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2013年11月の28件の記事

2013年11月30日 (土)

依存症について

昨日、熊本県庁地下大会議室で、
県薬物乱用防止指導員研修会が開かれた。
指導員と言ったって、日常的な活動があるわけではない。
いや、やってる人もいるのかもしれないが、
こういう研修を受けて、薬物乱用が引き起こす諸問題について、
機会あるごとに話題に取り上げるということも
啓発という意味では役に立つことだと思う。

講演は、菊陽病院医師の尾上毅さんで
「違法(脱法)ドラッグの現状と依存症について」だった。

予防の概念。
一次予防 疾病の発生そのものを予防すること
二次予防 早期発見・早期治療
三次予防 リハビリテーション、社会復帰支援

依存症が形成される前であれば、厳罰化は有効であるが、
依存症となってからは、厳罰化では対応できない。
覚せい剤事犯の再犯率の高さを考えるとわかりやすい、と。
確かに。

脱法ドラッグがなぜ脱法かというと、
指定薬物にされると、分子構造の一部を変えて
指定から外れるようにするなどのいたちごっこになることから。

ゲートキーパーとは、問題の初期の兆候に気づき、
専門機関につなぐ役割を期待される人のこと。
家族を別にすれば、アルコール依存症では、
身体科の病院・保健師など。
ギャンブル依存では、一般精神科・債務整理の専門家
(弁護士・司法書士・NPO法人など)と言われると分かりやすい。

保護観察官・保護司もそういう役割を果たせるだろうとのこと。

問題や障害の部分を減らそうとするよりも、
健全・健康に働いている部分の増大を図ることが
エンパワーメントである。
自助グループに参加して、他人を信じ、
自分の回復を信じる力を得ることにも意義がある。
また、自分が誰かの役に立っているという感覚も大事である。

依存症の特徴としては、
①否認の病である。 「自分は病気ではない」
「今、使っていないから問題ない」など現状を認められない。
②進行性の慢性疾患。 放置した場合、悪化していくことが多い。
③自己破壊的な病気。 自殺や犯罪にもつながる。
④家族を巻き込む病。 家族システム全体の病気。
⑤治癒しない。 元のように○○が出来るようにはならないが、回復はある。

⑤なんて怖いですね。アルコール依存症で顕著だが、
その一杯で、また逆戻りみたいな感じである。
まずは、はまらないことが一番である。
そうは言っても、「わかっちゃいるけどやめられねぇ♪」が本質。

最後に、こう言われた。
「強くなる必要はない。賢くなりましょう。
自立と自律という言葉があるが、後者の自律が大事。
それは自分の手に負えないところは専門家を使う、任せる、
ということ。
相談していいんですよ。頼っていいんですよ」
力強い言葉であった。

続いて、熊本DARCで、
女性デイケアDaysの運営スタッフをやっている女性の報告があった。
自身も20年間覚せい剤の依存から抜け出せなかったと。
DARCは同じ苦しみを経験した人が苦しむ人を助け支える場所。
普段の生活の営みをきちんと続けることで、
小さな喜びを感じて、依存症からの立ち直りを促す。
自分も誰かの役に立っているという思いが、
お互いの自立につながるということか。

依存症なんかになると後が大変だということを知ることも大事だ。
しかし陥ってしまった人に寄り添い、立ち直らせるということには、
それ相応の資源が費やされるものの、
社会がそのために働く仕組みを忘れないことこそ、
世界の真の強さだと思う。
それは、たった一人か、二人のためという、
そういう問題ではないはずだ。






ないものはない。

熊本大学政策創造研究教育センターの
第3回地域づくり交流会に参加した。
テーマは、地域のチカラで未来をつくる―自立と自律。

Photo
熊本大学工学部百周年記念館前のイチョウの木。

つい最近、海士町のことをどこかで読んだので、
合志市とは環境的に共通点はないが、
なんかの参考になるかと思った。

私が興味を持ったのは、島にある県立高校を魅力ある学校にすることで、
島外からも入学者が増えているというところだった。
しかし、海士町交流促進課長 青山富寿生さんの話を聞くと、
それ以前に地域資源を活かすさまざまな方策が取られていた。
そこには、超過疎化・超少子高齢化・超財政悪化で
島が消えるという絶大なる危機感があった。

町政の経営方針『自立・挑戦・交流』~そして人と自然が輝く島~

そしてキャッチフレーズは、これである。
「ないものはない」
『なくてよい。大事なことはすべてここにある。』

ハッタリとしか思えないが、
青山さんの話を聞いてると、あながち外れてはいない気がしてくる。
島は、ある意味日本の縮図なのだから、
まだまだ日本自体に潜在力があるということだ。

離島版道の駅は「承久街道キンニャモニャセンター」という。
なんか、他人事と思えない(笑)

高校魅力化の取り組みは、
まず学校の存在意義の再定義から始めたとのこと。
それは地域のつくり手の育成である。
海士町では、地域企業家的人材が求められる。
つまり仕事をつくりに帰ってくる人材を育てるために
行きたい高校、行かせたい高校を目指した。
生徒数が減り続け、廃校寸前という危機感をバネに
改革を構想した。

高校があったことは強みだ。
合志市には高専はあるが、いわゆる高校はない。
それは大きな弱みだと思うのだが、
この少子化で県立高校再編の時代に
高校の新設はかなりハードルが高い。
高校がないまちであることのデメリットをどう転化するか。
それを考えなければいけない。
高校があっても、入学者の減少を食い止められなかった例もある。
「仕事をつくりに帰ってくる人材を育てる」のは容易ではないが、
帰って来たくなるまちづくりがその前提にある。

Photo










2013年11月28日 (木)

アーカイブズ

昨日の熊日朝刊に、天草アーカイブズの金子久美子館長の
インタビューが掲載されていた。
天草アーカイブズ→リンク は、熊本県内唯一の公文書館である。

行政情報の保存・公開はなぜ重要なのですか、の問いに
「行政の仕事や文書は国民の負託を受け、運用・作成されるものだ。
その費用は税金で賄われ、行政情報は国民共有の財産である。
行政の道筋を記録するだけでなく、国民の権利をも守る。
自分たちの国や町を形づくる基盤を知り、
検証ができないことは、とても貧しいことだ」

また「公文書を国民のために管理するという、
2011年施行の公文書管理法が示した理念が根付いていない。
そもそも行政には、自分たちの仕事を国民に説明する意識は薄い」
と、かなり手厳しい。

