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読みたい本だな

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2013年1月の28件の記事

2013年1月31日 (木)

現実主義



合志図書館では、毎年かなりの数の蔵書が除籍となり、
リサイクル本として市民が無料でもらえる。
そのことの是非というか考え方については別にして、
私は上掲の本書の最初の形、
2000年に単行本として出版されたものを
運よく手にすることができた。

ダグラス・ラミスさんの名前は、
植草甚一責任編集だったころか、それより少し後の
雑誌「宝島」でときおり見かけていた。
今回、目を引いたのはそのものズバリ、
このタイトルである。

『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』
ごくごく単純に言って、経済成長がなくても
豊かな暮らしができることが私の理想である。
それでは国民の最低限度の生活を守れないことは
よく分かるから、やはり一定程度の経済成長は必要だ。

しかし、だ。経済成長がすべてを解決すると
信じて疑わない人たちを私は信じることが出来ない。

というつもりで読み始めたら、
「最近の日本国憲法第9条は現実的ではないという批判」について
第2章で書かれています。
「最近」というのはこの本の初版が出た
西暦2000年、平成12年当時のことです。

マッカーサーが日本国憲法第9条を考えついたのは、
1945年の日本の現実を見た、
世界がまさに核の時代に入った時と場所だった。
広島、長崎まで行かなくても、あの時の東京を見るだけでもわかった。

 「この時代に、国家の軍事力だけで国民の命を守ることは、
 もう不可能だということ」


しかし、マッカーサー自身そのことをすぐに忘れて
すぐ普通の「常識」に戻った。
憲法が1年後回しにされていたら、第9条はなかった。
それほど

 「日本国憲法ができた歴史的瞬間というのは、ひじょうに重要」

マッカーサーが普通の考え方に戻った時には遅かった。
憲法はできてしまえば取り消せない。
そう簡単に変えることはできない。

だから、自主憲法制定なる考えは、
実はアメリカという国家の自己都合による
日本に対する圧力であるという見方もできるのだろう。

交戦権について。

 交戦権というのは、戦争をすること自体の権利です。
 もっと具体的に言うと、戦争ならば、
 人を殺しても罪にならないという、特別な権利です。
 人を殺す権利なのです。

 兵隊が兵隊であるための、兵隊の基本的な「人権」

こそ、
交戦権であるとラミス氏は書く。
それは氏独特の思想ではなく、現実である。


とまあ、まだ途中までしか読んでいませんので、
今日はこの辺で。



2013年1月30日 (水)

今度は町長選挙

大津町生涯学習センター文化ホールで開催された
大津町長選挙に伴う公開討論会に参加。
パネリストは前町長 家入勲さんと前町議 金田俊二さん。

主催は東熊本青年会議所公開討論会実行委員会。
最初に実行委員会から、
マニフェストを掲げて選挙に臨み、
それを町政に反映し成果を評価することから
次のステップへと進むPDCAのスパイラルについて説明。

あとは、それぞれが事前に提出しておいた
概要(参加者に配布)をもとに
自分の政策目標について順番に説明補足する。
内容についてはここに書かないが、
前職の家入さんはもっと実績を強調してもよかったような。
総じて新人候補の方が自由に語れると思う。
参加者は150人ほどであったろうか。

この討論会を企画運営した
東熊本青年会議所のメンバーの尽力は労いたいが、
この成果を多くの町民にどう伝えるのか。
参加した人がそれぞれに評価し
まわりの人たちと町の将来について考える機会になれば
それで良しとすべきかもしれない。

それにしても「マニフェスト」という言葉もイメージも
すっかり過去のものになってしまったような現状、
マニフェストの目指したものを
大事に育てることも地方自治には必要なんだな。
流行を追っただけのマニフェストライダーも
次の段階へと歩を進めてほしい。



2013年1月29日 (火)

図書館のロビイスト

私のホームタウンである大津町では、
来月、町長、町議選挙が同日に行われる。
1月27日日曜日、大津町民ホールで
その公開討論会が行われた。
参加者は熊日によると約150名。

大津町町議選公開討論会実行委員会主催、
共催は大津町明るい選挙推進協議会。

次第によると、

目的:立候補予定者の町づくりに対する提案と討議を通して、
町民の町づくりに対する意識の高揚と
投票の際の選択肢の明確化を図る。

内容:町議選に向けて、立候補予定者を招き、
コーディネーターを介し公開討論会を行う。

参加者は立候補予定者18人(熊日によると19人)のうち6名。
各候補者が5分ずつ2回、意見表明を行った。
広用紙に各自が公約のポイントを大書してきたものを
指し示しながら、現状分析、主張を繰り出すのだが、
持ち時間がいかんせん短くもある。

だが、2回目の5分は少し持て余し気味に感じられた。
つまり時間は短く切られた方がインパクトも強い。
最後にコーディネーターを介して、
おおまかに2分ずつほど、
自説の補強をすることが出来た。
熊本学園大学の坂本正教授の手慣れた進行により、
聞き手も論点整理ができたと思うし、
何よりも、候補者自身が自分の思いを
さらに深め、見直す良い機会となったのではないか。

