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読みたい本だな

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2012年5月の35件の記事

2012年5月31日 (木)

私のハードボイルドワンダーランド

母の実家は、熊本電鉄(菊池電車)の黒石駅の近くなので、
幼いころ、祖父のところに遊びに行って
さて、熊本市内に遊びに行くか、となると
黒石駅から菊池電車に乗ったものだ。
そして堀川駅で降りて、バスに乗り換える。
通町鶴屋前まで行くには、バスの方が便利だからだ。

いくつのときか忘れたけれど、
鶴屋百貨店の食堂で食べたざる蕎麦がおいしくて、
おかわりをしたことを思い出した。

母の子どものときは藤崎宮前駅まで行って、
駅前の山本屋で食事するのが、数少ない贅沢だったという。
母方の祖父は、戦争中家族と共に台湾にいて、
現地の人との記念写真が残っているが、
週末にすき焼きをよく食べたとのこと。
母は毎週と言っていたが、それはないだろう(笑)

思えば、黒石の家には天火があって、
祖母がよくポンド(パウンド)ケーキを焼いてくれたものだ。
天火(オーブン)もそうだが、
祖父お手製の太陽熱湯沸かし器が屋根に載っていて、
あれも天火と呼んでいたような気がするが、
いま思えばすごいエコな暮らしだったな。
水は、下の親戚の井戸に汲みに行った記憶がある。
西瓜を冷やしに行ったのだったかもしれない。
藪椿の実から油を取り、お茶の木が塀代わりだった。
山羊も飼っていて、そのフンを正露丸だと教えられた。
陸軍式のジョークというやつだろうか。

いまは舗装されて、
その先はどこまでも住宅地が広がっているが、
昔は、その坂を上るとそのまた先は地の果てだった。
実際は少年の町(現天使園)があって、
その向こうの自衛隊演習場までは、
八景水谷の駐屯地から、国道伝いに
61式中戦車がキャタピラーで小石とほこりを巻き上げながら、
何台も何台も走っていたのだけれど。

役場から帰ると、NHKの人形劇
「チロリン村とくるみの木」を見るのが楽しみだったという
祖父の頭の中では、どういう未来が見えていたのだろう。

※私が昔、人づてに聞いた話と
自分自身の幼い記憶で構成されていますので、
事実とは幾分違っているかもしれません。また
誇張されている場合がございますが、そこはよしなに・・・


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これは、先日藤崎宮前駅で買い求めた
昔日の熊電乗車券也。
確か、1セット百円だったと思います。


2012年5月30日 (水)

戦没者追悼式

毎年今頃行われる合志市戦没者追悼式。
今年は5月28日月曜日に開催された。

戦没者遺族のみなさんには
まことに申し訳ない気持になるけれども結果的に、
私の近しい親族に戦死した者はいない。
そんな中、一番不運だったのは、
父の兄弟の長兄であろう。
熊本中学から東京音楽学校に進んだのに、
学徒動員で南方に飛ばされてしまった。
不運にもマラリアにかかり、送り返されたので
生還することは出来たのだが、
ドラマでいうなら、脇役の可哀想な人生を送ることになった。
祖母の話を断片的に覚えているが、
マラリアの後遺症の発作のときは全身ががたがた震えるので、
布団をかぶせてその身体を抱きかかえているしかなかったという。

私の父は、祖父が郵便局長をしていたので、
当時、いまの菊池市、旧泗水町に住んでいて、
とにかく近所からは二人しか選ばれなかったという
時代的には幸運にも、予科練に入ることができた。
しかし時局運悪く、広島県呉の造船所で、
駆逐艦の修理作業をやってるか、
自分たちが乗ることになる人間魚雷を作っているときに、
終戦を迎えてしまったので、
私と妹弟にとっては類いまれなる武運で以て、
父は熊本に戻ってくることができた。

正確なことはついぞ聞きそびれてしまったが、
ともかく除隊するときに、
牛を一頭もらって、それを引いて帰途についたという話である。
それが、小倉辺りまで来たときに、
熊本では食べ物はいっぱいあるが、
衣類が不足していると誰かに吹き込まれ、
何枚かの軍用毛布とその牛を交換してしまったらしい。

私の息子が小学生のとき、
宿題で祖父の戦争体験を聞くというのがあった。
私の父は、実戦に参加したわけではないが、
なまじ予科練生という天国を見ただけに、
戦後、相当やさぐれたことは想像に難くない。
だから、戦争について語ることといえば、
あのときは、死ぬことに疑いを挟むことはなかった、
そういう時代だったということだけだった。

だから、そのジャックと豆の木のようなエピソードを
祖母から聞いていた私がそれを息子に話したっけな、
と久しぶりに思い出した。






2012年5月29日 (火)

ファンタスティック

民主党の政治主導について、
使えるところは官僚を利用しなくちゃ、
素人集団で国政が務まるわけがないと、
よく言われるところである。

しかし、自民党から政権を奪取した民主党が、
自民党と同じことをやるわけにはいかず、
官僚支配打破と唱えるしかなかったとも言える。
というより、官僚側が、
まずは言うことを聞かなかったのかもしれない。

一般論として、官僚の上の方の人たちは、
自分たちが正しいし、能力も高いと思っているので、
心血を注いだ計画に意見されるのは不快であろう。
そのときにいちばん厄介なのは、
自分たちは一所懸命にやっているのに、
足を引っ張るような真似はやめてくれという理屈である。
素人に何がわかるか、
俺たちはキャリアだぞという、
(使い方によっては実に力になるのだが)

自負心があると思われる。

まあ、自分で言うのもナンだが、
政治家のほうが馬鹿なことが多いので、
頑張ってる官僚のかたがたを一概に悪く言うわけではないが。


さて、北海道の夕張市の財政破綻は、
スケープゴートだったとする見方もある。
ウィキペディア的には、出典不明で信憑性に
疑いがある情報ということになるが、
ただ私がどこかで聞いた話ということにしておこう。