特定秘密保護法案に関するインタビューなので、
主語は国民となっているが、
もちろん地方自治体でも同様である。
単純に保管することも重要だが、
過去の文書をその都度検証することは、
政策立案能力を高め、磨き上げることでもあるのだが、
行政にはそれほど向上心が必要とされないのか。

平成18年に改正された教育基本法の第2条5には、
「伝統と文化を尊重し、
それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、
他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」
とあるではないか。
ここにある伝統と文化とは、明文化されないものを指すのか。
多分そういう意図があるに違いない。
それでなくては、公文書保存が大事にされないはずはない。

古文書を発掘すること、読みとくことはもちろん大切なことだが、
いま、ここ、2013年の出来事にも1千年後は来るのだ。
合志市では、「こうし」が「合志」と記されるようになって1300年と
便宜上しているが、その根拠となる1次資料は残っていない。
そのことを認識することから始めなければいけない。


2013年11月27日 (水)

人口等の状況

議員には、毎月、行政報告書が届けられる。
各部各課が、月ごとにどういう活動をやったかがまとめられている。
その表紙には「人口等の状況」という表が掲げられている。
人口が増えることは、おそらく是であると思われるが、
対前月比で毎月増加しているのを見ると、
単純にはありがたいことだと感じる。
人口が増えれば、市としての出費もそれなりに増えるのではあるが。

9月末現在世帯数 21,695戸が、10月末21,759戸に64戸増え、
人口はそれぞれ、57,827人が、57,952人へと125人も増えた。
昨年12月末から、人口が523人増加している。
11月末では、58,000人を突破していることだろう。


シリア攻撃秒読みの頃

新聞整理が、9月にやっと入った。2か月前のことだが、
米のシリア攻撃秒読みに、ハラハラしていたことを思い出している。
見出しを羅列すると、
「米大統領 シリア攻撃 決断秒読み」
「国内手続きほぼ完了」
「日本苦慮 正当性どこに」
「国連決議なし 指示にハードル」
また「介入反対論広がる」
「ロ中に加え親米ドイツも」というのもあった。

「日本の心証形成に影響を与えているのが、
米国からもたらされる関連情報だ」とされるが、
今回の特定秘密保護法を制定することにより、
より高度な米国の機密情報を
わが国も共有したいという思惑があるそうな。

およそ2カ月が過ぎて、今朝の熊日によると、
「首相は26日の超党派議連会合で
『名前は言えないが、ある国の情報トップは
法整備すれば日本との情報交換はもっと進むと話していた』
と思わせぶりに語った」とのことである。
安倍首相の得意げな顔が思い浮かぶが、
それって、外交の国際舞台ではかなり恥ずかしいことなのではあるまいか。
つまり、独自の情報収集を省力化していることの証しだから。

この期に及んで、私の取り得る行動に、
何があるのだろう。
ほとんどの国民の日常生活に、
いますぐ影響を与えることはないだろうけれど、
おかしいと思ったからには、それは間違っていると
きちんと言い続けるしかない。
私はそれを選ぶ。



2013年11月26日 (火)

戦時下、隠された被害

8月30日の熊日夕刊の記事、
「地震考古学・遺跡からの警告」によると、
昭和19(1944)年12月7日、紀伊半島沖で、
東南海地震(マグニチュード7・9)が起きていた。
死者・行方不明1223人、住宅の全半壊・流失は約5万7千。
しかし、報道管制下、報告書は極秘扱い、
新聞にも「遠州灘で地震」と小さな記事があっただけ。
「戦争で隠された地震」と呼ばれる。

軍需工場が大きな被害に遭い、
学徒動員の若者が大勢犠牲になった。

「世界中の地震計は大地震の発生を記録」していたそうなので、
地震の規模の大きさと同時に、
その情報を国内だけで機密扱いにすることの無意味さを思う。
「米紙ニューヨークタイムズは『中部日本で大地震』との
見出しで記事を載せた」と。

そしてその37日後の昭和20(1945)年1月13日、
誘発地震とみられる三河地震(マグニチュード6・8)が発生。
「東南海地震で破損した家や寺で、
集団疎開の児童を含む約2300人が亡くなった」とのこと。
痛ましい。
「東海の軍需工場はほぼ壊滅」した。

「戦後30年以上たって地震学者らが調査を始めたが、
空襲や戦後の混乱で多くの資料が失われていた」そうである。

さて、特定秘密保護法が成立したとして、
それがどのような影響を与えるか、与えたか、
それを将来にわたって検証できない恐れがある。
政治家はもちろんのこと、官僚も
検証されることを極端に忌み嫌うものだ。
安倍晋三首相が道化役を演じさせられたことだけは、
歴史的事実として残るだろう。





2013年11月25日 (月)

市議会議員属性調査

全国市議会旬報11月5日号に、
市議会議員の属性調査の記事が載っていた。
東京23区を含む全国812市が対象のアンケート(回収率100%)結果を
一部抜粋してみよう。

まず、年齢構成で一番多いのは、
60歳から70歳未満で、全体の43.9%。
平均年齢は58.7歳なので、ちょうど私ぐらいということだ。
性別比は、男性が全体の86.5%で17,272人、
女性が13.5%、2,694人である。

また、兼業の割合は、
議員専業が、36.4%で7,273人と意外と多い。
その他15.0%をのぞき、次が農林業14.5%の2,893人。

市議会事務局職員数は、
人口段階区分の5~10万未満で、5.9人。
合志市は4人である。
5万人未満で、4.6人であることを考慮すると、
少数精鋭だと言えるかもしれない。
もちろん、職員数と議員定数には相関関係があると思う。



2013年11月24日 (日)

文化祭と学習発表会

ちょっと寒かったが、日射しは暖かだった今朝、
合志市人権ふれあいセンターで開催された
第8回文化祭に出かけた。
オープニングセレモニーのタヒチアンダンスで、すっかり小春日和。
そのあとの発表が始まると、まず最初にフラダンスが披露された。
人生の先輩方がたどりついた常春の世界である。
やはり太平洋の潮流に乗って、
一部の日本人の源流は、やって来たってことなのかなと思う。

名残惜しいが中座して、合志南小学校へ。
学習発表会・南小フェスティバルである。
プログラム3番、1年生による音楽物語「サラダで元気」の途中だった。
まず最初の印象はステージとその前に広がる人数の多さ。
全校児童数が増えているので、
昨年から、低学年高学年の2部構成になった。
練習のときには、お互いの発表を見たのだそうだが、
本番は保護者にもその成果を見てもらうために。

