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読みたい本だな

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2013年12月の24件の記事

2013年12月31日 (火)

大瀧詠一さん亡くなる

お昼頃、Facebookでその書き込みを見た。
信じられないけど、デマとは思わなかった。
しばらく、何も手につかなかったが、
大掃除の真似事はやらなくちゃいけない。
ソロになってのファーストアルバムを聞きながら、風呂掃除をした。
少し落ち着いた。

「いかすぜ!この恋」が終わった後の、
カセットのボタンが上がるときの「ガチャッ」という音。
あれなのだった。





いよいよ最後のあまちゃん

朝の8時から午後6時まで、
NHK朝ドラマ「あまちゃん」の総集編を ついに全編見てしまった。
他には何もせず、内心では罪の意識も少々。
でも、大きな物語を堪能したという満足感は残った。
そう大きな物語。
人物造形を世代を越えて描けるのは、 半年に渡り、
1日15分と言えど、週6日という時間をもらっていたからだろう。
何度も涙がこぼれてくるシークエンスと、 ぐっと来るセリフがあった。
震災と津波の描き方は、 今回は編集されて、簡略された印象。
でも、当地のことはほとんど分かっていないのだろうなと、
それを想起させてくれるには十分だった。

主人公は、天野あきであり、その家族の話ではあるのだが、
もう一つの家族である足立ユイのほうも、その大きな物語の
かなりな部分を占める。
それだけではない、さまざまな家族が重なり合って織りあって、
そして一つの物語を形作っていたことを改めて感じた。

年末の大切な時間を、
また人生について考える時間とすることが出来たと思えば、
少しも無駄ではないだろう。

少女二人の成長の物語だったということは明らかなのだが、
やはりここでも、おとなになるのは少女たちかという、
中年男性としては歯がゆい思いもあるのだった。



2013年12月29日 (日)

オウン・ゴール

安倍晋三首相の靖国神社参拝については、
すぐに書こうと思ったのだけれど、
外交的に見て、どうにも不可解なので、
鋭い論評を読んでからにしようと考えた。

しかし、世界中の誰もが、さっぱりわけがわからない、
という点では一致しているのではないか。
オーストラリアの新聞だったか、オウン・ゴールという表現、
まさにそれしか適当な表現がないような。

付け加えるなら、自己満足のオウン・ゴール。

確かに中国・韓国との関係が
これまでよりこじれるだろうとか、
米国の対応がさらに冷たくなるだろうという予測はあるが、
何となく、極端に悪くなることはないような気がする。
一時的な反発で終わりそうでもあるし、
日本国民にとって、別にそれほど重大な問題ではない。
そこら辺を見通して、強行突破、いや強行参拝した安倍首相は、
意外と計算高いのかもしれない。

結局、積極的平和主義で不戦の誓いで行けば、
文句ないだろうということを、
きちんと説明していくと言っている。
しかしそれは、説明するではなく、実効あるのみである。

予期せぬ衝突があったときに、
大事に至らぬように、それを回避すべきなのは、
日本だけではなく、中国・韓国でも同じことだ。
私は安倍晋三首相とはイデオロギー的に相容れないと思っていたが、
ひょっとすると、それほど思想的なこだわりがない人なのではないかと
思い始めている。

そういう見方で、政策を見ていくと、
意外と大物政治家なのかもなあ、という気もしてくる。




2013年12月27日 (金)

イエスタデイ

文藝春秋の2014年新年特別号に村上春樹が短編を書いている。
「女のいない男たち 2 イエスタデイ」というタイトル。
西合志図書館で読んだ。
いきなりあのビートルズの「イエスタデイ」の日本語(関西弁)版が出てくる。
それに惹きつけられて、読んでしまった。
村上春樹なんてどうでもいい人にとっては、
ま、どうでもいい小説であろう。
それ以上に、持って回った表現がおそらく鼻につくだろう。
正直、あ、そういう終わりかたなの?
という気がしないでもない。
でも、読んでいる短い時間、私は少しだけれど幸せな気持ちになった。
名付ければ、小説を読む喜びに浸った。
細かいことはよろしい。
人によってはむかつく設定かもしれないが、
読んでいて、なんと自然に時間が流れていくストーリーだろう。
全体をパースペクティブに捉えると、
なんとなくいい話に思えてくる。
具体的な描写は乏しいが、主人公の一人である女性が、
すごーく美しく魅力的なようである。
小説家というのは、自分勝手なものだ。
当たり前か。


