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読みたい本だな

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2015年1月の28件の記事

2015年1月31日 (土)

光りの扉をあけて

「ハンセン病問題に関するシンポジウム
人権フォーラム2015 in 熊本」が、
熊本テルサのテルサホールで開かれた。

熊本学園大教授の遠藤隆久氏をコーディネーターに、
菊池恵楓園入所者自治会長の志村康さん、
退所者の中修一さん、
熊本高専制御情報システム学科1年の木庭駿さんによる
パネルディスカッションに続き、
演劇「光りの扉を開けて」が上演された。

沖縄の小学生から大学生が中心となり、制作されたもの。
ハンセン病による隔離の歴史をドラマとしてまとめただけでなく、
キャラクターもセリフも実に生き生きしている。
HIV感染に対する偏見を対比させることで、
ハンセン病問題は決して過去のものではないことを
私たちに教えてくれた。
舞台となった沖縄らしさも色濃く出ていて、
これを見ないで帰った人は一生の損だと思う。

合志市と菊池恵楓園で作った啓発DVDに足りない部分を
この演劇は表現していると言っていいだろう。
啓発には、感情に直接働きかける手法も有効だ。

主題歌の「WE ARE JUST ONE」が歌い踊られるラストも
実に感動的だったが、さらに
「世界に一つだけの花」では、
オープニングでコーラスを聞かせてくれた第一高校合唱部も加わり、
会場全体が一つになった。
沖縄のリズムが自然に溶け合うとき、
米軍基地のある沖縄の現実のことも
私たちは忘れてはいけないのだと強く感じた。

「世界に一つだけの花」って、私は好きではないのだけど、
もうそんなことどうでもいいって気持ちになったフィナーレでした。
また、国立劇場沖縄で上演された
この「光りの扉をあけて」を収めたDVD(97分)が
帰りに無料で配られていたので、頂きました。
見たい方には、お貸しします。

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2015年1月29日 (木)

新しいバス路線図

熊本電鉄の路線バスご利用ガイドが、新しくなりました。
すっかり生まれ変わったと言ってもいいかもしれません。

バスの乗り方案内と沿線にある病院や
スーパーなどの案内も充実しています。
ただ、すべてを盛り込んであるので、
字が小さくなって、少し読みにくいかと心配します。

でも、路線バスに乗って、
出かけたくなることは間違いありません。

まだできたばかりなのですが、
熊本電鉄本社には間違いなくあります。

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2015年1月28日 (水)

市民派議員になるための本


この値段を高いと思ってはいけないが、
フェイスブックで、この本のことを知り、
アマゾンで検索したら、この単価であった
(本体価格は2,900円と良心的な感じがする)。
なぜか、2月初めの出荷と記されていたので、
逆にすぐに注文しなくちゃいけない気持になった。
クリックして、メールが来た後も、
そんなに時間がかかるなら、明林堂に頼んで、
ポイントもらった方がいいかなとも考えたが、
注文取り消して、出向くのもめんどうだしとか、
まったく本題以外のところで、ツイッター並みに
いろんなことを考えた結果、
予定より1週間も早く、今日届いた。

しかし、この中身の本格的なこと。
微に入り細を穿つ内容。
これをじっくり読んでいたら、遅読の私だから、
選挙が終わってしまうのではないか。

と、勘違いしてはいけません。
6部形式のうち、選挙は第2部のみ。
他は、議会ではたらくことから、市民のたたかい方まで、
上野千鶴子さんのプロデュースであります。
いわゆる市民派でない議員や首長のみなさんは、
市民派の手の内を知るために、この本を読むべきでありましょう。









2015年1月27日 (火)

私も一言!

今日の「私も一言!夕方ニュース」の特集は、
高齢者の交通事故の増加と公共交通の普及について、だった。
食事中だったので、私はツイッター等で参加しなかったが、
すっかり、うなずきトリオになってしまった。

と同時に、全国の市町村で事情や状況が異なる中、
NHKラジオ第一の話題としてはいいけれど、
それで認識が広がったとして、
それを自分たちの問題だと捉える人はそう多くないだろう。
という前提から始めなければいけない。

高齢者の交通事故の原因に認知症が挙げられるが、
その対策として、早めに免許を返納してもらうということがある。
これについて、お年寄りの自主性を尊重しなければならない、
と言うが、実は代替手段を確保できないことの方が大きい。