この会の素晴らしさは、
実行委員会のメンバーの尽力もさることながら、
その成り立ちの妙である。

おおづ図書館は比較的新しい公立図書館だが、
入ってすぐの所に、ロビーとギャラリーがある。
そこにテーブルと椅子が置いてあって、
来館者がつれづれに語り合うことができる。
会のメンバーは退役者が多いとのことだが、
ほとんど毎日のように、この図書館を訪れているうちに
当然のごとく顔見知りになり、
そこから地方自治研究の会が自然と生まれたそうだ。

大津町を始め、菊陽町や合志市に
議会の傍聴に行ったりしているうちに、
今回の選挙が近づき、
先の公開討論会をやろうということになったらしい。

活動について詳しく取材したわけではないので、
ごく大雑把になってしまったが、
何と言っても、それが図書館のロビーで生まれたとは!
これは全国に向けて自慢していいと思う。

Photo

俵山に日が差してきれいだった。
駐車場から。








2013年1月28日 (月)

図書館総合展フォーラム

くまもと森都心プラザ図書館で開催された

第6回日本図書館協会 九州地区図書館の集い
図書館総合展フォーラム2013 in 熊本

に参加。
九州各県、熊本県内からの参加者が多かったが、
遠くは仙台からもいらっしゃった方も。約200名。

主催者のPR不足も否めないとは思うが、
それでも集まってきた人たちは
情熱のライブリアンと言えるかもしれない。

私が選んだ分科会は、
「新しい情報専門職の養成
―九州大学ライブラリーサイエンス専攻が目指すもの」
講師:石田栄美さん
(九州大大学院ライブラリーサイエンス専攻准教授)

ライブラリーサイエンスでは何をやるのかというと、
単なる図書館だけにとどまらない、
そこから広がる情報をいかに知的活動へと
結びつけていくか、というようなことか。
私の興味を惹いたのは、公文書管理のように
記録情報をいかに適切に管理するか、
そのための人材育成も担うというところだ。

もう一つの分科会は
「図書館が活用できる外部資金」という
小郡市立図書館長 永利和則さんの話。
もともと行政マンだったので、
自治体の予算の成り立ちや現状、
主張のマニフェストと総合計画の関係などの話も。

しかし、いかに補助金やそれを通じた予算を獲得するか
が問題なのではなく、
社会教育を「万民への奉仕」へと近づけることができているか。
教育機関としての責務を負うことを忘れてはいないか、
が大事なことなのではないか。

本を媒介にして人と人がつながる。
そしてそこから「知」が展開していく。

以前から考えていたのだが、
まずは、図書館友の会を立ち上げよう。
背中を押された気がする。



2

森都心プラザのテラスから見た。

Photo

Photo_2






















2013年1月27日 (日)

新書で読む世間

「新書で読む世間」は編集委員 春木進さんが書く
熊日読書のページの連載である。
大変ためになる新書の書評だが、
読まずに済んでしまいそうになるところが難です。

今日の分は、
『新しい国へ』(安倍晋三著 文春新書)と、
『総理の器量』(橋本五郎著 中公新書ラクレ)の2冊。

 「いかにもお手軽に、自分の言いたいことだけを書いたものが多い」
と書店の新書コーナーに並ぶ政治家の書を評する。
 「現役時代は政務に集中し、引退後に回顧録を書いたらどうだろう」

むむむ、ブログはどうなのだろう。
という前に、首相クラスと比較してどうする、ということで。

 保守的な国家感はいいとしても、
 それを復活させるものとして教育に過大な期待を
 寄せるところがやや理解しがたい。
 教育の機能への根本的な誤解がありはしないか。
 そこから「再生」という言葉も生まれているのだが、
 教育は「再生」が必要なほどの惨状とは思えないのだが。


わが意を得たりとはこのことを言う。
春木さんは熊日で教育に関する記事が多く、
その意見に私も影響を受けているのかもしれない。

作家、田中慎弥氏は山口県在住だが、
週刊誌で安倍氏をこう評していたとのこと。

 「名門政治家の家系に生まれた自負と
 プレッシャーがのしかかっている。
 弱いのに強く見せざるをえないタカ」


これも思う壷。


2013年1月26日 (土)

活動報告「風の便り」第11号③

○合志市と熊本県の関係について○

県と市は対等な関係とはよく聞くものの、
実際はどうしても県の方が上というイメージがあるので、
上なら上でもいいから熊本県の力を
合志市のために引き出すことが大事なのではないか
ということを言いたくてこのことを取り上げました。
「熊本都市計画区域の見直し及び市街化調整区域の
規制緩和を求める意見書」を議員提案で熊本県知事あてに
提出することが議題に上ることを私は存じませんでしたが、
結果的には呼び水となるような質問をしたことになったようです。

○合志市の子育て支援における児童相談所の役割について○

ニュースになるような事件が起きたときに
よく出てくるのが児童相談所です。
私にもその役割がよくわかっていなかったので質問しました。
熊本市は独自の児童相談所を持っています。
熊本県には他に熊本中央と八代の二つの児童相談所があり、
合志市は熊本中央の管轄になります。
そこでは発達の遅れや虐待、しつけ、家出、非行、引きこもり
などの相談を受けています。

合志市では合併後、福祉事務所を設置していますが、
その中に家庭相談員を採用していて、
相談業務や家庭訪問をしています。
年間20件前後の新規の相談があるそうですが、
1回の相談で解決することは少なく、
対応が2,3年続くケースもあるとのことです。