5年生の構成詩「ミナマタ」と6年生の「ナガサキからのメッセージ」
これこそ、学習の実り多い発表と言えるものだと思うのだが、
どうも紋切り型の結論になっているのではないのか。
いや、毎年同じであることこそ、史実とその評価というものかもしれないが。

午後の部は、体験活動がありましたが失礼して、
遅れている風の便りの配布に向かいました。








2013年11月23日 (土)

ないのに、ある

今朝の熊日に、長野県小布施町立図書館「まちとしょテラソ」の
前館長花井裕一郎さんが、菊池文化会館に来るという記事があった。
花井さんという名前は忘れていたが、あの小布施町の図書館だ。
こちらから出向こうと思っていたのに、
向こう様からやって来ていただけるとは。
もちろん、図書館に入るだけで、今日聞いた話の8割がたは
理解できることとは思う。そういうものだ。

主催は、菊池の図書館を考える市民の会で、
市役所庁舎の増改築に合わせて、菊池市の中心部に
新しい図書館が作られる予定だからだ。

花井さんがつけた今日の演題は、
「図書館はわくわく広場」である。
ちなみに熊本市は「わくわく都市」ですね。

最初に出てきたのは「ないのに、ある」というフレーズだ。
歴史をその例えに出されたが、
目には見えないけれどあるもの、
その地域にあるエネルギー、気配のようなもののことだ。
それを可視化していく仕事が演出であると。

それに対して「あるのに、ない」のが、箱物に代表されるもの。
しかし、そうは言っても作ってしまえば、
必ずそこには物語があるはずなんですが、とも言われたけれど。

「人は居心地のいい場所に集まってくる。
そのための広場をつくり、
コミュニケーションすることは、未来を考えることである」

「図書館は、誰もが世界に共通する『教養』を
身につけることができる場である!」

そして、実践的な図書館創造講座があとに続いたのだが、
それらは省略して、最後に「まちづくり」について。
「まちづくりとは、絶え間なく情報発信することで、
そこに住みたい。住み続けたいという人を増やすことである」

それを大事にするために、お客さまに寄り添い役に立つ。
めんどくさいことを続けると、それが
おもてなしになる。
利用者ではなくお客さまと呼ぶことから始めて、
図書館はコミュニティの核になるということなのだった。

Photo
ちょっとびっくりしたのは、
講演が終わったら、壁に講演内容のメモが
張り出されていた。
アナログだが、これはありがたい。
写真を撮ってる人もいたが、
私は自分のメモがあるから、参考にこれだけ。

Photo_2
文化会館のロビーには、坂本善三さんの絵画が。
タイトルは「連帯」(1968年)で、これもなかなかの作品だ。




2013年11月21日 (木)

合志1300年記念切手

議会事務局からFAXが送られてきて、
11月25日に「合志1300年の歴史」記念切手贈呈式が
合志庁舎で開催されるとのこと。
日本郵便株式会社から、熊本県本部長他7~8名参加とある。
日本郵便のホームページで発売予定を見てみたら、
正式な発行ではないようなので、
合志市から発注したオリジナル切手サービスの一種ではないかと思う。
よく、それを思いついたものだと感心する。
というか、日本郵便が営業をかけたのかもしれないが。

ちょっとくやしいのは、1300年には関係ないが、
合志市のコミュニティバスであるレターバスのロゴを使った、
レターバス・レターセットというのを考えていたからである。
大体、私が提案すると、企画が通らないということになっているので、
出し渋っていたのであるが。

来年1月の成人式で、
新成人向けの記念品として配布して、
たまには合志市に住んでいる両親や友達に
手紙でも書いたらどうだいという仕掛けはどうだろう。
単なる思いつきですが。

ちなみに、九州支社で検索したら出ていました。
オリジナルフレーム切手というらしい。
PDF→リンク 




2013年11月20日 (水)

将来構想のその後について

私の活動報告「風の便り」第14号
「私の一般質問から」


○菊池恵楓園の将来構想のその後について

ダークツーリズムという観光のあり方がいま注目されています。
原発事故の跡地や、戦争遺跡や博物館を訪れるような旅のことです。
研究者の井出明さんによると「人類の悲しみを承継し、
亡くなった方を共に悼む旅」ということになります。

経済が発展する陰で、置き去りにされてしまった人たちに
目を向けることが、ダークツーリズムの持つ意義です。
菊池恵楓園では、今も300人を超える入所者の方が療養、生活しています。
合志市外や県外から訪れる人は少なくありません。
合志市に住む私たちも菊池恵楓園についての理解と知識を
きちんと持つべきだと私は考えます。

2011(平成23)年6月に、私は入所者自治会の講習を受けて、
菊池恵楓園ボランティアガイドの認定を受けました。
それ以来、20回近くガイドとして、さまざまな人たちを案内しました。
その中で、恵楓園に関する将来構想についても学習する機会を得ました。
国や県がなかなか、
将来に向けての話し合いのテーブルに着こうとしない現状もわかりましたが、
それでは合志市は手をこまぬいていていいのか。

前回6月議会の一般質問では、
市役所内に将来構想庁内検討会があることが明らかになり、
今回の質問で、この第3回定例会(9月議会)後に
その検討会が開かれるという答弁を得ました。
そこでは、7月に全国ハンセン病療養所所在市町連絡協議会で
承認された決議書にあるように、
「国・所在県・所在市及び療養所自治会の定期的協議の場を設けること、
そこでの協議のテーマ」を整備したいとの企画課長の答弁でした。

合志市のホームページに、
11月19日、市長のメッセージが掲載されました。
「11月12日に、東京永田町の衆議院会館で行われた
ハンセン病対策議員懇談会と
全国ハンセン病療養所所在地市町連絡協議会との合同懇談会に出席し
、「国、県、市が入所者と一同に会して協議する場を設け、
国は療養所の将来構想の実現にもっと積極的に関与するべきである。」
との申し入れを行ってきました」とのことです。
全文は→リンク  




2013年11月19日 (火)