また、クルマを運転することからの引退が、
そのまま公共交通の利用につながるという考えが、
あまりにも現実を見ていないように思える。
実際には、バス停まで歩くことが難儀だから、
いつまでもクルマに頼らざるを得ない人もいるのだ。
もちろん、歩いていくことができる範囲にバス停がない、
という人は少なくないだろうけれど。

今日、ふと思いついたアイデアを一つ。
それはコミュニティバスの回数券を、
地域商品券と共通にするというものだ。
あるいは、1,000円分のうち百円分は、
バスか乗合タクシーでしか使えないとかにする。

ひらめき、なのでもうちょっと練ってみよう。







2015年1月26日 (月)

あと3カ月

議会広報委員会。
最後の校正。

活動報告の校正もやっているが、遅い。
明日は最終稿のOKを出せると思うが。
投票日まで、今日で3カ月。


2015年1月25日 (日)

家族のライフサイクル

1月24日 土曜日

合志市市民大学
「子どもの育ちを支えるかかわりの方法を考える」
崇城大学准教授 園部博範さん。

愛着(アタッチメント)については、
以前、この研修室で聞いたことがあったと思ったので、
グーグルのお世話になって、過去記事を見つけた。
リンク
大したことは書いてなかった。
あと、ココログ内検索機能が、この晴れ永遠のサイドバー
左下にあるが、これはまったく使えない。
以前はこれほどひどくなかったのに、どうしたのだろう。

園部准教授のまとめを引用すれば、
愛着(アタッチメント)とは、
親と子の緊密な情緒的結びつきで、
安心感をもたらし、心のエネルギーを充足させるはたらきを持つ。

1.安全の感覚  
愛されているという感覚で、自分や他者を信頼できる力。

2.自律性(自分という感覚、または真の自己)
自分の力で環境に働きかける能力(自己効力感)、自分の情動を
調整する能力、自発的に行動できる。

3.共感性
自分や他者の心の状態を理解し、共感できる力。

愛着が形成されると、上記の感覚が培われる。

共感というのは、言葉が通じない犬の気持や猫の気持を
分かろうとしてみれば、そのむずかしさを実感できる、と。
本題とは違うが、そういう訓練の仕方もあるのかと納得。
サボテンでもいいと(笑)

また、少し廃れた言葉だが、KYについて、
空気が読めないではなく「気持が読めない」という解釈。
なかなか新鮮だった。

面白い話が聞けたが、それを全部書く余裕はないので、
残念ながら省略する。
イスラム国による身柄拘束事件が進行中であるが、
私たちの人生と生活は、それはそれで進んでいく。
四六時中心を痛めないは日本人ではない、ということはない。
そうでも思わないと、やってられない。

家族のライフスタイルという考えが興味を引いた。
男と女が出会い、
結婚という一種の契約をする。
そして子どもが誕生して、一家団欒、子どもの自立、
そして子どもは新しい家族を作る。
空の巣となった家族、そして夫、妻のいずれかが先立ち、
いずれ残された方も亡くなる。
それが家族の消滅である。

いまや家族の形態や関係性も多様化しているので、
男女が出会いだけではくくれないし、
子どもがいない家庭というのもあるが、
あくまで一般的なかたちである。

日本的な家制度では、その子どもが後継ぎとなり、
以前は家族の消滅ということがなかったような感じだが、
夫婦を基本形とすれば、
一つの単位としての必ず家族の消滅は訪れる。
それを認識することの重要性が、今回の最大の気づきであった。

園部さんが、空き家が増えている現状を
国の経済政策の側面もあるかもしれないと断りながら、
欧米型になったのでしょうか、と言及されたが、
空き家というハードを、
家族のライフサイクルの中で考えることは重要である。

世代間家族の結びつきと親密性について。
本当に大事なのは、横の関係、
つまり、第1世代の祖父と祖母の夫婦、
第2世代の父と母の夫婦、
そして第3世代の兄弟姉妹の結びつきの強さが大事だと。
世代間境界ははっきりしておいた方がいいとのことだった。

その理由等については、各自勉強してみてください。










2015年1月24日 (土)

国際土壌年

合志市泉ヶ丘市民センター図書館で、日経を読む。
ヴィーブルの図書館にも行ったのだが、
バスの時間があったので、泉ヶ丘で降りて、
ちょこっと寄ったのだ。
泉ヶ丘に引っ越して20数年になるが、
恵まれた環境にあることをしみじみ感じる。
村上春樹が昔よく書いていた小確幸、
つまり小さいけれど、確かな幸せである。

