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2014年1月の26件の記事

2014年1月31日 (金)

クール・ジャパンの原点

元CBSソニーの洋楽ディレクターだった野中規雄さんが、
熊日に「ロックをたしなむ」というエッセイを連載していた。

その中に、チープ・トリックについて書いた回があった。
日本では本国である米国より先に人気に火がついた彼らが、
来日するとき、そのライヴを録音してレコードにしようと企画した。
その『チープ・トリックat武道館』は、日本限定発売だったのに、
米国のラジオで紹介されるや大反響を呼び、
逆輸入され、400万枚の大ヒットになった。

野中さんは書く。
「結果的に私のキャリアの代表作となったのだが、
狙ったわけではない。
『少女たちの喜ぶ顔が見たい、
記念品を作ってあげよう』という思いで制作しただけなのだ」

無欲の勝利というわけではないと思う。
野中さんは音の職人でありたいと願い、
レコード業界という製造業界の端くれで、
そのチャンスをうかがっていたのだ。

"I Want You to Want Me"という曲で、
スタジオ録音ではエコー処理されたヴォーカルのリフに
感極まった少女たちが、コーラスで応えるという情熱の発露。
そういうところが、米国でも人々を惹きつけたのではないだろうか。
メード・イン・ジャパンがライジング・サンだった時代。
クール・ジャパンの原点と言えるのではないか。




2014年1月30日 (木)

公文書の保存管理は歴史に対する責任

昨年の11月19日の熊日に、
政府の公文書管理委員会委員長を務める東大名誉教授
御厨貴さんのインタビューがあった。

「日本ではもともと公文書の取り扱いがいいかげん。
だから隠そうという話にもつながる。
敗戦後、当時の大蔵省や陸軍は、都合の悪い史料を焼いた。
その経験から公文書は最初から残さなければいいとなり、
戦後は極端に減った」と御厨さんは語る。

戦争で負けた方は、あまり残したくないのが人情だとは思うが。
確かにかさばるとはいえ、役所ではいかに残さないかで、
文書管理のルールが出来上がっているという心当たりあり。

「公文書を大事にしないのは、歴史に対する責任感がないから。
今の政策決定が将来の国民も縛る。
その責任を問われたときに根拠を示さなければおかしい。
日本はまだそこまで考えていない」とも。

公文書を保存管理して、それを後の政策策定にどう活かすか、
その方法論自体を誰も学んでいないのではないか。
偉そうに言っても、私にも確たるものがあるわけではないが。
その研修がまず第一になるのだろうか。






行政視察研修

昨日、今日と議会広報調査特別委員会の行政視察研修で、
別府市議会と由布市議会を訪問した。

Photo
別府市議会議場。天井は高いが、
蛍光灯の本数が多いのか、やたら明るい。


Photo_2
由布市は現在、分庁方式で3つの庁舎に分かれていて、
議会は挟間庁舎にある。
研修を受けた全員協議会室の窓は見晴らしがよい。
由布岳を望む。

由布市議会では、昨日の臨時会で、
「由布市自然環境等と再生可能エネルギー発電設備設置事業との
調和に関する条例」(平成26年1月29日施行)が制定されたばかり。
リンク  

由布市では、いま50件程度のメガソーラー計画があるとのこと。
ガイドブックに「見渡す限りに広がる丘陵地帯。
手つかずの自然に囲まれた高原」と表現される塚原高原に
高速道を挟んで、20万㎡と90万㎡のソーラー開発計画のことが
議会だよりの一般質問で取り上げられていた。
市長は答弁で「景観は財産」と答えている。






2014年1月27日 (月)

秘密の存在

昨年11月17日の熊日「論考2013」に
津田塾大教授 萱野稔人さんが
特定秘密保護法案(当時)について書いていた。


この文章は「権力にとって秘密とは何だろうか」で始まる。
権力に秘密はつきものだが、
それは権力が「決定する」ことと切り離せないからであり、
何かを決定するためには、その判断材料となる情報が欠かせない。
だから、「権力を独占しようとする人間は、
情報をできるだけ独占しようとする」

メディアが発達する前は、情報は非常に限られた人たちのものだったが、
ネットの普及によって状況は劇的に変わったと続く。
そういう歴史的な背景があって、法案が作られたのだが。

罰則強化によって情報を囲い込むための壁は厚くなるが、
「そのためには秘密を指定しなくてはならない。
本来、情報を秘密にしておくもっともよい方法は、
そもそも秘密があるということすら
人々に気づかせないようにすることだろう。
ところがこの法律が成立すると、
秘密を守るために『秘密がある』ということを
公然と認めてしまうことになる。
秘密の内容はもちろん開示されないとはいえ、
秘密の存在そのものは開示されてしまう」