2013年12月25日 (水)

適切な運用

昨日久しぶりに、自民党広報本部から、
The Jimin NEWSがFAXで送られてきた。
別に所望しているわけではないが、一応
保守系議員と見なされているので。

編集責任者は小池百合子広報本部長です。
特定秘密保護法の誤解を解くという内容です。

ポイントをまとめると、
1.この法律は、国家・国民の安全を守ることが目的です。
2.一般の方の生活には、全く影響はありません。
3.秘密保護法は、″官僚の勝手を許さない″ための法律です。
ということなのだが、こういう説明は採決前にやるべきことである。
まったくやっていなかったとは言わないが、
成立後にぐだぐだ言うことでもあるまい。
委員会強行採決以降、よほど後ろめたい思いがあるのだろう、
最後はこう結ばれている。
「誤解を解くために丁寧な説明を重ね、
疑念を招かない適切な運用をします」

こう言ってはなんだが、「適切な運用」の意味するところを
考えたことがあるのだろうか。
国旗国歌法について、こういう記事を見つけた→リンク  
法律というのは恣意的な運用ができないように作るものだろうが、
実際は、運用次第というか、本意というものがあるとしても、
そこから離れていくものなのだ。

それを簡単に認めていいのか。
出来てしまった法律は、廃止か改正かしかない。
運用はそのときどきで変わるものだから、
そんなものは当てにできない。


ところで、この
The Jimin NEWS、
今日も送られてきた。
今日のお題は「実感を、その手に。安倍政権の経済政策」
自民党の政策には、それなりに良いものもあるのだが、
新聞等による読みときも必要なのだ。

そしてまた返ってくるボール。東京新聞記事。
秘密法報道に反論文書、自民、本紙など27カ所批判→リンク 





2013年12月24日 (火)

三原則の「例外」

南スーダンPKOで、国連部隊の韓国軍への銃弾提供を
日本政府は即決して、無償で1万発送った。
NSC(国家安全保障会議)は先日できたばかりだと思うが、
こんなに早く実績を作れるとは、安倍首相本人も思っていなかっただろう。
多分うれしくてたまらないと思う。

最初にこのニュースを聞いたとき、よりによって韓国軍か。
でもこれが、協力関係のきっかけになるかもしれないと、
前後の難しい問題は別にして、少し期待した。
と同時に韓国ではいろいろ出てくるのだろうと思っていたら、
今日になって、韓国国防省報道官は、
「不足していない」と語ったと共同通信。
日本では官房長官談話で正当化を図っているのに、
あちらは軍だけの問題ではなく、政府、国民を巻き込んで、
さらに日韓関係がもつれてしまいそうな気配。
そんなことは望んでいません。
それより、南スーダンの平和維持はどう達成されるのか。
そのことを考えなければいかんだろう。

教訓的に言えば、
誰だって戦争なんかしたくないんだから、
防衛のための軍備増強は必要、集団的自衛権の行使容認も
ひょっとして抑止力みたいに考えている人もいるかもしれないけれど、
今回の件のように、何がなんだか分らないうちに、
結果だけが残ってしまう危険性はいつどこにだってあるということだ。







2013年12月23日 (月)

公文書管理体制の抜本的強化

昨日ツイッターで、
「自民党は特定秘密保護法をマニフェストに出してなかった」と書いたら、
「民主党は消費増税しないって書いてた」と絡んできた人がいて、
ついでに「自民党の政策集を読んでね」と書いてあったので、
政策集では秘
密保護法について触れてるのかと思って、
そんなもの読んだことがないから、
検索してななめ読みしてみたが、やっぱりなかった。

別に私は民主党の肩を持つわけではないので、
民主党の方は調べなかったけれど、
自民党の政策集(政策パンフレット)を改めて、というか
初めて読んでみると、その微に入り細を穿つ項目の多さに、
感嘆符を一つ上げてしまった。
そしてこの1年間、それに沿って政策を着実に進めている。

ところで、344番に「公文書管理体制の抜本的強化」があって、
「国家等の活動記録である公文書等は、
悠久の時を超えて保存され、国民に利用されていくべき
国民共有の知的資源であるとの認識の下、
国立公文書館の組織的位置づけの強化、国会・霞が関周辺への
新たな施設建設など公文書管理体制の抜本的な強化を目指します」
とある。
これは早く抜本的強化を図ってもらいたい公約だが、
本音は、「新たな施設建設」にしかなかったのかもしれないな。