この泉ヶ丘図書館のいいところは、
西合志、合志図書館の蔵書から読みたい本を予約して、
それをここで受け取れるところだ。
もちろん逆もできる。
つまり、熊本のTSUTAYAでは、DVDなどを
どの店で借りてもどこでも返せるというのをやっているが、
市立図書館がそのサービスを提供している。
すべての市民が図書館まで歩いて行けるわけではないが、
この3館体制は他市町に自慢できるものである。
ただ、図書館に縁のない、
いや縁をつなごうという気のない人には、
まったくその意義が分かってもらえないのがつらい。

それはそうと、その日経の「ニュースクール」というページに、
国連食糧農業機関(FAO)が定めた「国際土壌年」の記事があった。
「土壌を大切にすることが経済成長や貧困の撲滅などに
重要だとして、2013年の国連総会で決議」したとのこと。

わが国の農業環境技術研究所の八木一行さんによると、
1センチの肥沃な土を作るには、
100年から数百年かかるのだそうだ。

熊本は、阿蘇山の大噴火による大火山灰と
大火砕流のおかげで、肥沃な土を得ている。
昔から水に恵まれた土地ばかりではないが、
ダムや地下水の汲み上げでその苦労も激減した。
いつの時代も雨の恵みは豊かだった反面、
水害で表土が流されるということもあっただろう。
そういうことを考えながら、
中東やアフリカ諸国にも思いを馳せてみよう。



2015年1月23日 (金)

飼育

1月21日 水曜日

今年の第1回ふれあい読書講座。
合志市総合センター ヴィーブル2階研修室にて。
講師は、星永文夫さん。
題目は、芥川賞受賞作の大江健三郎著「飼育」についてでした。
約30人というところか。

星永さんの一部朗読を交えながら、
当時の時代背景や、舞台となった集落、
家族や住人達についての考察など、
一つの作品の読み方を知ることで、
他の作品を読みとくヒントというか、
その視点と支点を得ることになります。
読書の喜びを得ると同時に、
人生を豊かにできるんです。
平日の午後なので、勤め人だと参加できません。
そもそも、小説を味わうなどという余裕がないかも。

私も細かいことを覚えてはいませんが、
小学校や中学校の国語の授業って、
こんな感じだったと思います。
いまの指導要領はどうなっているんでしょう。

どこの図書館でもやっていることだと思いますが、
本を読まない人、読書に価値を見出さない人、
文学なんて意味がないと思っている人たちに
こういう講座の意義を説くにはどうすればいいのか。

それは、図書館が無料貸本屋というだけではない、
そのことを伝えるに等しい努力が要ります。


2015年1月22日 (木)

市議会議員の属性

「全国市議会旬報第1925号」平成26年12月15日発行に、
市議会議長会が行った「市議会議員の属性に関する調べ
(平成26年8月1日現在)」の抜粋が載っている。

こんなことに興味を持つのは、
議員か、それを目指す人ぐらいではないかと思うのだが、
議長会が調査することには、大きな意味がある。

議員専業の状況について、
男女合わせての議員専業割合は38.1%、
男女別では、男性34.3%、女性62.2%。
この5年の比較では、平成22年の32.0%から
平成26年38.1%まで、増加傾向にある。
人数では、議員数19,709人のうち、7,513人だ。

議会事務局職員数が、
全国平均で、平成22年8.2人から、平成26年8.1人に、
また人口段階別に見てもすべての区分で減っている。
これは、市役所の職員全体が削減傾向にあるためだと思われるが、
この傾向はあまりよろしくないと私は思う。
他の部署なら、減らしていいという論理ではないが、
地方議会の重要性が問われるのだから、
議会事務局の働きもそれに比例するはずである。

ひょっとしたら、議員定数が減少しているので、
それに連れて、事務局も小さくなっているということか。
身びいきと言われるかもしれないが、
私も自分が議員になって初めて、

議会事務局の重要性が分かった。


2015年1月21日 (水)

合志市の顔

昨日、全員協議会と議会広報委員会のために、
バスで登庁するつもりが、
再生資源回収の日だったので、それを出していて、
バスの時刻に遅れて、クルマにしたら、
合志工業団地前の信号待ちで、
前方渋滞の途中と、すぐ後ろに市役所行のバスがいた。
ともかく、8時20分からの庁内ラジオ体操には間に合った。

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上の写真は、合志庁舎玄関前右手の
いわゆる情報コーナーを外から見たところ。
この窓の部分をうまく使うことは可能だが、
センスのない張り紙をされるより、かように
何もない方が美観的にいいかもしれない。