詳しくは省くが、会計処理で財政赤字を隠していたということ。
前市長以下歴代執行部の責任だとされるが、
それなら、市議会は何をしていたのか、である。
あまりに巧妙なので公会計に疎い市議会議員には、
とても見破れないトリックがあったと弁解したのだろうか。

ただ一つ言えるのは、
行政も、議会も市民のためという、
同じ方向を向いていたのは間違いないだろうということだ。
「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」一つとっても、
それを最初始めたときの先見性、実行力、継続する努力ともに
評価は揺らぐものではない。
しかし、お手本が悪い見本となってしまったのは
歴史的な事実である。

過日、この「晴れ永遠」のエントリー「インタビュー術」
リンク において、
私は、文章という形で残す私の意思について述べたつもりだ。
私が書いた文章に対する責任は、私が取ると言っている。
私の表現力のなさと、読む人の読解力の欠如が
絶妙のハーモニーを奏でたときに、
誤解という苦味になることもあるだろう。

それでも私が文章として残すのは、
誤解を恐れていては、私の立場がないからである。
何かというと、政治生命を懸けるという政治家がいるが、
私は政治生命より前に、人として
自分の身を削りながら、自分の考えを述べているのだから、
そこはみなさんにもご理解いただきたいところです。




2012年5月28日 (月)

私たちの「未来」への志向、嗜好、思考そして試行

5月27日 日曜日

熊本学園大学にて、
NPO法人くまもと地域自治体研究所主催の講演会、
「『大阪維新改革』がなげかけるもの」に参加。
講師は、木村雅英さん(大阪自治体問題研究所事務局長)。

自治労系団体の総会での記念講演会であるということ、
講師もそういう立場にある方ではあったが、
それほどバイアスがかかった話ではなかった。
大阪市民として、橋下徹氏が現われた背景、
また日常で肌身で感じる印象と分析など、
日頃マスコミを通じてしか伝わらない姿の
多面的リアルをわかりやすく説いてくれたと思う。

橋下徹は大阪の改革を全国に広げたいと思っているらしい。
そこに手法や思想的な危うさがあることはよくわかる。
しかし、出来不出来は別にして、
停滞する国政を改革するには、自分しかいないと
本気で信じているに違いない。
憂国の士がいますぐには必要とされていなくても、
それが必要とされる状況が着々と準備されつつある。
怖い、とか危ないとかいう次元ではない。
すでにすぐ近くまで彼らはやって来ている。
国民の心に忍び寄っているのである。

ただ私はそれを一刀両断に
切り捨てることはできないような気もする。
人類の歴史がこんなところまで来ちゃってるんだから、
思いも寄らぬ(つまり想定外の)展開が招来されても
我われは受け入れるしかないのではないか。

今日の熊日夕刊のコラムでも取り上げられていたが、
高橋源一郎が『「あの日」からぼくが考えている
「正しさ」について』河出書房新社刊の中で、
東浩紀の『一般意思2・0』について触れている。

 「ぼくたちは、民主主義の理想を『熟議』に、
 公共的なコミュニケーションに置く。
 けれど、著者は、熟議への信奉こそが、
 ことばによるコミュニケーションを至上のものとする考えこそが、
 人々を政治から遠ざけたのだとする」

なんてことを書かれると、そしてそれを目の当たりにするとき、
私はわなわなと(比喩的にですが)震えるしかない。

そして私は今日、孫たちをあやしながら、
それでも前向きにやるぜ、爺ちゃんは。と、
100%勇気をもらったのである。



2012年5月27日 (日)

アート&クラフト

5月26日 土曜日

熊本県伝統工芸館で→
リンク
今日まで開催されていた
ミニチュアアート展を見に行った。→
リンク  

私もずっと前から、自分の生家を
住宅模型で再現してみたいなと思っていたので、
参考になった。
ミニチュアアートは、欧米で言うドルズハウスとも少し違う。
住宅模型との違いは、
スケールに忠実であるよりも、
生活雑貨などのリアルな可愛らしさが身上のようだ。


そのあと、美術館分館にそれとなく寄ってみた。
熊本県立美術館→
リンク
そしたら、これも今日まで(申し訳ありません。終わりました)の
九州コンテンポラリーアート2012展熊本
「地球の上に生きる」をやっていた。

玄関をくぐったところで、
以前大津高校の美術コース担当だった弘先生に会った。
高校生のワークショップの案内係である。
内田先生も会場にいるとのことなので、
全フロア―を回ることにした。

4Fに入ってすぐ内田勝弘氏の「そら2012」6枚組があった。
高校生が集まっているところでは、
作家が自分の作品のモチーフなどをしゃべっている。
解説などなくても、作品がすべてだろう。
と言いたい人もいるかもしれないが、
高校生たちはおそらく美術を専攻しているのだろう。
みんな何か得るところあったかな。

思えば、不遜だった高校時代の自分よ。
もっと素直だったら、大成したかもしれん(苦笑


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菊池電車で行ったので、
これは信愛女学院前の、横尾忠則ふうの三叉路。

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そして、こんなとこにも熊本城。














2012年5月26日 (土)

お誕生日はオムライスで

わははら君は久しぶりにゆっくりとした週末を過ごしているらしい。
かなり(無意味に)長目のメールと写真が送られて来た。

うん、オムライスだね。

長文のメールを所々抜粋すると、

・…ケチャップご飯でなくて、炒飯なんです。
チキンライスだと僕が作るとべちゃっとなっちゃうんですね。
ぼくはほら、ご承知のようにぱらぱら炒飯は得意なんで、
チャーハンにしたんですよ。
ぱらぱらのコツはですね、卵を…

(チャーハンの話は初めて聞くような)

・…オムレツなんか、もう50回くらい作って来たんで、
だんだん舟形にもうまくつくれるようになって来たんですよ。
中はもちろんトロトロで…

(卵2個使うとして100個か、コレステロールは…)

・…え、デミグラスソースかですって?
あぁ、あれは買って来たり作ったりすると使いきれないんで、
トンカツソース+ケチャップ(等量)にちょこっと醤油をたした
ナンチャッテデミグラなんですよ。
ケチャップかけるだけより、より料理感が…

