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2014年3月の27件の記事

2014年3月31日 (月)

ごみ減量大作戦

「ごみを減らしましょう」と題して、町内にお知らせを回覧しました。
町内とは、自治会内の世帯のまとまりの一単位です。
泉ヶ丘には5つの町内があります。

「可燃ごみの処理費用は、
1kg当たり運搬単価が、9.76円、処理単価が33.37円です。
かりに1回に出すごみの重さが5kgだとすれば、
運搬に49円、処理に169円の税金が使われることになり、
合計で216円になります。
1枚30円のごみ袋(大)代金はその一部にしかなりません。
各家庭でのごみの減量化は、
合志市の限られた予算をごみの処理から、
もっと別のものに回すために有効な方法の一つです」
と書きました。
そして、ごみステーションに、
ホームセンターで買った手ばかりを置きました。
雨に濡れたらいけないので、実際に置くのは、
降らないような日だけになりますけど。

これはある程度継続してみて、
その平均値が少しでも下がればというところです。
ごみの減量に対する取り組みには強制力は働きません。
せいぜい、有料のごみ袋の単価を上げるぐらいです。
実際には、キロいくらでの引き取り価格の設定というのが、
もっとも公平だとは思いますが、
実行にかかる手間や経費がかさみそうで。
そこで、まずは減量を意識してもらうには、
具体的な数字が、いちばん分かりやすいかなというところです。
さて、何人の人が、量ってくれるでしょうか。

明日から、消費税が8%になりますが、
駆け込み購入で、余分なものを買うことは、
ある程度景気を刺激するかもしれませんが、
無駄に使ってしまって、ごみの排出が増えることも危惧されます。
経済成長と環境問題は、トレードオフの関係です。
簡単に言うと、あちらを立てればこちらが立たぬ、というやつです。
レジ袋を一枚もらわないことよりも、
車で行く買い物を1回減らすことのほうが、
よっぽどCO2発生を抑制するとは、よく言われることです。
一人でも多くの市民に理解が広まり深まるように、
一つでも多く実践しなければいけません。



2014年3月30日 (日)

これからもよろしく

お昼は、泉ヶ丘中央公園でお花見。
その後、ヴィーブルに向かい、合志吹奏楽団「響」の
第10回記念定期演奏会。

メンバーで指揮を担当する大久保稔さんが言っていたが、
みんな練習にきちんとやってくるのだそうだ。
そういう律義さというか、生真面目さが
実にいい意味でよく出てる演奏である。
どれぐらい上手いかはよく分からない吹奏楽だが、
安心して聞いていられる。
やはり社会人の楽団だ。

かぶりものや、コント風の演出など、
こういうのが好きでなければ続けられないバンドなのか、と
勘違いしそうなほど
とても豊かなサービス精神である。

地元合志市に根付くこの音楽活動を私は誇りに思う。
小学校、中学校をはじめ、
特に合志市にしかない音楽環境というわけではないが、
それぞれが有機的につながっていることが、
バンドフェスティバルでもそうだが、
今回「合志カンタービレ」でもよくわかった。
合志市教育委員会が共催しているとはいえ、
行政が出しゃばらないところがいいのだろう。

市長が心づくしのメッセージを寄せていたが、
あえて顔を出さない奥ゆかしさかもしれない。
ただ、1曲でも聞けば、まちづくりの何たるかが、
文字通り心に響いてくるかもしれないのに、
今回も残念でした。






交流会

3月29日 土曜日

菊池恵楓園ボランティアガイド交流会。

2カ月に1回、ガイドが集まり、
ガイドしているときに感じた問題点や反省などを
お互いに出し合う会議、のようなもの。
そんなに堅苦しくはない。

今日の交流会で出た意見で、
実に興味深かったのは、
講演や、園に来る人たちがまず知りたいのは、
ハンセン病の差別や隔離の歴史などではなく、
ハンセン病はうつるのか、罹ったら治るのか、
病気としての側面ではないのか、というもの。

なるほど、癌や認知症といった病気と違うことは、
後遺症などで認識されているかもしれないが、
隔離されていたことによる「怖さ」以上の知識は、
ほとんど持っていない。
それを分かった上で、順を追って語っていくべきなのだろう。





2014年3月29日 (土)

パークアンドライド現在快調

3月28日の熊日に、
「パークアンドライド快調 熊本都市圏」の記事。
少し前に、パークアンドライドの社会実験に参加した思い出
について書いたばかりだが、
10年以上かかったのせよ、一般化したことは喜ばしい。
しかし、行政もメディアも、過去のとっかかり、経験、失敗があってこそ
今に至り、結実したことを忘れてはいけない。
県の担当者は、当時別の部署にいたのかもしれないが、
そのことが伝えられていないというのは問題だ。
記事に書かれていないだけかと思ったら、
現在、都市計画課が担当のようである。
以前の交通政策担当は多分違ったのではないか。
ということは、過去の反省がないから今度はうまく行った?
などということではいけない。
記録公文書が後の政策形成に役立つということでなければ。
そういえば、2000(平成12)年当時熱心だったのは、
国の方ではなかったか。


