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2014年4月 7日 (月)

道徳に罪はないが

1月18日の熊日「学びのプリズム」で、
道徳を教科にして「強化」しようという動きに対して、
岡崎勝さんは、こう書いている。

「道徳を教科として授業で取り組めば、
『規範意識や自己肯定感を持った良い子に育つ』
という発想が、安直で貧困だとしかいいようがない」

私もそれを「安直で貧困」だと思う考え方に賛成である。
子どもたちは道徳の授業よりも
どちらかというと生活全体の中で、
思いやりや人権を守ること、協力することの態度や姿勢を
学んで、身に付けてきたのだと岡崎さんは書く。
おそらくそうだろうと私も思う。
そして、そういう総合的な対応力みたいなものが、
教育の目指す方向性であると思われる。
道徳を教科にするのは、
まさにそのためだとか言われそうだが、
そういう論理を振りかざすのは、安直で貧困な発想しか持てない、
可哀想な人たちだ。
教科にした方が、道徳教育をきちんとやっていますと、
言い訳にすることができるからだろう。

「もしも道徳というものが社会生活を円滑に、
思いやりを増幅させるためのものだとするならば、
まず、子どもを育てている親や、
学校で子どもの前に立っている私たち教師、
そして地域の人たちが、『人として恥ずかしくない、善き暮らし方』を
折に触れ、示すことなのではないだろうか」とも。

それが簡単なことではないから、
勢い「道徳」という教科に頼ろうとするのだろう。
その気持が分らないではないが、
その気持をを簡単に認めてしまってはいけない。
世の中をもっと住みよくするためには、
やっぱり私たち一人ひとりが、
「人として恥ずかしくない、善き暮らし方」について
ときどきは考えないといけないのではないか。

道徳という教科に丸投げしてしまってはいかん。
そう思いませんか。
しかし残念ながら、下村文科相も安倍総理も
安直で貧困な発想しか持てない人たちである。
そう思いませんか。



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