(質問はしてませんが)

・…トッピングは大葉を刻んだものです。
大葉も買ってくるとコップに水入れてさしとくんですが、
なかなか使い切れないですよね。
だから何にでもトッピングするんです。しその葉って、
初夏の感じしますよね。
割といろんなものに合い…

(そうね、そうめんにも使うしね)

・…だから、
小さいお子さんのお誕生会なんかにぴったりだと思うんですけどね
彩りも…

(お子さんより彼女が先だろ)

わははら君の写真を見てたら、お腹が減って来た。
お、こんな時間だ、何か食べに行こう。
オムライス? ん、いいね。




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2012年5月25日 (金)

穀雨

合志市議会議会活性化調査特別委員会の
第3小委員会で、御船町議会に調査に赴く。
あいにくの天気。とはいえ今年は春が遅かったので、
いま穀雨と呼ぶに相応しいお湿りだったと思う。

御船町議会は、議会基本条例で先行自治体である。
わが小委員会としては、所管の通年議会に関することが目的である。

鹿児島県垂水市議会と一緒の研修だったが、
誤解を恐れずに言えば、
町政と市政の差を実感したのも事実である。
言い方を変えれば、その地域性こそ、
私たちが尊重しなければいけないところである。


※この記事には追記があります。
こちらも併せて是非お読みください。→リンク 




2012年5月24日 (木)

死について

死ぬのが怖いのは、
死ぬまでに目いっぱい痛くて苦しい思いを
しなくちゃいけないかもしれないからだろうか。
もちろん、いまこうして考えている自分が
この世からいなくなってしまうのだから、
自分が自分であることを意識できなくなる、
つまりアイデンティティの問題ということなのかね。

前夜眠りについて翌朝、
すっきりかどうかは別にして、誰でも生きていれば目覚める。
その間の夢を見ているかいないかの状態。
それがいわゆる死の時間間隔だと私は思う。
長いのか短いのか、
数値の上での時間の長さが、
熟睡度とまったく同じではないように、
また目覚めたら、まだ生きていたということだけが言える。

いつもいつもそんなことを考えていたら眠れなくなるので、
快い疲労感とと共に眠りにつければ、それが健康的だろう。

死を考えることは生について考えることでもある。
私の祖父が戦争で生き残ったことを
幼いころから、聞かされてきたことを思い出す。
砲弾の破片を受け(と聞いている)、
九死に一生を得たばかりか、
戦犯で処刑されることもなかったと。

だから、戦後は拾った命だから、
人のために使うと言っていたそうだけれど、
地元区長から、村議、議長、そして村長。
在任中に交通事故で亡くなることで、
その悲惨さをまた人々に知らしめたという
実に無駄のない生き方であったと言えよう。

私は幼いとき、大病を患い二の丸の病院に入院していた。
その私に輸血をするために通ってくれたが祖父だった。
その諸々のことを恩義に感じ、
自分も人のためになる大人になろうと思っていたのに、
こんな、ある意味遠回りばかりした挙句、
いまのところ大した人間になれていない。
しかしそれもまた、祖父が突然亡くなったことで、
小学4年生にして人の世の無常に気づいたせいである。

翌年、父方の、もう一人の祖父も病死したので、
まったく、死はいつもそこにあることを思い知ったわけだ。
というか、そのときそう自覚していたわけではなかったので、
それは後付けに過ぎないかもしれない。

その頃、すでに私は歌謡曲に魅せられていた。、
そしてグループサウンズやビートルズの次に私を吹っ飛ばしたのが、
「帰ってきたヨッパライ」だった。
深夜放送とトランジスタラジオは、
日本の高度成長とともに、必然的にそこに出現した。
8マンや鉄腕アトムが、原子力の明るい未来を
私たちに約束してくれる同時に
たとえサイボーグになろうとロボットだろうと
人としての根源的な苦しみからは逃れられないことも、
そこには描かれていたんだな。







2012年5月23日 (水)

理想の図書館 PERFECT LIBRARY


『理想の図書館とは何か~知の公共性をめぐって』
根本彰著  ミネルヴァ書房刊


西合志図書館は、図書館についての蔵書も比較的多い。
先日の佐賀県武雄市立図書館の件があり、
少し勉強してみなくちゃなと思って、この1冊を手にした。
これからしばらく私が図書館について書くこと、語ることは、
この本の影響を受けていると思ってもらって
結構です。










2012年5月22日 (火)

インタビュー術!

これは役に立つ。
老若男女、職業問わず。
もちろん、日本語を理解できないといけないが。

『インタビュー術!』
永江朗著 講談社現代新書刊

ほんとはこれ↓を読もうと思っていたんだけれど、

ヴィーブル図書館の見晴らしのいい南側の窓辺で
私と目が合ったのは永江朗さんだった。

どこを切り取っても面白いが、
これは辺見庸がアメリカのノーム・チョムスキーにインタビューした
雑誌「PLAYBOY日本版2002年6月号」の記事から。

  批判的な立場をとると、脅迫の手紙を受け取ったり、
  人から嫌われたり、新聞で悪く書かれたりはする。
  そういうことが起こりうる、という現実に不慣れな人は
  驚きはするでしょう。
  しかし、ここで起こっていることなど、どうということはないのですよ。
  それをとりたてて言うこと自体、「不面目」なことです。

「書き言葉とは違う言葉の流れ、リズム、時間のようなものがある。
インタビュアーという具体的な聞き手を前にして話すからだろうか。
だからテーマが深刻な話であっても、言葉には独特の軽やかさを感じる」

永江さんの書き言葉は、
インタビューとそれを文字に起こす仕事を生業(ナリワイ)
としているとはいえ、
実にまた潔く、颯爽としている。


私は、この「晴れ永遠」において、
インタビュアーである「ぼく」が、
インタビュイーである私の考えを聞き取るように
書いていたんだなということに、この本を読んで気づいた。
そしてまた私は一人の読者でもある。