2013年12月22日 (日)

1300年前

今年は伊勢神宮の式年遷宮の年であった。
伊勢神宮のホームページによると、
第1回は持統天皇4年(690年)のことであるとのこと。
そこから数えると、誤差が出てるが、
新聞などによると、約1300年前から続くとあるので、
今年、合志命名1300年とされる合志市にとっても
あまり無関係とは言えないのではないか。
というのは、こじ付けに近く、漢字二字の好字をつけよという
官命を出したのは、元明天皇である。
律令制度の完成と、地方統治と関係があるとされていて、
式年遷宮の始まりもそれと無縁ではないかもしれない。

今年10月議会の常任委員会所管事務調査で、
京都市を訪れたときに、食事をした店で、
「京やさいのおはなし」という冊子をもらった。
そこには「京やさいの誕生」という項目があって、
「京都では、今から1300年前にはすでに野菜が作られており、
都が京であったことで、
全国各地からさまざまな野菜が持ち込まれました」とあった。
それだけのこと。





2013年12月21日 (土)

乙女の祈り(いつでも夢を)

昨夜、カラオケで「いつでも夢を」を歌った。
当時のことをよく覚えているわけではないが、
あの曲を聞くと、世の中全体がまだまだ
夢見る頃だったような、そんな気がしてくる。

YouTubeで検索すると、「あまちゃん」も出てきた。
ドラマの後半で、ネタとして生きてくるのだが、
最初の方から、海女クラブのメンバーの愛唱歌だった。

この動画は、「乙女の祈り」というサブタイトルがメインだ。
画像の著作権のことはあるけれど、
これだけのセレクションを一つの主題でまとめ上げたことは、
二次創作と言ってもよいのではないか。


今年の収穫は、「じぇじぇじぇ」の流行語ではなく、
この乙女たちの、おそらくいつの時代も変わらないであろう、
健気な活躍そのものだったと言ってよいだろう。


2013年12月20日 (金)

うつろわない人影を求めて

12月19日の熊日朝刊の連載記事、
「うつろう人影」で、合志、菊陽、大津の3市町が
今後も人口増加が見込まれるエリアとして
取り上げられている。

ただ3市町とも、その増加理由は「転入」としている。
記事を引用すると、「『転入』による発展モデルは、いつか壁に突き当たる。
起爆剤となった都市開発が、都市計画区域の制約を受けるからだ。
合志市で光の森周辺エリアを除く9割の土地は、
開発が制限される市街化調整区域。
荒木義行市長は『このままでは人口増も頭打ちになり、
いつか減少に転じる」と危機感を募らせる」とある。

私は先の定例会の一般質問で、
まちづくりという総合的な観点から、このことについて聞いた。
増え続ける児童生徒に対する対応を見ると、
とても人口増を歓迎しているようには思えない合志市。
もっと積極的に前向きに、
人口増が、頭打ちにならない方策を打たなければならない。
それは、開発による転入増ではないはずだ。

「一方、菊陽町の後藤三雄町長は『市街化調整区域は
周辺市町の共通課題だが、
今の状態で地域をどう活性化させるかということも重要』と指摘する。
井手義隆副町長も『インフラ整備を続け、
異なる課題を抱えた各地区の住民と一緒に考え、
生活しやすい町づくりに取り組むとした上で
『そうすれば人を引きつけ、
緩やかになっても人口は増え続けるのではないか』と話す」

井手副町長の言うインフラ整備が、何を指すのか。
そう簡単に答えが出ることではないが、余裕があるのか
課題認識では一歩先を行っているようにも思える。

ただ、光の森とその周辺地域は、
おそらく、世代交代もうまく行って、
武蔵ケ丘や楠地区とは違う発展をしそうな気がする。
それを見届けるには、あと30年はこちらが長生きしなくてはならない。
だが、それより前に、泉ヶ丘やすずかけ台の将来構想の方が
私にとっては重大な関心事である。













2013年12月19日 (木)

定例会閉会

昨日で、合志市議会第4回定例会が閉会した。
議案第61号
合志市総合健康センター「ユーパレス弁天」の指定管理者の指定について、
神田公司議員の反対討論を聞いたうえで、反対した。
もうすぐ完了する大規模改修の予算には反対しなかったが、
市の財政を考えるときに、これを最後に
ユーパレス弁天施設の売却を検討すべきだと考えていた。
これを以って、その意見の公的な表明としたい。

