン病問題講座で、
原田学芸員が取り上げた療養所における
看取りと野辺送り、葬儀に関わる問題は、
核家族と少子高齢化の現在から将来に渡り、、
必ずしも療養所内だけのことではないと思える。

昨年の5月17日の熊日読書欄に上野千鶴子著
『ケアのカリスマたち』についての書評が載っており、
その中に「いったい誰に看取ってもらえるのか」という一文があった。
同じページにはカズオ・イシグロの『忘れられた巨人』の評があり、
豊﨑由美さんが『わたしを離さないで』に言及していて、
ふと思い出した。
最近テレビドラマ化されたものを見ていたときに、
連想していたのだが、『わたしを離さないで』には、
介護人という仕事が出てくる。

これは、文字通り介護保険における介護福祉士的な役目と同時に、
ハンセン病療養所菊池恵楓園における看取りを務める
世話人という互助的な仕組みに近く、
また書評だけで判断するのはどうかと思うが、
『ケアのカリスマたち』で描かれる「理想の在宅死」に重なるものを感じさせる。
もちろん『わたしを離さないで』では臓器提供という要素があるので、
単純に結びつけることはできないが、
ドラマの最後の回で、綾瀬はるか演ずるヒロインが語っていたように、
(正確な言い回しではないが)遅かれ早かれ、
死と別れは誰の身にも訪れる。
家族や故郷から隔離された無念さは計り知れない。
しかし、死に臨んではみな等しいと言うことはできるのではないか。

私の父が、結核療養所に勤務していたとき、
患者さんが亡くなっても、遠方の家族はすぐに駆け付けられないので、
霊安室で線香の番をすることも仕事のうちだと言っていた。
飛行機や新幹線などの交通手段が整っていない頃のことだ。




2016年4月 9日 (土)

よくわかるハンセン病問題講座

第9回菊池恵楓園ボランティアガイド養成講座。

本日と来週の16日土曜日の2回行われる
ハンセン病の隔離と差別の歴史をさまざまな角度から学ぶ講座。
全講座を受講するとボランティアガイドとして認定される。
昨年と同じくらいの参加人数だったと思うが、
30人弱はちょっとさびしい。
ただ、修了者でガイドとして活動しているメンバーや、
仕事の都合でなかなかガイドはできなくても、
日頃ハンセン病問題とその啓発に関心を持ち続けている仲間の
年に一度の同窓会的な意味合いもあって、
そういう意味では有意義な集いであることは間違いない。
もちろん個人的な感想ですが。

社会交流会館の原田学芸員による
ハンセン病療養所における葬儀と宗教の関わりは、
まだまだ荒削りなところがあるものの実に興味深いものだった。
民俗学的なアプローチはこれまで考えたこともなかったが、
国の隔離政策によって、療養所内で独自の習俗が生まれた。
というようなことに興味を持つ人って、
普通はいないだろう。
それにハンセン病問題のの啓発に直接つながるわけでもない。
しかし、日本人とはどういう民族なのかということが見えてくる。
そういうことです。

菊池恵楓園内にもあった奉安殿に収められていた御真影は、
貞明皇后のものだったという大発見にもわくわくしました。


2016年4月 8日 (金)

よかとことこ健康への道

いちおう、よかとことこウォーキングの会員になっているが、
まだ、2回しか歩いたことがなく、
ポイントの確認について、まったく分かっていなかった。

担当課に聞いたところ、専用サイトを教えてくれた。→リンク 
「よかとことこウォーキング」で検索しても、ヒットしたのだが。

ついでに、ウェルネスシティこうしのホームページも→リンク

「ウエルネスシティこうし」の活動理念について、
こう書いてあります。

 健康寿命の延伸を実現するため関係機関が連携し、
 公的保険外のサービスを活用した
 セルフメディケーションを推進することにより、
 「住民の健康増進」、「医療費の適正化」及び
 「新ヘルスケア産業の創出」を同時に行い、
 もって地域の豊かで持続的な発展に寄与することを目的とする。

言いたいことはよく分かるが、
誰に向けて、その意義を発信しているのかわかりにくいと思う。
健康関連の事業者や医療機関、社会一般に向けての
アピールであることはわかるが、
市民一人ひとりに向けての訴求力に欠ける。

近所で毎朝、ラジオ体操会をやっていて思うが、
参加メンバーはなかなか増えないことにもつながる。
会場の公園の角は、ごみステーションになっているので、
決められた日に、ごみを出しに来る人は多いが、
だからといって、ラジオ体操を一緒にやろうとは思ってくれない。
誰でも参加できるんですよ、というアピールが足りないのかもしれない。
しかし、声をかけても、尻込みする人ばかりだと、
次からお誘いするのも何だかなーというのが本音である。

