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2013年5月12日 (日)

菊池恵楓園への道

私が恵楓園ボランティアガイドとしてお手伝いをした
第9回ハンセン病市民学会in熊本が無事閉会した。

今日午後からの園内フィールドワークこそ、
日頃の成果を発揮する場であったのだが、
日頃あまり精進していないので、勢いで乗り切ったようなものだった。
普段、比較的初心者の団体を案内するのと違い、
毎年市民学会に参加している、
かなり勉強している方も多いようで、
実際ありのままで行くしかない。
ところが監禁室を最後にガイドを終えると、
期せずして良かったとほめられてしまい、
恐縮するばかりだった。

私の父と叔母が再春荘病院に勤めていたのは
50年近く前になるのだが、
私が子供の頃に聞いたハンセン病に関する話は
いま思えば、医療界においてさえ誤解と偏見が
日常的なものであったことを示すものである。
しかしそれが、当時の常識とはそういうものだったという
一つのまさに歴史的な記憶なのだということを
今回のお客さまとの対話の中から
改めて思い知ることとなった。

いくつかの条件が重なり、
合志市に住まうことになって、この夏で23年になる。
私の両親が出会うことになったのは再春荘であるが、
菊池恵楓園のボランティアガイドを務めるようになって3年、
思えば恵楓園への道が、
ザ・ロング&ワインディング・ロードでありながらも
続いていたのだなと思わざるを得ない。
それは、昔聞いた話が記憶のどこかに引っかかっていたことで、
実は自分で選び取った道なのかもしれない。
偶然と必然は見る角度の違いである。

しかしなんだかんだ言っても、
強制隔離され人生を送られた入所者の方に比べれば、
私の人生など本当にお気楽なものだ。
少なくともそれを忘れずにいたい。
中さんが、生きていて良かったと
いま、やっと思えるようになったと言われる
その言葉を聞くと、
私がやらなければならないことはまだまだ多い。
今回の参加者の一人ひとりが
この機に自らのいまある人生を祝福するとともに
足下確かめることをお勧めしたい。


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