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玄関を入って右手。
ここから見ると、情報の森という感じで、
興味がある人は、好奇心をくすぐられるかもしれない。


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先ほど窓側から見た情報コーナーの内部。
書類立て(というか知らないが)の裏側がもったいない。
背中合わせにするとかでもいい。
せせこましい(狭くて窮屈な感じの熊本弁)場所なのに、
有効に使おうという気持ちにならないのか不思議である。

9月議会で、このロビーをもっと
外に開かれた合志市の顔とすべきではないかと
一般質問で取り上げた。
マイナンバー制度等に伴う窓口業務のあり方とともに、
サイン等の見直しをするときに検討するという答弁だった。
それで、これでも一応、模様替えした結果なのだが、
これに及第点を与えるわけにはいかない。

まちづくりとは、
実は市役所ロビーの使い勝手の良さ、
簡素な美しさ、それにもちろん接客対応も含まれるが、
そういうところから始まるものだと思います。



2015年1月20日 (火)

新型インフルエンザ対策予防接種模擬訓練

1月19日 月曜日

新型インフルエンザが発生した場合を想定して、
予防接種実施の手順の確認をする訓練が、
御代志市民センターで行われたので、
どんなものか、様子を見に行った。
このたびの法改正で、
この予防接種を市町村がやることになったため

市民約30人が参加した。


講話は、季節性インフルエンザと新型インフルエンザとの違いから、
平成21(2009)年には、豚由来の新型インフルエンザが
世界的に流行したときの話など。
警戒レベル フェーズ5が、
懐かしい響きを持って思い出される。
WHOのパンデミック担当者のシンポジウムみたいなものを
聞きに行ったが、あれも御代志市民センターではなかったか。
幸いなことに、日本ではあまり大きな影響はなかった。

当時、市から配られたマスクが
片付けものをしていて出てきたので、ときどき利用する。
マスクが店頭から消えたのだった。

前回の教訓として、
予防接種時のパニックが心配される。
優先接種への理解と、会場での円滑な受付が重要。
試算によると、体温測定や問診があるので、
1会場で、1日420人の接種が限度のようだ。










2015年1月19日 (月)

流星ワゴンTV

重松清原作の『流星ワゴン』が、テレビドラマ化された。
このブログでも、「「ファンタジーはおとぎ話のことではない」
リンク  以外にも、何回か触れたことがあると思う。
ドラマ化、映画化がなぜなされなかったのか、
それは原作者の意向だったのかもしれない。

ウィキペディアには雑誌に連載されていたことはあったが、
当初、タイトルが「マジカル・(ホニャララ)・ツアー」だったことは
書かれていなかった。残念。
(ホニャララ)の部分は別の言葉だった。
いや、マジカル・ミステリー・ホニャララだったかもしれない。

ともかく、父と息子の相克がこれだけ今風に描かれている、
日本語の小説に出合ったのは初めてだった。
アメリカ映画の得意分野だと思っていた。
ただ、残念なのは、得難い教訓を得たにもかかわらず、
自分と息子の関係を振り返れば、
後悔ばかりで、やり直せたら、と思わずにいられない。
小説やドラマみたいに、人は動かない。

昨夜は、2時間弱のドラマを堪能したが、
次回からは、ま、いいかなと思ったのも事実だ。
妻役の井川遥はちょっとずるい。
ユーキャンのCMが思い浮かぶ。

ツイッターで話題になっていたが、
全編タイアップは、露骨な分、かえって許せるかも。
それに気を取られる人たちは、
この映画の一番言いたいところを
気づかずに人生を送れる、ある意味幸せな人たちだろう。





2015年1月18日 (日)

ふれあい

ふれあいフェスティバル。
ふれあい館にて。
合志まちづくりこうし隊恒例の焼きそばを出店。
議員になってめんどくさいのは、
ついつい、その事業の効果を考えてしまうこと。
純粋に、売れた喜んでもらえて楽しかった、
でいいのかもしれないが。


2015年1月17日 (土)

気づきうなずきフェスティバル

合志市男女共同参画
気づきうなずきフェスティバル、ヴィーブルにて。
参加者は約400人。

オープニングは、ヴィーブル合唱団で、
ドレミの歌ともう1曲。
主催者あいさつに引き続き、合志庁舎にある
消費生活センター出前講座があった。
振り込め詐欺などの被害に、まわりの人が気づいてやろう、
というような啓発は、短い時間でも、
何度も繰り返すことが大事だと思う。

