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2012年9月18日 (火)

アムンゼン

7月27日の熊日に
東洋英和女学院大学学長の村上陽一郎さんが、
政府のエネルギー戦略に関する意識調査のことを
書いていた。

本題とはあまり関係ないが、
次の文章が私を捉えた。

もちろん「より安全」になったから、
それだけ安心も増すというわけではない。
安全と安心とはよくセットで議論されるが、
全く異なる概念である。
安全はリスクと対になるが、安心の反対語は不安であり、
為政者としては、人々の不安にどれだけ応答できるか、
という全く次元の異なる政治的な課題も抱えることになる。 


つまり何ごとによらず、
安全は技術的な問題をクリアすることなどで、
リスクをかなりの程度まで回避できるが、
安心は、人々の不安という漠然とした心の状態を
どこまで解放できるかという、
尺度があってないようなものだと。

一般的な不安の定義がむずかしいので、
いきおい「安心」を目指すという方向性を打ち出す。
そして過剰な対応へと進んでしまう。

そして「安心安全」という標語だけが、
あちこち元気に一人歩きしているのだ。

それが悪いかと言われれば、
別に標語に過ぎませんから、というだけの話。
タイトルは、スピッツに倣って。

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