この逆説は、政府がこれまでのように、
秘密など存在しないがごとく振る舞えないという
強力な縛りにもつながるのだが、
そこで重要になるのが、「秘密の解除のルール」である。

政府は、秘密の指定が妥当かどうかを判断する機関を作り、
解除のルールも、先延ばし可能とはいえ、設けた。
権力を持った者は、いつまでも権力を保持していたいだろう。
権力の座を降りるということは、
都合の悪いことも明るみに出るということなので、
いつまでも、そこにいたいのだと思うが、
もし、本当に日本のことを思うのであれば、
いつでも、より良い方向に転換できるように、
決定そのものを検証できるようにしておくべきだと私は思う。

萱野教授が書くように。権力と秘密の関係が
現在大きく変化しつつあるのにもかかわらず、
罰則強化で、情報を囲い込むための壁を厚く高くすることしか
そもそも頭になかったのだとしたら、
歴史に低い評価だけを残すことになるだろう。






2014年1月26日 (日)

広報委員会

1月24日 金曜日

合志市議会広報委員会。

あらかた、まとまってきたものを、最終的な形に。

Photo

表紙のレイアウトが変わるので、
このパターンを見ることができるのはここだけ。

来週は、大分県の別府市と由布市の所管事務調査です。


2014年1月24日 (金)

ブログで伝えられるもの

このブログは、市議会議員としての活動報告がメインではない。
議員として何をやりたいかを書いているわけでもない。
他市の議員さんのブログを見ると、
ホームページ形式で、議員としてやりたいことを書いている人もいる。
振り返ると、私は特にこれといった主張もなく、
いや、ないわけではないが、それを明文化しているわけではない。
ブログは時系列での記録と閲覧が目的なので、
そのときどきの状況や考えは、よく伝えられると思うが、
継続的に取り組むテーマを掲げ、
それに沿った活動が出来ているか、とか
そもそも、その議員に基本的なところで賛同できるかということは、
いわゆるマニフェストみたいな形で、
いつでも参照できるようにしておくべきかもしれない。

ただ、検索ワードで訪問されることもあるし、
角度や表現、具体例を交えながら、
繰り返し書いていくことで、議員としての評価をしてもらえればと思う。
今日はふとそういうことを考えた。







2014年1月23日 (木)

地球温暖化に挑む

昨年の11月13日の熊日。
「地球温暖化に挑む 主要国インタビュー」は、
中国外務省の高風氏。

温暖化による中国の被害はという問いに、
「台風や干ばつなど自然災害の多発だ。
チベット高原の干ばつは特に深刻で、同高原を水源とする長江や
黄河で水量不足を招いている。
洪水など水害も増え、農牧業や社会生活、
生態系に著しい悪影響を及ぼしている」と答えている。

地球は温暖化していないと主張する人もいるが、
少なくとも中国ではそうは考えていないし、
経済は発展しているが、都市化に伴う開発で、
環境に巨大な圧力をかけているという認識がある。
温暖化と直線的な関連が、万が一にもなくても、
地球全体の環境に、よろしくない影響を与えていることは間違いない。

もちろん、中国国内でのそれぞれの部門の言い分もあり、
削減目標の一本化はむずかしい。
企業はCO2削減に反対しているそうだ。
新枠組みに対してカナダや日本は消極的だと指摘するとともに、
米国が参加しない場合、中国が加わるかどうか、
全く保証できないとも言っていた。

Photo

これは、わが家のペット、
段ボールコンポスト。
冬場は、温度が低いのでどうも不活性である。
ごみ減量と地球温暖化防止は、
日本のようにほとんどのごみを焼却する国では、
直接的に関係がある。
このコンポストに投入されるごみ(資源物)の特徴としては、
バナナの皮や、コーヒー豆の抽出殻がほとんどなので、
つまり、海外の水や土が、この箱の中で堆肥化して、
日本の土に還るということが挙げられる。
ほとんどグローバルである。




2014年1月22日 (水)

道徳の時間

去年の11月12日の熊日に、
「『道徳』記述式評価を」という記事があった。
文部科学省の有識者会議「道徳教育の充実に関する懇談会」が
正式な教科ではない小中学校の「道徳の時間」を
教科に格上げすべきだとする報告書案を示したとのこと。
検定教科書の使用や、
記述式とはいえ評価を導入することを求めている。


同じ日の社説には、
「子どもの心 評価できるのか」というのがあった。
引用すると、
「教育再生実行会議の2月の提言は
深刻ないじめが表面化したことを受け、
その対策として道徳教育の強化を打ち出していた。
いじめが人間の心の奥深くに関わる問題である以上、
道徳に着目することが的外れとは言えまい。
しかし、教師たちが国語や算数などのように教室で教え、
評価することでいじめが解消していくとは
想像しにくいのではないか。
何のための道徳教育か、
あらためて慎重な論議が必要だろう」