「気づいてやろう」と表記したが、
なんでも「~してあげよう」という具合に、
「してやる」では横柄な感じがするので、
「してあげる」という言い方が今は一般的だが、
どうしても「あげる」のオンパレードには違和感がある。
みんなそんなこと気にしないのだろう。

さて、そのあと、テレビ熊本アナウンサーの
尾谷いずみさんの講演があった。
パソコンの同期が悪くて、お気の毒だったが、
演題「テレビの現場から考えるワーク・ライフ・バランス」は、
男女共同参画に到達するには、1時間弱では短すぎだった。
全体で90分という時間は聴衆を飽きさせないで
ちょうどいいと思うものの、
講演会としては無理があったのではないか。

昨年11月の熊本市長選挙の取材の話など、
テレビ報道がその時その時の事件ばかり
追っているわけではないことを
知ってもらう良い機会だったと思う。
しかし、肝心のワーク・ライフ・バランスという点では、
あまり参考になる業界ではなかったのかもしれない。
もうちょっと切り口を工夫すべきだったか。
産休や育休明けの女性に対しては、
お互いさまという感じでやっています、と
それだけか、という感じ。
尾谷さん夫婦の早朝ウォーキングの話は、
うっかり聞きそびれてしまった。
それくらい短かったということだけれど。

トラブルにもめげず、
時間に合わせてぴったり終わらせる技術は、さすがであった。

午後4時過ぎから、同じヴィーブルの調理室で、
明日の焼きそばの仕込みをこうし隊でやった。






ハンセン病に関するシンポジウム

来る1月31日(土)、熊本テルサのホールで、
ハンセン病問題に関するシンポジウム
人権フォーラム2015 in 熊本が、開かれる。
普通に熊本県民として、菊池恵楓園ボランティアガイドとして
参加しようと思っていたのだが、
昨日、合志市福祉課から来賓としての案内があった。

主催が厚生労働省、法務省、熊本県、合志市、
全国人権擁護委員会連合会となっているので、
合志市議会からの出席もある程度必要なのだろう。

帳面消しみたいなイベントと思われようが、
それは、常に新しい人に、新しい知識、経験として
体得してもらうべきことなのである。

私みたいに最初は、地元のことだし、
一回きちんと勉強だけはしてみるかだったのに、
いつのまにか、私の活動の大きな部分を占めるようになった。
広大な土地とその利便性を何とか利用できないかと目論んだにせよ、
そこから学びを始める人もいるだろう。

ぐるっと遠回りして、やっとここまでやって来た。
そしてこれからのことは、まだ誰も踏み出していない道なのだ。
歴史は繰り返さない。らせん状に進むだけである。





2015年1月15日 (木)

学校給食を考える

昨夜、合志市須屋市民センターで、
こどもの給食を考える会くまもと主催の
「合志市の給食センター化と調理の民間委託について」
の座談会に参加した。

まだ子どもが小さいお母さんから、
いま給食のお世話になっている小中学生がいる方まで
(若いという表現は、ポリティカリーに不適切な気がして
使いにくい)、10数人の会だった。

現在、合志市内の各小中学校で、学校教育課による、
自校給食のセンター化等の説明会が行われていると聞く。
昨日、改めて気づかされたのは、
仮に新しいセンターが作られるにせよ、
最短でも3、4年はかかるだろう。
つまりいま就学前の子どもたちの親御さんは、
すでに決まった方式を受け入れざるを得ないということ。

しかし、もう少し長いスパンで見れば、
いずれその議論があったことも知らない世代に入れ替わってしまう。
逆に言えば、そういう次世代のために、
しっかり議論して、最善の道を選ばなくてはいけない、

そういう責任があるのだ。
最終的には、教育委員会であり、市長であり、
それを承認する議会ということになるか。




2015年1月14日 (水)

絶叫!パニック映画大全

上妻祥浩著、河出書房新社刊
『絶叫!パニック映画大全』

昔は、こういうマニアックな映画本がよく出版されていた。
昔とは、植草甚一さんがご存命の時代である。
売れていたのかどうか分からないが、
ロック系の音楽や映画に関する評論家の仕事は、
そこそこあったのではないかと思う。
いまは、ネット上に情報は氾濫しているし、
昔みたいな論ずべき映画がすっかり影をひそめた。
というか、私自身が映画を見ようと思わないことが
その原因の一つであるのだが。

昨年7月26日の熊日文化欄に、
熊本高専教授の古江研也さんの評が載っていて、
そこでは「名作の作劇方法を『グランドホテル形式』と指摘し、
人間のドラマとして評価している点に
具眼の士の力量を感じる」と高評価である。
しかし、ブームの源となった『大空港』は公開当時から、
この「グランドホテル形式」という解説が珍しくなかった。