熊本中央児童相談所の管轄は、
菊池、鹿本、阿蘇、天草まで及ぶので
迅速な対応に無理がないかということも訊ねました。
それについては、
児童相談所の力を借りるべきところでの連携は
きちんと図れているとの答弁が、
子育て支援課長からありました。


 ―― ・ ―― ・ ――

今回は、詳しくは議会だよりをお読みください。
という一文を入れ損ねたことにあとで気づきました。
あと、最後のページに前エントリーで掲載した
写真をまとめたんですが、
そこで校正ミスを2カ所発見。

自分で文章を書くことは別に苦ではないんですが、
やっぱり編集してくれる人が別にいてくれたら
ありがたいなと思います。
そうは言うものの、あまり人の言うことを
素直に聞く方ではないので、
いまのままでいいのかもしれません。

いや、広報担当とかいたら、
やっぱり任せると思います。
でも報酬出せないからなあ・・・






2013年1月25日 (金)

活動報告「風の便り」第11号②

○歴史資料館、郷土資料館をどう活用するか○

みなさん、オルレやフットパスについて
聞いたか読まれたことはありませんか。
オルレは韓国の国民的レジャーで、
済州島の魅力を再発見させるために作られたウォーキングコースで、
その九州版が上天草市の維和島をめぐるコースとして認定されています。

また宇城地域には「くまもと宇城フットパス」があります。
こちらはイギリスが発祥の地で、
地域に昔からある、ありのままの風景を楽しみながら歩くというものです。


合志市には名所旧跡、古墳もあれば小高い山も畑も温泉もある。
ということで、ヴィーブルにある歴史資料館と
西合志図書館のとなりにある郷土資料館を拠点にして、
レターバスや循環バスなどを利用したウォーキングコースを
作ったらどうかと提案しました。


さすがに先見の明がある荒木市長、同様のことを考えていたそうです。
健康づくりに関しては、何キロ歩けば何カロリー消費する
というところまで明示したマップをちょうど作るようにしていた
との答弁がありました。

出来上がりを楽しみにすると同時に、
そのマップ作りの先に何をやるかが重要になると私は考えています。
市が何かをやってくれるのを待っていてもらちが明かないので、
私も前向きな何かを考えようと思っています。


 ―― ・ ―― ・ ――

12月のある風の冷たい日。
ユーパレス弁天までレターバスで行き、
そこから弁天山まで歩きました。約1キロ。

Photo
ユーパレスを出てすぐ、弁天山を望む。

2
登山口の石段。段数を数えながら楽しむ。

Photo_2
中腹の弁天山奥の院。

Photo_3
展望台からの眺めはドリーミング・デイ。

Photo_4
いちおうアスレチックもあります。

Photo_5
帰りに脇道に入ったらため池がありました。


ちなみに、これが↓
『ナイアガラ・トライアングルVOL.1』収録の
山下達郎「ドリーミング・デイ」です。



2013年1月24日 (木)

相容れないもの

本日の熊日夕刊には、
教育再生実行会議の初会合の記事。

安倍晋三首相は、
 「教育再生は経済再生と並ぶ最重要課題だ」と
 改革に強い意欲を示した。

とある。

内田樹先生の考え方に影響を受けているせいもあるが、
なぜに、教育再生と経済再生が並んでしまうのか、
意味がわからない。
米百俵の例えを持ち出して、国民の喝さいを受けたのに、
なんの成果も出せなかった前例を見ているので、
そんなことではいけないと思っているのか。

いじめを苦にした子供の自殺は
食い止めなくてはならないが、
それが教育再生か。
3万人をやっと切ったと言われる、
国民の自殺者のことはどう考えるのか。
それはまた別の課題だと言うことだろう。
では、なぜ教育は
再生されなければならないのか。

 「教育再生にはさまざまな壁があるが
 たとえ物議を醸すことがあっても意見を言ってほしい」
とも言ったそうである。
そのさまざまな壁について具体的に言ってもらわなければ。

第1次安倍内閣のときに導入した
教員免許更新制の評価はどうなっているのか。
それで子どものいじめが減ったのか、
部活指導での教師の体罰がなくなったか。





2013年1月23日 (水)

活動報告「風の便り」第11号①

今日から、市議会議員としての活動報告を
配り始めました。
お手元に届かない方のために、
その内容をここに掲載いたします。

 ―― ・ ―― ・ ――  

みなさま、いつもお世話になっております。
上田欣也
です。本年も何とぞよろしくお願い申し上げます。

さて、平成24年第4回定例会は、
12月3日(月)から12月
19日(木)まで17日間の日程で行われました。
この議会
では、合志市弁天山公園キャンプ場条例を廃止する
例をはじめ、平成24年度一般会計補正予算、
国民健康
保険特別会計補正予算などが上程されました。

■私の一般質問から■

年4回の定例会は、開会の2週間前に
一般質問の質問事
項を通告することに始まります。
これはどういう内容
のことを聞くかを市長、
あるいは教育委員長あてに事
前に提出するものです。
いくら緊張感のある質疑が求
められるとはいえ、
行政全般では範囲があまりに広い
ので、
具体的な答弁を引き出すためには、
こういうこ
とを聞きますよということ
知らせておく必要がありま
す。