こう言ってはなんだが、
いじめ対策が国を挙げて求められたときに、
内心喜んだ人たちもいたのではないか。
道徳教育で、日本人の心を取り戻すことが必要だと
考えている人たちもいる。
ただ、日本人の心という一つのモデルを決定づけるものは何か。
たとえば、陰湿ないじめをしないということは、
日本人であろうとなかろうと、人種、国境を越えて問題である。
いじめ自体が、諸外国でも問題になっていることも
報道等で明らかになっている。

グローバル化、国際化、いろいろな表現はあるが、
片方で英語教育の低学年化を進めながらの、
道徳教育とはどうあるべきなのだろう。
人種という言い方もちょっとどうかと思うが、
肌の色や言葉、その他、見た目の特徴などで差別しない、
いじめないというようなことを学んだりするのだろうか。
そうなると、当然歴史問題、認識の違いなども、
どうしても関係してくるのではないか。

ことは道徳という教科だけが問題なのではない。
仲良くというのなら、人が嫌がることをするべきではないと言うのなら、
お互いさまであはあるが、
国際政治の場は、どう説明されるのか。
そういうことを議論する場としての授業がなされるのなら、
道徳の授業にも大義というものが生まれよう。
ただ、わざわざ別の授業を設けなくても
国語や社会や理科、算数でも学べることだとは思うが。


2014年1月20日 (月)

気づきうなずき合志市の植物

1月18日(土)

合志市男女共同参画気づきうなずきフェスティバルが開かれた。
これは、オープニングのひかりの森保育園児によるキッズダンス。


慈恵病院看護部長の田尻由貴子さんの講演、
「いのち~『こうのとりのゆりかご』が映し出す社会~」も
聞きたかったのだが、
ちょうど同じ時間、おなじヴィーブルの研修室で、
市民大学「合志市の植物」が開かれたので、そちらへ。

講師は、熊本記念植物採集会会長の東矢力也さん。
合志市には、高い山も海も川もないので、
合志市の植物と言ったって、特別なものはありませんと言われた。
これはなかなか示唆に富む発言である。
合志市の特徴、というか特徴のなさこそが合志市らしさだから。

しかし、開発だけではなく、人や物の交流は、
もともとそこにはなかった植物の入り込みをうながし、
繁殖力の弱い種は淘汰される。
ただ、動物に比べて植物の種類はあまりに多いので、
絶滅危惧種と言っても、動物ほど注目されないと、
先生はさらっといわれた。
長い時間の流れの中では、結構重要なことなんだけれど。

人間の営みを自然と対立するものと考えるかどうかは
いろいろな立場があり、人それぞれだろう。





安藤美姫の選択

昨年11月9日の熊日「現論」に宗教学者の山折哲雄さんが、
「安藤美姫選手の出産に思う」という文章を寄せていた。

結びはこうだ。
「安藤『騒動』が収束して気がついてみれば、
7年後の2020年には東京五輪が開催されることになった。
そのとき引退した後の安藤選手は
いったいどのような道を歩いているのだろうか。
願わくば、東京を遠く離れたどこかの大舞台で、
7歳になった娘さんとペアを組んだ安藤美姫さんが、
もう一つのフィギュアスケートの究極の姿を
われわれにみせてくれればいいな、と妄想しているのである」

スケートよりも自分のおなかの赤ちゃんを選んだ。
そのことの是非は、一流のスケーターだから余計
バッシングの対象にもなった。
父親の名を明かせないというのはおかしいだろうと言うのは簡単だ。
私もそう思わないではない。
でも、一人の女性がそれを選んだことを、
世間の常識とか、その社会的な影響力とかでどうこう言うのは、
やっぱりやめたほうがいいだろう、とぎりぎり考える。

それを愛の形と呼ぶことには、
その子が大きくなったときに、どう受け止めるかという課題もある。
結婚という形式だけが大事なわけではないとわかっていても。

もう去年の話題だけれど、
そのことに関する引っ掛かりは、
実は常に私たちが問い続けるべきことなのだ。
すぱっと切れる答えが出なくても、
人間という生物の社会と、個人や家族の問題として。
割り切れなくて余りが出る計算も
別に普通のことだろう。



2014年1月17日 (金)

(仮称)事業カルテ

吉田博編著『自治体事業~考え方・つくり方』(学陽書房刊)に
事業カルテについて書かれていた。
これは非常に役に立つので、ここに引用したい。
(「非常に」とは言うものの、実は日常的に役に立つ)

実際の事業について、組織としてその知識と経験を蓄積、
共有化して次に生かしていくことが大切である。

・事業のきっかけ
・参考とした事例
・企画、準備、実施の内容
・実施に向けた主要な会議や打ち合わせ
・地域の問題意識  実態と喚起の方法など
・関係団体等との連携内容とタイミング
・折衝や調整の内容
・苦慮した点
・成果が得られた要因
・突発的な事故とその対応など
・改善すべき点
・今後の方向
・写真