2014年3月28日 (金)

罪の意識

上天草市の前建設部長が、入札に便宜を図る見返りに、
数十万円を受け取った容疑で逮捕された事件について、
今朝の熊日に、その背景となる実態を書いた記事があった。

昔、その業界にいた私が書くのも傍ら痛いと言われそうだが、
熊日の記者も編集者も、こんな記事でお茶を濁すのか。
今回私が驚いたのは、まだこんなことをやっていたのかという、
実に驚くべき事実である。
最近10年間で贈収賄事件になったのが、記事によると3件である。
「など」と書いてはあるが、それがすべてと言えるほど、
おそらく今どき珍しいことだと思う。

それはそうと、
「公共工事を巧みに分け合う必要性を強調する声が根強い」
のは事実だが、
熊本大法学部の鈴木桂樹教授が指摘するように
「ルール違反で地元にお金が落ちるシステムが継続すると、

長期的に見たときに地場産業は育たない」のである。

これは中小企業振興条例で、地元企業に有利になるような
発注方法が取られることにも共通する課題である。
地場産業を育てるという当初の目的は間違っていないのだが、
地元で体力をつけながら、
外に出て競争しなければ、真の実力はつかない。

鈴木教授は、
「行政との関係に頼って仕事をする業者が残っていくことは、
税金を負担する市民の感覚にかなわない」と反省を促すが、
行政との関係というより、特定の個人(あるいは役職)との関係である。
建設業者が減り続ける中、
東日本大震災の復興事業や景気対策、
また2020年の東京オリンピックと続く建設工事供給過多だが、
設計価格は急には上がらないので、
すでに不落、不調の時代に入っていることは、
ある程度新聞等でニュースに触れている人ならご存知である。
「税金を負担する市民の感覚」とは、
それを誰がどのようにリードするかで変わるものだ。
だからこそ、罪は罪として、そこに深い洞察が必要になる。
と私は思うのだが、スペースの都合だろうか。







2014年3月27日 (木)

自治基本条例

3月26日 水曜日

平成25年度第2回合志市自治基本条例推進委員会を傍聴。
この自治基本条例の策定委員を務めていたので、
思い入れもひとしおである。
この推進委員会については、
第31条2項で「委員会は、この条例の運用状況を確認し、
参画及び協働によるまちづくりに関する基本的事項について調査し、
及び審議し、市長に意見を述べることができます」と規定した。
進行管理がなければ、絵に描いた餅になるという
策定委員間の共通認識があった。

あれから4年、亀の歩みではあるが、
着実に足跡を残している条例であると思う。
自民党の中には、自治基本条例を親の仇のように考える人たちもいる。
中央集権こそ日本のあるべき姿だとでも思っているのか。
道州制論議を進めようとしている政党の考えとは思えない。
あくまで党内異端だということにしておこう。

地方自治体の憲法という位置づけがなされることが多いので、
勘違いされるのかもしれない。
また、議会基本条例と自治基本条例の役割の違いが
よく分かっていない人たちもいる。

昨日の会議での意見で、
この推進委員会がどこまで行政に関わるのか、
ややもすると事業評価になってしまわないかというものがあった。
確かに、行政の活動はすべてが自治に関わることである。
だが、個別の事業を評価するのではなく、
協働と参画という観点で政策遂行が行われているかどうか、
それをチェックする仕事であると考えればいいと思う。
また、第32条にあるが、
この条例の見直しについての意見も、この委員会の役目になっている。
その責任は重い。

行政評価システムもそうだが、
使い方次第で、自治体の能力と体力が着実にアップする、
そういう器具であり、トレーナーであると言えるだろう。






2014年3月25日 (火)

バハマ、バーリン、パリー

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誰が名づけた『ヨーロッパ3部作』。
リイシューのとき、
佐藤奈々子のコーラスがカットされていたということで、
アナログ発表時の形ではもう聞けないと、
長らくファンの間では無念に思われていたものが、
今回新たにリマスターされて発表された。
昔のインタビューや、今回の出版に合わせたもの、
読めば読むほど、バブルの佳き時代であったことがわかる。
つまり、爛熟の欧州文化(ヘミングウェイも多少は)にあこがれた、
日本での文化もいま思えば、成熟しかけていたのかも。
しかし、経済と同じように、
その先に追いかけるものがあったからこそ、
それらを形にすることができたのかもしれないと思う。
そして出来上がったものは、
日本人にしか作れないものだった。

昔みたいに没頭して聞き直したいものだけれど、
感性が随分散文的になってしまった。


都市計画改定に向けて

3月24日 月曜日

熊本県と熊本市による
熊本都市計画区域マスタープラン(検討案)の住民説明会に参加。
会場には熊本市のあちこちから、住民の方が集まっていた。
100名弱ぐらいだっただろうか。