請願第3号
国に対し「消費税増税中止を求める意見書」の提出を求める請願書
の提出に対しては、総務委員会の決定通り、不採択に賛成した。
私は消費税増税について賛成の立場である。
その影響は大きいと思うが、安倍政権への打撃となってほしい。
日本が生まれ変わるために乗り越えるべき試練だと思う。
国民一人ひとりが自分のこととして捉え、
社会保障制度をはじめ、しっかりと議論していかなければならない。

最後まで賛否の判断を迷ったのが、
請願第5号
安全・安心の医療・介護の実現と夜勤改善・大幅増員を求める請願書
の提出について。健康福祉常任委員会では不採択であった。
看護師などの労働環境の改善、医師・看護師・介護職員の
大幅増員を求めることには賛成であるが、
国民の自己負担を減らすことを求めるという項目があったことに
私はひっかかりを感じて、不採択に賛成した。
自己負担を減らすことを求めても、
それが最も非現実的な項目であると考えれば、
他の部分で賛成するという選択もあったのかもしれない。
賛否いずれかしかないので、
そこに至った考えをここに記した。





 

2013年12月16日 (月)

中3までの医療費無料化について

本日の合志市議会定例会一般質問で、
共産党の濱元幸一郎議員が
中学3年生までの医療費無料化について取り上げた。
私は、財政的な問題もさることながら、
現在小学6年生までの無料化とか、合志市内であれば、
窓口で現金支払いもしなくてよいという今の制度で、
コンビニ受診が頻発していないかなどの検証ができていないので、
それを中3までに範囲を広げることにはにわかに賛成しがたい。

しかし、荒木市長の答弁は、
やらないと言っているわけではない。
やるからには、ずっと継続していかなければならないので、
財政的にまだ今はその段階ではないとの繰り返しであった。

それは、筋が通っているのだろうか。
つまり、一度始めた事業は見直さないということか、
あるいは、いつまでたってもやれない事業であるということの
裏返しの回答にならないか。
事業の選択と集中ということで言えば、
現在の子どもの医療費無料制度を十分検討してから、
とか、そういう答弁の方が良いのではないかと私は思う。

仮に、来春の市長選に対抗馬が出て来て、
中学3年生までの医療費無料化をマニフェストに上げてきたとき、
それを丸呑みにせずにいられるだろうか。
濱元議員は実現に2600万円が追加で必要になると言った。
政治家には選挙がつきものであるが、
他の充実している子育て関係の事業と比べての優先度を
どこまで説明して納得させることができるだろうか。
あまり具体的なことを言わず、言葉巧みに交わすという
テクニックもありかもしれないが。





2013年12月15日 (日)

通り雨

高校の同級生が急逝した。
今日、葬儀に参列、お経お念仏を聞きながら、
昔のことを思い出していた。

病院の副院長という重責だけでなく、
監察医や裁判での被告の精神鑑定などもやっていたそうだ。
弔辞を述べられた二人の医師は、
学生時代、また勤務先で長い付き合いがあったようで、
あんなに惜しまれて亡くなるとは、
まわりの人たちにとってはその喪失が大きいとはいえ、
同じ送るなら、そういう人生以上に素晴らしいことがあるだろうか。

思えば、私と彼の付き合いは、高校2年のとき1年間。
3年になるときに彼は転校したので、
同窓会で会うということもなかった。
青春時代の1年間の意味というか、影響の大きさは
誰しも認めるところだと思う。
いなくなってから、もう一度会って話しておけばよかったなど、
例によって、思っても取り戻せないことだ。

ときどき、昔のことを思い出して、
『スローターハウス5』のビリー・ピルグリムのように
記憶を反芻することがある。
同じ時を過ごして良かった。とても良かった。
短くても、数えるほどであっても、それは宝物だ。

そんな宝物が、実は数えきれないほどあって、
何かの機会に、そのうちの幾つかが
記憶の中から、転がり出てくるから、それを私たちは磨くのだ。
原石とはもはや、形も輝きも変わっているから、
共有しているはずの友であっても、
そうと気づかないぐらいかもしれない。
そういうものだ。

残念なのは、私は折に触れこれからも彼を思い出すにしても、
もう彼の方は私のことを二度と思い出してはくれない、
それは唯一確かなことだ。

 いつのまにか まっくろ雲が
 頭の上を おおった
 

 あんなにやさしいあなたなのに
 どうしてこんな雨の中を去っていくの

 通り雨 通り雨
 雨がやんだら 早く お帰りよ

覚えているのは一部分だけの
秋田宏弥君が作った「通り雨」という曲の歌詞である。
高校の文化祭で歌ったよね。








2013年12月13日 (金)