行政でよく見られるように、記録することだけが義務になる
管理ツール化は本末転倒であることを著者は戒める。
あくまで、情報共有化して活用されることが目的の
データベースがねらいである。

いまどきは、事業評価ばかりがクロースアップされがちだが、
こういう日頃の振り返りがルーティン化すれば、
さほど煩雑な作業とはならないのではないか。
もちろん、かっこつけて書いてはいけませんね。
正直に、的確に。



2014年1月16日 (木)

球磨川河川敷

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14日火曜日、人吉からの帰り道、国道219号線を下った。
球磨川の河川敷。
重機やダンプがミニカー並みに小さくて、
人間が自然に対してやることなんか、
ひっかき傷にもならないぐらいなのではないかと思った。
それでも、私たちは生きていくために、自然をセーブしようとする。
征服なんておこがましいことだ。
ほんのちょこっと、お邪魔していいですか程度。
しかし、それが積み重なると気候変動の要因にすらなる。
エネルギーを生み出すということは、
人智を超え、制御すらむずかしい。

でも、それなしでは最早、私たちの快適な生活は営めない。

Photo_2

瀬戸石ダム。上の写真の少し上流です。




議論を残す

まだまだ昨年の熊日が続く。

11月4日、夕張市長 鈴木直道さんのインタビューがあった。
財政再建中の不自由さの中で、前向きである。
総務省に働きかけて、市、道、国の三者が現場で協議して、
計画に反映させる三者協議の場を作った。

「夕張は、素っ裸になった中で何が必要で、何が必要でないか、
三者が考えられる唯一の自治体だ。
将来、夕張以外、あるいは日本全体が、こういう状態になった時のために、
どんな議論をして結論を出したのか残せる」

「もう一つ、行政サービスの最小限度がどこにあるかを
議論するきっかけになる。(中略)
市民は道民であり、国民。三者で議論して都市以外の地域が
持続可能な形やルールを見つけ出していきたい」

「どんな議論をして結論を出したのか」
それを形にして残すこと。
どこの自治体でもそういう認識で事業を行っているのだろうか。
「夕張みたいにはならない」は、合言葉かもしれないが、
なぜそうなったのかを含めて、見習うことは多い。
住民にしても、あそこまで行かなければ、
行政まかせの意識は変わらないのだろうか。









2014年1月15日 (水)

生き残った戦士の暗黒劇

昨年11月4日の熊日に、
小説「モンタルバン」の連載を終えた島田真祐さんが寄稿している。
見出しは「生き残った戦士の暗黒劇」。

戦死者が、「生前の諸事の相違は基本的には一切関係なく、
勇者であろうとなかろうと、
戦死者は戦死者であるが故に悼まれ、祀られる」一方で、
「生き残った元戦士たちはの場合はそうはいかない。
いかに過酷な戦場で奮戦し、艱難辛苦の末に生命を拾った勇士であろうと、
生者である限り悼まれ、祀られることはない。
彼らは生き残る幸運とひきかえに、
悼まれ、祀られる資格、権利を放棄せざるをえなかった。
しかも、それは自律的な選択ではないのである」

これは靖国神社にまつわる諸事に対しての痛烈なアイロニーだ。
悼まれ、祀られることが、生き残ったことと比べて尊いかどうかは、
特にその家族にとって、まったく受け止め方が違うかもしれない。
しかし、戦争の犠牲者とは戦死した人だけであるという、
そんな考えを持つ政治家を信じることができるだろうか。
もちろん、そう明言しているわけではないが、
戦争の惨禍について、深い思慮がないからこそ、
戦死者を悼み祀ることだけが、重要課題になるのではないか。




2014年1月14日 (火)

人吉海軍航空隊跡

Photo_2
Photo_3
人吉農芸学院は、人吉海軍航空隊跡にある。
佐世保学園は、旧海軍尼潟弾薬庫の敷地を転用していた。

今日、保護司として面接のために訪れた。
次に行くことがあれば、迷わずに行けると思う。


2014年1月13日 (月)