○生涯学習と図書館について○

ブックスタートについて聞いたことがありますか?
ちゃんの7カ月検診のときに絵本を手渡す事業を、
平成13年に合
志町で、翌年西合志町で始めました。
これは全国的にも一番早い時
期の導入です。
市の子育て支援ガイドブックには「赤
ちゃんとかけがえのないひととき」
という見出しをつけています。
生涯学習のスタ
ートに図書館がある。
子育て支援日本一をめざすまちづくりの原点が
そこにあったと
言えるかもしれません。

今年度の事業仕分けで「図書館施設維持管理事業」が
取り上げられ、
判定は「市が実施(改善)」となりました。それを受
けて、
「図書館の統廃合については、
全庁的な公共施
設のあり方の検討が進められる中で、
合志市図書館協
議会及び庁議等の意見を踏まえ、
今後検討していく必
要がある」という取り組み方針が出されました。

6月議会の一般質問では、
教育長から「3館体制にはプ
ラスの面とマイナスの面があるが、
メリットをしっか
り活かして、子どもたちの読書活動に力を入れたい」
という趣旨の答弁をいた
だいているので
方針転換の可能性が出てきたのかとの問いに、
今回、
生涯学習課長の答弁は「図書館業務については
市民サービスに影響を
与えないように考慮しながら、
効率性有益性について検討していくこ
とは重要である」
というものでした。

生涯学習事業はつぎ込んだ予算に対して
目に見える形
での見返りがありません。
成果が数字で出てくるものでもありませ
ん。
だからこそ、
財政が厳しい折、図書館が必要だという熱い思いを
涯学習課、教育委員会だけではなく全庁的にも
持ってもらいたいと思
います。
同時に私たち市民が図書館はどうあるべきかという
問題意識を持つべきでしょう。


 ―― ・ ―― ・ ――

Then and Now :
本が好き、図書館はありがたい、
そういう思いだけで図書館を運営できるほど、
いまの自治体には財政的な余裕などない。
いや、余裕がないかどうかは、自治体が
その経営においてどこに力点を置くかということにも係っている。

私の追及は甘い。
まだまだ力不足というか努力が足りない。
自戒。





2013年1月22日 (火)

集団的自衛権

11月16日の熊日で
軍事アナリストの小川和久さんが
集団的自衛権について書いている。
ここでは一部を取り出して引用するので
図書館で全文を読んでください。

「日本は実体として既に集団的自衛権を行使している。
 米国に戦略的根拠地である日本列島を提供し、
 自衛隊で守り、年間7千億円もの在日米軍経費を支出している。
 他の同盟国は日本の代わりをできない。
 もっとも対等に近い同盟関係だ」


 ―政府統一見解の見直しを求める声も上がっています。

 「日本人は、同じような軍事力で補い合うことが
 集団的自衛権の行使だと思い込んでいるが、
 自衛隊は米軍のように国外で戦える構造の軍事力ではないし、
 米国も日本が自立した軍事力を持つことを望んではいな

 当てにできる部分を確認し合うのが集団的自衛権の行使のはず。
 幼稚な議論を整理すべき時期だ。」


私には残念ながら専門の分野というものがなく、
この人が言うことが説得力があると、
ついそうだよな、と思い、
あの方がそう書くとなるほどと納得してしまう。

ではなぜ今以上の「集団的自衛権」にそれほどまでに
こだわる人がいるのだろうか。
中国人のことを中華思想とか言う人がいるが、
日本が世界の中心でないと気が済まない人がいる。
それが日本人の誇りだと信じることは
人それぞれである。

多分、その溝を埋めることはできない。



2013年1月20日 (日)

重たいガラスを軽くするもの

合志市は2町合併後、
合志庁舎を本庁舎として西合志庁舎を分庁舎としている。
それぞれに玄関付近、玄関前に掲示板があるのだが、
そのケースの中に、行政にまつわる公文書が
掲示されているのをご存知か。

それを開けてまで(重たいガラスの引き戸である)、
その公開された情報を読もうという人は・・・
公開されているとはいえ、
それが多くの人に重要とは思えない。
しかし、そういう形で掲示すべき文書は規定されている。

で終わっていたのだ。これまでは。

Photo_2

つい最近気がついたんだけど、
こういう貼り紙がありました。
これが情報公開という、一つの形式に過ぎないものに
血を通わせる心配りというものだと私は主張する。



2013年1月19日 (土)

オレンジ村から春

11月14日の熊日夕刊に
「熊本市電 緑のじゅうたんを守るポール」の
オレンジ色は無粋ではないかということで
(晴れ永遠過去記事「緑の羽根」→リンク
落ち着いた色に熊本市が変更を検討しているという記事。

最近の報道では変更が決まったと出ていた。

もともと軌道敷内通行自体が問題なのに、
市民(というか県民か)の良識に期待していても
日が暮れるというか、芝生が枯れてしまうので、
百歩譲っての車両の横断防止のために設置されたセンターポール。

熊本市が参考にした鹿児島市電の場合、
 上下線の間に設けたT型の架線支柱と
 コンクリートの中央分離帯(高さ25㌢)で防いでいる。

ということだ。

以前、クルマを停車させるときに
方向指示器ではなく、ハザードランプを点滅させることに
異議を唱えた私であるが、
最近は、進行方向にむかって道路の右側に駐停車させることさえ
別に珍しいことではなくなった。
あれって、発信するときの後方確認が不十分になって
かなり危険だと思うのだが、
例えば熊本県警の場合、
夕方早めの点灯の注意喚起に至るまでに
かなりの年月を要したことを思うと、
道路左側に寄せてクルマを停めることが
かえって危険だという状況になってくるかもしれない。
笑えない話だ。


