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2012年5月16日 (水)

可徳乾三

合志市が生んだ偉人はたくさんいるが、
その中でも私が特に惹かれる人物は、可徳乾三(カトクケンゾウ)である。
『合志町史』によると、父の理想を継いで、
紅茶の製造法を学び、その後研究、技術習得を重ね、
明治12年、同志と「不知火社」を創立、実業家となった。
それから製品の統一、品質向上のため、
県下で製茶組合を組織し、九州各県だけでなく、大阪、静岡でも
後進の指導に当たっている。

それだけでも、大した人なんだけど、
その後中国の茶業を調査研究して
「紅茶製造に一大革命を来たした『袋踏法』を発明し、
全国の紅茶製造業者に採用され、氏の名は全国的に
有名になっていった」

それにとどまらず、明治29年には、
シベリアの販路調査のために渡っている。
途中省略するが、中央茶業組合(全国組織のトップだろう)から、
ウラジオ出張所常務員嘱託の依頼を受け、
2年半に渡って、セーロン茶を向こうにまわして戦ったとある。

その後一旦帰国、
今度は独力で東部シベリア相手に商談を進めるが、
日露戦争勃発で失敗する。
その後も再度シベリアに渡ったり、中国に行ったりするがうまく行かず、
のち台湾で日本台湾茶株式会社の技師となる。
「晩年は桃園庁安平値駅前で梅花園茶舗を経営し」と
『合志町史
』には書いてあったので、
この「桃園庁平値駅」というのを検索すると、
こういう記事に行き当たった→
リンク  
日本茶インストラクター協会のページだ。

あと、神戸大学附属図書館の新聞記事文庫の記事→
リンク  
可徳を取り上げているわけではないが、
当時の貿易摩擦の記述が興味深い。
アメリカの言い分は今も昔も変わらないし、
わが国の対応がまた・・・

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