フォークルさよならコンサート

風呂を掃除しながら、ザ・フォーク・クルセダーズの
『フォークルさよならコンサート』を聞いた。
プロデビュー後のフォークルは、3枚のアルバムを残した。
1枚がスタジオ録音で、あとの2枚はライヴである。
当時のフォークソングの状況そのままで懐かしい。
『民謡大温習会』も素晴らしいギャグにあふれていて
(脚本は永六輔さん)、大好きだが、
つい最近やっと手に入れた最後のコンサート実況も、
選曲といい、会場の観客との一体感といい、
ライヴアルバムのオールタイムベストに入れられるのではないか。
ジャンル分けのむずかしい音楽でもある。
でも、批評精神にしても音楽性にしても、コメディとしても
優れた日本文化の承継と発露であることは間違いない。
欧米の音楽を消化しつつ、和製ポップスを発展させた。
クール・ジャパンの原点とはこういうところにあるのではないか。
それなのに、CDは廃盤のままである。
紙ジャケットもあったのだろうか。
ずっとその存在を忘れていた自分が悪いのではあるが、
日本人ももっと過去の作品を大切にしたほうがいい。
少なくとも、アーカイヴズとしては残されるべきである。



2014年1月12日 (日)

IPCC新報告書

昨年の10月30日の熊日に、
気候変動政府間パネル新報告書についての記事があった。

その中に、「寒冷説への反論」という部分がある。
IPCCは、温暖化説の学者で固められ、
原発利権の巣窟だとする意見の人もいる。
地球温暖化の原因物質である二酸化炭素の発生を抑制するには、
化石燃料に頼らず、原子力発電を推進するべきだという人が、
この温暖化説を採っていると言うのだ。
福島原発の事故より前は、
私なども無邪気に原発による電力は仕方がないと思っていたし、
地中深く、使用済み核燃料を埋めて処分することも、
国が安全だと言うから信じよう、と思っていた。
つまり現実から逃げていたのだが、
現実の問題から自分が逃避していることも
当然わかっていたので、なお罪深い。

記事によると、
産業革命以降の長期的な傾向で見た場合、
世界の平均気温は上昇を続けているが、
実は最近15年間はほぼ横ばいなので、
大気中のCO₂が増えているのに気温上昇がないのは、
温暖化メカニズムに矛盾しているということが、異論の根拠である。
それに対して報告書では「自然のゆらぎの影響と考えられ、
長期的な温暖化の傾向は明らか」と説明する。

自然のゆらぎというのが、科学的かどうか。
しかし、自然界には「ゆらぎ」で納得させられることもある。
人間の立てた理論がいつもぴったり合ってるというのは、
自然に対する冒涜に近いものがある。
ゆらぎというのは、よく分からないと言ってるわけだから、
そういう意味では謙虚かもしれない。

報告書執筆者の一人、東京大大気海洋研究所の本木昌秀教授は、
「氷床の減少、海に蓄えられる熱の増加など、
あらゆるものが温暖化の進展を示している」とし、
「いずれ温暖化は戻る」と語る。
戻らなくてもいいが、戻る可能性は高そうだ。

太陽活動が弱まり、寒冷化する恐れがあるという指摘は、
はっきりは覚えていないが、20年ぐらい前にはすでにあった。
太陽活動が低下すると、地球に宇宙線が入りやすくなり、
その宇宙線により大気の上層部の雲が増え、
地球を冷やすというもの。
IPCCは「宇宙線と雲との因果関係を示す明確な証拠はない」
としているが、太陽について長年研究している
柴田一成京都大教授は
「もし寒冷化すれば、深刻な影響を及ぼす。
学問の壁を越え、関係者で考えなければいけない」
話したと書いてあった。

だからと言って、二酸化炭素排出を抑制どころか、
余計排出するようにして寒冷化に対処しようとはならないだろう。
そこが、まだまだ人智の、今のところの限界である。
儚いものではないか。
特に、ちょっと(とはいえかなり寒いが)寒くなって、
それこそ、大寒波に襲われている米国東部のニュースを見ると、
つい、温暖化なんてどこの話だよと思いがちであるが、
局地的な寒冷化も温暖化のなせる業とする学者もいる。
映画『デイ・アフター・トゥモロー』の世界は説得力があった。
温暖化も寒冷化もどちらも起こり得るのが自然であると思う。








2014年1月11日 (土)

不戦の誓い

昨日の熊日朝刊に、
「自民『不戦の誓い』削除」の記事。
自民党が2014年運動方針の最終案を発表したが、
靖国神社参拝に関する項目で、
原案に記した「不戦の誓いと平和国家の理念を貫くことを決意し」
との表現を削り、新たに「(戦没者に対する)尊崇の念を高め」
との文言を加えたとのこと。

靖国神社で不戦の誓いはないだろうと、
ツイッターで突っ込んでいる人もいたので、
筋を通したということか。

ただ、産経新聞では「国の礎となられた方々に哀悼の誠をささげ、
不戦の誓いを決意し、参拝を受け継ぐ」となっているとなっているので、
その違いはどこから来るのか。

同調できなければ支持しなければいいというだけのことだが、
そのことだけで、他のすべてを認めないというのはどうか。
私の場合は合わないことの方が多いようだが。


2014年1月 9日 (木)