2013年1月18日 (金)

ミッション・ポシブル2

11月11日の熊日「射程」では、
野口和紀記者が
「地方公務員に必要な資質」というタイトルで
自治体が職員採用に際して、
点数だけでは測れない資質を重視する例を挙げている。

その中に
 
財務省は地方側にも国並みに自主的に下げるよう求め、
 地方自治体の欠かせない財源である地方交付税を減額する考えだ。

とあり、「財務省は織り込み済みのはずだ」と続けた。

先日の報道ではっきりと出てきたが、
早くからその路線は出ていたのか。
恥ずかしながら知らなかった。

 地方公務員は手ごわい国を相手にしないといけない。
 地方を担うという使命感こそが基本的な資質であり、
 力になることを忘れないでほしい。


そう結ばれたこの記事を読んで、
確かに記事としては、県民に対して訴求力はあると感じる。
しかし、やっぱり新聞記事でしかないなあと思った。
こういう見方がいけないのはわかっている。
そうだ、そうだ。
頑張れ地方公務員と言うべきかもしれない。

でも、その使命感は
住民の、その仕事に対する理解あってのものではないか。
地方公務員の立場にいつも立つという話ではないが、
なんかなーという感じがしてしまう。

目の前にある仕事、業務をこなすだけではなく、
高い理想があってこその使命感である。
それをいかに維持していくか。

議員も同じことだ。




2013年1月17日 (木)

安井かずみがいた時代

図書館で雑誌「婦人画報」を読む。
島﨑今日子さんの「安井かずみがいた時代」という連載を
バックナンバーがあるだけ読んだが、
2012年7月号で終わるまで20回ほど続いていた。
毎月一人ずつ証言者から思い出を引き出しながら、
彼女の著作や作詞からの引用を挟んでいる。

加藤和彦との生活はいちばん興味があるところだったが、
大方は当時雑誌などで読んでいたことばかりだ。
二人の生活が見かけのカッコよさだけでなく、
夫婦間には確執があったことなど
明らかにされる部分もあるが特に驚くべきことでもない。
しかし、ついつい惹き込まれてしまい、
時代の目撃者になったような重たい気分になった。

安井かずみがいた時代、
高度経済成長期からバブルに至る日本における
新しい女性、また夫婦像とされた彼女たちの生活を通して、
時代を切り取る。それが狙いなのだろうから。
いま手元にはないが、
そういうふうなイントロダクションが書かれていた。

アーティストは作品で評価されるものだ。
加藤和彦のヒストリーは、安井かずみとの生活がすべてではない。
その一部が明らかになったにしても、
やはり誰かが彼自身についての評伝を
書くべきではないかと思う。しかしそれでも、
やはり作品そのものがまず評価されるべきである。
と思うのだが、
大瀧詠一などと違って、本人が自分の過去の作品を
あまり大切にしていない人なのだった。

二人とも亡くなってしまったのだから、
書かれたことが事実と違うという反論は聞けない。
だから、与えられたイメージの中で、
新たな印象が形づくられ、
また別な陰影もつけ加えられて、
そうしながらも少しずつ忘れられていくのだろうか。





2013年1月16日 (水)

人間の道行き

11月11日の熊日「政考政読」の見出しは
「参院『不要論』の崖っぷち」

 新憲法の制定にあたって
 連合国軍総司令部(GHQ)が示した草案は「一院制」だったが、
 日本側の要望で「二院制」に変わった。
 「人間の道行きは思いもつかぬ方向に行く恐れもあり、
 どうしてもこれを抑制する方法が必要ではなかろうか」。
 憲法改正の国会審議で、
 金森徳次郎国務相(憲法担当)は二院制にする理由をこう説明した。


なんかそういう話を聞いたことはあったが、
これが原点だったのか。
それにしても、政治の言葉に品がありますね。

 「人間の道行きは思いもつかぬ方向に行く恐れもあり、
 どうしてもこれを抑制する方法が必要ではなかろうか」


11月の記事なので、臨時国会で
野田佳彦元首相の参議院での所信演説が
拒否されたときのこと。
そんなこともあったねと。

ねじれだなんだと言ったって、
真の良識の府だったら、
きちんと良識を示してくれそうなものだ。





2013年1月15日 (火)

指導者として

先日も引用したが、
東海大学副学長 山下泰裕さんの
熊日連載のエッセイ「柔の道 ひと筋に」、
11月9日分「結婚、そして英国留学へ」の回に
スポーツ指導者について書かれていた。

英国留学中、元早稲田大学ラグビー部監督の
日比野弘さんと出会い、
指導者としての道を進むに当たっての
貴重な助言をもらったとのこと。

 「指導者として何が一番大事だと思いますか」と問うと、
 日比野さんは「私は学生に責任を転嫁しないようしている」
 と答えられた。
 選手がミスを犯した時、多くの指導者が「何だお前、
 さっき言ったじゃないか、ちゃんと教えたじゃないか」
 