都市計画区域マスタープランとは、
正式名称を「都市計画区域の整備、開発及び保全の方針」という。
解説には、「都市計画マスタープランは、人口、人や物の動き、
土地利用のしかた、公共施設の整備などについて
将来の見通しや目標を明らかにし、
将来のまちをどのようにしていきたいかを
具体的に定めるものです」とある。

概略説明の後、質疑の時間があったが、
各地区の抱える問題について、具体的なことがほとんど。
たとえば、旧天明町から来た男性は、
なぜ自分の地区は、
昭和46年以来ずっと調整区域のままなのかと問う。

県の担当者は、
すでに市街地を形成しているか、10年以内の市街化が図られる区域で、
1ha当り40人が住んでいることが、
都市計画法の規定になっていると答えた。

男性は、それなら、隣の旧飽田町はなぜ市街化区域なのかと続ける。

人が住んでいるところに線引きをするのだから、
一体の都市として、まちづくりのルールを決めると言っても、
既にあるものを、何らかの意思で変えようとすれば、
賛否が交錯するのは当たりまえのこと。

道路整備についての意見もあったが、
仮に都市計画がなければ、乱開発され、
幹線道路やバイパスの建設はまず不可能になる。
こっちには良くて、あっちには苦いようでも、
なんらかの道筋をつけていかなければいけないのだ。
昭和46年当時の経済状況はいまとまったく違っていたし、
その後の見直しでは微調整しかできなかったとしても
それも仕方がないような気はする。
未来を予測することは困難であり、
誰も貧乏くじを引きたくない。
そして自分と比べて、自分以上の者は許せない。
かくて声が大きく、力のある者に有利になってきた、
ところもあるかもしれない。

マスタープランは大枠の計画なので、
道路や河川といった個別の事業は、
それをもとに担当部署で具体化すると県は言う。
しかし、担当課で何かを新たに起こそうとすると、
マスタープランとの整合性が問われる。
開発と抑制のせめぎ合いがプラスのエネルギーになればいいが、
お互いの責任逃れに終始することもあるだろう。

これが検討案であり、
住民参加の方策として説明会を開きましたと言われても、
納得できない人は多いと思う。

都市計画の進行管理が最後に挙げられているので、
私たちはこの推移だけはきちんと見守る必要がある。
進行管理の方針として、
・人口減少の傾向がみられる中、都市開発等の要請に対しては、
施策を実施し、検証しながら、都市計画を進行管理していく。
とあるのだが、これ、本気で書いているのか、
一種の逃げであろうか。
もっと調査研究の必要性を感じる。





2014年3月22日 (土)

未来農業のヒント!

熊本県農業公園で、
農業公園散策 食の名人まつりというイベントがあり、
農業シンポジウムもその中にあった。
そこで木之内農園会長の木之内均さんの講演を聞いた。

消費者は自分が食べている農産物について
ほとんど何も知らないのに、生産地や値段という情報には
やたら詳しい。また、誤った評価を勝手にしていることも。
ヨーロッパでは、農業の大事さと同時に大変さも理解している。
農業に対する認知度が高い。
というような話が導入部。

NHKの朝ドラ「ごちそうさん」も、いよいよあと1週間である。
食をテーマに、戦争の時代にいかに国民が耐え忍んだかの話。
戦争という状況を見事に受け入れるばかりの
主人公たちに少しだけ違和感を持った。
ドラマとしては面白いエピソードもたくさんあったし、
キャラクターも粒ぞろいであったが、
もし次の戦争が来たら、やっぱりこういうふうに
私たち日本人は我慢して乗り切ってしまうのだろうか。

食が人間を豊かにする反面、
食糧の確保のために戦をやって来たという側面もあるよな、
というようなことを考えていたところだった。
ヨーロッパの人はなぜ農業のことを真剣に考えているか、
それは歴史的に、常に戦争をやっていたので、
食糧の安定が非常に大事だったと木之内さんは解説された。
島国とは地理的状況が違う。
農業・農地は努力して守るものという認識が普通である。

日本だって、戦国時代までは
狭い国内だからこそ、食うか食われるかだったとは思うが。
そういうふうに歴史を学ばなくてはいけなかった。

6次産業化だけでは世界に対抗できない、とも。
農業を核にして、あらゆるものを取り込んで価値を創るべき。
保守には攻めの姿勢が必要なのだと実感。
それこそ、真の集団的自衛権であるべきではないか。
戦争をしたがるという意味ではなくて、
新しい解釈の言葉にしたいものだ。

あと、本題には関係ないが、荒木市長の話の中で、
夜間人口が昼間人口の2倍ほどあることが
ベッドタウンとしての合志市を象徴しているということだったが、
それは一面的なものの見方である。
私もその実態が知りたくて、少し調べたことがある。
あまり正確な記憶ではないが、実際には
市外から、合志市内に働きに来ている人たちも多いので、
居住地という枠を外した交流人口というくくりでは、
夜の方が人が多い合志市とは言えないのではないかと思う。
誰かきちんと調べてみませんか。
つまり昼間しかいない人たち向けにやれることもある。