このブログを訪問してくれる人に対して、
その表現でいいのか、言い換えは、
等など、常に「ぼく」は私のよき相談相手である。
そして私は、インタビュアーである「ぼく」に向かって
いつもこう言う。

「責任は君にはないよ。すべて私が取ることだから」


そうはいうものの、
その私も僕もつい表現が滑ってしまって、
読者である自分があとで赤面することもある。
でもまあ、生き恥を晒すことで、人は強くもなるし、
思考も鍛えられるというものだ。
だから、私は文字で残すことにこだわるんだな。


このインタビューを検索で見つけたので、
参考までに→リンク 








目病み女に風邪引き男

くろご式慣用句辞典→リンク によると、

目病み女に風邪引き男(めやみおんなにかぜひきおとこ)
1.目の病気に罹(かか)っている女は
涙目で目が潤(うる)んでいるように見えて色っぽい、
風邪を引いて喉(のど)を痛めている男は声がハスキーで
色っぽいということ。また、
目を紅絹(もみ=紅で染めた絹布)で押さえる女と、
白い布を首に巻いた男は小粋(こいき)である。
2.異性の一時的な魅力に惑(まど)わされるな
という戒(いまし)めとしても言う。

私の場合は、歯も目病みもあるのでパーフェクトか?
なんて笑いごとではない状態が1週間。
それに風邪ひき男でも、副鼻腔炎で鼻声では駄目だろう。

それはそうと、誰かがとっくに言ってることとは思うが、
男ことばと女ことばについての私の考えである。
平清盛の時代はいざ知らず、
私が50数年生きてきて、
自分が耳にし、使ってきた日本語における変化、
それは女ことばと男ことばの接近である。

世に三丁目の夕日文化が出回っているが、
真実に近いものは、当時の映画でも見るしかない。
フィクションなので、記憶と記録の違いはあるけれど、
いま見ると、女ことばがイキイキとしていたことに
私など新鮮な感動を覚えるのである。
それが、いまや、おネエ系の人しかそういう言葉を使わない、
一般には男女間で共通の言い回しになっていることが多い、
ような気がする。

高校時代に習ったことだが、
古語では、「食べる(食ぶ)」は女性語、
男は「食う」と言っていたという。だいたいそういうこと。
それが食べるが標準になって行く。
食うが乱暴に聞こえるのは、昔の男は肉食系だった、
というイメージであろう。

※この文章は学術的なものではありません。
私の個人的な感慨を述べているだけで、
特に理論的な裏付けはありません。

話が飛躍し過ぎることは承知の上で続ける。
私は男女共同参画社会に意義を唱えるものではないが、
それに無関心な人は本能的に
男性性の危機を感じ取っているのだろう。
男性の生殖能力の減退は環境ホルモンのせいにもされるが、
環境に適応して生き残るために
雌雄の別が生まれたと言われるものの、
生物というもの、進化すればするほど
再び一つの性に統合するようになっているのではないだろうか。

早い話がそのためにあるとき、環境の急激な変化に耐えられず
その種は絶滅する、と。
いや、再び二つの性を取り戻し生き延びる可能性も。
いまのヒトという種はそれを繰り返してきた結果なのかもな。

映画『エイリアン』のエイリアンは、
生物学的に進化の究極の姿であるということだ。
人類は男女差がなくなって中性になるのではなく、
女性に統合されるであろうと私は考える。
それは、いいとか悪いとかそういう問題ではないので、
あとはよしなに(山下達郎ふう)。

オマケ:エントロピーという例えを出そうと思って検索したら、
知ったかぶりがばれそうなのでやめたが、
検索していて見つけた「エントロピーとは何か」→リンク 
これは比較的わかりやすかったので
せっかくだから貼り付けておく。







2012年5月21日 (月)

「胸躍らない理由(わけ)」への追記

昨日のエントリー「胸躍らない理由(わけ)」について、
言葉が足りなかったようなので補足します。

「1メガワットだから、それほど大きくない」の部分。
大きさに関しては、敷地面積に関係することなので、
小さいから価値が低いという意味ではありません。
ごみ焼却場の跡地が有効に利用されることを強調したい。

また「企画書にあるような観光メリットはもはや望めないだろう」
については、観光客誘致ができるということを
全面的にに期待すべきではないという意味です。
宮崎シーガイアや長崎ハウステンボスではないので、
あくまで、発電事業としての採算性が優先されるべきだと思う。

私の個人的な考えではあるが、
季節要因があるので、メインにはできないとはいえ、
売電よりも、となりのカントリーエレベーターで使えば
効率よく現実的ではないか。
また送電コスト及びロスを考慮すれば、
熊本製粉の新しい工場を隣接地に作るという方法もあるだろう。
まずはともかく税収増を歓迎すべきである。

仕事柄、「ちょっと待てよ」という癖がついているので、
そういう思考回路になってしまっていますが、
言葉を尽くさないでは、議員としての資質が問われるので、
ここに追記しました。






2012年5月20日 (日)

胸躍らない理由(わけ)

※注意喚起情報

このエントリーには次の追記があります。→リンク 


 ――― ・ ――― ・ ――― ・ ―――


今朝の熊日に
三菱商事と三菱総合研究所が、熊本空港隣接地に
大規模太陽光発電所(メガソーラー)建設計画の記事。
記事によると、県が平成10年4月に
新エネルギーや環境関連の産業育成に向け、
三菱商事、三菱総研と結んだ連携協定に基づく事業とのこと。

大津町にはホンダソルテック、
南関町には富士電機システムズの工場があるが、
解説に「安価な海外製の太陽光パネルが採用されるなど
必ずしも県内関連産業の受注に結び付いていない実態もある」
と書かれているように、
県がいくら要請をかけたにしても、
やはり収益抜きには考えられない事業であるし、
ひょっとしたら、グループ会社の三菱重工業のセルを
使わないことだってあるかもしれない。