隠蔽体質

8月24日の熊日夕刊の「現論」は、
ハーバード大名誉教授 入江昭さんによる、
「歴史観の共有へ」であった。
日本に限ったことではないが、歴史観の差異には、
生まれ育った時代が違うという世代間格差があるとしたうえで、
「根本的な問題は歴史の『認識』ではなく、
歴史そのもの、すなわち史実である」とする。
その出発点にまでさかのぼらなければ、
「歴史認識」の問題と言えないのではないかというのだ。
「史実、すなわち過去に起こった出来事を把握しないで
抽象的に解釈したり認識したりすることはできない」とも。

で、今朝の熊日には、東大名誉教授の御厨貴さんの
特定秘密保護法案に警告というインタビューがあった。
御厨さんは、政府の公文書管理委員会の委員長でもあるが、
こう語っている。
「日本ではもともと公文書の取り扱いがいいかげん。
だから隠そうという話にもつながる。
敗戦後、当時の大蔵省や陸軍は、都合の悪い史料を焼いた。
その経験から公文書は最初から残さなければいいとなり、
戦後は極端に減った」

また、こうも。
「公文書を大事にしないのは、歴史に対する責任感がないから。
今の政策決定が将来の国民も縛る。
その責任を問われたときに根拠を示さなければおかしい。
日本はまだそこまで考えていない」

重要な史実を、都合の悪いものとして廃棄した
当時の感覚が今も残っているというか、
根本的に、「公文書の厳正な保管と、その開示の必要性」
が常識であるという教育を受けていないからだろう。

特定秘密保護法案に関して、
提案側の誰一人、納得の行く説明ができないという、
まったく恥ずかしい事態である。
小手先の修正でその場しのぎをしているだけに思える。
維新の橋下代表は、大阪府知事時代に
徹底した情報公開に取り組み、それなりの実績もあるので、
どこまで突っ込んでいけるのか少しは期待している。

いま現在正義と思われていることが、
永久に正義であり続けるかどうかは分からない。
少なくともそれぐらいの認識は持ってもらいたいものである。






2013年11月18日 (月)

風の便り11月号

秋も深まるか、もはや冬かという頃になって、
やっと「風の便り」を配り始めました。
原稿の出来上がりが遅かったうえに印刷も時間がかかったからです。
それでは、少しコピペしてみます。

合志市議会議員上田欣也からあなたへ
活動報告  風の便り
平成25年11月1日発行(第14号)

みなさま、いつもお世話になっております。
合志市議会議員の上田欣也です。
いつまでも暑さが残っていましたが、やっと秋らしくなってきました。
季節の変わり目、体調には気を付けてください。

さて、平成25年第3回定例会は、
3日(火)から9月24日(火)まで22日間の日程で行われました。
今議会は、平成
24年度の決算審査が大きな議題です。
ほとんどが各常任委員会に付託され、
委員会ごとに内容を詳しく調べるのですが、
昨年の予算審査のときは、健康福祉
常任委員だったので、
中には初めて見る
ような内容もありました。

特に水道事業会計や下水道特別会計など、
日頃身近な存在でありながら、決算
というお金の出入りと、
事業としての効
率性や将来にわたる課題等をしっかり検討しました。

市の広報紙のあり方として、
ページばかりが増えるのは困るが、
アンケートページをつけたりして、広聴機能を充実させたらどうか、
と言った手前、
今回は自分の議会報告にアンケートをつけました。
反応はどうかなと思っていたのですが、
今日、郵便受けに一通返信がありました。
近所の方だと思われます。
なるほど、そういうことを考えていらっしゃるのか、
と「気づき」をいただきました。






2013年11月17日 (日)

敗者の文学

ついに、今年の尚絅大学文化言語学部公開講座が
昨日で終わった。
当初の予定通り、すべての講座を受講できたが、
こういうのって、ちゃんと全部出席できるだろうかなどと、
本筋と違うところで、頭に引っ掛かりを作ってしまうので、どうもいけない。

それはそうと、最終日は、
宮﨑尚子助教の「大正時代と家庭団欒
~川端康成の中学生の頃の文章を中心に~」と
武田昌憲教授の「身近なところから学ぶ~判官びいき・
源義経の魅力を探る~」であった。

どちらもさして惹かれるテーマではなかったのだが、
やっぱり何でも聞いてみる価値はある。
今年の全体テーマが「身近なところから学ぶ
~家庭・社会・コミュニケーション~」だったので、
家庭、家族をめぐる講義内容が多かったようである。
全体テーマのことをすっかり忘れていたので、
これは女子大だからかな、などと勘違いするところだった。
でも、この女子大だから、という部分は、今の時代に
かえって新鮮なことのような気もする。

で、判官びいきの話で、
武田教授は、日本人の心性的に「敗者の文学」があると。
それはおそらく多くの人が指摘するところだと思うが、
先生によると『将門記』がその最初ではないかとのこと。
負けた側について、その家族、苦労話、没落の話に
日本人は憧れるところがあるというのだが、
私はそこに日本人の「自虐史観」の原点を
見ることもできるのではないかと、思ったのであった。
根拠はありませんので、そういう思いつきに過剰な反応はしないでください。

源義経は、人の手柄は自分のものというような、
結構いやな奴で、周りの者から嫌われていたらしい。
あと、攻撃のとき、すぐに火をつけたがるというか。









2013年11月14日 (木)

ガイド・ミー

Photo

菊池恵楓園のボランティアガイドの日だった。
合志市立西合志東小学校5年生の児童たち、
4クラスで約160名。
1クラス40名は多い。
それは文科省の定める基準いっぱいだからそう感じるのか。

まず最初に恵楓会館で1時間ほど、志村さんの講話を聞いた。
もう何度も志村さんの話を聞くが、
以前とは、話の流れが変わってきている。
先週の杉野さんも児童からの事前の質問に答えるという形だった。
合志市内の小学生だからということなのだろうか。

「(園から)逃げた人はいますか」という質問が、
自分が退所して、養鶏場を作ったときの話や、
移動(異動)証明を園長に出してもらったいきさつなどに、
もちろん話題は広がっていく。

いろいろな団体を案内するけれど、
地元の子どもたちには特に、自分たちの生活圏に
ハンセン病の療養所があって、そこには
病気のことだけではなく、差別の歴史があったことを
しっかり学んでもらいたい。
「子育て支援日本一」で両親が合志市を選んだという家庭もあるだろう。
その政策は、偶然出て来たというより、
実は連綿と続く合志市の歴史の中で、
選ばれるべくして取られた政策なのかもしれない。