シンポジウム会場にはあまり人がいなかったが、
農業公園全体では、小さい子ども連れの家族が多かった。
彼らを完全に取り込む術をまずは編み出すことが一番だろう。
















2014年3月21日 (金)

卒園式、卒業式

3月19日 火曜日

杉並台幼稚園の卒園式に出席。
途中、嘔吐した子がいたのだけれど、
日頃慣れてるのかもしれないと思うものの、
先生たちの処置の手際よさに感服。
その連携を見ていると、
職員のチームワークが感じられて、
園の教育方針とともに安心して預けられるという印象が残る。
長男が通ったのは、もう20年も前のことだけれど、
この幼稚園に通わせることができて良かったと
改めて実感した。

それにしても、子どもたちのお別れの歌には弱い。
毎年ぐっと来てしまう。
泣きじゃくる子もいたけれど、
どういうところで卒園を悲しいと感じるのだろうか。
6歳ぐらいで感じる悲しみの実体がつかめない。

3月20日 水曜日

合志南小学校の卒業証書授与式。
昨年一昨年にも増して、AKB48みたいなブレザー姿の女子ばかり。
しかしそれにも、こちらが慣れてしまっている。
別れの言葉は、構成詩というか一人ひとりが発表してつなぐスタイル。
途中にコーラスが入るのだが、
なじみのない曲で、個人的にはあまり盛り上がらなかった。
それより、退場する6年生を送る器楽合奏の方がよかった。
タイトルを思い出せないが毎年同じ曲だと思う。

校歌は下級生や保護者来賓も一緒に歌うが、
今年は子どもたちの歌声の大きさに驚く。
歌い終わって、咳をしてる子が多かったのには、
つい頬が緩んでしまった。

笑顔をたくさん見ることができたのもよかった。
中学生になる不安もあるとは思うが、
なるべく楽しく仲良くやっていってほしいものだ。

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泉ヶ丘体育館の隣で満開の山桜(正確な種類は知りません)。
帰りに撮影。





2014年3月20日 (木)

子ども・子育て会議

3月18日 火曜日

議会広報委員会。
来月発行予定の2月議会分の編集会議。
公務員受験の専門学校に通っているという女性が
傍聴に訪れた。
本会議はともかく、委員会それも広報委員会を
傍聴しようという気持ちになってくれたことに感謝したい。
せっかくだからと、紙面について
市民目線の感想、意見を聴いたりして実に有意義でした。

午後は、子ども・子育て会議を傍聴。
「子ども・子育て支援事業計画」策定にかかるアンケートの
集計結果報告が出ていて、大まかに解説解釈がなされた。

就学前児童用と小学校児童用の2種類があり、
まず、驚いたのはその回収率の高さである。
就学前で、調査票配布数:2,000、回収調査票:1,176、回収率:58.8%
小学生で、それぞれ1,000、595、59.5%である。
中身は結構細かい設問が続くので、
協力いただいた保護者のみなさん、大変だったと思う。

就学前児童について、
現在、利用している、利用していないにかかわらず、
平日の教育・保育の事業として「定期的に」利用したいと考える
事業をお答えくださいという設問で(複数回答可)、
1番多かったのは認可保育園 67.1%、
で2番目に、幼稚園 44.2%、
以下、幼稚園の預かり保育 23.2%、認定こども園 18.0%が続く。
合志市には、幼稚園は民間の3園しかなく、
幼稚園に入れたいが競争率が高いという声を聞いたこともある。
幼稚園の預かり保育の希望が多いのは、
そのまま幼稚園へ入園できるからではないのか。
複数回答ということもあるかもしれないが興味深い結果である。
それと同時に対応のむずかしさもあると思う。

詳細な分析を加えた報告書は、
来月発行される予定。





2014年3月19日 (水)

オー・マイ・ホームタウン

3月17日 月曜日

大津町議会の傍聴に行く。
ちょうど、佐藤真二議員の登壇前だったので、
金田英樹議員と併せて、二人の一般質問を聞くことができた。

議員席と傍聴席が近いので、
最初ちょっと緊張してしまったが、すぐに慣れた。
質問のやり方も、合志市とは少し違う。
それぞれの良さがあるのだろう。
町長の平成26年度施政方針が出されたのと、
教育長が代わられたばかりということで、
それぞれに対する質問が際立った。

教育長は正式にではないが、
自分の考える大津町の教育行政について
思いを語っておられたとのこと。

Photo

JR豊肥線の肥後大津駅の駅舎を出ると、
懐かしい駅通りが目の前に伸びる。
中学生のとき、スケッチ大会でこの構図で描いた。
とはいえ、昔の面影はまったくない。
突き当たりは、昔、市原一心堂という煙草屋だった。
もう引退されたけど「名も知らぬ駅」のマスターのご実家。
分かりにくいが、この通りをそのまま真っ直ぐ
延長する工事中です。