ヴァーチャルウォーターといって、
輸入農産物などが持っている水分を
水資源と捉える考え方もある。
前にも書いたけれど、電力を直接輸入することは
むずかしくても、太陽光発電のパネルとして輸入すれば、
パネル製造時の消費電力ごと買うようなものなので、
国内の電力事情と円高基調を考えれば、
地場産業育成よりも
長期的国益にかなうという気がしないでもない。

昨日の熊日には、合志市における
熊本製粉によるメガソーラー計画の記事が載った。
18日(金)の市議会全員協議会で報告があったばかりだ。
こちらは、1メガワットだから、それほど大きくないし、
企画書にあるような観光メリットはもはや望めないだろう。
環境教育という意味では、
合志市内の中学校にはすでに国の事業で
太陽光パネルが取り付けられているから、
その利用の方がよほど効果的だろう。

西部清掃工場の未利用跡地が有効に使われ、
わずかとはいえ、現在の管理費用の削減と
地代、固定資産税収入が見込まれることでよしとしよう。
熊本製粉と市の包括協定の成果であることは、
県の場合と同様である。


リンク:
2030年の電気料金を経産省試算 
原発ゼロだと最悪現在の2倍になる?? - 速報:@niftyニュース
.  

原発の厄介さは、一度手を付けてしまったら、
廃炉するにしても廃棄物の保管も含めて
多額の費用がかかることが大問題だ。
しかし、NHKの朝の連続ドラマ「梅ちゃん先生」を
見ていて思ったことだが、戦後頻発する停電を経験したら、
アメリカの野望もあったかもしれないが、
つい原発に手を出してしまったわが国の諸先輩方を
単純に責める気にはなれなくなる。

あと、国による電力買取制度といったって、
結局国民が支払う電気料金に反映されるということは
忘れずにおきたい。


2012年5月19日 (土)

耳鼻咽喉科

土曜日のせいか、その耳鼻咽喉科は混んでいた。
混んでいたなんてものじゃない。
10時33分に受付して番号札が71番。
ただいま30番、100分待ちとなっていた。
光の森というロケーションの良さもあり、
やたらと小さい子どもが多い。それも未就学児が。

待ってる間にいろいろなことを考える。

こんな商業施設集中地域だと、クリニックを開業するにしても
地代が馬鹿にならないだろうなとか。
というより、開業に当りまずはマーケティングをやるのだろうか。
おそらくコンサルタントが入って、
シミュレーションを構造計算みたいにやるのだろう。
一日に何人の患者を診ることができるのか。
診療点数は平均何点ぐらいになるのか。

私の番が回ってきたのは、もう午後1時近かった。
悪化しているので、X線と採血も。
単価的に検査項目は高くなる。
しかし、今は医者の診断についても裏付けが求められる。
画像でこうなっているからとか、
C反応性蛋白値が上がっているからとか。
前の薬で効かなかったから、少し強い薬にしてみましょう、
という漠然とした判断ではいけないのだろう。
すぐに説明責任と言われるし
(私も業務の上では、市の執行部につい求めたくなるが)。

処方箋をもらって薬局で薬を買う。
医者も一応何のための処方か説明するが、
薬局でも呑みかたをきちんと確認する。
調剤基本料、薬剤服用歴管理指導料も点数の内だ。
おそらく昔に比べたら、その種類も飛躍的に増えて、
用途も細分化されているだろう。
ジェネリック(後発医薬品)も使われるし、
薬剤の重複も防ぐことができる。
ただ、きちんと説明されたからといって、
それはベストエフォート(最善努力)であって、
常に最善のものであるとは限らない。
薬は呑んでみなくちゃ、効くかきかないはわからないものね。

国民皆保険制度のもとで、
誰もが責任を果そうとすると、医療費がかさむのは
雑駁な言い方だが、避けられないことだと思う。
確実な治療、高度な治療にはコストがかかる。
誰かがそれを負担しなければ、医療は成り立たない。
適正というのは、誰かが一律に判断できるものではなかろう。
やってみて、少し修正しての繰り返し。

健康であることを望まない人はいないと思う。
手洗いうがいはきちんとやっていたんだがな。
それでも風邪は引いてしまう。
風邪が万病のもとであるならば、それをこじらせて、
もっと重たい病気になったりしないようにしなくては。
医療費の削減は、早めの段階で抑えておくことしかない。

それはそうと三谷幸喜に似たその先生は、
おそらく午前に引き続き、午後の診療に入り、
今日ついにお昼を食べそこなったのではないかと
ちょっと心配しているところである。





2012年5月18日 (金)

TPP交渉の失速

今日の熊日朝刊に
「世論にらみ日米及び腰 TPP交渉の失速鮮明に」の記事。
「再選狙うオバマ大統領 増税に懸ける野田首相」

見出しそのままに受け取ればいいのだけれど、
例えば
「交渉の停滞がはっきりしたことで、
日本の参加を後押しする推進力はしぼみつつある」
と書かれているが、「推進力」とはいかなる個人、団体であろうか。

その後に
「6月の参加表明、9月交渉入りというシナリオを想定した通商筋も
『交渉が遅れるなら日本が年内に参加できなくても問題ない』
と戦略練り直しに動く」と続くのだが、
通商筋っていうのは?
なんかわかったようでわからない。
経済産業省は昔通商産業省と言ってたので、
それだろうか。

「遅々として進まない日本の通商交渉に、
産業界のいら立ちは頂点に達しつつある」
とも書かれているが、
中立の立場を取ろうとすると、
こういう書き方にならざるを得ないのだろうね。

「TPP参加は日本の産業の発展に不可欠。
各国の利害調整を乗り越えて交渉を妥結してほしい」
(JFEホールディングス)
「と悲鳴に近い声が上がった」

産業界は、「日本の産業の発展に不可欠」なんて言うが、
そう言ってる自分たちのことしか考えていないだろう。
国民全体のことを気にしていたら、
会社がなくなってしまう可能性もある。
「君子危うきに近寄らず」と言うが、
近寄った場合の結果は、
近寄らなかった場合には知るよしもないのである。
その逆もあるわけだが。