案内しながら、何を語るべきなのか、と思わないではない。
ガイドブックにある歴史資料的な記述でいいのか、
もっと感情に訴えるような言われなき差別のことにすべきか。
私はあまり上手なガイドではないのだけれど、
何を話そうとか、自分の立ち位置とか、
それこそ、菊池恵楓園の将来に向けて何をなすべきかなどと、
様々に思いを巡らしながらのガイドである。

歴史名勝を解説するだけのガイドだったら、
よっぽど楽だろうなと思わざるを得ない。
(いえ、全国津々浦々のガイドさんがそうだと
言っているわけではありませんが)
数十年後は、事実を淡々と語るだけになっているのだろうか。
そのとき私は、もはや生きていないと思われるが、
同じ過ちを私たちが繰り返していないことを
いま切に願うものである。

写真は、社会交流会館(歴史資料館)前。
見学が終わってクラスごとに、
菊池電車の再春荘前駅に向かう生徒たちです。



2013年11月13日 (水)

帰らざる夏の日

8月17日の熊日に、
熊本市電に導入するICカードの公募状況についての記事。
過ぎ去りし、あの暑かった夏の日の出来事ではあるが、
まだ事業者が決まる前の話。

SUGOCAを運用するJR九州が、
「鉄道と電車ではシステムの前提が異なり、ハードルが高い」
として、公募参加は困難との認識を示していた。
その理由として。
「スゴカは読み取り機を各駅に固定で設置することを
前提にしたシステム。市電の読み取り機は移動する社内に設置する」
だから、「発想が全く異なり、一から新しいシステムを構築することになる」
ということであった。

結局、西鉄グループのnimocaに決定したのは、
皆さんご承知おきのことと思う。
ま、いまさらなんだけれど、
熊本市電の電停に据え置き型の読み取り機を設置するという仕様が
考えられなかったのか、と思わざるを得ない。
だって、均一料金なんだから、なおさらのことじゃありませんか。

これは、利用者を性善説でとらえるかどうかの問題ではあるが、
利用者を増やすには、思い切った発想の転換と、
新しい取り組みが必要なのではないか。

朝のラッシュ時には、積み残しもあるので、
これ以上利用者が増えるのは困るという一面があるという、
オブセッション(強迫観念)を関係者はお持ちなのかもしれないが。

というか、読み取り機は雨に濡れたら、
誤作動するのでしょうね。





2013年11月12日 (火)

社会的制度としての図書館

柳与志夫著『図書館制度・経営論』(学文社刊)のまえがきに、こうあった。

「図書館は、あまたある社会的制度のひとつである。
それが意味することは、山や動植物のように、
人間がいようといまいと存在し続ける自然と違って、
人々がそれを作り、維持しなければ、
図書館は存在しないということだ。つまり、『あって当然』ではなく、
常にその存在意義が問われ、どのような社会的役割を果たしているかを
説明する責任があるということである」

また、こうも書かれている。
「制度も経営も、図書館の目的を達成するための方法・手段に過ぎない。
そして、図書館の目的とは永遠不変のものではなく、
その時々の社会や個人によって違ってくるはずだ」

ただの利用者の立場を超えて、
図書館について私が考え始めたのは、議員になってからだ。
合志市における現在の3館体制が、財政健全化の掛け声のもと、
見直されるかもしれないという危機感がある。
荒木義行市長の選挙マニフェストに、
歴史資料館2館の統合が挙げられていたことが
その前段にあった。そして、それらに関連して、
公文書管理と保存についても考えるようになったから、
何となく、うやむやになってしまったマニフェストの一部ですが、
私に問題意識を植え付けてくれたので、大変感謝しています。

今朝の熊日朝刊に、熊本市の「2000人市民委員会」アンケートの
結果に関する記事があった。それによると、直近1年間で
熊本市内の図書館や公民館図書室を利用したと答えたのが、43%。
合志市の場合、過去1年間で利用したことがある人が、
今年度の市民意識(アンケート)調査によると、48.6%。
調査方法や時期の違いを考慮しないという前提になるが、
合志市の方が若干多いとはいえ、似たようなものである。
合志市の場合、平成19年から調査をやっているが、
毎年それほど変化はない。
それは開館時間や閉館日など、まったく変わっていないことと
関係があるのかもしれない。
記事によると、熊本市では「開館時間を延ばせば利用増が見込まれる」
と分析、「市全体の図書サービスの在り方を検討し、
来年秋ごろをめどに方向性をまとめるとしている」ようである。

先日の尚絅大学の公開講座で学んだのだが、
なぜ、利用者や貸出数の多さにこだわるのかと言えば。
自治体の公立図書館では、人数が多ければ多いほど、
分母が大きくなることで、一人当たりの費用が小さくなる。
つまりコストパフォーマンスが上がるということらしいのだ。

まだまだ私も五里霧中の状態であるが、
いまの時代における図書館の目的や
コストだけではないパフォーマンスについて、
何らかの答えを見つけ出したいものだ。










2013年11月11日 (月)

ヒラリーからの手紙

今朝の熊日朝刊「射程」(清田幸子記者)を読んで。
安倍晋三首相のフェイスブックに、ヒラリー・クリントンからの
励ましの手紙の写真が掲載されていたということ。

「首相が女性の社会進出や権利擁護に積極的に取り組んでいるとして、
前米国務長官から届いた支持の手紙」である。

クリントン女史に持ち上げてもらったことがよほどうれしかったのだろう。
私がその立場だったとしても、うれしいと思うけれど。

記事にあるように、コメント欄を読むと(苦痛)、
どちらかというと、首相の無条件に自慢げな態度が
ほとんど歓迎されていない。
コメントを全部読まされる秘書官も大変だと思う。
初めて読んだけれど、首相に直接意見を書き込める場というのは、
テーマが何であるにせよ、こんなものなのだろう。

首相が本気で「女性の活用」を考えているとは私には思えない。
女性は日本経済のために「活用」されるべき性だとしか
考えていないのではなかろうか。
もちろん首相が女性の真の理解者であっても構わないのだが、
それが国会議員に広く理解されているとは私も思わない。

記事は「首相には、社会と向き合って『空気』を変えていく
覚悟が問われる」と前向きに結ばれている。
私なら、ちょっと無理だろう、という書き方をしてしまいそうだ。
ヒラリーさんの外圧を受けたぐらいで、
世の中が変わるとはさすがに安倍首相も思ってはいまい。
取り組むべき課題は山積どころか、山脈積しているとは思う。
それでも一つずつ片付けていかなければならない。
自分を鼓舞する気持で、
フェイスブックにアップしたのではないかな。
日常的に「覚悟」を言葉や行動に移してほしいものである。
もちろん、私としては反対することの方が多いような気はするが。