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駅を出て、俵山方面を望む。
JRの駅があり、昔から交通の要所であったことは、
元宿場町の大津の、他では得難い優位なところである。
小学校に入ったばかりのことだっただろうか、
生家の隣にあった銭湯の兄ちゃんの新聞配達にくっついて行って、
ちょうど、飛び込み自殺直後にここを通ったことがある。
日本通運の専用ホームもあった。

乗降客は高校生を中心に多いと思うが、
駅があることを活かすことは、簡単ではない。


2014年3月18日 (火)

ラストコンサート

3月16日 日曜日

西合志東小学校オーケストラ部
第6回ラストコンサートを聞きに行く。
合志市総合センター ヴィーブル。

九州大会、全国大会の壮行会のときよりも
余裕というのか、うまくなっていた。
これが成長というものか。
6年生は卒業直前ということもあり、
やっぱり高揚感もあるのだろう。

保護者のステージも今年は素直に良かったと思えた。
受け止める自分の気の持ちようなのだろうか。
今年は、議会広報の写真撮影という仕事もあった。

後半「パリは燃えているか」では、
子どもたちにどこまで理解できているだろうか、
と思っていたのだが、音楽の力であろう。
多分、伝わるものがあったと思う。
完成度ではなく感性度だ。

喜歌劇『サーカスの女王』では、
パワーはないものの、こんなにうまいのかと感心。
そして『ロシアの皇太子』。
このメンバーでこの曲が聞けるのもこれが最後か。
なんて感傷を子どもたちは笑って吹き飛ばす演奏を聞かせてくれた。
「悲劇」のストーリーなのにね。

部活動は、学校教育の一環である。
その成果を数量で示すことはできない。
大会での入賞が一つの目安になることはあっても、
それまでの過程も大事だ。
遠征費の一部を市の予算から支出していることもあり、
合志市の代表という重責もあったかもしれない。
そんなことを考えずに、
演奏だけを楽しむことができたらいいんだけれど、
これは私の性分なので。

会場に居合わせた人たちは、
形にはならないけれど、大きな宝を共有できたと思う。
諸事情で来ることができなかった人たち。
会場のキャパシティもあるけれど、
本当にお気の毒様でした。







2014年3月17日 (月)

発表会

3月15日 土曜日

合生文化会館教室発表会に出席、観覧。
生涯学習は文化的なものとスポーツとの両方がある。
つまり生涯学習は、健康づくりにも通じるのだ。
人と集い、子どももお年寄りも関係なく、学ぶ態度。
態度とは固いかもしれないが、
何かに向かう気持ちをそう呼ばず、他に何と表現すればいいだろう。

友遊料理教室と
おもてなし料理教室(一応男女に分かれている)のコラボ作品。
出来立てで、湯気が。
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太極拳。
Photo

ふるさとクラブの干支にちなんだ毛糸の馬。
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ふるさとクラブでは、メンバーがちょっと得意なことを持ち寄り、
それぞれが先生になって、教え合うのだそうだ。
おそらく全国各地でこういう活動が行われているのだろう。
国としての豊かさは、こういうものが大きい意味を持つ。




2014年3月16日 (日)

保守思想の基本認識

元日の熊日に、
政治学者 中島岳志さんとノンフィクション作家の柳田邦男さんの
対談が載っていた。引用すると、

柳田 今の日本は科学技術の限界を直視しないまま、
技術で原発事故を乗り越えようとしている。
でも技術者や事業者、政府がどんなに安全だと保証しても、
人間がつくったものは必ず壊れる。これは歴史の教訓です。

中島 人間がつくったものは必ずほころぶというのは、
僕が考える保守思想の基本認識です。
人間は不完全な存在で、人間が営む社会も過去、
現在、未来を通じて不完全でしかあり得ないと考える。
完全な原発、万全の対策とは口にできないのが保守。
その意味で安倍晋三首相は保守ではない。

人間がつくったものに限らず、
自然界にあっても壊れないものはない。
そればかりを気にしていては渡世できないけれど、
壊れたときのことをまず考えていなければならない。

よく「安心・安全」と言うが、
それも言葉に逃げている感じがする。
これは何度も書いている。

安倍首相は、政治家の言葉として、
内心は信じていない安全を保証しようとしているのか。
それとも、本当に大丈夫だと信じているのか。
前者であれば、万が一を大きく想定すべきだし、
後者であれば、早く職を辞すべきだろう。




2014年3月15日 (土)

竹富町:生きた公民教科書

沖縄県竹富町の教育委員会が、
地区協議会の選定した中学公民教科書を使わないことに対して、
文部科学省から、直接是正を要求された。
史上初らしい。

たとえ違法状態と見られようと、
教育委員会はこれくらい、独立性を持っていてもいいのではないか。

別の教科書とはいえ、検定は合格しているのだろうから、
違法状態と断定するには隙があるような気もする。
素人考えかもしれないが。

憲法にまで遡れば、自費(寄付らしい)で購入することが
違憲だとは言えなくなるから、
国も裁判になど訴えたくないはずだ。
だから、憲法を改正しなくてはいけないと
本音を言ってしまえば楽になるだろうに。