私はTPP交渉参加に反対だ。
理由を書けと言われても説得力のある主張はできないが、
賛成か反対か問われると思うので、
反対だと書いておく。



2012年5月17日 (木)

TPP交渉 年内妥結断念

今日の熊日夕刊に
「TPP交渉 年内妥結断念」の記事。

「交渉参加を検討している日本に対し、
協定づくりへの関与の必要性を理由に
早急な決定を求める声が出ているが、
今回の目標断念により、
日本が関与できる余地はなお残された形となった」

年内妥結を断念したことで、
時間的な余裕ができて、日本が関与できる余地が
残されたことはわかるが、
「協定づくりへの関与の必要性を理由に」の部分がわからない。
早急な決定が交渉参加国から求められているのなら、
なんと思いやりのある国々であろう。
日本が協定づくりに関与することが、
必要だということは、
ある程度日本の言い分を聞きますよということだろうか。

わからん。
このエントリーを読んだ人も
わからんと言うと思うけど。

つまり、
協定づくりに参加したかったら、
早く交渉参加を決めろということか。

解説の結びは、
「米政府は日本の譲歩を待つ姿勢を崩さず、
妥結時期の先送りで日本の参加承認に
一段と時間をかける可能性もありそうだ」

ほら、やっぱり譲歩が求められているということか。
でも「関与できる余地はなお残された」と矛盾してないか。

わからん。








2012年5月16日 (水)

可徳乾三

合志市が生んだ偉人はたくさんいるが、
その中でも私が特に惹かれる人物は、可徳乾三(カトクケンゾウ)である。
『合志町史』によると、父の理想を継いで、
紅茶の製造法を学び、その後研究、技術習得を重ね、
明治12年、同志と「不知火社」を創立、実業家となった。
それから製品の統一、品質向上のため、
県下で製茶組合を組織し、九州各県だけでなく、大阪、静岡でも
後進の指導に当たっている。

それだけでも、大した人なんだけど、
その後中国の茶業を調査研究して
「紅茶製造に一大革命を来たした『袋踏法』を発明し、
全国の紅茶製造業者に採用され、氏の名は全国的に
有名になっていった」

それにとどまらず、明治29年には、
シベリアの販路調査のために渡っている。
途中省略するが、中央茶業組合(全国組織のトップだろう)から、
ウラジオ出張所常務員嘱託の依頼を受け、
2年半に渡って、セーロン茶を向こうにまわして戦ったとある。

その後一旦帰国、
今度は独力で東部シベリア相手に商談を進めるが、
日露戦争勃発で失敗する。
その後も再度シベリアに渡ったり、中国に行ったりするがうまく行かず、
のち台湾で日本台湾茶株式会社の技師となる。
「晩年は桃園庁安平値駅前で梅花園茶舗を経営し」と
『合志町史
』には書いてあったので、
この「桃園庁平値駅」というのを検索すると、
こういう記事に行き当たった→
リンク  
日本茶インストラクター協会のページだ。

あと、神戸大学附属図書館の新聞記事文庫の記事→
リンク  
可徳を取り上げているわけではないが、
当時の貿易摩擦の記述が興味深い。
アメリカの言い分は今も昔も変わらないし、
わが国の対応がまた・・・

2012年5月15日 (火)

歯の治療を受けながら

何年かぶりに歯科医院に通った。
虫歯の治療と親不知の抜歯で本日終了。
歯石取りは、半年に1回ぐらいした方がいいとのこと。
地域によっては、コンビニより数が多いと言われたりもする、
歯医者さんだが、この歯石取りが徹底すれば、
まず閑古鳥が鳴くことはないのではなかろうか。

最近では、歯周病と生活習慣病の関連が指摘されるので、
健康づくりの基本ということで、
もっと啓発がなされてもいいような気がする。

来る6月3日(日)に、
ゆめタウン光の森1Fイーストコーストで、
第26回歯とお口の健康展が開かれるというチラシが
その歯医者さんに置いてあった。
午前10時からで、先着500名の方に粗品プレゼントがある。

治療を受けながら、歯にまつわるいろんなことを考えた。
例えば、原始人、縄文人に虫歯はあったのか。
歯を磨く習慣はなかったかもしれないが、
爪楊枝みたいなものは使ったのではないか、とか。
平均寿命も長くはなかっただろうけれど、
おそらく歯がダメになることは即ち、
死への一里塚だったのではなかろうか。

おそらく虫歯は食事が豊かになった証でもあるし、
そのために歯の治療法が進んだことで、
長生きできるようにもなったかもしれない。

ところで、合志市からは
歴史に名を残す歯科医が出ている。
それは、井野春毅先生である。
先生と私の出会いは偶然だった。
新町界隈を歩いていたとき、「歯科医院九州第一号」
という標識を見つけたのだ。
今回、ひさしぶりに思い出したので検索してみると、
こういう文章が見つかった→リンク 

明治の人はスケールがでかい。
ロシアで巡廻診療したりしたあと、
牛深で無煙炭採掘会社を設立、種子島で養豚業。
最後は歯医者に戻って、上海で客死。
これだけでも大河ドラマの主人公である。
それもこれも日本が貧しかったからだろう。





2012年5月14日 (月)

人材を育てる

4月6日の熊日。
「地域再生Ⅲ次代へつなぐ」という連載、
「高崎経済大副学長 大宮登氏に聞く」にこうある。

「地域づくりは人づくりだ。
そのためには、大学も、地域の自治体や企業と
連携し人材を育てることが必要となっている。
今の学生をみていて、
足りないと痛感するのは現場感覚であり、
社会の中で協働する場だろう」

これは、大学側から見た話だが、
地域の自治体や企業から考える話でもある。
大学との連携というと、
その学術的な先端情報を他より先に
手に入れるということに目が向きがちだが、
人材を育てる、あるいは学生の柔軟な発想を
取り入れるなどの要素もあるのではなかろうか。