と言ってしまう。だが、それでは自分の責任は見えてこない。
 指導者としてどうすべきだったのか自らに問い、
 そこにこだわり続けることが指導者の成長につながる。


スポーツの指導者に限らず、教育者全般、
保護者にも言えることだと思う。
行き過ぎた指導から、高校生を自殺に追い込んだと言われる
バスケットボール部の監督。
報道からだけでは見えないものがあるということは
重々承知の上ではあるが、
山下泰裕さんが率直に先輩指導者に訊ねたこと、
その問いに誠実に答えた日比野弘さん。
このやりとりに指導することの本質もまたあるようだ。




減量クラブ

広報こうしには環境通信というページがある。
そこに毎月、家庭から出る燃やすごみの量の推移が
掲載されている。

平成24年11月号には8月分のごみ排出量がある。
それによると、ごみ排出量は約797トン。
前年同月比▲約10キロ。
12月号には9月分があり、同約754トン。
前年同月比▲約19トン。

この調子で減っていくのかと思ったら、
平成25年1月号の10月分は、同848トン。
前年同月比66トン増加。
10月に何があったのか。
わからない・・・

つまり単月の、2~3ヶ月ぐらいの期間の数字で
一喜一憂することではないということだ。
年間トータルの値で初めて、少しは減量が進んでいるとか、
そういう見方ができるのではなかろうか。

ごみを出すときにそれが何キロの重さか、
はかりで量るようにしたらどうだろう。
減量クラブというのを作って、
ごみ減量の度合いを公表し、競い合うのだ。



  

2013年1月14日 (月)

子供に

今日のテレビニュースは、
首都圏の雪と成人式の話題だった。

合志市では昨日行われた成人式に
市議会議員として出席。
昨年は入院していて欠席したので今年が2度目。

新成人が式典の最中もざわついているのは
ある程度仕方がないかと思うものの、議員席は最後部。
で、その後ろは新成人の親御さんたちの立ち見になった。
そこから私語が漏れ聞こえてくる。
小中学校の行事を参観しているのと変わらない。

2,3日前、ふと思い出したのが、
上に張り付けた「子供に」です。

 今はねむれ 君が今人生に
 欠席しても 誰もとがめない


このフレーズが繰り返されるのだけれど、
息子たちが高校生のころに
思い出しておけばよかったなと
今更ながら悔やまれる。










2013年1月11日 (金)

ウナギ

熊日にも「わたしを語る」という連載がある。
少し前は、東海大学副学長 山下泰裕さんが書いていた。
11月5日は「もっこすじいさん」の死という見出し。
柔道の世界の山下は、
この祖父がいなければなかったということは、
このエッセイをずっと読んでいればよく分かる。

中学と高校(2年生の夏まで)時代、
熊本市内に祖父と2人で住んでいたときのエピソードが
面白い。

 中学2年のころ、私にいきのいいウナギを食べさせたい一心で
 自宅の庭に池を掘ってウナギを飼い始めたのには驚いた。
 大雨の時、そのウナギが逃げ出し、
 捕まえるのに大ごとしたのを今でも思い出す。


東海大大学院2年生の時、勝手にプロレス入りを進め、
契約の手付金も預かっていたという話もあったそうだ。

この連載のタイトルは「私の道 ひと筋に」という。
演歌のタイトルに相応しい。
ばってん荒川さんが歌うにぴったりだったかもしれない。
いずれの道にせよ、名を成した人の来し方
記事に「なる」ことができる。

でも名もなきと言ったらなんだけど、
普通の、これと言って目立った功績なんかなくても
数十年生きていれば
それなりに「私の道」と他人に語れると思う。
「ひと筋」であったなんてことは、
ふり返ればそうなのであって、
向かう先はいつも枝分かれの選択なのである。
そしてそれこそが私が多元宇宙の存在を肯定する根拠である。

※「来し方行く末」の読みについての考察は
こちらをどうぞ→リンク 「言語郎-B級「高等遊民」の妄言」
実にありがたいブログです。

※※追記。
「私の道」だと思ってたら、「柔の道 ひと筋に」でした。
文章のなかだと後半が成り立たなくなるので、
ここで訂正します。




2013年1月10日 (木)

Editions of You 2

11月3日の熊日に載っていた記事。
「挑む!学校改革 山鹿市の実践」の5回目。

山鹿市の学校改革・夢プロジェクトの要点を
県鹿本事務所がまとめた冊子に、
中央教育審議会・教員の資質能力向上特別部会の
審議経過報告(2011年1月)→リンク
からの引用がある。
報告書原文を読むと、そういう意見もあったということだが。

 これからの管理職には『管理』する力ではなく、
 既存の枠組みにとらわれず、
 情報を自ら創造的に編集してよりよいものとする
 『マネジメント』する力が必要であり、
 マネジメントには『情報編集力』が必要である。


これは、学校に限らず、
あらゆる職場の管理職に当てはまることである。

私みたいに議員であり、自営業者にとっては
結局自己マネジメントに尽きるということだが、
この情報編集力については、
もう、かなり前からこの「晴れ永遠」でも書いている。

この editions を
ロックミュージックに導入したのは、ロキシーミュージックである。
ま、ポップミュージック自体が
制作時に編集されることが前提なので、
初登場とは言えないと思うのだが。

その記事は九州大大学院の元兼正浩准教授(教育行政学)
の言葉によってこう結ばれる。

 単なる指揮命令による管理、統制ではなく、
 教職員のモチベーションを管理し、
 率先垂範で信頼を得るリーダーシップが求められている。


分かってるんですよ、そんなこと。
本当に。
だけど、なかなか実践できていないのか、
周囲に理解されていないのか。
それにしてもリーダーシップって言葉、軽いですね。