2013年11月10日 (日)

モビリティウィークのポイント

11月8日 金曜日

昼間の熊本都市圏協議会の講演に続き、
夜は熊本大学まちなか工房で、
ヨーロッパモビリティウィーク&カーフリーデーについて
コーディネーターの望月真一さんの話を聞く。

ヨーロッパの先行事例をたくさん知ることができた。
ヨーロッパでは、とにかく路面電車がいたるところの都市で
新しく走るようになっているようで、うらやましい話だが、
わりと平坦なところに都市が出来上がっているのではないかと、
そういう気がした。質問すればよかった。
それは、自転車によるまちづくりにしてもそう。

ここでも、移動と健康は密接な関係があるということだったが、
車ではなく、公共交通機関や徒歩、自転車で
まちなかに出てくる人が増えることが自然なのだという考え。
基本的に中心市街地活性化のための、
モビリティウィークであるという感じで、
まずは熊本市にがんばってもらいたいと思った。
市民が社会政策としての交通問題を考えるきっかけとして、
カーフリーデー(車のない日)が始まったことがある。
酸性雨などの問題がヨーロッパ大陸では深刻だったのかもしれない。

日本では、大気汚染を抑制するために、
車の環境性能を上げることで対応したのではないか。
輸出の花形である自動車産業ゆえに、
排ガス対策は、自動車産業で外貨を稼ぐために
避けて通れない道だっただろうから、
国内的にも、車を減らして公共交通シフトしなければ、
生活環境が清浄に保たれないということに
直接は結びつかなかったのではないか。

ヨーロッパでは、道路空間における優先順位の逆転、
つまり、まず人、歩行者が優先されるべきであり、
そのために公共サービスを充実させるという方向に動いたとのこと。
同日の午後聞いた地域公共交通マイスターの
大野練夫さんは、自分の経歴、経験からか、
公共交通とはいえ、あくまで事業者は民間でという、
財政の優先順位で、どうしても後回しになりがちな
日本の現状を追認している部分はある。
計画を行政がきっちりと立てるというところは同じだが。

別の角度からの話ではあったが、面白い共通点もあった。
望月さんが例に挙げたのだが、
中国に、「衣食住+行」があるように、近代建築の出発点である
アテネ憲章には、「住む、働く、憩う、移動する」が謳われているそうだ。

交通システムは空間構造の基本構成を左右し、
土地利用(計画)と不可分である、とも明言された。
都市計画の専門家の言葉である。
合志市で講演をやってもらいたいぐらいだ。
そうは言うものの、人口6万人弱のまちで
単独でできることは限られているし、
そもそも移動するということが、域内では完結しない。
人口10万人以上の規模で考えないと、
実際に効率的な、また効果的な都市計画は無理だろう。

日本の交通政策は道路政策で終わっている。
またどんなに道路整備をしても渋滞はなくならないとも言われた。
これは先に書いたように、大野さんの考えと対立しているようだが、
現実的にはどちらも間違っているとは言い切れない。
望月さんは、交通政策は行政サービスであり、
公共交通は公共サービスであることを強調した。

また車が占有する空間は膨大であるから
(ドライバー1人しか乗っていない車、あるいは駐車スペース)、
都市空間の利用再配分を考えるべきである。
ただ、歩車分離ではなく、人も車も自転車も使える
混合交通が必要であるとも。
ただ、そこには歩行者が優先される文化がなくてはならない。

現実を見るに、車が文字通り幅を利かす社会に生きて、
どうしたら人々の意識が変わるのでありましょうか。
そのためにこそ、モビリティウィークによる啓発が
必要だということになるのだろうか。



2013年11月 9日 (土)

熊本都市圏協議会

昨日は午前中、菊池恵楓園で、合志中央小学校の6年生を案内、
午後は、くまもと森都心プラザで開かれた
熊本都市圏協議会公共交通作業部会講演会に参加。
講師は、元埼玉県三郷市職員の大野練夫(おおのいさお)さんで、
国土交通省関東運輸局地域公共交通マイスター。
演題は、地域公共交通の確保維持・活性化の取り組みである。

三郷市の場合、首都圏の中でも都心部に近く、
鉄道や幹線道路も走っていて、もともと好条件の上に、
住民はバス網の充実を渇望していた。
またその上、新規参入したい事業者が複数あったなど、
その時期を外すことはあり得なかったと思うんだけど、
市長がその気にならなければ、何にも始まらない。
「自治体の予算は市長のビジョンに左右される」とね。

そうは言っても三郷市の場合、
路線バスの経営自体は民間でやってもらうと一本筋が通っていて、
行政は、プランナーであり、コーディネーターであると、
最初からきちんと役割分担が考えられていた。
好条件がそろっていたからだ。
とどめは、つくばエクスプレスだったようだ。

大野さんの話でも、
たとえば「衣・食・住+情報+交通」というように、
移動権というか、移動が自由にできることが
当然のこととして求められる時代だという考えがあった。

バスはもともとオムニバスというワードであったように、
乗り合うことが重要だという大野さんの視点は、
多少ひいき目に思えるが、大切なことだと思う。

他に特徴的だった意見としては、
バスロケーションシステムは、遅れることが前提のシステム。
それより先に、渋滞解消に取り組んだのか。
同じお金なら、交差点改良に使うべき。
なぜなら、道路は車だけが走っているわけではないから。
この辺は、なるほどなと思わされた。

成功した都市だからこそ言えるのだろう、などとは思わずに、
わが市の条件に当てはまる公共交通を考えなくてはいけない。
という月並みな結論になりましたね。

各市町村の担当者がわんさと集まっていて模様だが、
これって、それぞれの自治体の今後の政策に
本当に活かされるのであろうか。
まずは、講演を聞いてのレポートを提出してもらって、
それを材料をもとに、
協議会で熊本の実情にあった議論をやってもらいたいものだ。










2013年11月 7日 (木)

国民投票「20歳以上」に?

