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2013年11月 5日 (火)

健康第一

昨日の熊日の読者のひろばに、こういう投稿が載っていた。
菊池市の82歳の方のものである。

「健康第一」は誰もが望むことであるが、なかなかそうはいかない。
「大切なことは、健康という第一の矢が折れても、
二の矢、三の矢を放ちながら生き抜くことである」
人間を支えるものは、肉体的な健康だけではなく、
いつかは壊れる肉体的な健康のみに頼ることなく、
人生での「第一」を求めて精進することが必要である、と。

「健康はそのための手段であり、
目的化されるべきものではない」

自治体においては財政の健全化が求められる。
これは病気に対立する概念ではないので、
数字的に健康の度合いが計りやすい。
しかしそれと同時に、住民の健康が財政に直結するのが、
国民健康保険や介護保険である。
いわく、住民が健康であれば、自治体の財政健全化に寄与すると。

「健康、健康」と声高に言うことは、
現に、そう望まないのに病気にかかった人に、
かなりつらい思いを強いるのではないかというのが
議員になる前の私の思いであった。
しかし、市の財政の内情を見るに、
いわゆる民生費扶助費の増加はとどまることを知らない。
単純に言えば、重病で病院にかかる前に予防できるものなら、
健康保険や介護保険の負担が少なくて済むというものだ。

だが、投稿した松岡光さんが書くように、
「健康はそのための手段であり、
目的化されるべきものではない」

健康は長生きにつながるが、同じ長生きするのなら、
それぞれに人生の「第一」を求めるべきではないのか。

昨日の朝、NHK総合で「きわめびと」という番組を見た。
106歳になる女性声楽家が出演して、自分の人生を語った。
山田耕筰さんに直接学んだ歌をうたう心、思いを込める発声。
自分で歌いながら、それを後に続く生徒たちに伝えてきた。
さすがに今ではもう歌う体力はない。
しかし、私たちには歌声のように、その生き方が伝わる。

そのあと、
「天野祐吉さん・時代に野次を飛ばし続けて」というのまで見てしまった。
え、敬老の日かい、と内心ちゃちを入れながら。
それぞれの人生の「第一」が集まって文化になる、
などと、分かったようなことを言いたいのではない。
なんとなく、生きることの意味、
健康第一に終わらない、人生のモデルを見たような
気がしたということである。



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