2013年1月 9日 (水)

人は誰でも講師になれる

ヴィーブルの図書館に行った。
図書館というのは、そこのつくりにもよるが
ここヴィーブルの合志図書館はあまり広くないこともあり、
本棚が林の中の立ち木のような気がする。
いまふうの図書館では本棚の高さが抑えられているのが普通だ。

いつも思うのは、一生かかってもこの図書館の蔵書の

すべてを読むことは出来ないのだということだ。
だったら、すぐにでも速読を身につけて
蔵書完読踏破にとりかかればいいのだけれど、
本って、背表紙をながめて回るのが良いのだ。
なんとか気を惹こうといういうタイトルやデザイン。
素っ気なさがかえって気になるものも。

中谷彰宏の『人は誰でも講師になれる』
日本経済新聞社刊という本が目に留まった。


帯にはこう書いてある。
「準備してからではなくて、すぐ始める。」
いいね!

講師になれる その13で、
 ブログには、身辺雑記よりノウハウを書く
とある。
なるほど、そうか。
そうすると講演依頼が来るのか。
いや、待てよ。
講師やりますとまだ告知していなかった。



2013年1月 8日 (火)

俯瞰鳥瞰鵜の目鷹の目

議会だよりの自分の記事用の写真を撮りに、
ヴィーブルへ行く。やっと新年の挨拶だ。

それはともかく、
最初の思いつきどおり、ヴィーブル3階の
歴史資料館の入り口を使うことにした。

この歴史資料館は、
合併前の旧町で作られたので、
ジオラマも旧合志町が中心になっている。

Dsc_0824


Dsc_0825

ジオラマというのは正確ではないだろう。
地勢図模型?

私の生家には40センチ四方ぐらいの
どこの山なのかわからないが、
地図の立体模型みたいなものがあって、
それが本当に大好きだった。
なんでだろう。
男の子の誰もがそうなのか、個性なのか
それはわかりません。

ご意見をお聞かせください。

参考までに、合志市御代志のある西合志図書館の隣りにある
郷土資料館には、あと半分というか、旧西合志町の分があります。

2013年1月 6日 (日)

三年後

将来を語るときに、
10年後という基準はわりに多い。
行政が策定する計画も10年間を一つのスパンにする。
で、真ん中の5年後に見直しとか、ですね。

それに対していまや死語と化しつつある、
選挙マニフェストでは、
自治体首長や議員の任期が4年であることから
4年を基準にするものである。

だから、たとえば総合計画の5年10年という設定は
首長の任期とのズレが生じるから、
ちょっとアレではないかという考えも出てくる。

しかし現実には、会計年度が単年であることから
毎年毎年が勝負でなければならないというものの、
それでは長期的なビジョンがなくなってしまう。

というふうなことを考えているうちに
政治に限らないことではあるが、
実際は「三年」を一つの目処とすることが
適当なのではないかと思うようになった。

私は研究者ではなく、
どちらかというと詩人なので、
こう、なんというか花鳥風月的に
ものごとをとらえがちである。
そういう意味で、3年後を一つ考えることで
わりとしっかりとした未来志向の証としたい。

だって、3年後ぐらいまでは自分の寿命に
責任が持てそうだとは思いませんか。


2013年1月 5日 (土)

ゆるキャラ栄枯盛衰

ひょんなことで、この記事を見つけた。
四国新聞の「追跡」というシリーズもので、
タイトルは、「ゆるキャラ」栄枯盛衰リンク です。

2007年3月11日の記事なので、
もちろん「くまモン」登場前夜の話です。
というか香川県がキャラクター王国だったことや、
「ゆるキャラ」の名付け親がみうらじゅんだったこと、
あるいはこの時点で実は
ゆるキャラが冬の時代に入りかけていると
見なされていたことなど実に興味深い。

そしてまたその流れが、
くまモンというプロジェクトによって、
大きく潮目が変わることになることなど
2007年時点の誰も想像しえなかった。
一つ言えるのは、
それまでのゆるキャラのアンチテーゼとして
くまモン戦略が企図されたことは疑いないということだ。

小山薫堂が映画『おくりびと』を作らなければ、
プロデュースを任されなかっただろうし、
そのずっと前に細川護煕元県知事が
九州新幹線誘致に積極的であったなら、
少なくともくまモンは誕生することはなかったであろう。
そういうもう一つの別の世界のことを考えても
別に誰も徳はしないのだけれど。

需要があって常に何かが掘り起こされる。
その方向性は「たまたま」とも言えるし、
どれだけ頭を使うか、それをアクションに結びつけるか、
それによって結果が左右されるということはあるかなーと。




2013年1月 4日 (金)

仕事始めの巻

今日から仕事を始めます。いや、始めました。
議員の本分は議会に出席することです。
議会には定例会、臨時会がありますが、
通年議会でない限り、一般的に年4回の定例会が
基本的な業務の場であります。
もちろん、そのほかの日常業務があってこそ、
議会において、行政のチェックを果たすというミッションを
果たすことが出来るのだと思います。

今日、手をつけたのは個人の議会報告書づくり。
12月の第4回定例会の一般質問を中心にまとめます。

それで、参考までに美里フットパスを検索すると、
こういうブログ記事がヒットしました。
すごいです。面白い。ブログの鑑。
フットパスがどういうものか一目瞭然!→リンク  