まちづくりについて

定例会一般質問終わりました。
全国の地方議会で同じように定例会が開かれていると思います。
で、一般質問の自分の番が終わった人は、
みな一様にほっとしていることでしょう。

かくいう私も、出来の良し悪しは別として、
終わったーという解放感と達成感に浸っています。

質問事項は、まちづくりについて、ということで、
「まちづくり」とは何かという、少々抽象的ではありますが、
行政の果たすべき役割について、
質問から、執行部の考えを引き出すというよりも、
ちょっと持論展開になってしまいました。

ポイントは、全国的に問題になっている空き家対策の
プラスの部分というか、中古住宅としての活用、
新規の住宅開発や、新築だけではなく、
既存の住宅街に新しい市民を呼び込むことで、
持続可能なまちづくりをすることを、
住宅マスタープランとして、総合計画の中にも取り入れたい
ということでありました。

確かに合志市では、市街化調整区域が、
全体の均衡ある発展を阻害している面はあります。
しかし、かなりハードルの高い規制緩和を求めて、
その達成に時間をかけるだけではなく、
別の方向から、新しいまちづくりの方策を練っておくべきではないか。
国土の均衡ある発展を説いた田中角栄張りのアイデアは、
地方自治体スケールでも、いまや時代遅れになっています。
なぜか、発展が一過性のものとなり、
廃れるところは、やはりそのうち廃れてしまうという、
歴然たる事実がそこにあることが分ったからです。

時代とともに、変わりゆくもの、移ろいやすさを
常に感じ取って、それなりに対処していくのが、
自治体行政の役割です。
スケールの大きな、また10年20年という時間軸を持ちながら、
ある意味、場当たり的な対応も取らざるを得ない。
一見スマートなやり方には見えないかもしれませんが、
未来を見据えながら、いまやらないといけないことを
きちんと分かっているということが必要なのです。






2013年12月11日 (水)

公聴会

本日、市民会館崇城大学市民ホールで開かれた、
乗合バス事業者の運賃改定申請事案に係る「説明及び意見を聴く会」
に参加しましたが、意見陳述を申し込んだのは、
私一人でした。
平成22年3月閣議決定された消費者基本計画が、
昨年7月に一部改定されて、
「公共料金等の決定過程で開催される公聴会や審議会における
消費者参加の実質的な確保」に取り組むこととされたからです。
そして、今回の公聴会は、その改定後初めての開催だということ。
以下、私が用意した原稿です。

   ――*――*――

合志市から参りました上田欣也と申します。

今回のバス運賃値上げ申請につきまして、
ただいまご説明を受けたわけでありますが、
この件について利用者としての意見を述べさせていただきます。

前回の改定から、かなりの年月が過ぎておりますので、
その間、事業者のみなさまには、利用者の減少にもかかわらず、
経営努力で貴重なバス路線と、乗客を安全に運ぶという
社会的な使命を果たして来られたことに感謝いたします。

ただ、そのような中で、利用者の少ない路線は廃止され、
残された路線でも便数を減らされたところもあるでしょう。
私は以前から、バス事業者のみなさんは、
現在の利用者しか念頭にないのではないか
という印象を持っております。言い方を変えれば、
バスを使わざるを得ない人しかバスを使ってはくれない
という現実に甘んじているのではないでしょうか。

そういう意味では、今回のバス運賃値上げが実施されたとしても、
バスを使う人は極端には減らないであろうと私は思います。
事業者の方も、おそらくそう考えていらっしゃることでしょう。

今回乗客数に極端な減少が見られなければ、
次が何年後かは分かりませんが、
次回の値上げはかなりやりやすいのではないかと思われます。
それは、いまのところバス事業は、
バスを使わざるを得ない人たちのための足だからです。

毎年、公共交通機関の利用促進のためのキャンペーンが
行われていますが、残念ながら、
それによってバスの乗客が増えたということはないと思います。
バスを使わなくても済んでいる人は、
キャンペーンに興味がないし、気づいてもいないでしょう。

高齢者が増えると、
自家用車からバスにシフトする人が増えるという予測もありますが、
私はそうは思いません。
車を運転する人の年齢がどんどん上がるばかりで、
病気やけがで、もし運転ができなくなれば、
もうその人は家から出なくなるというだけではないでしょうか。