昨日の熊日朝刊に、
「国民投票『20歳以上』 自民、方針転換へ」の記事。

自民党憲法改正推進本部が役員会で、
「国民投票の投票年齢を『18歳以上』に確定させるこれまでの内容を見直し、
民法の成人年齢や公選法の選挙権年齢を18歳以上に引き下げるまで
『20歳以上』とする方針を固めた」とのこと。

私がいま、高校生だったら、これは黙っちゃいられない。
私が高校生だった当時は、学生運動の燃えかすがまだ残っていたので、
いまの高校生の感覚とは違うかもしれない。

しかし、いまの高校生、まもうすぐ18歳になる諸君には、
このことをしっかり考えてもらいたい。
20歳以上に据え置くことが良くないと言っているわけではない。
そういう決定が党内融和のために、
いとも簡単に覆されることに怒るべきではないのか。

そりゃ、50代後半の私からすれば、
18歳の青年に選挙権を与えることに意味があるのか、
多少の不安もないではないが、それ以上に
政治に関して責任を持つ年齢が早まることに期待する気持がある。

民法の成人年齢との兼ね合いがあることも分かるが、
それを乗り越える議論を、果たしてしっかり自民党内でやったのかどうか。
MSN産経ニュースには、「法整備のめどを『速やかに』とする案や
『3年以内』と明記する案が出ている」とあった。

憲法改正で将来の長きにわたって強い影響を受けるのは、
いまの若者たちなのだから、自分のこととして考えてもらいたい。
もちろんその目的である憲法改正草案についても、である。

自民党は、拙速に憲法を改正してしまいたいのだろう。
この件では、そういう下心が透けて見える。

憲法改正のための国民投票にまつわる優れた青春小説
『バイバイ・フォギーデイ』について書いた記事は
→「18禁未来小説」 リンク 




2013年11月 6日 (水)

ライス回顧録

8月11日の熊日読書欄に、
阿部重夫さんによるコンドリーザ・ライス著『ライス回顧録』の
書評が載っている。
ブッシュ大統領時代、国家安全保障担当補佐官、国務長官を務めた、
あのライスさんの自伝である。

気になる記述があると、阿部さんが最後に紹介するのは、
2006年10月、第一次政権の安倍首相と会談したときの記述。

「ブッシュが好感を持った小泉前首相と対比して安倍首相は
『控えめで感情を見せず、形式のなかに本音を隠して
なかなか奥が見透かせない』日本人の典型だが、
北朝鮮に限っては『とても強硬な姿勢を見せた』と評している」

「木を見て森を見ぬ」日本への懐疑が
ワシントンに定着しているかどうかは分からないが、
「木を見て森を見ぬ」については、その通りだという気がする。
政治のガラパゴス化。



オープンスクール

合志市立合志中学校のオープンスクールに
保護司として参加した。
保護司としてといっても、見るところは保護者と多分変わりない。
授業時間を調べずに、バスで合志庁舎まで行って、
あとは歩きで学校に向かったので、
着いたときはちょうど給食の時間。

昼休みと掃除の時間は特にすることもなく、
図書室で時間をつぶすことに。
所在なく、書棚を見て回り、何冊か手に取ってみていたら、
生徒たちがやって来た。
昼休みとはいえ、こんなに多くの生徒が集まる場所なのかと
少し驚いた。が、700名超の生徒がいるのだから、
その一割ぐらいが集まっても不思議はなかろう。

廊下の掲示に学級だよりがずらっと並んでいたので、
1年分集めて製本して残したらどうですかと、
校長先生に提案したものの、
毎年20冊ぐらいずつ積みあがっていくことを考えると、
保存する必要性はあまりないかもしれない。
思いつきに過ぎないからな。

授業はどう継承されるのか。
指導要領が変われば、教える内容も変わる。
教える教師が自らの学びで築き上げ、
繰り返し講義、指導することで伝えられる知識や知恵もあろう。
それを受け継ぐ歴代の生徒たち。
これすなわちレガシー(遺産)である。







2013年11月 5日 (火)

健康第一

昨日の熊日の読者のひろばに、こういう投稿が載っていた。
菊池市の82歳の方のものである。

「健康第一」は誰もが望むことであるが、なかなかそうはいかない。
「大切なことは、健康という第一の矢が折れても、
二の矢、三の矢を放ちながら生き抜くことである」
人間を支えるものは、肉体的な健康だけではなく、
いつかは壊れる肉体的な健康のみに頼ることなく、
人生での「第一」を求めて精進することが必要である、と。

「健康はそのための手段であり、
目的化されるべきものではない」

自治体においては財政の健全化が求められる。
これは病気に対立する概念ではないので、
数字的に健康の度合いが計りやすい。
しかしそれと同時に、住民の健康が財政に直結するのが、
国民健康保険や介護保険である。
いわく、住民が健康であれば、自治体の財政健全化に寄与すると。

「健康、健康」と声高に言うことは、
現に、そう望まないのに病気にかかった人に、
かなりつらい思いを強いるのではないかというのが
議員になる前の私の思いであった。
しかし、市の財政の内情を見るに、
いわゆる民生費扶助費の増加はとどまることを知らない。
単純に言えば、重病で病院にかかる前に予防できるものなら、
健康保険や介護保険の負担が少なくて済むというものだ。

だが、投稿した松岡光さんが書くように、
「健康はそのための手段であり、
目的化されるべきものではない」

健康は長生きにつながるが、同じ長生きするのなら、
それぞれに人生の「第一」を求めるべきではないのか。

昨日の朝、NHK総合で「きわめびと」という番組を見た。
106歳になる女性声楽家が出演して、自分の人生を語った。
山田耕筰さんに直接学んだ歌をうたう心、思いを込める発声。
自分で歌いながら、それを後に続く生徒たちに伝えてきた。
さすがに今ではもう歌う体力はない。
しかし、私たちには歌声のように、その生き方が伝わる。

そのあと、
「天野祐吉さん・時代に野次を飛ばし続けて」というのまで見てしまった。
え、敬老の日かい、と内心ちゃちを入れながら。
それぞれの人生の「第一」が集まって文化になる、
などと、分かったようなことを言いたいのではない。
なんとなく、生きることの意味、
健康第一に終わらない、人生のモデルを見たような
気がしたということである。



2013年11月 4日 (月)

菊池恵楓園文化祭

11月3日 日曜日

文化の日だった。菊池恵楓園の文化祭展示を見に、
雨が少しぱらつく中、出かけました。

最終日だったせいか、
何人もの知り合いに会いました。
写真は新しい作品がありましたが、
絵画は年々少なくなっていくような気がします。
リハビリのための作品づくりは少し増えたような。
かえでの森こども園の園児の作品や、
東北の人との交流をうかがわせる展示もありました。

菊池恵楓園の独自性が薄れることが、
社会交流ということかもしれません。

Photo

独自性といったって、
たかが4回ぐらいしか来ていないのですが。

社会交流会館で開かれていた浜田知明展も訪れました。
多くは前に見たことがある作品群ですが、
解説のインタビューが、文字を読むだけで、
そのやり取りの声まで聞こえてきそうな臨場感がありました。
前回(確か一昨年)もそう感じたのだったと思います。


2013年11月 3日 (日)

R☆E☆D

くまモンの出口戦略などと、
余計な心配しているうちに、公然とこんなプロジェクトが進んでいた。
まずはご覧ください。



蒲島郁夫熊本県知事の演技が真に迫る!
お金をかけた劇場用映画には及ばないにしても、
これはちょっと手を加えれば、短編映画フェスに出せる!

