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2014年7月の23件の記事

2014年7月31日 (木)

7月の終わりに

7月29日 火曜日

熊本県が主催する菊池恵楓園訪問事業
「菊池恵楓園で学ぶ旅」にボランティアガイドで参加。
約200名をガイド18人で、5班に分かれて案内。
見学場所の説明は分単位のタイムテーブルが作ってあって
私の役割は、E班のタイムキーパーだった。

夜は、熊本ホテル日航で、
熊本法人会会長の西銘生治氏の旭日雙光章叙勲祝賀会。
熊本東法人会には、10数年お世話になったので、
そういう意味では友人知人も多く、違和感はないのだが、
合志市議会議員としては、少し場違いな感も。

7月30日 水曜日

合志市議会行政評価施策別評価について、
全体と常任委員会で説明を受ける。
あとは各人でマネジメントシートを読み込んで、
点数評価と指摘事項をまとめなければならない。

本日

議会広報委員会。
第2校の文言チェックなど。ほぼ出来上がり。







2014年7月28日 (月)

総決起大会

合志市総合センターヴィーブル文化会館で、
中九州横断道路早期整備促進総決起菊池大会に参加。
菊池地域道路整備推進協議会の構成は、
菊池市、合志市、大津町、菊陽町の2市2町。
人口規模は、合計18万。
経済規模、観光客数、いずれも熊本県内の約3割以上を占める地域。

今日は、私も政治家の端くれであることを
意識させられた日だった。
蒲島熊本県知事本人が来ていたのには驚いた。
県北は自力で頑張れとばかり言ってはいられないのだろう。

中九州横断道路が完成すれば、
人の交流、物流が飛躍的に発展することだろう。
しかしそれと同時に、JR豊肥線のオール電化複線化をやれば、
もっと効率的な気がしないでもないが、
やはりグーグルに代表される自動運転車の方へ進むのだろうか。



2014年7月27日 (日)

焼きそばはソースの香り

昨日は、こうし隊の活動で、
杉並台夏祭りに出店する焼きそばの仕込みのあと、
合志市総合センターヴィーブルにおいて、
第9回合志市人権教育研究大会で、
田川地区人権センター参与の堀内忠さんの講演を聞く。

夕方4時過ぎより、焼きそば全部で400食ぐらい焼いて、
午後8時ぐらいには完売した(と思う)。
燃え尽きた一日だった。



2014年7月26日 (土)

平成26年度くまもと・みんなの川と海づくりデー


午前7時より、
上庄の塩浸川沿いの清掃活動に参加。
終了後お茶と一緒にもらったうちわです。

県下一斉行動日は7月21日でしたが、
合志市では例年7月の第4土曜日となっているようです。


2014年7月23日 (水)

地方議会議員の法的な位置付け

全国市議会議長会の全国市議会旬報(6月25日号)に、
全国の議会3団体(都道府県議会議長会、市議会議長会、
町村議会議長会)が、第31次地方制度調査会第2回専門小委員会で
提出した会議資料

「地方制度調査会における重点検討項目について」が掲載されていた。
5項目ある1番目に、
「地方議会議員の法的な位置付けを明確にするため、
地方議会議員の責務を自治法上に規定することについて」がある。

提案趣旨としてこう書かれている。

住民の代表者としての責務(住民意思の把握等の活動も含む)、
住民全体の奉仕者としての責務及び合議体の構成員としての
議会の機能を遂行する責務を議員の職責として掲げることにより、
公選職としての議員の位置付けを地方自治法上明確にするとともに、
議員の活動基盤の整備を図ることについて検討。

取りようによっては、議員の待遇をさらに良くする前提としてと
受け止められかねないが、
ここに書かれているように地方自治法上、
議員の位置付けが明確にされていなかったのかというのが驚きだ。
都合により、法に直接当たることは省くが、
議員の職責をはっきりさせることは、
住民が地方自治そのものを、わが身に関わることと
自覚するきっかけとなるかもしれない。

ついでに検索していたら、総務省ホームページの
地方議会のあり方に関する研究会報告書にたどり着いた。
リンク 

この報告書は興味深いものだが、一つ気になったので、
ご意見・ご提案をフォームで送った。以下その本文。
「 ホームページで、
地方議会のあり方に関する研究会の報告書を読みま した。
たいへん役立つ資料でしたが、研究会の開催実績の記載はあるものの、
報告書が 提出された日付等はそれから類推するしかありません。
そういう慣例かもしれませんが、PDFへのリンクのどこか、
あるいは本文中に日付等の記載はあってしかるべきと思います。
時系列での報告書内容の比較のためにも、
ぜひ分かりやすい提出日等の記載をご検討ください」

