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2014年3月11日 (火)

自己表現、自己表現

古いスクラップに
1991年(平成3年)の讀賣新聞のものがあった。
詩人の長田弘さんのインタビュー。

「就職試験なんかにも出てくるんですが、
自己表現が大事だと言いますね。
あれはおかしい。
自己表現、自己表現と言っているうちに
言葉はやせてくるものです」


ただただ饒舌になるだけで、内容は空疎。
言葉とは自分で作り出せるものではない。
そこが分からずに、自己表現しようなどと思うから、
そうなるのだと詩人は言うのである。
と記者(省)氏はまとめる。

「言葉とは、自分で作り出すものではなく、
受け取ったものを手渡していくものだと思う」

これは、長田さんの言葉。

歴史から学ぶと人は気安く言う。
しかし、歴史とはつまるところ言葉である。
言葉をよく受け取るのはむつかしい。
手渡すのもむつかしい。
と記者(省)氏は結ぶ。

この記事が書かれてから20年以上、
記者(省)氏は、まだヨミウリに残っているのだろうか。

やせた言葉とは逆に
太った言葉というのも、ちょっとどうかな。
そこで健康な、とか健全な言葉というとさらにまずいみたいな。

豊かな言葉。
選ばれた言葉。
言葉で思考は作られるものだけれど、
その組み合わせで、深くも浅くもなるものだ。

先達の思想を学び、受け継ぐことで
いまの自分があることを謙虚に受け止める。
これも少し、きれいにまとめすぎているように思う。


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