それに対して、子どもの数は確実に減って行くので、
通学や遊びに行くときにバスを使う若い人はさらに少なくなり、
おそらくバスの利用者が反転増加することはないと思われます。

ただ、経費増をどこまでも運賃に転嫁はできないので、
将来的にはバス路線をどんどん切り詰めて、
数少ない黒字路線しか残らなくなるでしょう。

みなさん、新たな顧客を獲得することをあきらめてはいませんか。
新しい顧客を獲得するために、
いったいどういう方法を実践されましたか。
新たな顧客を捕まえなければ、バス事業者は運賃改定どころか、
事業の存続がむずかしいです。

普段、バスに乗り慣れていない人は、
運賃がいくらでどう払うかもわからないので、
それが気になり、バスに乗ることが億劫になるのです。
バス初心者を温かく迎えるおもてなしについて、
社内で議論したことがありますか。

ビジネスや観光で訪れた県外のお客様が、
何の予備知識もなく、路線バスを使えると思いますか。
まったく改善がなされていないとは言いませんが、
今でもバス停に立つと、ため息しか出ません。

自家用車通勤から、バスにシフトしてもらうために、
会社訪問をして、定期券や路線について説明をするとか、
住宅地の自治会や、戸別訪問をするとか、
そういうどぶ板的営業をしてまで、
新規利用者の獲得をする気があるのかどうかを、
今回の運賃値上げに際して、事業者のみなさんに問いたいと思います。

新規開拓のヒアリングをする中で、
新たな路線や時間帯の必要性が明らかになるかもしれません。
ブレーキを踏んだままでは、
安全かもしれませんが、前には進みません。
この機会に、じわりとアクセルを踏んでいただき、
事業を発展させていただきたいと思います。


2013年12月10日 (火)

計画計画

合志市には、2町合併時の「合志市新市建設計画」、
「2008合志市都市計画マスタープラン」、
それに2010(平成22)年の市長選挙のときの「市長マニフェスト」があって、
新たに「合志市重点区域利用計画書」が作られた。

市長マニフェストを施策に反映させた
「合志市総合計画第2期基本計画」期間は平成23年~27年である。
計画にも上位になるものがあるが、
そこをまず整理してみよう。



2013年12月 9日 (月)

自分だけのアーカイブ

昨日の朝日新聞にも、天草アーカイブズの金子久美子館長の
インタビューが掲載されていた。
「異議あり!特定秘密保護法 熊本から」という記事。

最後に一言。
「これからは、個人一人ひとりが、関心・関係のある情報について、
自分だけのアーカイブを持ってみると良いかもしれない。
情報が正しく取り扱われているかを判断する材料になるだろうし、
関心をずっと持ち続けるきっかけにもなるはずだ」

話のついでに出て来た感が否めないが、
趣向としては面白いと思う。
自分史みたいなものとも言えるかもしれないし、
個人個人がアーカイブしたものが、
何らかの形でまとめられたときに、
グーグルなんかを超えてしまう可能性がある。

50年後、100年後に役立つことって、
そうと意識されずに残ったものの中にあったりする。
いや、これからは意識の高い人が、
きちんと認識して、残していく時代でなくてはいけない。
もちろん、これまでもそうしてきた人が少なからずいるとは思うが。

公共政策的には、
意識の高い首長がいれば、予算云々の話ではないと思うのだが、
そんな話を持ち出しても、すぐに財政問題にすり替えてしまう、
そういう人が多いと思われる。




2013年12月 8日 (日)

世界を動かす地政学

熊日情報文化講演会8月例会詳報が、
熊日に掲載されていた。

地政学・戦略学者の奥山真司(まさし)氏の話で、
「戦略は7階層から成り、最下層の『技術』から、
『戦術』『作戦』『軍事戦略』『大戦略』『政策』『世界観』まである。
下層ほど具体的で、上層ほど抽象的になる」
といった具合で、これは自治体の行政にも応用できるのでは、
と思って、いろいろ検索してみると、
実に面白い記事がたくさん出て来た。
対談の音声もあり、理論にのめり込んでしまい、
ちっとも自分の一般質問の方に向かえなくなってしまった。

ブロマガ「アメリカ通信」の中の1本ををリンクしておく。
「日本はアメリカに梯子を外されたのか?」で
中国の防空識別圏についてである。→リンク 
トンデモに近いと思うかどうかの判断は各自で。
次々に別の記事を読んでしまって(苦笑)





