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2013年6月21日 (金)

ゆとり教育お口直し

4月7日の熊日の日曜「争論」のテーマは
「ゆとり教育見直し」であった。
高崎経済大教授の八木秀次氏は、
ゆとり教育見直し論者。

―個性の尊重は必要ではないか。と問われて、
「やみくもな重視は問題だ。良い個性、悪い個性があり、
悪いものは矯正するなり早めに摘み取るのが
学校の教育、家庭のしつけの役割だ」

そういう考えには同調できない。
個性の良い悪いを判断する人が
八木氏みたいな人だったら、と考えると
ちょっと困るな。

氏は続けてこう言っている。
「少なくとも小学校ぐらいまでは、
有無を言せず基礎力を付けさせる時期だ。
高校生、大学生になるにつれて自由度を高めればいい」

教育の素人(現場を知らないんじゃないか)が
教育論を語ると、こういう理想主義で終わってしまう。
私も現場を知っているわけではないが、
そういう単純な物言いが恥ずかしいことぐらいはわかる。
つまり本人には、良いも悪いも、個性そのものがないからである。

かたや、ゆとり教育の戦犯とされる
京都造形芸術大教授の寺脇研氏。
ここで引用はしないが、
私は寺脇さんの考えを以前から支持している。



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