どうでもいいことだけれど、
また、先方がどう判断するかもあるが、
気になることに対しての意見表明を遠慮する必要はないと思う。



2014年7月22日 (火)

ボランティアガイド

午前中、菊池恵楓園ボランティアガイド。
案内したのは、
合志市人権教育推進協議会学校部会の約80名。
この春、合志市の小中学校などに異動で来た先生方。
4人で、3班に分かれて案内した。
いつもとは少し順番が違って、
最初に、社会交流会館で展示の説明を受けた後、園内を見学、
最後に恵楓会館で、講話となった。
今日のお話は稲葉さん。

全行程終了後、ガイド控室でいろいろ話をした。
本日の反省等を日誌に書いて、自治会の事務所に
控室の鍵と一緒に返しに行き、
そこで、担当のHさんから聞いて、突きつけられた現実。
いま、講話ができる入所者は2人しかいない。
もともとそんなに多くはなかったのだが、
ふたり、か。

今日は暑かった。
室内は冷房が効いていたが、
何となく、身体が自分のものでないような、
あれから、ボワンとした感じが続いている。

ハンセン病と菊池恵楓園に関心を持つ人なら、
誰でもそうだと思うが、
私は合志市に住む者として、特に強く感じる。
何を優先すべきかは、それぞれの立場もあろう。
しかし、どれも同じぐらいの重さがあることなのだ。
いや、ことの軽重で判断すべきことではないことは、
重々承知しているつもりだが。

時間が後戻りできない世界に生きていて、
未来志向でないことなど、何一つないはずだ。

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社会交流会館(歴史資料館)前の睡蓮。











2014年7月21日 (月)

ペットボトルサウンズ

4月15日の熊日に出ていた記事。
つまり、整理すべき新聞がついに3か月分を越えたということ。

ところで、12年度の熊本県内ペットボトルのリサイクルについて、
「2012年度に県内市町村が分別収集したペットボトル3600㌧のうち、
容器包装リサイクル法に基づく指定法人を通じた『指定ルート』
による処理が1.9%の69㌧に過ぎず、
大半がリサイクル業者に直接売却する『独自ルート』で処理された」

だいたい、容器包装リサイクル協会というのが、
最初から天下り然としていて、怪しいという印象を持っていた。
だいたい、「指定法人ルートでは、異物の混入が多いと
引き取ってもらえない恐れがある」(熊本市廃棄物計画課)なんて、
あり得ないでしょう。
対する独自ルートでは「引き取ってもらえるので、安心して売却できる」
そりゃ、独自ルートを選ぶでしょ。売却価格も独自ルートが高いと。

こうした現状について、
熊本学園大福祉環境学科の中地重晴教授は、
「独自ルートでは、市町村が売却後の再商品化を見届けるのが難しく、
海外へ輸出されるケースがある。
国内でリサイクルする仕組みを整えるべきだ」と話している。

ちなみに、菊池環境保全組合の広報紙「クリーン」第28号によると、
平成24(2012)年度のペットボトルの再資源化は、
引渡業者 有価物回収協業組合 石坂グループに
引渡量 221,600kg を独自ルートで引き渡し、
プラスチックの原材料(フレーク)に加工され、最終的には
卵パックなどのプラスチック製品になっているとのことである。
「組合では、ペットボトルが適正に問題なく処理されているのかを
事業者工場に確認をしています」と明記されている。

中地教授の言う「海外へ輸出されるケース」が良くないことなのか。
原材料の原油は輸入しているわけだし、
何も国内リサイクルにこだわる理由はないのではないか。
貿易品目と捉えることに無理があるのだろうか。

原油が高騰しているいま、
輸出せずに国内に回す方が多いかもしれない。




2014年7月20日 (日)

ノスタルジーとしての空き家

空き家という言葉で片付けるには忍びないが、
便宜上、現在のところ住む人のいない家を空き家と呼ぶ。

戸建て住宅を手に入れることを、男子一生の仕事と刷り込み、
宅地開発と新築を国の経済政策に取り込んできた日本。
それがまったく間違っていたというわけではないが、
人口減少社会において、
過去に開発された住宅地に空き家が増えることを
誰も止めることはできない。
それがわが国の大問題になっている。

