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2015年8月30日 (日)

蝶と抑止力

Rps20150830_180700_633

熊本の旧軍飛行場を活写する!展を見るために
城南図書館へ行った。
玉名の方がもっとたくさんの展示があったらしいのだが、
新しい図書館を訪問することもできたのでよかった。

空襲や当時の施設、飛行機の写真に交じって、
飛行服姿の記念写真が何葉かあった。
ありていに言えば、晴れ姿であろう。
いま、デジカメやスマホでガシャガシャ撮る写真と違い、
一写入魂だったのではなかろうか。
打ち解けたスナップ写真もあったが、
写真で残す意味が重たかったことは、
戦後70年経てもまったく変わりなく思える。

城南図書館は、隣が児童館ということもあるようだが、
幼児同伴の若い世代が目立った。
合志市の図書館よりも顕著かもしれない。

Rps20150830_180600

午後は、熊本学園大へ
元内閣官房副長官補の柳澤協二さんの講演会。
「亡国の集団的自衛権―いま安保体制と日本の将来を問う―」
集団的自衛権行使容認派の人は、
こういう講演を聞こうともしないだろう。
反論のしようもない理路であるからだ。

以下、柳澤氏の話から。
「自衛隊員の安全確保はできるのか。
イラクの人道支援以上のことをやろうとしているが、
もしイラク以上のことをやれば犠牲者が出る。
自衛隊員の服務の宣誓では『日本国憲法及び法令を順守し・・・
事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、
もって国民の負託にこたえること』を誓うとなっている、
日本の平和・独立、国民の負託はいったい誰が決めるのか。
首相の言葉のすべてが国民の負託か」

「戦争の本質は暴力による意思の強制である。
抑止の本質は、より強い暴力の顕示であり、
そこには相手より強くあり続けなければならないという
安全保障のジレンマがある。
冷戦期と違ってグローバル社会では経済などで
相互依存しているので、戦争は非合理である」

私も以前から「抑止力」なるものの矛盾を感じていた。
「矛盾」の由来通りの意味である。
行政機関である自衛隊が武力行使できるようにする
法整備なので、実際の戦闘を前提としなければ意味がない。
それが抑止力を高めるという説明の欺瞞なのだ。
まさに戦争をするための法制と言われても仕方がない。
それを認めずに法整備ができるわけがない。

「来年の参院選こそ法律を止める選挙である。
自衛隊が最初の一発を撃つまでにはまだ時間がある。
世論こそが抑止力である」
というのが柳澤氏の結びだった。




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