「恋するフォーチュンクッキー」の向こうを張っていることは、
一見してわかるかもしれないが、
てやんでぇ、こちとら、八代亜紀さまがお歌いになって遊ばされるんだい。
それに、AKB48だって、例の九州新幹線開業のCMを
どこかで意識していたんじゃないの?
(あ、それは「あまちゃん」か)


熊本の至宝。とっくに熊本の人ではありませんが。


本編をご覧になったことを前提に書きます。
導入部の子どもたちの表情がマジで固まるところが、
かなりホラー仕立てになっているので、
なくなったほっぺが見つかる後半部の感動が大きいのだ。

赤といえば、
神内和牛の高橋惠子に押されていたが、
これで挽回したな。

2013年11月 2日 (土)

「べき」家族をこえて

午前中は、尚絅大学の公開講座3週目。
本日は、桑原芳哉准教授の
「図書館をめぐる議論~県立図書館はどこへ行く?」と
松本貴文助教の「家族から社会を考える」の二つの講義。


尚絅大学には司書コースもあるので、
専任の先生がいても不思議はないし、
家族から社会を考えるというテーマも、
ある意味、女子大にふさわしいとも言える。

県立図書館について。
経済的に豊かになった日本が、
次に文化的にも豊かにならなくてはいけないということで、
全国に公共図書館が整備されることになったわけだが、
そのあとに何が来たかというと、
自治体の財政状況が厳しきなるにつれ、
その存在意義が問われることになった。

確かに際限なく予算をつぎ込めないので、
それなら、どうしても必要なのだという価値を
図書館としても認めてもらわなければならない。

福岡、大阪、横浜の各市立図書館は、
その規模や貸出冊数などで、府県立図書館を大きく引き離す。
府県立図書館不要論がある中で、
そう県立図書館の特長を出していくか、それを考えることは、
市町村図書館のあり方を考えることでもある。

「家族から社会を考える」は、さらに刺激的な講義だった。
家族とは何かに答えるのはむずかしいが、
家族とは○○であるべきである、という「べき」論は
明らかに存在する。
具体的には「夫婦は愛情で結ばれているべき(恋愛結婚主義)、
子どもこそ家族の中心で母親は愛情を注いで育てるべき(母性主義)」
など。
それらは間違っているとは言えないが、
合致しないとたちどころに批判の対象になる。

このような「べき」からなる家族を、研究者は「近代家族」と呼ぶそうな。
その典型が「ちびまる子ちゃん」であると。

近代家族は「核家族化」の流れでもあるが、
その核家族化は見合い結婚の比率を恋愛結婚が上回った
1960年頃に始まり、1980年代にほぼ終了。
生涯未婚率、離婚率の上昇、少子化の進展などから
「家族を一つの生活の単位と見る視点が後退して、
個人の生活や人生が重視されるようになった」
これを「家族の個人化」と呼ぶとのこと。

核家族化は高度経済成長が始まったころと重なるが、
これは家電などの耐久消費財の販売数量が増えることと
相関関係があったとも言える。

長くなるので、ここらで終わるが、
自治体の政策決定においても、
こういう基本をもう一度おさらいして
かかるべきであるという思いを強くした。

午後から参加した熊本大学政策創造研究創造センターの
公共政策コンペのプレゼンテーションは、
その続きみたいなところがあって、
今日は本当に心地よい頭脳疲労でございました。









2013年11月 1日 (金)

顕彰式

更生保護事業功労者として表彰を受けると聞いたときは、
保護司になってまだ日も浅く、実績もあまりないのに、
そんな大それたことと思ったのだが、
全部で300人からの人がそれぞれに顕彰されるのとのこと。
それに丸3年継続しているということは、
それなりのものなのかと思い直して、
今日は熊本県立劇場で晴れがましい気持ちを感じてきた。

私が頂いたのは、熊本県保護司会連合会会長表彰というもの。
どっちかというと、順番的に下位にあたる。

それはまあいいとして、
自分のこと以上にうれしかったのは、
第63回“社会を明るくする運動”作文コンテストで、
合志市の小学生が2名、
熊本県推進委員会委員長表彰と、
熊本保護観察所長表彰を受けたことである。
小学生の部は、それぞれ3名のうちの一人である。
これは素晴らしい。

全国的にマンネリ化していると言われる
毎年7月の社会を明るくする運動において、
合志市での活動も停滞気味であったため、
昨年から、合志市の保護司会のメンバーで、
市内各小中学校に、積極的な参加を呼び掛けたのだから、
喜びもひとしおである。

思えば、合志市のまちづくり提案事業認定を受けた、
ことば教育の成果であったり、
「心のポエム」コンクールなどで、合志市の児童生徒が
自分の思いや考えを文章にするということを、
より自然な形で捉えるようになったのかもしれない。

実は、市長マニフェストから生まれた事業に
教育委員会の「がんばる先生支援事業」というのがある。
その中の自己研さん研修テーマ一覧を委員会で見せてもらったら、
ことば教育指導・実技研修というのがずらっと並んでいて、
こりゃなんだかなーという思いがくすぶっていたのであるが、
社会を明るくする運動のような、外部のコンテストでの受賞は、
大いなる成果と認めるべきであろう。

ひょうたんから駒と言っては悪いが、
教育に王道はないということではないか。
地道に道を作り、畑を耕し、なんてことの積み重ねなのではあるまいか。
我田引水な結論になったが、
知恵と力と勇気の子が、合志市で育ってくれることを
これからも応援していきたいと思う。

Photo

※「知恵と力と勇気の子」は、
はるか昔のテレビアニメ「スーパージェッタ―」の
主題歌の歌詞の一部です。




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