小泉今日子の1Q84

立ち読みなので、正確には覚えていないが、
雑誌「SWITCH2013年12月号」の小泉今日子と宮藤官九郎の対談。
対談と言うか、連載「東京百景」にクドカンが来た回である。
もちろん「あまちゃん」の話も。

私は年代に弱いので、ただ80年代だという記憶しかなかったが、
2人の話を読んでいると、時は1984年。
で、「あまちゃん」に出てくる当時の原宿の雰囲気とか、
天野春子役の自分と、あのころの自分との距離感があいまいで、
演じていて、パラレルに生きているような気分がしていた。
トシちゃんや松田聖子はいるのに、小泉今日子はいない世界。
と、そのようなことを、キョンキョンがのたまっていたのだ。

そこで賢明な読者は既にお気づきのことであろうが、
いきなり村上春樹の『1Q84』が思い起こされるではないか。
『1Q84』は現実の1984年と微妙にずれた1Q84年のお話だ。
宮藤官九郎が、そこまで結び付けていたとは言わないが、
私たちは、1984年をキーワードとして、
もう一度ねじれた並行世界を楽しむことができるというわけだ。

当時、物心がついていた人なら、
自分の1984年を重ね合わせ、もう一つの物語を紡いでみよう。
もちろん自分にまつわることである。
皆がそれを振り返ることで、
日本は正しい未来へ進むことができるかもしれない。





2014年1月 8日 (水)

正しい姿勢

昨日の熊日1面に安倍晋三首相の年頭記者会見の記事。
いわく、憲法に関し「時代の変化を捉えて解釈の変更や
改正に向け国民的な議論をさらに深めていくべきだ」とか、
靖国神社参拝について「真意を直接、誠意を持って説明したい。
前提条件をつけずに首脳同士が胸襟を開いて話をするべきだ」とか。

いまさらながら、政治家の言葉の上っ面の正しさについて思う。
この場合の正しさとは、間違いの反対語ではない。
私は朝からときどき、NHK第一のラジオ体操をするが、
なぜか、体操を始める直前のポーズを、「正しい姿勢」と言う。
なぜ、それが正しいとなるのか。
「気をつけ」と似ているが、運動前に「気をつけ」はないもんな。
つまり、多くの場合、政治家の言葉というのは、
その意味云々よりも、ポーズを取ることを表明するものである。

憲法の解釈変更はさんざんこれまでにやられたが、
一国の首相が、それを堂々と発言するのはどうだか。
そのあとには、「改正」という言葉が続く。
あなたの頭の中には、「政治的な言葉」しかないのか。
その意味するところを、ちゃんと考えたことがあるのか。
靖国神社参拝についての誠意ある説明とは何か。
そんな高飛車な態度を、誰が胸襟開いて受け入れようか。
言外に、はなから話をする気がないことを表明している。

ついでなので、今月24日に召集予定の通常国会の意義について
「目指すのは経済の好循環、収入アップの実現だ。
通常国会は『好循環実現国会』だ」と説明、とある。
気の利いたセリフを吐いていると自分に酔う人がそこにいた。
政治家がもっとも気をつけるべき「正しい姿勢」である。




2014年1月 7日 (火)

貨幣所得オルタナティブ

これも昨年10月11日の熊日の記事。
「世情の風~少子高齢化を歩く」という連載があり、
この回は豪華寝台列車「ななつ星」の運行を前に、
「旅行と収入格差」として、
高齢社会での資産や収入の格差についても触れていた。

地方経済総合研究所調査二部長 小田正さんのインタビュー。
熊本県内では年収100万円以下の高齢者世帯が4万4千、
全体の14・9%もあるが、生活は厳しいと思われるが、
「貯蓄や所得の少なさそのものの問題ではなくて、
月に10万円ないと基本的な生活ができないようになってしまったことが
本質じゃないかと思っています」と小田さんは言う。
経済の高度成長期以降、
貨幣経済が全国に浸透したことが原因ではないかと。
昔は産業の6、7割が農林水産業で大家族、
食べ物はほぼ自給、現金がなくても最低の生活はできていた。

確かにうなずけるところもある。
核家族や単身世帯が増えたことで、経済は成長してきたのだ。
経済とは貨幣経済、金融資本の経済であって、
自給自足とは正反対の世界である。
それに食糧は大量に輸入しているし。

ところでこれからが本題。
「核家族でマイホームを建て、ローンを払い終わり、
子どもが巣立つと空き家になるというケースが目立ちます。
100年(利用可能な)住宅を建てて、
引き継いで行くのが理想なのでしょうが」

100年住宅は、国土交通省も推奨していると思うが、
100年もつ家がどれだけ必要なのだろうか。
いま残っている築100年以上の家と
これから100年残そうと考える家は同じではないと思う。
引き継いで行ければ、どんな家でもよいのだ。
修繕、リフォームの次に建て替えが来てもいい。
つまり大事なのは、その場所、立地なのかもしれない。

