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2012年7月25日 (水)

バトンランナー

熊日の整理もやっと6月分に入った。
締め切りがない仕事(仕事とも呼べないが)は、
際限なく引き延ばしてしまう。

6月2日、元水俣市長 吉井正澄さんの「もやい直しの人生」、
第21回「市長のライバルは誰?」の巻。

市民の日常会話では近隣市町との比較が話題になるので、
近隣の町長や市長がライバルかというと、
「それよりも『前の市長は良かった』と言われると、
裏返しに『今の市長は良くない』ということになり、
前市長の良い評判には心穏やかではない。
前市長の方がよりライバルである」
と吉井さんは述べる。

「そこで、前の事業は廃止して、
新たに目を引く事業を計画することになる。
前市長と選挙で戦えばその傾向はさらに強まる。
市長が交代するごとに市政の目標が右に左にと揺れ動くと、
行政の事業は10年、20年と
長い期間かかって完成するものがほとんどであることから、
それまでの努力が水泡となりかねない」
と続くが、それは少し誇張した書き方に思える。
昔はそういうこともあっただろうが、
どこの市町村も財政が厳しい折、
大転換したくても難しいのが普通ではないか。

もちろんそれはわかった上で、
吉井さんはこう続ける。
「私は市長就任以前から、
時代の趨勢を先取りした改革は極めて重要であるが、
少なくともしっかり論議・検討して決定された
市政の根幹である長期計画は、
継承し推進せねばならないと思ってきた。
市長はバトンランナーである」

市政に限らず、
日本人の、いやもっと大きく人類の営み、生物の進化が
そういうものだと、遺伝子が言っておる。

これが県政になると、少し事情が違うかもしれない。
国政レベルになると、バトンランナーというより、
バトルランナーの様相を帯びる。
※個人的な印象です。
国政は大統領制ではないからな。

市長の選挙マニフェストを
総合計画の中にうまく落とし込むとき、
行政職の力量が問われる。
それがうまく行った場合、
そのマニフェストがもともとバトンランナーであることを
しっかり認識して作られていたからとも言えるだろう。

今日、午前中は、保護司として
社会を明るくする運動の街頭啓発に参加した。
更生保護女性会の皆さんと一緒に、
元気の森公園から、永江大通りを抜け、
県道住吉熊本線の交差点まで歩いた。
スーパーの店先などで啓発用のポケットティッシュや
チラシを配った。

午後、総合政策審議会を傍聴。
というか、今日から行政
評価の実践に入ったので、
傍聴というよりも傍観となった。
4班に分かれて、1班7本の事業を担当。
全日程3日間で審議会としての評価がまとめられる。
議会の方は来週、7月30日月曜日に
担当課から概要説明を受けて、評価に入る。


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