2013年12月 7日 (土)

人権フェスティバル

第8回合志市人権フェスティバル。
子どもの発表のときは、申し訳ないが寒さのせいか、
とにかく眠くて仕方がなかった。
小学6年生ぐらいのコーラスって、ほんとに心が洗われる。
きちんと音が取れるようになっていることと、
ことばの意味も捉えることが出来ること、
それにあの年頃しか出せない声というものがある。

露の新治さんの講演も、少し別の角度から
差別の問題を取り上げて、面白かった。

そして、宣言文である。一部であるが、
「私たちの身のまわりには、部落差別をはじめ、
ハンセン病回復者の方。女性の方。子ども、高齢者の方。
障がいのある方、在日外国人の方などへの差別があります。
また、いじめ、パワーハラスメント、セクシャルハラスメント、
ドメスティックバイオレンス、そして、
インターネットによる差別書き込みなどにより、
人権が侵され、苦しめられている人がいます」とある。

続いて「私たちは、学校でのいじめや暴力・暴言、差別をなくし、
みんなの人権を大切にしていきます。
つらい思いや哀しい思いをしないように、お互いを認め合い、
明るく楽しい学校にしていきます」というところで、
お互いを認め合うことが人権を大切にすることなのかと
おぼろげながら分かる。

しかし、人権とは何かを自明のものとし、
「差別」をなくそうという運動の色合いが濃い。
差別をなくすように努めることは大事なことだが、
人権そのものを定義すること、なぜ大切にすべきなのか。
そういうところを、しっかり認識することが必要なのではないか。
今日はそう思ったことだった。

私にも確たる言葉があるわけではないが、
少なくとも、受け身なだけでなく、権利として行使できるもの、
それが人権なのではないかと思う。



2013年12月 5日 (木)

中心性網膜症

右目の視野の真ん中が丸くぼやけるというか、
滲むという症状があったので、眼科で検診した。
目の奥に水がたまって、それが抜けない状態ということで、
飲み薬をもらった。

病名を聞き忘れたので、会計のとき受付で言うと、
先生に聞いてメモを取ってきてくれて、
それには「右眼中心性絡網膜症」と書いてあったので、
帰って、一応検索してみると、通称「中心性網膜症」、
正式には「中心性網脈絡膜症」と呼ぶもののようだ。


ヨウ素を補給、甲状腺の機能を整える薬(ヨウレチン錠)と、
末梢神経を拡げて循環障害を改善する薬(カルナクリン錠)というのを
処方してくれた。
加齢によるものかと思ったが、原因の一つはストレスで
働き盛りに多いと言われているとのこと。
つまり原因不明。
ほっておいても治ることもあるそうで。

もうやがて60歳になるということは、
生物的には各器官が老化しているということの証しみたいな。
カルナクリンなんて、更年期障害を改善すると書いてあるし、
こういうのって、どれだけ健康に気を遣ったって、
どうしょうもない部分に入るのではなかろうか。
声高に「健康、健康」言うことに対する疑問である。


今日は、来週の金曜日の一般質問の内容について、
まちづくり室長、商工観光課長、企画課長と意見交換してきた。
話しているうちに、論点整理ができたところもあるが、
逆になんでこんなことを聞いているんだろうと
ふと自問してしまった。
土地利用の規制緩和がなされればすべてはオーライか。
それが私の疑問の出発点なのだ。
もうちょっと、しっかり論点を詰めなければ。






2013年12月 4日 (水)

積極的平和主義

積極的平和主義と言ったら、
私など、絶対非暴力と同義語だと、つい思ってしまうのだが、
安倍晋三首相がそれを用いるとき、
集団的自衛権の行使容認が念頭にあるらしい。
9月13日の熊日に関連記事があって、
共同通信はそう認識しているということだが、
そういう解釈を安倍政権は否定しないので、
それで間違いない。

この「積極的平和主義」は、
「国際協調に基づく積極的平和主義の立場から
世界の平和と安定、繁栄の確保にこれまで以上に関与する」
というふうに使われる。

しかし、このまま行くと、
国際協調から、日本が外されるかもしれない。
怖いもの見たさもあるが、
そうならないことを願っている。





2013年12月 3日 (火)

