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2014年1月 5日 (日)

終の棲家feeling inside

昨年の10月24日の熊日夕刊、
川井龍介さんの「家の話は身の上ばなし▶8」に、
終の住処はどこなのかという文章があった。

70代で夫とともに神奈川県から東北地方の小さな町へ引っ越したY子さん。
その町はY子さんの実家があり、親戚もあるところ。
神奈川の自宅を売却、故郷に3LDKの平屋を建てた。
しかし、数年たって、いまひとつ地元のコミュニティーに溶け込めず、
自宅はそのままで神奈川にアパートを借りた。
その後、田舎に落ち着く覚悟を決めたが、夫は認知症になり老人ホームに。
Y子さんも心身ともに衰え、別のホームに入所。
その直後に夫は亡くなった。

住まい選びはいつも夫に従ってきたY子さん。
Y子さんの故郷で暮らすことに反対していればと思うこともある。
が、最終的には夫唱婦随でよしとした。

「その夫もいない今、ホームで暮らしていて、
時々神奈川に戻りたいと思うことがある。
それは都会の生活でもあるが、
夫婦で活動的に暮らした懐かしい時代だった。
心の中の終の棲家かもしれない」

手元に、12月議会の一般質問の反訳がある。
市の住宅政策と空き家活用について、質問というより、
演説に近いものだったが。
住まいは空間を意味するものだと思っていたが、
実は、時間をも包含するものであったということだ。
いや、住宅に限らず、人の記憶がかかわるものはすべて、
そういうものなのだろう。

とはいえ、住宅に関する時間の感覚は、常に年月であり、
普通それは住宅ローンとともにあるのではなかろうか。






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