つまり、それだけでも70年代は遠くなってしまったのだ。
70年代とは、終戦後25年ちょい過ぎぐらいの話である。
戦後70年、そりゃ年代ものである。

この本を読んで(図書館にあった。作者は熊本県人だから)、
久しぶりに映画『大空港』を見たら、
やっぱり人間ドラマとしてよくできていた。
オーソドックスなお話なのだが、
これをパニック映画として位置付けたことで、
それからしばらく続くそのブームの
火付け役となり得たのだろう。

いまの感覚では、ディーン・マーティンが、
飲み過ぎの女たらしにあまり見えないのは驚きだ。
また、ジャクリーン・ビセットは時空を超えて、
変らず魅力的だったので、胸がキュンとなった。
人には誰にでも最高の輝きのときがあるということだ。



2015年1月13日 (火)

テレビタ特派員

熊本県民テレビのテレビタ特派員を、
もうかれこれ16年やっている。
今日の夕方、何度目かの特派員情報。
「合志市上庄の虚空蔵(こくんぞ)さん」を紹介した。

元日に撮影に行って、
今日また、13日の祭りの様子を見に行った。
コメントする必要があったから。

毎回、イマイチだなと思いながら、
終わるころには、また次を狙いたくなる。
結局、好きなんだな。


2015年1月12日 (月)

昼のいこい

NHKラジオ第一のニュースをよく聞く。
解説やエッセイなど、実に役に立つ。
安倍政権になって、NHKが偏向しているなどと言われるが、
それは一面での印象に過ぎないのではないだろうか。

もちろん、その一面が他に比べて広いかもしれないが、
ことラジオでは比較的リベラルというか、
政策的に多方面の考えがよく出ている。
NHKは、国民が大きなスポンサーなので、
それは当たり前のことである。

公平公正ということは、こっちもあっちも、
どちらの考えも、きちんと分かりやすく報道するということで、
秒単位で等分であるなどということはないのだが、
そう考える、デジタル脳の政治家もいるらしい。

馬鹿と言ってしまえば元も子もないので、
差し控えるが、思わず、その動物を用いた、
客観的(でもないか)罵倒の言葉を使いたくなる気持ちを
表向き抑えるのはむずかしい。

さて、そのラジオ第一で、お昼のニュースの後、
「昼のいこい」という番組がある。
その「男はつらいよ」みたいなアナクロなテーマが流れると、
幼いときに、田んぼのあぜ道から流れてきた、
ラジオの音を思い出す。
多分変っていないのではないか。
だから、その曲を聞くと、たいていスイッチを切るのだが、
何かをしていて、切り損ねていると、
番組に似つかわしくないモダンな音楽がかかることもある。

再び、さて、今日は成人の日ということで、
「若いって素晴らしい」と「若者たち」の2曲が流れた。
これは、番組のようにかなり古い歌である。

しかし、これらの曲が流れていたあの頃、
日本という国が、その歌のように全体で若々しかったのは事実だ。
信じられないほど、混とんとしながら、
実は明日が、明るいかどうか分からない、
暗い気分に落ち込みそうなときもあった日本人が、
そういう音楽に勇気づけられて、あるときは現実逃避しながらも
地道に精一杯やれることをやってきたのだ。

そういうあのころの歌謡曲と時代の気分について、
誰か論考を残していないものだろうか。




2015年1月11日 (日)

長い昼

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長い1日が終わった。
午前8時30分より、合志市消防団出初式。
議会のカメラで広報用の写真を撮っていたので、
スマホでは隠し撮りみたいなこの1枚のみ。
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地元、泉ヶ丘のどんどや。
炊き出しのぜんざい、最後の方は餅なし。
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成人式。ヴィーブル文化会館ホワイエにて。
ここでも多くの写真は、議会広報のカメラで撮った。
これはスマホでスナップ。

男性には、エグザイルが羽織を着たような一群がいた。
見たくないものを見せられるような気持ちがしたが、
思えば、あのビートルズが登場した60年代初頭、
国内では、グループサウンズがそれに続いたあのころ、
やはり、色眼鏡で見るというか、そういう気分を
当時の大人たちは抱いていたことだろう。

