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2014年6月25日 (水)

テキスト:賛成討論

本日の合志市議会定例会における私の討論を
テキストで採録します。

 ・・・・ ・・・・ ・・・・


議席番号5番 上田欣也でございます。

議員提出議案第4号「国会での審議を経ず
集団的自衛権に関する憲法解釈の変更に反対する意見書」
の提出について、賛成の立場から、討論を行います。

私は、このたび地方議会議員として、
立憲主義に立脚するこの意見書の提出に賛同する機会に恵まれたことを、
たいへん誇らしく思います。

私には二人の息子がおりますが、
二人が幼いとき、息子たちに私はこう言ったことがあります。
お前たちが大人になるころ、
父さんはもう戦争に行くことはないと思うが、
お前たちは行かなくてはならなくなるかもしれない。
何とか、そうならないように父さんも頑張るけれど、
そうなったら済まない。

当時は、何のことだか分らなかったと思いますが、
その息子たちも、いまや25歳と22歳です。
自分たちのこととして考えるべき年齢となりました。

確かに、集団的自衛権の行使容認が、
そのまま戦争に参加することは意味しないかもしれません。
しかし、だからこそ、拙速を慎み、国や国民を守るということ、
またたとえ、自衛のためとはいえ、
武器を使うということは、相手を殺傷すること、
またお互いに血を流すことであることを
国民的理解のものとしなければなりません。

安倍首相の言う、抑止力のための集団的自衛権という表現は、
まさに矛と楯、「矛盾」そのものです。
仮に他国から仕掛けられる侵害であろうとも、
私たちは一度立ち止まらなくてはなりません。
それこそが抑止力ではありませんか。

集団的自衛権を行使することを前提にした具体例は
挙げれば切りがありません。
逆に絞り込むことの無意味さならば、
想定内か想定外かという判断の難しさを、
私たちは東日本大震災で経験したばかりです。

集団的自衛権の行使が現実に必要と考えるのであれば、
いま一度憲法に立ち返り、
姑息な解釈の変更を閣議で行うことではなく、
力による一時的な安定か、
あるいは恒久平和か、いずれを選択するのか、
国民的議論と国会による審議に、はかるべきことではないでしょうか。

以上、私の賛成討論といたします。
みなさまのご賛同をよろしくお願いいたします。

 ・・・・ ・・・・ ・・・・

採決の結果、賛成少数で意見書の提出は見送られました。
しかし、申し訳ないながら、私は清々しい思いでいます。
そして、これから、事態の推移を見守るのではなく、
立憲主義の立場での積極的平和主義のもと、
市民の理解を得るべく、議論を喚起することが、
地方議会議員としての役割であるという思いを強くしたところです。








 

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