合志市においては、
コミュニティバスのラッピングにおいて、
崇城大学の学生によるコンペを実施し、
住民参加の投票でデザインを決定した。
これはわかりやすい協働の事例であった。

しかし、そのあとに何かあったか。
思い出せない。

よほど日常のルーティンワークに追われているのだろう。



2012年5月13日 (日)

起こり得ること

4月6日の熊日の記事。
日本医療機能評価機構理事の後信(ウシロシン)氏の
講演についての記事があった。
その中で
医療事故に対する行政、医療界のスタンスについて、
「90年代までは『あってはいけない、
個人の注意で防ぐことはできる』といった
精神論に近い考えだった。
近年は『起こり得ること』と捉えた上で、
個人だけでなく、チームや組織全体で注意する必要がある
という考え方に変わってきた」
と指摘している。

事故につながる恐れのある、
医療事故やいわゆる「ヒヤリ・ハット」事例を集め、
その原因や再発防止策を機構で公表しているとのこと。
それが何と2004年からだ。
建設業界は、労災事故では悪名高いが、
こと労働安全衛生についての取り組みは古くから徹底している。
コストが高くつく要因でもあるのだが。
それでも事故は少なからず起こってしまう。

医療事故は労災とは違って、
患者の生命という、これまたかけがえのない
自分以外の生殺与奪に関わることだ。
そこで「あってはいけない、個人の注意で防ぐことはできる」
などという精神論、気の緩みが一因とはいえ、
気を引き締めることで事故が防げるなんて、
建設業界の人間が聞いたら、卒倒するだろう。

それは、人の行うことすべてに言えることである。
マニュアル通りにやること、
マニュアルに忠実なことは馬鹿にされる傾向にあるが、
書類に関する事務処理にしても

ミスが「起こり得ること」を想定したうえでの
作業手順が
マニュアルというものである。
その辺が分かっていない人がまだまだ多い。





2012年5月12日 (土)

合志中学校体育大会

二男が中学校3年のとき。
これで、中学校の体育祭を見に来ることもないだろうなと
なんかほっとした気持になったことを思い出した。
私は徒競走は苦手だったのだが、
長男は私の父に似てか足が速かった。
ビデオもどこかにあったんじゃないだろうか。
来賓で行って、そんなことばかり考えていた。

だいたい苦手なものだから、
体育祭についていい思い出はない。
3年生のとき、仮装行列があって、
当時の話題、よど号ハイジャック事件をやったことは
覚えている。

それより、ある土曜日の午後、
雨で順延になった隣の県立高校の体育祭を
覗きに行ったことの方が思い出深い。
当時、3年生にあこがれの女性がいて、
クスノキの下で、どこにいるのかなと探してたら、
いつのまにかすぐそばに来ていた。
そんなこともあったなと今思い出した。

高校の仮装行列はさすがに大人で、
同じハイジャック事件を扱っていても、
スチュワーデス(現CA)に向かって、
「おい、車掌、北朝鮮へ行け」という名セリフを投げていた。
おっと、車掌にも説明がいるか。
車掌と言っても、多分バスのそれだったような気がする。

結果的にその高校に私は進学することになったが、
大津町のことだけに、
芋づる式に色々思い出すなあ。

中学のことで言えば、
2年のときの担任の先生は体育科だった。
で、私の走りを見ていて、一つアドバイスをくれた。
私はそれまで以上にぐんと早く走れるようになった。
ただ、「かかとをつけるな」である。
それだけのことで、苦手意識がぐっと小さくなった。
信じられないような話だが、
教育というものの力を示すエピソードだな、
自分のことながら(大げさな)。


2012年5月11日 (金)

読み返す

NHK朝のドラマ「梅ちゃん先生」は、
NHK東京の制作だが、
このNHK東京は良くもも悪くもお坊ちゃん的で、
なんかちっとも切実さが感じられない戦後です。

クールビズ関連で、また別の記事をアーカイブで見つけた。
「ボルネオの夜」→リンク  
たまに自分の過去記事を読むと、
そんなこと書いてたのをほとんど忘れていることもあるが、
なかなか面白くてつい引き込まれてしまう。
中にはつまらんのもありますが。



こういう情報整理術の本は、次から次に出てくる。
新しいツールが出てくるから、
それを取り入れて1冊という具合になるんだと思う。
しかし、弁証法的にも新しい本からこそ
読むべきだという気がする。
何冊も読まなくてもいいはずなんだけど、
これは文房具マニアみたいなもので、
新しいのがあるとつい手に取ってしまう。
特に目新しい内容ではないが、
好感の持てる文章だったな。

反復がアイデアを発展させるとして、
「手帳でもノートでも読み返すことが重要っていうのは、
無意識下に収まったアイデアを呼び出す作業だ。
ここで再認識して、再び考えることによって脳が働く。
即座に新たな展開に結びつかなくても、
その刺激はムダではない。
何度もくり返すうちに自ずと考えが熟し、
展開してくる」
と書いてあった。

ブログの過去記事もしかり、かもしれない。






夏が来るたび

クールビズについては、
私は最初から批判的だった。
これは、2007年6月の記事→リンク

なぜかと言うと、エアコンの設定温度を上げることによって、
電力消費を抑え、二酸化炭素発生を削減して、
そのことによって地球温暖化を防止しようというのが、
発端だったにもかかわらず、
ネクタイを外せば「クールビズ」という認識が定着し、
初年度なんか、それで新しいファッション需要が開拓されて、
経済効果というおまけまでついてきたと評価された。

それでいいのか、と私は夏が来るたび思い出す。

誰が書いていたのか忘れたが、
白いワイシャツのネクタイを外しただけでは、
健康診断の順番待ちか、
何か悪いことをして連行される人みたいにしか見えない。
とまさに的確に表現していた。
しかし、衣装というのは見る人の慣れの問題でもある。
私はクールビズ・ビー・ボタンダウンとか、
そういう横並びが嫌いなので、
何か悪いことをして連行される人、でもいいや。
と思うのだ。
真夏には、息子のおさがりの開襟シャツを着たりするし。