※エグザイルが、と書いたが、
実物のエグザイルは、やたらストイックな集団だと私は思う。
好きなタイプではないが、そう理解している。

いまのところ、成人式は20歳となっているが、
すべての選挙権が、18歳まで降りてきたら、
二十歳の成人式の意味合いも変わるだろう。
関係する法律の改正も、かなりな数に上るらしい。
法治国家は、結構がんじがらめなのである。
それは悪いことばかりではないのだが。


2015年1月10日 (土)

議会だより「きずな」

「行動」の年にしようと思ったのに、
相変わらず仕事が遅い。

行動するということと、取っ掛かりが早いということは、
相関関係にない・・・ということはありませんね。

自分の活動報告もまだ、手を付けたばかりなのに、
議会だよりの記事を4本も請けてきてしまった。

新成人に聞く、というインタビュー記事を
まとめているところだが、
録音は取っていないし、メモも中途半端。
書きながら思い出すが、彼らの言葉なのか
分からなくなってくる。

インタビューする方には技量がいる。
改めて、それを思い知ることになったのでいい経験だった。
さて、そろそろまとめにかかります。



2015年1月 9日 (金)

熊本城とホテルキヤッスルと長崎書店の望楼

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2015年1月 7日 (水)

漂う民意 霞む政治

もうすっかり忘れていた昨年の7月24日の熊日。
朝刊1面トップの記事に私の名前があった。
昨年話題になった元兵庫県議の政務活動費問題。

「漂う民意 霞む政治第4部~揺らぐ足元」
という連載の第1回目に、
熊本県下14市議会で、政務活動費を導入していないのは、
阿蘇市と合志市ということであること、
同時期に市長から、特別職等報酬審議会へ、
議員報酬の引き上げが諮問されたことで、
ローカル紙としては、取材対象にしやすい状況だったのだろう。

そんなふうに言ったのだろうけれど、
どこをどう捉えて表現されるかというのは、
記者の意向に左右される部分がある。
それを分かった上で、取材には応じるものだ。
ということを実感した。
誤解を受けることも甘受しなければいけません。






2015年1月 6日 (火)

桑田圭祐君のこと

昨年の大みそかの紅白歌合戦での
サザン・オールスターズの歌がツイッターなどで話題になっている。
安倍政権を批判した(茶化した)内容だったとか、
ヒトラーのちょび髭をつけていた、だとか。
私は残念ながら、今年はほとんど見ていないので、
何とも言いようがないが、桑田君の諧謔性は、
いまに始まったことではないので、
エキセントリックだったり、泥臭かったりしても
同世代として、音楽の底にある考えには
インタビュー等を読んだときに共鳴するものがあった。

それはさておき、
セックス・ピストルズの日本での発売元が、
日本コロンビアから東芝EMIに変更になったのは、
コロンビアの親会社が、
ちょうどイギリスにプラントを輸出する計画があった日立で、
それでコロンビアから出すのは都合が悪いということになった、
という記事を読んだ記憶があったので、
ウィキペディアで、セックス・ピストルズを検索したが、
ストレートな記述はなく、次に
日本コロンビアを見てみると、
これが歴史の古いレコード会社なので、
その変遷が非常に面白い、いや実に興味深い。→リンク

サディスティック・ミカ・バンドの元ベーシスト、ジャック松村さんが、
一時期、CEOをやっていたとのこと。
早逝した(2002年没)ことは知っていたが、
プロデューサーとして成功していたことは知らなかった。
ミカ・バンドの2回目の再結成は、
木村カエラがヴォーカルだからだと思っていたが、
その前から何か因縁めいたものがあったのだ。

ジャックさんのベース時代に、
私はミカ・バンドのライヴを確か4回、5回見ている。
アルバム『ホット・メニュー』録音時に、プロデューサー
クリス・トーマスが彼のことを気に入らず、首になったという話を
どこかで読んだことがあった。
今となっては、どうでもいいことのようなものだが、
ファンというものは、そういうことをなかなか忘れられない。
しかし、その真実を確認することもまたできない。

というようなことを考えさせてくれた、
桑田圭祐君の話題であった。
サザンの新作が3月にリリースされる予定だが、
そのためか、アミューズの株価が昨日上昇していた。






2015年1月 5日 (月)

戦時の英智

週刊ポストの1月16日・23日号に、
曽野綾子さんが、新年特別提言として、
「戦争の悲惨」より「戦時の英智」を伝えよ、という
文章を寄せている。
戦後70年――ヒューマニズムだけの「反戦」は
後世に語り継げないという説明文が掲げられている。