空き家を更地にして、新築の家を建てさせるという誘導も成り立つが、
スクラップ&ビルドは、もったいないという視点を忘れてはいけない。

合志市を一つのケーススタディとするので、
分譲マンションについては、割愛する。

どうやって空き家を有効活用するかということをいつも考えている。
子育ての場所であった家が、
その子どもたちが、進学や就職でホームタウンを離れる。
そして、遠くの土地に新しい家族と住まいを構える。
就職状況や結婚などで、それは致し方ない。

年老いた親をどう面倒見るかという段階はあるが、
いずれ、その家をどうするかという問題は避けられない。
そのときに、自分が育った家というだけでなく、
親の残した衣類や家具、思い出の品々をどう処分、
あるいは保存するかという厚く高い壁がそびえるのではないか。
その心理的なバリアーがなければ、
空き家となった家を売ることにそれほど抵抗がない人も
多いのではないだろうか。

中途半端だが、今日はここまで。
空き家活用に関する連載ログだと思ってください。







2014年7月19日 (土)

竹迫観音さん


昨夜の合志市竹迫観音祭りの模様。
スマートフォンで撮影。
去年もアップしてました。

昨日の夕方は、熊本県民テレビの特派員情報の本番でした。
子どもたちの横笛の練習を中心に撮影し、
いつものようにディレクターがきちんと編集してくれたのですが、
昨日は録画し損ねていまして、
どんな具合だったか、反省できません(苦笑)

今月はわりと暇なつもりだったのにとんでもない。
毎日忙しい日々を送っています。





2014年7月17日 (木)

夏キャン・社会を明るくする運動

昨日は、高齢者教養講座・ことぶき大学7月学習会に
社会を明るくする運動のキャンペーンで、
保護司会で参加しました。
熊本保護観察所監察官 大木慶太さんによる
「更生保護について」の講演と、
市の環境衛生課から「ごみ減量大作戦」の講座がありました。
どちらも、よい内容でした。

少年非行のDVDは何度見ても、
よく出来ていると思います。

本日は、夜、同じ合志市総合センターヴィーブルで、
合志中学校PTA主催の地区懇談会が、
今年は地区講演会として開催されました。

菊池教育事務所の堤社会教育主事による、
親の学び、家庭の教育力の講話。
これも保護司会で参加。
保護者よりも民生児童委員をはじめ、
来賓のほうが人数多くはないか、という感じでしたが、
現在、合志中学校では特に大きな問題があっていないので、
保護者の問題意識が高くないのではないかと、
中嶋校長先生の挨拶の言葉がありました。
それが動員数に表れているのだと。

ある意味、安心していていいということですが、
何か問題があってからでは遅いので、
その前に思春期の子どもたちと
きちんと向き合いましょうという話だったんですが。

ただ、最近の指導の仕方が洗練されてきていて、
中学生に親の立場だったら、どう考えるかというような、
そういう問題提起をするらしいです。
案外親よりも、おとなの部分があるのかも。

子育て日本一は、親が日本一であり、
地域が日本一であること。
また、いまの子どもたちが親になったときに、
地域で積極的に活動するようになってほしいと
校長先生が熱い思いを語られました。
これを聞けてよかったと思います


学校現場でこれだけ未来志向なのに、
合志市としての将来展望が見通せないのは、
どうしても予算という金目の現実があるからでしょうか。


2014年7月15日 (火)

家庭的保育の力

7月13日 日曜日

尚絅大学短大の楡木キャンパスで、
熊本県家庭的保育連絡協議会設立準備委員会主催
(当日午前中、設立総会が終了した)
シンポジウム「今、伝えたい家庭的保育の力」に参加した。

実は、この家庭的保育のことを
待機児童対策で作られたのだと思い込んでいた。
実際は、この家庭的保育のほうが原点だと言えないこともなかった。
少人数で1歳から5歳まで、年齢に関係なく(異年齢)、
普通に家で過ごす感じで保育を受けられる。
集団での保育だけではない多様性に気づかされた会だった。

雨が降りそうだったので、自転車はやめてバスにした。
尚絅大キャンパス前のバス停まで、180円。
帰りは上り坂を歩いた。
昨年の12月に社会人向け講座を受講したので、
図書館の利用証をもらったのだが、まだ行っていない。