2014年3月14日 (金)

続・パークアンドライド

昨日のパークアンドライドのファイルに
平成12年11月12日の熊日論壇のコピーがあった。
永六輔さんが「熊本から自転車の街づくりを」と書いている。

全国の駅周辺で自転車の迷惑駐輪は
自転車を電車で運べないから。
また、駐輪禁止ではなく、自転車捨て場として、
感謝の言葉とともに、他で役立たせてもらうと書いたらどうかと。

「熊本が、日本でただ一つ、自転車を運ぶ鉄道がある街だからです。
熊本を、日本一、自転車が走りやすい街にしてください。
それは同時に、ベビーカーや車いすにとっても、
日本一便利な街です」と続きます。

また、あちこちの街路にある花壇をやめて、
その代わりに野菜を植え、町を農村化したらどうかという提案。
また街路樹を果実のなる木にする。
これはいくつかの市で行われていて、
地元の小学生が収穫まで管理しているそうだ。
今も続いていればいいな。

忘れたころに読むと、こんないいアイデアがあったのだと
新たな発見がある。これがスクラップ&ビルドである。
ちょっと違うかな。

自転車のまちづくりも、
熊本市では少しずつだけれど進められてきた。
駐輪場の整備でも一定の効果が出ているようだ。
バリアフリーも、認識だけはあるようだし。

それが、あれから14年目ということだろう。
遅くても歩みを止めずに行きましょう。


2014年3月13日 (木)

パークアンドライド

自宅内で部屋の引っ越しをしたので、
いろんなものを処分しつつ、
忘れかけていたものが日の目を見ることにもなった。

2000(平成12)年秋から、翌年にかけて、
JR豊肥線沿線で、パークアンドライドの社会実験が行われ、
武蔵塚、原水、大津のそれぞれのワークショップに参加した。
で、そのときの資料のファイルが一部出てきた。

当時は、まだゆめタウンも光の森駅もなく、
武蔵塚駅とニコニコドー武蔵ケ丘店の駐車場利用が
メインであった。
現在、パークアンドライドが社会的認知を得られるようになったのは、
あのころ、あまりうまく行ったとは言えなくても、
社会実験をした意味が少しはあったのかもしれない。


2014年3月12日 (水)

バスの乗り方教室

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3月11日 火曜日

おとなのためのバスの乗り方教室。
受講者は5人でしたが、
企画課の坂田君による
「みんなで支え育てよう地域公共交通」の話と、
熊本電鉄の小田原部長による
バス事業のさまざまな取り組みについては
具体的で、ためになる話を聞くことができました。

熊本電鉄の「乗ってみよう!熊本電鉄」の電車編は
すでに発表済みですが、
近々バス編が出るそうです。
地域の全戸配布とともに、意見を聴くように努めるとのこと。
どぶ板営業でがんばるという見上げた根性です。
応援します。

今日初めて知ったのですが、
Day Timeパスというのが新発売されたそうです。
その名の通り、午前9時半から、午後5時までしか使えませんが、
年齢に関係なく、1か月5000円。しかも日曜日は時間無制限。
ただし平日は、午前9時半より前に降りたり、
午後5時より後に降りようとすると通常料金になるそうです。
注意が必要です。

今回は個別に20軒ほど案内に伺いました。
告知の方法は工夫の余地ありですけど、
こういう教室は細々とでも継続することが
大事だと気持を新たにしたところです。


2014年3月11日 (火)

自己表現、自己表現

古いスクラップに
1991年(平成3年)の讀賣新聞のものがあった。
詩人の長田弘さんのインタビュー。

「就職試験なんかにも出てくるんですが、
自己表現が大事だと言いますね。
あれはおかしい。
自己表現、自己表現と言っているうちに
言葉はやせてくるものです」


ただただ饒舌になるだけで、内容は空疎。
言葉とは自分で作り出せるものではない。
そこが分からずに、自己表現しようなどと思うから、
そうなるのだと詩人は言うのである。
と記者(省)氏はまとめる。

「言葉とは、自分で作り出すものではなく、
受け取ったものを手渡していくものだと思う」

これは、長田さんの言葉。

歴史から学ぶと人は気安く言う。
しかし、歴史とはつまるところ言葉である。
言葉をよく受け取るのはむつかしい。
手渡すのもむつかしい。
と記者(省)氏は結ぶ。

この記事が書かれてから20年以上、
記者(省)氏は、まだヨミウリに残っているのだろうか。

やせた言葉とは逆に
太った言葉というのも、ちょっとどうかな。
そこで健康な、とか健全な言葉というとさらにまずいみたいな。

豊かな言葉。
選ばれた言葉。
言葉で思考は作られるものだけれど、
その組み合わせで、深くも浅くもなるものだ。

先達の思想を学び、受け継ぐことで
いまの自分があることを謙虚に受け止める。
これも少し、きれいにまとめすぎているように思う。


2014年3月10日 (月)