これからの10年、30年における熊本の課題は何かと問われ、
小田さんは、こう答える。
「今、考えておくべきことは、人口減への対策です」

「熊本都市圏だけではなく郡部でも働く人を増やし、
出生率も上げていくには、貨幣所得がある程度少なくても
生活できる基盤を工夫することだと思います。
昔に戻れとは言いませんが。例えば、
空き家などの有効活用も考えるべきでしょう」

10月27日のくまにち論壇に、
熊本学園大社会福祉学部教授の小川全夫さんが書いている。
東京都稲城市では、高齢者による高齢者福祉施設などでの
ボランティア活動をポイントとして集め、
それに準じて介護保険料が減免されるという仕組みを作り、
今はそのポイントを現金として還付する方式になったそうだ。
これもその工夫の一つと言えるかもしれない。

行政に頼らずにやれることを
市民が考え実行することが一番だと私は思う。














2014年1月 5日 (日)

終の棲家feeling inside

昨年の10月24日の熊日夕刊、
川井龍介さんの「家の話は身の上ばなし▶8」に、
終の住処はどこなのかという文章があった。

70代で夫とともに神奈川県から東北地方の小さな町へ引っ越したY子さん。
その町はY子さんの実家があり、親戚もあるところ。
神奈川の自宅を売却、故郷に3LDKの平屋を建てた。
しかし、数年たって、いまひとつ地元のコミュニティーに溶け込めず、
自宅はそのままで神奈川にアパートを借りた。
その後、田舎に落ち着く覚悟を決めたが、夫は認知症になり老人ホームに。
Y子さんも心身ともに衰え、別のホームに入所。
その直後に夫は亡くなった。

住まい選びはいつも夫に従ってきたY子さん。
Y子さんの故郷で暮らすことに反対していればと思うこともある。
が、最終的には夫唱婦随でよしとした。

「その夫もいない今、ホームで暮らしていて、
時々神奈川に戻りたいと思うことがある。
それは都会の生活でもあるが、
夫婦で活動的に暮らした懐かしい時代だった。
心の中の終の棲家かもしれない」

手元に、12月議会の一般質問の反訳がある。
市の住宅政策と空き家活用について、質問というより、
演説に近いものだったが。
住まいは空間を意味するものだと思っていたが、
実は、時間をも包含するものであったということだ。
いや、住宅に限らず、人の記憶がかかわるものはすべて、
そういうものなのだろう。

とはいえ、住宅に関する時間の感覚は、常に年月であり、
普通それは住宅ローンとともにあるのではなかろうか。






2014年1月 4日 (土)

アンガ―泉谷

紅白歌合戦での泉谷しげるについて、
内田裕也が怒っていたと、PANTAが書いていた。敬称略。
泉谷は、私が高校生の頃、
フォークソングのコンサートの前座で熊本に来ていた。
いまとちっとも変らないその態度。
「黒いカバン」がコミックソングとして受けていたころ、
観客が手拍子するもんだから調子狂って、
手拍子やめろと叫んでいた。
先日の紅白でも、同じことを言ってて、私は苦笑い。

紅白で歌ったのは、「春夏秋冬」だった。
あれが一番売れた歌だし、毒気もほどほど。
初めて聞いたのは熊本市民会館だっただろうか。
いま思うと、全然自分と接点がないような歌詞なのに、
それって自分の人生とほとんど同じではないかと思った。
みんなそういう気持ちになったから、
誰もが知ってる曲になったのかもしれない。

最初に深夜放送で聞いて、すっかり引き込まれたのは、
「白雪姫の毒りんご」である。


いつも何かに怒っている。
それはポーズ的なところもあると思うが、
自分に正直になると、腹が立つことは多い。
でも、それって、自分を中心に考えるからかもしれない。
正しいこととか筋を通すということを
自分の経験や考えに基づいて判断するから腹が立つのか。
しかし、一般的、常識というのは
ある程度広い範囲で共有されているものではないか。
怒る泉谷が受け入れられているということは、
その怒りが何に向かっているのか、
そのことに私たちが無関心だということかもしれない。



2014年1月 3日 (金)

ラストリビング

10月22日の熊日「心身一如」に佐藤務さんが書いていた。
「元来、死は病気の延長線上に存在するものではなく、
健康の延長線上に存在するものです」
また「死は病ではなく生の一部であり、
治療ではなく予防の対象であり、終着駅ではなく旅の途上、
通過点ではないかと思います」とも。

人間として思い残すことのない自分らしい人生を
まっとうするためには、死の予防、

最後の生き方(ラストリビング)を前もって決めておくことだという。
そのためのヘルスプロモーション(積極的な健康づくり)は
分かるのだが、リスクリダクション(リスクを減らす)がよく分からない。
病気になるリスクを取り除くということか。