2014年7月14日 (月)

国会中継

いろいろな作業をしながら、国会中継を聞きました。

そんなにむずかしい日本語ではないが、
これをストレートに理解するのは、おそらく選挙権のある国民の
8割ぐらいのひとには困難だろう。
専門用語があることもその一つの理由だが、
いまや「安倍語」と言われる、はぐらかし語法が分かりにくいのだ。
説明責任とか、ていねいに説明するというわりに、
まったくその意欲が感じられない。

だがしかし、私はそういう安倍晋三首相に同情する。
もうすでに、彼は一杯いっぱいであるように感じられる。
ラジオを聞いての印象である。
質問に対して、別の話を持ち出し時間を引き伸ばし、
議論を尽くしたと言うのが彼の常套手段であるようだ。


2014年7月13日 (日)

新聞を語る

4月10日の熊日「新聞を語る」に、
京大大学院教授の曽我部真裕さんのインタビュー。
春の新聞週間に係る企画である。

「新聞報道を通じて、世の中にはいろんな人がいて、
いろんな考えがあり、自分が同意できなくても
『世の中はこうして成り立っているのか』と分かる。
社会の多様性を身をもって理解できるという利点がある」

ところで、週刊誌と新聞は基本的に仲が悪い。
お互いに相手の弱みを突くことを喜びとしている節がある。

週刊誌はとにかく売れる記事を載せて、
その週ごとに売り上げていかなくてはならないのに対して、
新聞には戸別配達のネットワークがある。
昨今弱体化しつつあるとは思うが、
これがなくなることは社会的な損失である。
週刊誌からすれば、そういう依存体質の新聞が
ちょっと許せないのは事実だろう。
そうは言っても、全国市系の週刊誌というのもあるので、
単純に割り切れるものではないかもしれないが。

「インターネット時代は情報が大量に入ってくるので、
次から次へと目移りさせられる。
情報収集の面から必要なことだが、一方で、
しっかりした文章をじっくり読んで理解する力が
弱くなってきている。両方の力が必要だ」

情報の交通整理において、
切り捨てざるを得ないものもあるだろう。
しかし、情報を編集する力は、
それが個人の主観を排して、集合知として働く
新聞社などにおいて、特に発揮されるものだと思う。






2014年7月12日 (土)

正しく生きる良い暮らし

ベネッセホールディングスの顧客情報漏えい問題が
話題になっている。
ニュース等で大きく取り上げざるを得ないのは、
市町村レベルでも、社会保障・税番号制度対応が始まるので、
個人情報をいかに適切に管理するかという点から、
法案は成立しているとはいえ、運用時に住基カードのときみたいに、
使えないものになる恐れがあるからではないか、と私は思う。
アウトソーシングと、守秘義務の徹底のむずかしさも浮き彫りになるだろう。

今回は、転売利益を目的にしたものだとは思うが、
疑われているシステムエンジニアが、
エドワード・スノーデン元CIA末端職員みたいな正義感を持っていたら、
もっと他の情報も一緒に持ち出して、
ひょっとしたら、安倍政権が傾きかねない事態になったかもしれない。

私は、社会保障・税番号制度については賛成の立場であるが、
今回の事件で、特定秘密保護法的なものが拡大解釈されるべく、
政府にとって都合のいい規制が増えてきそうなことが、
かなり危惧される。

ちなみに、社名の「ベネッセ(Benesse)」は、
ラテン語の bene (正しい、良い)と esse (生きる、暮らす)を
組み合わせた造語で、前向きに人生を謳歌する、
人間味豊かな生き方を象徴的に表現している。
(「ブランド・社名・ロゴマーク由来辞典」より)





2014年7月11日 (金)

明日、ママがいない

4月9日の熊日に、日本テレビ系で放送されたドラマ
「明日、ママがいない」についての放送倫理・番組向上機構(BPO)
「放送と青少年に関する委員会」の汐見稔幸委員長のコメントがあった。
「当初厳しい批判を受ける問題点があったが、
次第に視聴者に受容される内容になっていった」というもの。

こうのとりのゆりかごを設置している熊本市の慈恵病院が、
いちばん最初にクレームをつけたのだったと思うが、
放送が始まったばかりでは、ドラマの展開は読めず、
日本テレビが回を追って見てくれれば分かってもらえると弁明したのは、
無理からぬことであった。