リンダ

ふと思い出して、リンダ・ロンシュタットを聞いている。
最近、自分がパーキンソン病であることを告白して、
もう二度と歌うことは叶わないであろうと公表していた。
特にファンだったわけではないが、
学生時代によく聞いたアメリカの音楽のサウンドが
今も昨日のことのように思い出される。
彼女も年を取ったかもしれないが、
忘れてはいけない、自分も年を取ったのだ。

リンダ・ロンシュタット本人よりも、
ある音楽サークルに所属していた、
山田さんという、松下奈緒タイプの女性が、
「イッツ・ソー・イージー」を歌っていた姿を思い出す。
当時、私は世田谷の深沢8丁目に住んでいて、
まだ地下鉄が通っていなかったので、
バスで通学していたのだが、何度か一緒になった。
実はその前に、入学してすぐ、
クラスを間違えて、彼女と同じ授業を受けたことがあった。
そのとき、えらく話が合ったのだが、
なにせ、クラスを間違えていたのがたたって、
それからは二度と言葉を交わすこともなかった。


ちなみに、FENでは、リンダ・ロンスタットと発音していたな。







2013年12月 2日 (月)

自治体事業

合志市議会平成25年第4回定例会が開会した。
冒頭の荒木義行市長のあいさつは、
そのうち、合志市のホームページに掲載されることと思うので、
正式な正確な内容は、そちらで確認してもらうとして、
来期、来年度に向けた抱負みたいなものがあったので、
そのことについて書いてみたい。

おそらく国政のことだと思うが、
変化のスピードが速いので、それについて行くために
機構改革をして情報収集のセクションを作りたいと。

何のための情報収集かと、そのときは感じたのだが、
いま『自治体事業』(吉田博編著・学陽書房刊)という本を読んでいて、
それによると、目的と手段はどちらが先というわけでもない
という記述があった。
確たる目的のための手段としての情報収集だけではなく、
集めているうちに、目的が見えてくるということもあるということか。

情報は発信するところに集まる。
公開は当たり前のこと。
効果的な発信にはかなりの技量が要る。

財政が厳しいのは、どこの自治体でも同じである。
日本という国自体が、どこに行くのか分らないのだから、
地方自治体の将来の見通しが立たないのは当然だ。
確たるビジョンを示せるかどうかに
首長としての力量が示される。

ただ、市民というのは、
自分の生活が一番大事なので、
多少暮らし向きが悪くなっても、そこそこで生きていければ、
市政になんか無関心なのではなかろうか。
政治にもっと怒りを感じるか、期待するなら、
選挙の投票率が下がり続けるなんてあり得ない。
政治にはまだまだ出番がないということだ。

ま、やばいと気づいたときはもう手遅れだろうけれど。



2013年12月 1日 (日)

徳富蘇峰

11月30日 土曜日

くまもとパレアで開催された「生誕150周年シンポジウム
徳富蘇峰 知の源流」を聞きに行った。
郷土の偉人であり、近代日本の流れとともにあった
ジャーナリストであり、政治家、言論人なのに
つい何年か前まで、その名前しか知らなかった。
興味を持ったのは、合志義塾のことをかじってからのこと。
しかし、誕生日は3月14日で私と二日違い、
亡くなったのは、私が生まれて約1年10か月のち、
ということで、こじつけっぽいが親近感が湧くではないか。

時代がどこに向かっているか、何を求めているかを
察知する能力に長けていた人だったらしい。
その時代時代の日本人が求めるものを説いていた。
とはいえ、信念は大きく変節していたわけではなく、
受け狙いと言ってはなんだが、
サービス精神が旺盛だったのかもしれないと思う。

国内では平民が力を持つ社会を理想とし、
海外では、武力による戦争ではなく、
経済による競争により、膨張していくことを唱えた。
また、精神性、文化的象徴として皇室を捉えていたとのこと。

NHK大河ドラマ「八重の桜」では、
思った以上に出番が多い、徳富猪一郎(蘇峰)。
テレビのおかげで、興味を持つ人が増えていることを、
もしあの世というものがあったなら、
そこで高笑いしていることだろう。

日本と日本人が本当に好きだったのだろう。
それも熊本の人らしい愛し方という気がして
大いに共感を覚える。

大阪の伯父は、大江小学校に学び、
同志社大から京都新聞を経て、大阪読売で記者をやっていた。
同期が多いのでポストがないと言っていたが、
定年間近になると、よみうりテレビの夕方のローカル番組で
キャスターをやっていた。戦中派なので、
蘇峰にあまりいい印象は持っていなかったかもしれないが、
生きてるうちに、どう思っているのか聞いておけばよかった。













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