「戦後の日本人はとりわけ戦争というものを
ヒューマニズムで語ろうとしすぎています」

「歴史上、世界から戦争がなくなったことはありません。
ならば観念論ではなく、『より』戦争にならないようにする、
あるいは『より』戦争の被害を少なくする、
つまり『ベター』に近づく技術や知恵を提示すべきだと思うのです。
それが私にとっては『戦争に学ぶ』ということですね」

戦争の記憶を語り継ぐ、つまりそれは観念論や精神論であり、
感情や観念は継げるわけはないというのが、
曽野さんの思想のまとめである。
確かに戦争を悲惨性だけで語り継ぐことには無理がある。
私が感じていたもやもやを形あるものにしてくれた。
そういう意味では感謝したい。

戦後の日本人は何でも「良いか、悪いか」の
二元論で考える癖がついてしまったと言ってるが、
基本的に彼女の思考は二元論に縛られている。
世の中にはベストやワーストはなく、
「ベター」と「ワース」だけがあると決めつけている。
それは二元論の最たるものではないのか。

「戦争や大震災という《最高の悲劇体験》から学び、
語り継ぐべきは、そこで人々が示し、見つけ出した『英智』だけです」
とも書いているが、作家のわりには、
人間のイマジネーションを低く見ているのではないか。
確かに、身近な現実から大きな未来を見る力は
やせ細ってきているが。

おそらく戦争を美化することで、
自分の人生を肯定したい人なのだろう。







2015年1月 4日 (日)

地域の慰霊祭

7月22日の熊日読者のひろばに、
71歳の元自衛官のNさんが書いていました。
この方は、35年間、陸上自衛隊に勤務して、
いつも憲法9条を大切にしていたといいます。

「日本は戦後69年間、一人の戦死者も出していません。
いろいろ意見はあるでしょう。
これは先の大戦の310万人ともいわれる犠牲者が
憲法9条を曲がらないように、支えてきたからだと思います」

これは、よく言われることです。
しかし、それは結果的なものでもあり、
これから先は、憲法9条を守ることばかりで、
戦争を回避できるか、できないか分かりません。
誰も戦争などしたくはない、抑止力だと断言できる人は、
学校で何を習ってきたのか、
何を自分の頭で考えてきたのかと言わざるを得ません。

元自衛官の方は、こうも書いています。
「残念ながら、地域の慰霊祭も先細りです。
あの犠牲は何だったのかと思います。
これから先、もっと多くの犠牲者を出さないと、
理想の憲法はできないのでしょうか。
残念です」

合志市でも毎年、戦没者慰霊式を行っています。
西合志庁舎前にある慰霊碑には、
古くは西南の役からの戦没者の名前があります。
慰霊の気持ちの中には、
もう同じ過ち(戦争)はしたくありませんという思いもあれば、
ひょっとしたら、今度は負けないぞ、犠牲者も抑えたい、
という気持ちもあるのかもしれません。
兵隊ではなく、一般人を守るためには、
銃を取らなくてはならないと考える人もいるでしょう。

そうでなければ、遺族会の人は、
集団的自衛権の行使容認に、
もっと神経を尖らせるのではないでしょうか。



2015年1月 2日 (金)

年賀状

年賀状を交換している人の年齢は次第に上がる。
それは道理というものである。

今年、
来年からは賀状を差し控えるという文面に初めて出合った。
氏の現役時代に、会社関係で知己を得て、
近畿地方にお住まいなので、

それ以来、20年近く年賀状のやり取りだけである。

そういうのは、どうなんだろうと思いつつ、
社交辞令的に過ごしてきた年月。
だが、年賀状のやり取りがなくても、
ひょっとしたら、年に一度か2年に一度くらい、
何かの折に思い出していたかもしれないので、
遠く離れていても、年賀状だけでも、
まったく形式だけのこととは言えないのではないか。

そういうことを考えながら、
暮れから取り掛かった年賀状書きを終えた。
取っ掛かりが遅いことを毎年年明けに反省する。
だから、今年の標語は「行動」とすることにした。


2015年1月 1日 (木)

虚空蔵さん

去年のお正月はどうしていたんだろう。

と気になりつつも、今年の1年が明けました。

今年の標語を「行動」にしようと決めました。
さっそく、虚空蔵さんの写真と動画を撮りに。

ほこらの中で、子どもたちがお祈りするシーンを撮ったのだが、
「議会だより きずな」の撮影で、表紙に使うかもしれないと、
言った子どもと言ってない子どもがいて、
凡事不徹底から始まりました、今年の正月。

その前に、議会カメラのバッテリー忘れがあったし。
「確認」とかを格言にした方が良さそうです。




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