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2012年7月13日 (金)

ナチュラリィ(再録)

 
最近つくづく思うのは、川の本来の美しさと治水とは、
相反するものではないかということです。
白川の小磧橋から下流は、
橋を渡るとき(明午橋、子飼橋なども含めて)、
よく目にするのですが、
通常流れる川の水の少なさに驚きます。

大雨のときに、増水した川の水を、
海まで一気に流すのが治水ですから、
普段は水位が低いのが当り前。

でも、もうそれは川と呼ぶのがむずかしいくらい、
中洲部分とか草の生えた所の方が広い。

堤防部分の高さが、いやに目立ってしまって、
あれで川に親しむなんてのは、
虚偽以外の何物でもないと思います。

しかし、これはある意味、
仕方がないことであるのも承知しています。
河川改修というのは、手をつけたら、
途中でやめることの出来ない事業だからです。

弱いところ(未改修部分)を攻めるのは、
川に意思があるからではない、それが自然だからです。

Then and Now : 「ハンド・トゥ・ランド」読者欄、不採用。
同様投書を書いた記憶もあるのだが。
ひょっとすると、「晴れ永遠」に以前載せたのかも。

10年以上前だと思うが、
白川のもっと上流の鳥子川橋(そんな名前だったような)の際で、
法長5mほどの護岸のブロック積みが、
未改修の部分から回り込んだと見られる濁流の水圧で、
擁壁の形のまま、ものの見事に
前方に倒れていたのを目撃して、
実感したことが元になっています。

 ―― * ―― * ―― * ―― 

Here Today : もとの文章は、2002(平成14)年1月1日に
書いたものです。→リンク
顛末はThen and Nowに書いた通り。
この時点での10年前の大雨による被害は、
1990(平成2)年の「7.2水害」のことだったようだ。
今朝の熊日の記事を読んでいて思い出した。

当時、コンクリート製品の工場に勤めていたので、
その災害復旧で出荷が急増したのだった。
亡くなった松岡利勝さんは、その頃どうしていたんだろうと
検索してみると、ちょうどその年の2月に
衆議院議員に初当選したばかりだった。



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