合志1301年目

3月9日 日曜日

平成25年度黒石コミュニティの学習発表会に行った。
日舞、フラダンス、太極拳、暗算など
たくさんの発表が繰り広げられ、
最後にコーラスの人たちと一緒に「故郷(ふるさと)」を合唱した。
その前日は、合志中学校の卒業式で、歌った曲。
定番と言えるかもしれないが、
都会でも歌われとるのだろうか。

もはや、ウサギを追うこともないし、
コブナを釣ることもない。
しかし、歌詞では象徴的にそれが書かれているのであり、
「故郷」という言葉で、各自のふるさとを思い起こすのである。

もともと黒石は400年近いの歴史を持つコミュニティである。
私の母方の祖先が住み続けてきたことを思うと、
実に感慨深いものがあるが、40年ほど前から、
そのまわりに新しい住宅団地が立ち、人口が増えてきた。
そしてそこに移ってきた人たちも次第に年を取っていくなか、
いままた、新たな新たな世代がやってくるようになった。

黒石を故郷として育った子どもたちで、
いまは別の土地で自分の子どもを育てている人も多いだろう。
昨日、一緒に合唱しながら、
年輩の人たちの中には、
実際に生まれ故郷でウサギを追った人もいるかもしれないなと
思ったことだった。

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「こころざしをはたして いつの日にか帰らん」
ここで、志を抱けた時代はよかったなどと言っては、
話は終わってしまう。
今年は、いよいよ1301年目になる「合志」という命名。
帰ることが定住となるかどうかは別にしても、
いつでも、懐かしく戻りたい気持ちにさせてくれる土地であればと思う。

かく言う私が生まれ育ったのは、お隣の菊池郡大津町である。
たまに何かの用事で訪れると、
通りや家並に昔の面影がほとんど残っていなくても、
やっぱりその居心地の良さに包まれる。
それはそれ、いま住まう場所としての合志市のことを
普段は第一に考えているわけだが。

政治課題としての住宅政策は、
やっぱり芯にハートを持っていなくちゃね。





2014年3月 9日 (日)

卒業証書授与式

3月8日土曜日

合志中学校卒業証書授与式に出席。
荒木市長の挨拶文が、副市長により代読された。
印象に残ったのは、
鮭が川を下り成長したあと、再びもとの川に戻ってくるように、
ふるさとに帰ってきてください、との部分(大意) 。
やっと、そういうまちづくりの方向性に気づいたのかという思い。
本人は以前からそういう考えだったと言うかもしれないが、
それが公で語られた記憶はない。
私の覚えが悪いだけかもしれないが。

本日、合志市長選挙告示。

ときに、中学校の卒業式に
継続的に出席できるのは議員の特権ではあるが、
卒業生たちはもちろんのこと、
保護者も子どもたちが卒業すれば、学校と直接的な関係はなくなる。
市役所の職員も教員も異動があるので、
教育委員や民生・児童委員を長く務める以外では、
子どもたちの移り変わりを見守ることは、
市民の代表としての役割でもあるのだなと思った。




2014年3月 7日 (金)

バスの乗り方教室

3月11日火曜日、
合志市泉ヶ丘市民センターで、
「おとなのためのバスの乗り方教室」という講座を開きます。
前々から、市民の自主講座をやりたい気持ちがあったのですが、
腰が重く、やり方についてのノウハウもなく、
例のごとく先延ばしにしていました。

自分で作ったコピーは、
「バスってこんなにベンリなの!?」
「バスのかしこい使い方など」の2本。

高齢化が進む中、
年を取ったら車に乗れなくなるから、
公共交通機関のお世話になるだろうと言うひとは多いです。
しかし、そういうとき私はいつもこう言います。
「いま、乗っておかないと、
いつまでもバスが走ってくれてるかどうか分かりません。
一度なくなった路線の復活はかなりむずかしいです」

「いつまでもあると思うな、バスと健康」
「バスと家族」のほうが、よりシビアかな。

昨年12月のバス運賃値上げにかかる公聴会では、
バス事業者の努力不足を指摘したので、
そう言った手前、私も自分のできることをやってみようと
いうわけです。

来週3月12日火曜日、
合志市泉ヶ丘市民センター2階研修室Aにて、
午後1時30分より、午後3時までです。
入場無料。
お誘いあわせの上、ぜひお出で下さい。

熊本電鉄の小田原部長と、
合志市役所企画課坂田さんが、お話してくれます。


2014年3月 5日 (水)

リサイクルという免罪符

昨日は、ヴィーブルで行われた

合志市の環境美化推進委員会議に出席。
この1年、泉ヶ丘の1町内で、ごみの減量化と
環境美化に関する活動をしたと
胸を張って言えるほどのことはやっていないが、
ごみステーションのカラス対策で、
生物をチラシや新聞等で見えないようにして、
ごみ袋に入れて出してくれという啓発はやった。
これも、その分、資源になるかもしれない紙類を
燃やすごみに混入させたと言えないこともないのだが。
あと、資源ごみと埋め立てごみの袋への記名の徹底。
これは泉ヶ丘自治会全体での取り組みであったが。