今日はここまでにしておこう。





2013年1月 3日 (木)

正月の朝のごちそう

もう、正月も3日。
さて明日から仕事モードだなと思っていたら、
私の友人からメールが届きました。
正月らしさの締めにちょうどいい塩梅です。

この項はいつものように、
私の友人がわははら君からのメールを
引用して送ってくれる文章を再構成したものです。

 ―― ・ ―― ・ ―― ・ ――

わははら君から元日にメールが届いた。

正月ひとりでやってんのかな、と心配ではないけど、
ちょうど思っていたところだった。

へー、ちゃんとやってるんだ。

以下はメールからの抜粋。


    おせち おしながき


 1.煮物、チキンロール、ローストビーフ

 2.松前漬け、数の子の味噌漬け

 3.鯛のお吸い物のお雑煮

 4.トマトとレタスのサラダ

 5.白菜漬け

 6.焼き餅

 7.日本酒


…おせち作ってみようかなとは前から思っていたんですが、
旅行に行こうかどうしようかと思ってもいたんで
30日に買い物に行って、まあ次の機会の練習ということでトライ。
数の子がお歳暮で届いたのでそれがきっかけになりました。

…このうち実際に作ったのは、
チキンロールと数の子の2種(松前漬けと味噌漬け)ですね。
ローストビーフと煮物は出来合いをスーパーで購入。
お雑煮はこれも貰ったお茶漬けの素があり、
その詰め合わせの中にお吸い物のがあったので、
それにお餅を入れただけ。最中の中に具が入っているやつです。

…あ、松前漬けは「松前漬けの素」ってのがあるんでそれを活用。
でも数の子の塩抜きと薄皮(?)むきはちゃんとやりましたよ。
見た目がからすみか薫製みたいな味噌漬けの方は、
数の子の箱に白みそ・みりんで漬込む
「西京漬」というのが紹介してあったんで、
ウチにあった2種の味噌とみりんを混ぜてやってみました。
こっちは酒粕かなんかの方が美味いんじゃないかと思いました。

…チキンロールはいろいろ試してますが、
和風のいんげんと人参巻いたやつで。
フライパンで焼き目をつけたあと煮汁の中を転がしながら
煮込むみたいな作り方にしましたが、
まあうまくいったかなと思います。
きれいに巻けてるし冷えてから切ったのでくずれてないし。

13_osechi_s

(ここまで引用)

なかなかやるな!というのが正直な感想。
これ食べながら酒飲んで正月番組見てるんだな。

心配することはなかった、
豊かな正月の時間を過ごしておるではないか。

餅は白菜で巻いて食べても美味しいしね。
あとで電話して酒は何か聞いてみよう。

年末年始休業のお知らせ

1月1日は国民の祝日はわかるけど、
役所の2日、3日の休みには根拠があるのかと
ふと思ったことだった。

今の世の中便利なもので、
また同じことを考える人がいたこともわかってうれしいが、
「教えて!
goo」というサイトにアンサーがありました。

それによると、

 ・行政機関の休日に関する法律(昭和63年12月13日法律第91号)
 ・裁判所の休日に関する法律(昭和63年12月13日法律第93号)
 ・国会に置かれる機関の休日に関する法律
   (昭和63年12月27日法律第 105号)

があって、
次の条文があります。

 1.日曜日及び土曜日
 2.国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)に
   規定する休日
 3.12月29日から翌年の1月3日までの日(前号に掲げる日を除く。)


多分そうなのだろうとは思ってましたが、
やっぱり歴然とした事実を知りたいのが人情ではありませんか。
え?普通はそんなこと考えないって。

ただ、わかりきっていることでも
民間の事業所や病院であったりお店では、
普通、年末年始の営業に関するお知らせをしますよね。
合志市役所を例に取れば、
せめてホームページに年末年始の休業と
その間の緊急連絡に関しては
掲示しておくべきではないかと思い、昨年暮れ
担当課にその旨メールしました。

すぐに対応してくれて、
市のホームページの新着情報に掲載されました。
それが役に立ったと思う人はほとんどいないかもしれない。
しかし、緊急のときでもとにかく、
市役所に電話すれば警備員がいて、
何らかの対応をしてくれるということはわかる。
そういうことが大きな安心になるのではないでしょうか。

この際、市の公式サイトを見てる人ばかりとは限らない。
と言ってしまうことは、すべての前提を否定することになります。
パソコンでたまたまお知らせを見た人がいて、
それを知らなかった人に、
そういえば書いてありましたよ、と教えることができる。
大したことではないけれど、
それがサービスであり、情報提供というものでしょう。


2013年1月 1日 (火)

曇り空よ ああ

新しい年に 気持が改まらない
などという言い訳をしては いけない
表向きにつくろえば 実(じつ)はあとに続くのだ
何度もくり返すうちに それは真実に近づく
言葉を受け止めるのは 明らかに他人だからだ

だって 他人に向けて 言葉を発しているから

自分の言葉を反芻するとき
さっきまでの私も もはや他人になる
そうでなければ 客観なんてありえない

新しい年に 新しい人
皆が見過ごす 理(ことわり)に分け入り
新たな実を 拾って行こう

おお 曇り空よ
突き抜けたその向こうに
青い空を見ることができない

曇り空よ ああ いま雌伏のとき

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