しかし汐見委員長は「非人格的なあだ名や
児童養護施設長の暴力的な発言には『ドラマの効果上
必要な設定と認めたわけではない』と苦言を呈した」とも書いてあった。

新聞記事としても3か月前、ドラマはその少し前に終わっている。
私もトータルの半分ぐらいは検証する意味でも視聴したが、
過ぎたるは及ばざるがごとしで、
「明日、ママがいない」というドラマがあったことすら、
もはや忘却の彼方である。

好意的、批判的それぞれに活発な意見があったことすら、
もうどうでもいい話になってしまっている。
それでいいのかと言いたいところではあるが、
やっぱり「それでいいのだ」と落とさざるを得ない。
いまはDVDやオンデマンドで、テレビドラマも手軽に見直すことができる。
だから、冷静な批評も後になってできないことはない。
それでも、放送中に受けた印象と、
制作側が当初どういう意図を持っていたかは、
重要なことである。
それがどうでもよくなる。
つまり移ろいやすい人の関心、はそれでいいのか、な。



2014年7月10日 (木)

議会だより「きずな」

自分の住むまちを逸れたにしても、
あちこちで大きな被害を出している台風。
防災に関してパーフェクトな備えはないかもしれませんが、
常に考えておくべきことは少なくありません。

明日の議会広報委員会を前に、
議会だより「きずな」の補正予算等のページを鋭意、編集中。
予算や事業のあちこちに気持ちが飛んで、
なかなか、まとまりません。
まだ1カ月も経っていませんが、あれ、
これ何だったっけ、というのもあります。






2014年7月 9日 (水)

議会だより向けの原稿

台風8号が接近している。
夕べは蒸し暑い夜の上に、
夜中の突風を警戒して窓を閉めて寝たので、
3時半に目を覚ましてしまった。
議会だより「きずな」の一般質問の原稿の締め切りが迫り、
メールで届いていた反訳をやっと読んだ。

ひどい。

まったく、執行部を問い詰めていない。
つまり、意味のある答弁を何ら引き出していない。
自分の意見表明も中途半端。
ありゃりゃ、である。




2014年7月 7日 (月)

ニューヨークの温暖化対策

4月3日の熊日に、地球温暖化対策に力を入れる
巨大都市ニューヨークの話が載っていた。

面白いことに、ニューヨークでは、
公共交通機関を使う市民が米国の他地域に比べて例外的に多いので、
自動車から排出される温室効果ガスが比較的小さく、
建物の占める割合が全米平均の倍近いのだそうだ。

ニューヨーク市は、07年当時のブルームバーグ市長主導で、
本格的な温暖化対策を打ち出した。
それが「温暖化ガス排出量を2030年までに05年比30%削減」というもの。
石原慎太郎元東京都知事も環境問題には一家言あったが、
ディーゼル微粒子の排出規制ぐらいしかできなかったのでは。
もちろんそれも大したことの一つではあるが。

驚いたのは、かのエンパイアステートビルで、
103階建ての、6500枚を超す窓ガラスを
断熱タイプに加工したというところ。

フィルムや気体を使って断熱効果を上げ、
ほとんど交換せず再利用したとのことだ。
超高層だけに見上げた根性である。
それにしても、1931年5月にオープンしたビルディングって
どういう構造しているのだろう。




2014年7月 6日 (日)

読書で世界の共有を

4月6日の熊日に、
2月28日、東京・新宿の紀伊国屋ホールサザンシアターで行われた
「東京国際文芸フェスティバル」を紹介する記事があった。
今年第2回目の本のお祭りだそうだ。

ちょうど、都内の図書館で「アンネの日記」や関連図書が
大量に破損された事件が注目された時期の開催。

漫画家のヤマザキマリさんと作家の島田雅彦さんの座談では、
政治と文学との関係が議題に上がったとのこと。
一部引用する。

島田さんは「かつての保守本流の政治家は教養人だった。
愛読書に大衆作家の名を挙げるようになり、
政治家の教養レベルが下がった」。
ヤマザキさんは「(その傾向が進めば)漫画が政治に影響を
与えるようになるのは確実。漫画が教養じゃないわけではないが、
全てを担うことはできない」と危ぶんだ。

古典を読み込み、学ぶことは必要であると思うが、
やっぱり学生のときにやっておくべきことである。
個人的に非常に悔やまれる。
だが、古典を研究した人が新しく本を著すときに、
当然その古典が下敷きになっているであろうから、
現実を把握し、現状を乗り切るために
古典まで遡らなくても許される方便なのではないか。

