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2014年1月 2日 (木)

『ロング・バケーション』の意味

大滝詠一は、シンガーとしての名前であり、
プロデュースなどのアーティスト全般では、
大瀧詠一としていたと思う。「滝」と「瀧」の違いである。

その大滝詠一が、ビッグネームになったのは、
『ロング・バケーション』というアルバムのおかげである。
とてつもなく売れたので、多くの人の記憶に残る作品となったし、
その後の大瀧さんの活動がやりやすくなったとも言える。

大ヒットしたということは、それまでのファンとは違う人に
受け入れられたということであるから、
人によっていろいろなことを想起するだろう。
たとえば、こういう人もいる。
田中俊英さん(一般社団法人officeドーナツトーク代表)→リンク 

引用すると、
「僕にとっては、「バブル経済(前夜)」あるいは「80年代」の
象徴的歌手として記憶にある。
言い換えると、日本が「総中流社会」の最高潮だった時期を
象徴するアーティスト、僕にとってはそれが大瀧詠一であり、
より具体的には「ロング・バケーション」
(後のキムタク&山口智子ドラマではなく、大滝の代表作)だった」
ということである。

どういう印象を持とうが、ひとそれぞれである。
その人の人生が反映されるものなので、
この『ロング・バケーション』の受け入れられ方を研究することは、
学術的に非常に意味のあることに思われる。

要は、大滝詠一の『ロング・バケーション』を引き合いに出して、
別の結論に持っていくということが妥当かどうかということだ。
田中氏は、そういう思考過程をたどったということなので、
これは他人がどうこう言うことではない。
しかし、どうせなら、自分の思い出の表面だけで語らずに、
『ロング・バケーション』が作品として成立した時代背景とか、
なぜ受け入れられたのか、日本経済の状況とか、
社会が向かおうとしていた先をもうちょっと考察してほしい。

見方を変えて、音楽作品としてだけの評価というものもある。
はっぴいえんど時代からの作品をきちんと聞けば、
そこには洋の東西を問わないポップスの歴史がそこにあることもわかるし、
まさに時代を切り取る若者の鋭いまなざしと批評精神があったからこそ、
いまでも伝説のバンドと呼ばれるのである。
メンバーのその後のマスメディア的な成功を批判することは簡単だ。
しかし、若者の生き方として見るとき、
もちろん時流に乗った部分はあるにせよ、
彼らの表現に対する態度は、常に前向きであり、
社会に対する挑戦を続けていたのである。

受け手には、いろんな人がいただろうが、
彼らの音楽をただ消費するだけではなく、
そこに至る彼らの問題意識を、汲みとることが出来たなら、
その人のその後の人生も変わったのではなかろうか。
アートが必要とされる一つの理由がそこにある。

大瀧さんは、NHKのFMで、アメリカン・ポップスの歴史を
独自の切り口で読み解く番組をシリーズ化していたが、
シンガー、ソングライターにとどまらず、
流行歌に過ぎないと思われがちな音楽に反映される時代を
分析、考察、研究していたのだ。
そういうことも知ってもらいたいと思って、この文章を書いた。

もちろん、ポップスなので、
楽しい気分に浸ったり、リラックスするためだけに
聞かれていたとしても、それはそれでいいのだが、
それを単純にアーティストと結び付けてしまってはいけません。









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