つまり、健康とは極私的なものなのだ。
有り体に言えば、他人にどうこう言われたくない。
しかし、内心とても気になることでもある。
上手に誘えば、健康増進活動に参加する人もいるだろう。
わかっちゃいるけど、始められない。

いやいや、テレビなどで、これは健康にいいとかいう食品には、
ついつい手が伸びる。
同じ食べるものなら、それを選ぼうという、
比較的簡単な、健康への近道と思われるものである。
楽して健康は得られないというのも一面の真実であるが。

その人が自分の人生をどう送りたいのか、
結局そこが肝腎要なのではないか。




2016年4月 7日 (木)

全国市議会旬報

全国市議会旬報第1970(3月15日)号では、
議会事務局研修会の模様を伝えていて面白かった。
興味がある方は、こちらからPDFで読めます。→リンク  

現状の再認識として読む価値のあるまとめだった。

政策研究大学院大学副学長・教授の横道清孝氏の
「議会改革の方向性について」という講義の中に、
憲法の枠内での大きな改革論議という項がある。

2つの考え方のうち、
「議会と長を完全に分離する純粋分離型モデル」
これはよくわからなかった。

もう1つ、融合型。2つのタイプがある。
まず特別職の兼職許容モデル。
議員が副市町村長を兼職可能とし、執行部の意思決定に関与する。
また議員内閣モデル。
首長がトップで、その下に議員で内閣を構成する。

「いずれにせよ、現行以外の選択肢を示したことは意味があり、
検討に値するが、話題にならなかった」と述べられているが、
面白いとしか言いようがない。
2元代表制の見直しであり、首長独裁に近い。
それを認めるかどうかであるが、ひょっとすると、
憲法改正の過程で議論されるかもしれないと横道さんは言っている。

全国市議会議長会調査広報部参事の廣瀬和彦さんは、
たとえば、発言の取り消し及び訂正についてとか、
発言に対する責任など、実務的な話をしている。

その中で「議会報告会」は、
①住民に対して市政や議会活動を報告する広報機能
②住民からの質疑、意見、要望を聴取する公聴機能
の2つの機能を併せ持つことを明確に述べている。

また、第31次地方制度調査会の答申(抜粋)記事にも
興味深いものがあった。
ここでは重要なことが述べられている。
長くなるが引用すると、
「人口減少社会において増大する合意形成が困難な課題について
民主的に合意形成を進めていく上で、
議決による団体意思の決定機能をはじめとして、
監視機能や政策形成機能を担う役割は重要である」

「地方公共団体のガバナンスにおける
適切な役割分担の観点から、議会は、
内部統制体制や監査委員の監査等が十分に機能しているかどうかを
チェックするとともに、政策の有効性やその是非についての
チェックを行う等、議会としての監視機能を適切に発揮すべきである」

言うは易しの部類で、
このガバナンス機能を議会として果たすためには、
執行部による徹底した情報公開と、議会側の分析能力が必要だ。
議員の守秘義務の徹底はもちろんのこと、
相手方があるからと言って、交渉過程を明らかにしないことなど、
首長に許されるものではない。
それは、全戦全勝を演出することになるからだ。

さて、議会活動に対する支援の充実の項に、
「小規模な市町村における議会事務局の共同設置を含めた
議会事務局の体制強化や議会図書室の機能向上が必要である」
とあるが、これは実際に検討に値すると思う。




2016年4月 6日 (水)

あじさいの会

あじさいの会。合志市役所議会棟で。
こうし未来研究所、ウェルネスシティこうし、肥後六華の會について。
全員協議会や総務常任委員会でも、説明を受けていたのだが、
やっと形になってきたのかと思う。
市長、執行部がやる、やれると言うのだから、
思う存分頑張ればいいだろう。
健康が人生の目的であっても構わないが、
どういう人生を送るために、健康が必要なのかも自問すべきである。


2016年4月 5日 (火)

自転車にのって

県知事選が終わったら、そのまま参議院選挙モード。
4月10日(土)にあべ広美さんの講演会を開催するので、
その告知のチラシを配って歩いていた。

本日午前中は、議会広報委員会だった。
午後、自転車で繰り出した。
家と家が離れている地区は大変だが、
実際に歩いてみると、いろいろ考えることも多く、
アイデアも浮かぶ、ような気がする。
少なくとも、狭いようでいて、合志市も広いことがわかる。