あ、そういう意味ではないか。
思考を形成する根本に教養がないことが問題であると。

漫画でも文学でも、その表面的な理解で
物事を判断して、自分の思想としてしまう浅はかな人はいるものだ。
教養とは、皮と身の間の最も養分の濃いところを
理解して自分のものとすることであると私は思う。

もう一つ引用。
米作家ジュノ・ディアスさんのことば。

「読書は書き手と読み手のコミュニケーション。
読書は受け身ではなく、自ら参加している。
読む時はひとりでも、
世界を共有することができるのです」

特に目新しい視点ではないが、改めて共有したい。



2014年7月 5日 (土)

熊本県における無らい県運動

Photo

本日は、菊池恵楓園で、シンポジウム
検証~熊本県における無らい県運動~が開催された。
菊池恵楓園ボランティアガイドの私たちは、
会場スタッフとしてお手伝いをした。

熊本県「無らい県運動」検証委員会委員長
内田博文さんが、報告書について解説した。
とても簡潔で分かりやすかったが、
やはり原文をしっかり読まなければいけない。
ただ、まだ完成版が公開されていない。

今回、提言として「ロードマップ委員会(仮称)」と
「熊本県立ハンセン病センター(仮称)」の設置要望が挙げられている。
今日は合志市教育委員会から、
人権啓発教育課の2名の職員が来ていたが、
政策部からも誰か来るべきだったと私は思う。


参考までに設置要綱における検証委員会設立の目的は、

本県における「無らい県運動」などのハンセン病隔離政策に関し、
記録の作成に係る方策の検討、記録の検証、
記録の作成等を行うことによって、
今後の再発防止、偏見や差別のない社会の実現を図ることを
目的とする。

とあった。






2014年7月 4日 (金)

所管事務調査

昨日、今日と文教経済常任委員会の所管事務調査、
いわゆる行政視察に行ってきました。

市所有のバスで、合志庁舎を午前8時半に出発。
まず、福岡県筑後市で「農地集積・人農地プランについて」研修、
その後、久留米市中央学校給食共同調理場を視察。

豪雨のため、途中高速道通行止め箇所があったため、
佐賀県立宇宙科学館に着いたのは閉館間際。

佐賀県武雄市のビジネスホテルに投宿。
本日は、武雄市図書館を見学(のみ)。
午前9時開館直後に入館したが、
お客さんは、視察のグループが多かったようだ。

帰路は、熊本都市圏の骨格幹線道路を走るということで、
有明海沿岸道路(一部)を通りました。

詳しくは、報告書を作りますので、改めて内容をアップします。




2014年7月 2日 (水)

人生を意味あるモノに

練馬光が丘病院リウマチ内科顧問
後藤眞さんは「イキ・イキ・エイジング」(4月3日熊日夕刊)で、
こう書いている。

「『若さを保つ』『取り戻す』。いずれも素晴らしい響きがあります。
結構でしょう。しかし、ちょっと考えてみてください。
人生80年として、あと何年残っていますか?
どのようにお過ごしになりたいでしょうか?
どのように生き抜いていきたいのでしょうか?
何を目指して生きていきたいのでしょうか?」
このあとに自分の人生を意味あるモノにしたい方への
ちょっとしたコツの伝授が続く。

昨日、佐伯啓思さんの社会学的、あるいは経済学的な
いつまでも若くないわれわれについて書いたが、
人生の先行きがそう長くないと感じられるいま、
一人の地方議会議員として、やるべきことは何か、
それを考え、一つの行動に参加した。

本日午後2時から、
熊本県庁で、
自治体議員立憲ネットワークくまもとのメンバーとして、
「集団的自衛権行使に向けた新たな閣議決定に抗議する声明」
を発表する記者会見に臨んだ。

私にとっては慣れないことなので、
その場に相応しい発言ができたかどうか心もとないが、
期待されるであろう発言をしたところで仕方がない。
自分の考えを、ありのままに表明することが大事なのだ。
以下、本文です。

 ・・・・ ・・・・ ・・・・ ・・・・

集団的自衛権行使に向けた新たな閣議決定に抗議する声明

昨日7月1日、安倍内閣は集団的自衛権行使に向けて
新たな閣議決定を行いました。
私たち自治体議員立憲ネットワークはこの閣議決定に強く抗議し、
閣議決定の撤回を求めます。

