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2012年8月 1日 (水)

忌避意識とは

7月28日土曜日、
合志市総合センター ヴィーブルで
第7回合志市人権教育研究大会が開催された。

記念講演は、近畿大学人権問題研究所教授の奥田均さん。
演題は「今日の部落差別のカラクリをひもとく」。

資料に「忌避意識の正体」として、
次のように書かれていた。

「同和地区との属地関係を持てば
同和地区出身者と見なされる可能性』が市民を包み込んでいる。
そんな差別を受ける側にはなりたくないという市民のごく普通の願いは、
『同和地区出身者と見なされる可能性』を避けようとする
意識を形成している。それが忌避意識である」

それは、そうみなされることを忌避する意識であり、
部落に対するストレートな差別意識とは異なる。
だからこそ、その意識は広がりを持ってしまうと言えるのかもしれない。

「市民が市民の視線を感じ取り、お互いがそれに縛られながら、
『同和地区出身者と見なされる可能性』を回避していくという、
忌避意識により、むしろ市民と市民との関係、
市民と社会との関係において形づくられている意識、
それが忌避意識である」

同和地区も一つの記号と化してしまったということだろう。
奥田さんは、だからその忌避意識を克服するために
発想の転換を求めている。

地面の良しあし(同和地区であるか否か)、
差別がいけないという基準ではなく、
そんなつまらないことに、いつまでこだわっているんですか、と
そういう世間を創りあげなければならないと説く。

そして最後に、分煙社会が当たり前になったのは、
健康増進法が出来たからという実例を挙げ、
差別禁止法を作るべきだと結ばれた。

健康増進法自体には、そこまで国家で管理するのは、
ふくれあがる医療費の増大に歯止めをかける、
財政的な観点しかないと言う人もいるのだが、
先日の熊本再春荘病院での講座を聞いて、
健康でいることは、自分の人生を最後まで
積極的に楽しむための一つの手段であるということに
気づかされたので、
私としては細かいことは言うまい。

昨日の菊池恵楓園学ぶ旅での
入所者自治会の志村さんの話。
「法務局長が変わるたびに挨拶に来るので、
人権とは何ですかと、いつも訊いてみる。
日本の法律に人権とは何かという明確な定義はない。
百人に問えば、百通りの人権がある。
それは人権なるものがないに等しい。
だから、人権を法的に位置づける
人権擁護法
が必要である」と(大意)。

話が逸れたかもしれない。
7月28日に行われたのは、
あくまで人権教育研究大会である。
つまり人権教育について考える、学ぶ機会であるが、
ただ、いけない、なくそう、の時代から、
次のステップへ踏み出すべきときでもある。

しかし、同和地区の土地だと坪単価が下がるからと、
いけしゃあしゃあと市役所にそれを確認してくる。
合志市では実際にそういう事件があった。
そういう無知との決別が必要という意味では、
まだまだ人権教育の役目は終わっていないということだ。









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