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2014年5月26日 (月)

いまを詠む

5月25日 日曜日

くまもと県民交流館パレアで、熊本県詩人会総会。
熊本市の再開発で水道町に作られたテトリア熊本。
思えば、その9階と10階にあるパレアが、
これほどよく使われるようになるとは思わなかった。
それは、好意的だったからこそ、心配していたということだ。
考えてみれば、私の活動半径が、パレアをよく利用する人たちと
共通しているということなのかもしれないが。

通常総会のあと、
俳人であり、熊本大学元教授(政治思想史)の岩岡中正さんの
「いまを詠む――時代と向き合う」という講演があった。

前日に引き続き、風邪のための眠気とともにあり、
メモをきちんと文章化できないので、
まず、紹介資料から引用しておきたい。

「近代というのは、対象を分析や分類しその最小単位から
法則を組み立てる思考様式をとります。
今まさに、この近代という散文の時代精神が終わろうとしている時代にこそ、
この詩人の想像力・創造性が必要なのです。

つまり、理屈では超えられない問題が出てきたときに、
思想が必要になる。時代を超える思想というのは、
論理だけでは力が出ないし超えられない。
それを一つの感動として人々に伝え、時代の問題を
乗り超える運動や共感をその臨界点にまで高め
ギリギリのところを掘削していく表現の力が必要とされます。
それは、平坦な理屈ではなかなか掘削できない『切羽』ですね。
そうしますと、論理では表現できないようなことを
表現しようとして詩になったりする」
岩岡中正『石牟礼道子と現代』より

ここから先は、あまり自信がないのだが、
真の保守主義は、進歩への幻想とは違う。
未完なものであるが進歩を信じる謙虚なもの。
いまや、幼児的な政治家の時代。
歴史を学ばない、この時代に詩人は思想家である。
時代を作品にどう表現するか。
生きるということは直面している所での態度決定である。
などなど。

詩人が政治的なものと密接だということを
いままで考えたことはなかったし、
散文的なものは、誌的ではないと考えていた自分が、
いかにショートピープル(矮小)であったことか。










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