合志市が掲げるごみ排出量の20%削減は
市民1人当たりに換算しても達成されていないので、
来年度はさらに力を入れるようである。

先日閉会した合志市議会定例会でも、
総務常任委員会からの議員提出議案として、
「容器包装リサイクル法を改正し、
発生抑制と再使用を促進するための法律の制定を求める意見書」
が提出され、全会一致で可決した。

容器包装リサイクル法ができたとき、
私はそれが新たな利権になりはしないかと思った。
リサイクルは大事なことだが、
そのために多額の税金が使われる。
ペットボトルは確かに便利だけれど、
もともとリサイクルにそれほど適していない。
ペットボトルに入った商品の購入消費を減らすことの方が、
よっぽど世の中のためなのであるが、
便利さを捨てることはむずかしい。

ごみ袋の有料化と同じように
本来は消費者の目に見える負担を求めるために、
消費税みたいな形にすべきではないかと思う。

今回の意見書では、そこをソフトに、
「容器包装の拡大生産者責任を強化し、
リサイクルの社会的コストを低減するため、
分別収集、選別保管の費用については
消費者の負担増にならないよう検討し、
製品価格への内部化を進めること」
としている。

いずれにせよ、ごみは資源であると言いつつ、
リサイクルを免罪符としないことである。
また、「誰かが減量するだろう」もご法度である。








2014年3月 3日 (月)

内田先生の農政について

内田樹さんが、農政について書いていた。
同感である。
農業、医療、教育を経済の原理で考えるなということである。

コピペしようと思ったが、長いので→リンク 

食糧の安全保障のためには、
国内での生産手段を確保しておかねばならない。
だから生産基盤を残すために、安価な産品を輸入する代わりに
安全で高級なものを輸出すればいいではないか、となる。
いざとなったら、米やイモに切り替えればいい、
なんて、ことはそう簡単には行かないだろう。

今日、定例会の最終日、
退任する二人の部長から議場で挨拶があった。
その中で、奉職した当時、
経済課は農政担当の部署であったとの言葉があった。
約40年前、合併前の旧町は村から
町制施行して間もなく、主たる産業も農業であった。
農協の組織に経済連があるが、今となっては象徴的だ。

当時私は高校生だったけれど、
高校生の頃と自分がそんなに変わったとは思えないから、
40年前があまり昔のこととは思えない。
しかし、普通は40年もあれば、歴史的大転換があってもおかしくはない。
かく言う私も、
農家の息子は将来の就職の心配をしなくていいから楽だなと
中学生のときに考えたことがあった。

現在、合志市議会では文教経済常任委員なので、
議員として、予算や事務事業としては所管する立場であるが、
常になんか違うんじゃないかという思いは消えない。
もちろんそれは農政に限ったことではないのだが。







2014年3月 2日 (日)

聖徳太子の憲法十七条

昨年12月22日の熊日くらし面にあった
「雨の日も晴れの日も」に勝延寺前住職の吉津隆勝さんが
「『違い』を受け入れる『和』」という題で書いていた。

引用すると、

「人みな心あり、心おのおの執るところあり」
聖徳太子の憲法十七条・第十条の一節にそうある。
条文の主な部分を現代語訳すると次の通り。

「人それぞれ思いは異なり、自分がこれだと思う考えがある。
人が良い、善だと思っても自分は認めることができず、
自分が良い、善だと思っても人は認めようとしない。
私は必ずしも聖者ではなく、他人もまた必ずしも聖者ではない。
共に凡夫なのだ。
誰がどうして善悪の理を決められるだろう」

自民党の憲法改正草案(改正という語自体がおこがましい
という意見はこの際置いて)は、
こういった歴史に学んだほうがいいと思うが、
何しろ、戦後レジームしか頭にない人ばかりである。

謙虚になれば、
私の意見だって、自分で正しいと思っているだけかもしれない。
いや、間違いなく間違ってはいないと思うのだが、
そういう態度はよくない、お互いに認め合わなければいけない。
と言ったって、現実にはそんな譲り合っていても
前に進まないことは多い。
そういうときは、立ち止まって、前進は善かと
問うてみるべきである。
ただ、前進か後退かも主観によると言われそうだが。







2014年3月 1日 (土)

子ども劇団第13回公演

ヴィーブル子ども劇団第13回公演
「未来へ~竹迫観音のクスノキ」を見に行く。

子どもたちの学校での遊び場をめぐるいさかいと、
学級ではクラスマッチが大事か、
それとも伝統ある地域行事のけいこかという対立が、
お話に説得力を与えていたと思う。
構成自体は目新しくはないけれども、
30人の子どもたちが、舞台の上で動き回り、
しっかりとした発声をして自己を表現することを学んだ
成果と言うことができるだろう。



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