途中で、NPO法人にこを訪ね、
菊池恵楓園の外周コースでは、
ウォーキングをしている太田さんに会った。

2016年4月 4日 (月)

嫌悪主義

しんぶん赤旗4月3日号に
早稲田大学教授の長谷部恭男さんのインタビューがあった。

「安倍首相は、政治の問題を好き嫌いで判断する
特異な政治家のようです。首相の憲法改正論からは、
日本国憲法が嫌いだからどの条文からでもいいから変えたい、
立憲主義が嫌いだから壊したいという以上の
動機も目的も伝わってきません」と言っている。

好き嫌いで判断するのは、安倍晋三氏だけではないと思う。
日本国憲法が嫌いだから変えたいと言い切ってしまうのは、
わかりやすいが、本質を見えなくするような気がする。

いや、やっぱり単純なことなのだろうか。
自分の理想を縛る憲法は嫌いだ、と。

安倍首相の描く理想に対して、
それは変、とか間違っているとか、
こちらが絶対善であることを証明するのは難しい。
ただ、安倍さんたちと、ただ一つ違うのは、
ひょっとしたら自分たちが間違っているかもしれない
と私たちは考えることができるが、
彼らは自分らが絶対に正しいと思っているところだ。

ある人々にとって、共産党に対する嫌悪感は、
記憶への刷り込みに近いものがある。
その理由について、きちんと語れる人はいないだろう。
冬は寒いから嫌いだ。
大体、共産主義は寒いところで生まれた。
だから共産党は嫌いだ、とか。

主義主張とその裏付けの細かい点での矛盾など、
どなたにでもあると思う。
なるたけ、相手に対しては寛容でありたい。



2016年4月 3日 (日)

「響」第12回定演

合志吹奏楽団「響」第12回定期演奏会。
合志市総合センター「ヴィーブル」文化会館にて。

Photo

第一部開演してすぐ。メンバー正装しています。

Photo_2

アンコール曲「コパカバーナ」では、
メンバーが場内通路を上がってきました。
コスプレあり。

「響」をバックに、バリー・マニロウ並に
「コパカバーナ」を歌い上げてみたい。マジ。
女性コーラスと、ストリングスも要るな。
なら、カラオケでいいんじゃ?

そうかも…




2016年4月 2日 (土)

TSUNAMI

今日の熊日夕刊に、
この3月で閉局した東日本大震災の被災地FM局、
宮城県女川町の「女川さいがいFM」のことが載っていた。

最後に流した曲が、
サザンオールスターズの「TSUNAMI」だった。

歌には罪はないのに、
忖度というか、雰囲気を読む、
相手の身になって考える。
それが何となくその歌を忌避するようになる。
それって、何か変。
でもそれが人情というものだろう。

この曲がオンエアされるまでには、
それぞれの人にそれぞれの物語があった。
この番組に生出演した須田善明町長はブログにこう書いたそうだ。
「何かを思い起こさせるどころか、心を優しく包み込んでくれる」

もともと「TSUNAMI」というタイトルにしたことが、
ちょっと浅薄だったかもしれない。
でもまあ、津波の怖さを知らなかったのは、
私にしても同じことだ。









2016年4月 1日 (金)

幸せはパリで


昔は、エイプリルフールのことを、
直截に四月馬鹿と言ってた。
花粉症的な症状と、それを抑える薬物のせいで、
深みのある思考がおぼつかない。
スギ花粉は落ち着きつつあるらしいが、
引き続き、ヒノキ、イネ科や雑草系などが参入してくるとのこと。
だから、四月馬鹿なのかもしれない。

この映画が公開されたとき、
ジャック・レモン44歳、カトリーヌ・ドヌーヴ26歳!


CBSソニーから出ていたサントラ盤には、
ディオンヌ・ワーウィックの歌は入っていない。
契約の関係か、パーシー・フェイス・オーケストラの
甘ったるいカバーでお茶を濁していた。
しかし、B面の最後の方の二人のセリフは
しっかりと収録されていて、
そこを何度も繰り返し聴いたものだ。

カトリーヌ・ドヌーヴの映画はよく見ていた。
『ロバと王女』『哀しみのトリスターナ』『リスボン特急』
ファンだったと言ってもいいだろう。
ジャクリーン・ビセットの方がもっと好きだったけれど。

しかし、あの頃のことを思えば、
こんなに映画を見なくても何ともない人生を送るようになるとは、
とても信じられないことです。

この作品で、ジャック・レモンの奥さん役が
サリー・ケラーマンだった。


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