新閣議決定は集団的自衛権を行使するために、
憲法解釈を変更し、憲法9条を骨抜きにする政治的暴挙です。
これは“改憲”の水準を超えた“壊憲”攻撃であり、
決して容認することは出来ません。

立憲主義の立場に立つならば、
戦地に自衛隊を派兵すること、戦争に日本国家が参加すること等、
この国のかたちを歪める政治を行う場合、
憲法の定めに従った手順と手法が必要です。
この国の戦争参加という重大な選択は主権者・国民が決めることであり、
時々の内閣が勝手に決めることは出来ません。
まして、今回のように議会の審議もほとんど経ずに
与党協議で決定する手法は民主主義の破壊です。
安倍内閣は立憲主義を無視した政治に暴走しようとしています。

従来自民党政府は1972年政府見解で個別的自衛権を抑制し、
集団的自衛権を違憲としてきました。
集団的自衛権行使とは「他国の戦争」への参加であり、
憲法9条の下では違憲だとの立場でした。

安倍内閣はこの憲法解釈をあっさり投げ捨てました。

国際平和協力を掲げて自衛隊が初めて国境を超えたのは
1992年6月PKO法の成立からでした。
あれから20年余、海外での自衛隊は公式には
戦地や戦闘に参加することは出来ないとの憲法9条の規制を受けてきました。
安倍内閣の閣議決定はこの憲法9条の制約を取り払うことで、
国際的な軍事協力と戦争参加への道を選択したのです。
戦後69年、日本国家の戦争参加を許さなかった力は、
人々の戦争拒否の社会的気運であり、
敗戦の犠牲の上に再び戦争を繰り返さないという憲法9条の力でした。
安倍内閣はこの平和の伝統と歴史と憲法を捨てるつもりです。

一部にある「いかにして憲法を守るかというところから
出発すること自体が誤りである。
いかにして安全を守るかが第一であって、
そのための方法を国家は考えなければならない」
との暴論も安倍政権を支えています。

熊本県民のみなさん! 自治体議員のみなさん!

今、日本国家は解釈改憲で、
近隣国との戦争の道を選択しようとしています。
私たちは平和の道を選択する決意です。
韓国、中国な近隣諸国との平和と友好、
共存の道を選択することが日本の進路です。
立憲主義と平和主義を両輪として
安倍政治の暴走を止めなければなりません。
意見の違いを尊重しつつも、
この安倍政治の暴走を止めるよう力を合わせる必要があります。
自衛隊派兵・戦争参加、壊憲攻撃に立ち向かう
政治の大連合を私たちは強く求めます。

 2014年7月2日 

自治体議員立憲ネットワークくまもと

 岩中 伸司(熊本県議会議員・新社会)

 磯田 毅 (熊本県議会議員・無所属)

 田上 辰也(熊本市議会議員・無所属)

 上田 欣也(合志市議会議員・無所属)

 藤本 寿子(水俣市議会議員・無所属)

 神田 公司(合志市議会議員・無所属)



2014年7月 1日 (火)

われわれはいつまでも「若い」わけではない

6月28日の熊日夕刊「現論」に、
京大大学院教授の佐伯啓思さんが書いている。
見出しはこうだ。
「脱成長の価値観へ転換を~成熟社会が目指す道」

全面的に、私が常々考え、意見を述べてきたことと同様な意見である。

「問題は『成長第一』という価値を見直すことである。
成長を追求しグローバルな市場競争を全面的によしとするのは、
まだ『若い国』である。
仮に人口のかなりが高齢化へ向かう経済大国を
『成熟した国』と呼んでおけば、
グローバルな市場競争のもとでの成長追求は
『成熟した国』の目指す道ではない。
われわれは、成長追求とグローバル競争という強迫観念から
抜け出せないでいる。善かれ悪しかれ、
われわれはいつまでも『若い』わけではない」

「われわれはいつまでも『若い』わけではない」、
それを認識できないのは、哲学、または文学的素養がないからである。
文系、理系の話ではない。
医学、生物学を普通に学べば、あるいは物理学や数学をかじれば、
われわれがいつまでも若いわけではないことぐらい
気づきそうなものである。
経済学が、エイジングを否定する学問だというなら、
それも致し方ないが、一般的な教養が人並みにあれば・・・


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