2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

最近のトラックバック

untitled

読みたい本だな

  • 読みたい本だな
無料ブログはココログ

« What's new pussy cat? | トップページ | 第62回“社会を明るくする運動” »

2012年6月24日 (日)

遠い日は未来にだけあるのではない

5月6日の熊日。この日の朝刊には、
北海道電力柏原発3号機が発電を止め定期検査に入ったため
国内の商業用原発50個が全停止した記事が載っている。

それを受けた大型識者談話として、
『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』の著者
開沼博さんの話があった。

 「危険だからすぐ止めろ」と外部から批判する人がいるが、 
 「他人ごと」への圧倒的な無理解がある。
 代わりの産業がなく、かつては出稼ぎばかり。
 そこでコミュニティーを維持する機能を果たしたのが原発だ。

 取りあえず、仕事が欲しいというときに、
 再稼働しかないのが現実。

 遠い日にあるかどうか分からない「科学的なリスク」より
 「生活のリスク」こそが目の前にある。

 立地地域を「原発マネーにまみれた異質な他者」
 として切り捨て、無理解の中で追い詰めるのではなく、
 無意識的にせよ、多くの人々がその格差の固定に
 加担してきたことを理解し、まずその解決策を考えるべきだ。


切り張りしてしまったので、行間を埋める想像力を
読者には個人的に期待したい。
気の短い私は、言っても分からんモンに、
話しても分からんと、つい思いがちだが、
そりゃ、いかんバイと繰り返し自省し、また自制する。

野田首相は、結論だけはきっちりと話す人だが、
その説明にいつも逃げを用意しているように見える。
極端な話、「あなた、命をかけると言ったでしょ」と追及されたら、
「いえ、まだまだやるべきことがあるので、
政治生命しかかけられません」とか言うことだろう。
「政治生命を賭したのなら、もう引退か」と詰め寄れば、
「いえ、一国会議員として出直します」とか言いそうだもんな。
別にそれが悪いと言ってるのではありません。
他に語るべきことがあるだろう、と。

というようなことが書けたのも、
これ「内田樹の研究室」
~「国民生活」という語の意味について→リンク
を読んだからだと思います。


« What's new pussy cat? | トップページ | 第62回“社会を明るくする運動” »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

それでも日本人は、原発の再稼働を選んだ。
一億総ざんげへの道。動き出したら止まらない。
この道は、いつか来た道。ああ、そうだよ、民族の歴史は繰り返す。

意思のあるところに方法はある。(Where there’s a will, there’s a way).
意思のないところに解決法はない。
意思は未来時制の内容であり、日本語には時制がない。
それで、日本人には意思がなく、解決法が見つけられない。

耐え難きを耐え、忍び難きを忍んで、もって万世のために太平を開かんと欲す。
座して死を待つか、それとも腹切りするか。
私の父は、玉砕した。何のお役に立てたのかしら。
安らかに眠ってください。過ちは繰り返しますから、、、、

ああしてこうすりゃこうなると、わかっていながらこうなった、、、、、
12歳のメンタリィティには、知恵の深さが見られない。

白く塗られた黒いオオカミの足を見破ることは難しい。
だます人は悪い人。だまされる人は善良な人。おとり捜査は難しい。
この調子では、人の命はいくつあっても足りるものではない。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/


コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/148347/55039062

この記事へのトラックバック一覧です: 遠い日は未来にだけあるのではない:

« What's new pussy cat? | トップページ | 第62回“社会を明るくする運動” »