自ら危険を背負い込むことはないが、
健康の先には死があるというのは何だかなと思いつつも、
死が避けられないということを
健康なうち、というか、早くから自覚すべきだということだろう。
病気より確率的には小さいとはいえ、
事故というリスクもある。

目的地にすべての人がたどりつけるわけではない。
その途上で、小さな満足を積み重ねていくことだろうか。


2014年1月 2日 (木)

乗ってみよう!熊本電鉄

去年の暮れに西合志図書館で、
「乗ってみよう!熊本電鉄」というパンフレットを見つけた。

Photo

2
開くと、こんなふうに沿線ガイドが載っている。
なかなか便利そうだなとは思うものの、
本気で利用者を獲得しようと思うなら、
そこから先が大切なのではなかろうか。
「あまちゃん」の北三陸鉄道にあって、熊本電鉄にないものは何か。
ドラマの中のお話だとか、
あんなに過疎の町ではない言っていては始まらない。
駅長の大吉っつぁんみたいに熱い社員がいるか。
ま、そこまでは言うまい。

車しか使っていない人を、
どれだけ電車やバスに持ってこれるかという
単純な話に過ぎないのである。
しかし、これが簡単には行かないことだけは分かっている。

始発終着である、藤崎宮前、御代志、上熊本の各駅から、
乗客はどういう動きをするのか。
それぐらい分析してあるのだろうな。



『ロング・バケーション』の意味

大滝詠一は、シンガーとしての名前であり、
プロデュースなどのアーティスト全般では、
大瀧詠一としていたと思う。「滝」と「瀧」の違いである。

その大滝詠一が、ビッグネームになったのは、
『ロング・バケーション』というアルバムのおかげである。
とてつもなく売れたので、多くの人の記憶に残る作品となったし、
その後の大瀧さんの活動がやりやすくなったとも言える。

大ヒットしたということは、それまでのファンとは違う人に
受け入れられたということであるから、
人によっていろいろなことを想起するだろう。
たとえば、こういう人もいる。
田中俊英さん(一般社団法人officeドーナツトーク代表)→リンク 

引用すると、
「僕にとっては、「バブル経済(前夜)」あるいは「80年代」の
象徴的歌手として記憶にある。
言い換えると、日本が「総中流社会」の最高潮だった時期を
象徴するアーティスト、僕にとってはそれが大瀧詠一であり、
より具体的には「ロング・バケーション」
(後のキムタク&山口智子ドラマではなく、大滝の代表作)だった」
ということである。

どういう印象を持とうが、ひとそれぞれである。
その人の人生が反映されるものなので、
この『ロング・バケーション』の受け入れられ方を研究することは、
学術的に非常に意味のあることに思われる。

要は、大滝詠一の『ロング・バケーション』を引き合いに出して、
別の結論に持っていくということが妥当かどうかということだ。
田中氏は、そういう思考過程をたどったということなので、
これは他人がどうこう言うことではない。
しかし、どうせなら、自分の思い出の表面だけで語らずに、
『ロング・バケーション』が作品として成立した時代背景とか、
なぜ受け入れられたのか、日本経済の状況とか、
社会が向かおうとしていた先をもうちょっと考察してほしい。

見方を変えて、音楽作品としてだけの評価というものもある。
はっぴいえんど時代からの作品をきちんと聞けば、
そこには洋の東西を問わないポップスの歴史がそこにあることもわかるし、
まさに時代を切り取る若者の鋭いまなざしと批評精神があったからこそ、
いまでも伝説のバンドと呼ばれるのである。
メンバーのその後のマスメディア的な成功を批判することは簡単だ。
しかし、若者の生き方として見るとき、
もちろん時流に乗った部分はあるにせよ、
彼らの表現に対する態度は、常に前向きであり、
社会に対する挑戦を続けていたのである。

受け手には、いろんな人がいただろうが、
彼らの音楽をただ消費するだけではなく、
そこに至る彼らの問題意識を、汲みとることが出来たなら、
その人のその後の人生も変わったのではなかろうか。
アートが必要とされる一つの理由がそこにある。

大瀧さんは、NHKのFMで、アメリカン・ポップスの歴史を
独自の切り口で読み解く番組をシリーズ化していたが、
シンガー、ソングライターにとどまらず、
流行歌に過ぎないと思われがちな音楽に反映される時代を
分析、考察、研究していたのだ。
そういうことも知ってもらいたいと思って、この文章を書いた。

もちろん、ポップスなので、
楽しい気分に浸ったり、リラックスするためだけに
聞かれていたとしても、それはそれでいいのだが、
それを単純にアーティストと結び付けてしまってはいけません。









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