2012年5月10日 (木)

全員協議会

今日の全員協議会の議題は、
1.新環境工場建設用地の選定状況
(用地選定委員会答申等)について
2.合志技研工業の六価クロム漏洩について

新環境工場建設用地の選定について、
委員会の答申は予定より大幅に遅れた上、
1ヵ所に絞り込まず、技術的課題の検討の順番をつける
ということにとどまった。
市長及び担当課長の説明によると、
現在の設備を騙しだまし使って、
平成32年までの使用期間の延長を図っている状態である。
(関連して、東北地方のがれき受け入れは、
放射線による汚染云々より前に
量的に使用予定年限内の処理能力を超えるので
不可能であるとのこと)

そして答申による技術的要点による審議の順番の
イ(イロハ順。ここにも苦心の跡が)をもらったのが、
合志地区の候補地である。
これから専門家による技術的な検討がきちんとなされて
(ただ、スケジュール的に急がなければならない)、
それがクリアできるとなったら、
建設用地として決定される可能性がかなり大きくなる。
というところまでしか今の段階では言えない。

ここからは私の個人的な見解です。
菊池市(泗水地区)、大津町、菊陽町、合志市の
2市2町で構成される環境保全組合で作る環境工場なので、
それぞれの思惑が重なってくるが、私としては
予定地の地元住民の理解が得られることが大前提だが、
環境工場(メインはごみ焼却施設)を
合志市内に作ることに、どちらかと言えば賛成である。
最大の理由は、現在地の半分以下の運搬距離で
生ごみ等を運搬することによるコスト削減である。
そして、焼却熱を活用した発電と給湯によって、
福利厚生に役立つということが続く。

ごみ運搬のパッカー車が全部集まってくるので、
交通安全施設的な課題も出てくるであろう。
だが、施設自体は昔ダイオキシンをまき散らしていたような
そういう設備ではなくなっている。
原発と単純に比較すべき問題ではないが、
少なくとも原子力と違って、
人間の手によってほぼ制御できる技術である。

とはいえ、うちにぜひ誘致したいと
すぐに手を上げるべきことでもないところが難しい。
これも私の個人的な見解です。
交渉事、協議事項にはかけひきが必要なのだろう。
言わずもがな。粘り強く、拙速にならず、
そして相手を説得することが民主主義である。






2012年5月 9日 (水)

LED

夕方、浴室の電球が切れているのに気づき、
光の森の家電量販店に買いに行った。
小口径なので、ディスカウント店にないかもしれないと思ったから。

6時半ぐらいだったので、
店員さんも気が抜けて、かたまって話したりしている。
店員に訊ねなくてもわかるのがディスプレイだと
私は考えているので、自分で探そうと思ってうろうろしていると、
ある男性店員がお客を案内してこちらに向かってくる。
ぶつかりそうになったので、私の方がよけたが、
あれ?よけるのは店員の方なのではないか。
どっちかというと。
お互いに譲り合うのが大人の常識だろうが、
ま、客を連れているから仕方がないか。と思ったら、
すれ違ったあと、友だち同士みたいな会話をしている。
なんだ、こいつと・・・この件はこれくらいにして。

仕方がないので、その辺にいた店員に
電球売り場を聞くと、ちゃんと教えてくれたのはいいが、
天井から吊るした案内板の矢印があっちを向いている。
少し戸惑った。案内板の真下にあるんだもん。

ほんとにたくさんの種類があるなか、
(100Vと110Vの違いもある)これだなと思って、
350円くらいの白熱球を持ってレジに行く。
レジ待ちしてると、前のお客様対応の店員の後ろから、
「お客様どうぞ」と気を聞かせてくれた女性がいた。

これでいいんでしょうかと、持参した切れた電球を見せると、
「これで大丈夫です。ですが、LEDもありますけど、
ご覧になりましたか」と言う。
確かにあったけど、これも種類が多くてよくわからなかったので、
「同じタイプがあるんですか」と答たら、
こちらです、どうぞと案内してくれた。

値段は10倍だけれど、寿命が20倍、
消費電力が・・・とにかく小さい(聞いたけど忘れた)ので、
長い目で見るとお得です。

電球の寿命が20倍で、単純に20年もつとしても
こちとらの寿命はそんなに行かないかもしれないなと
内心思わないでもなかったが、
その勧め方に好感が持てたので、というか、
その前に悪印象の店員とすれ違ったばかりだったので、
LEDにするかと決めたのだった。
切れた電球を持って来られたお客様は、
100円引きになりますとつけ加えられて、
何かさらにうれしくなった。

そうそう、LEDは真下真っ直ぐ方向は定格だけど、
回りは少し暗くなりますと、
そのデメリットもきちんと説明してくれた。
それといわゆる電球色タイプと別に
白色のもあるが、お風呂でしたら、こちらでしょうね。
などと、たかが電球にこんなに親切なのかと
感心したのだった。

350円と3500円だったら、少しは熱も入るかと
帰りに私は運転しながら苦笑いしていた。
ハイ。もちろんLEDはほとんど発熱しませんが。







緑の羽根

Dsc_0031

これが、政令市熊本市の目抜き通りのお昼どき。
が、テーマではありません。
路面電車の熊本市電の軌道が緑化され始めて、丸2年?
昨年は事業仕分けにもかかりましたが、
何とか生き残った事業です。確か。

緑の芝生がより映えるように
真ん中に赤白ポールが立てられています。
というわけではなくて、車が軌道内を通行して
昨年みたいに特に雨量が少なかった夏、
芝が枯れる場所が多く見られたという。
そういう記事を読んだ記憶がある(確認は怠っています)。

この配色をデザインとして見れば、
とにかく目立つから機能美と言えないこともないだろう。
しかし、もともと禁止されている軌道内を
ルール無視で通行するオレ様文化が
熊本の風土であると・・・
自慢できるのでしょうか。



2012年5月 8日 (火)

方向指示ツイート

久しぶりに熊本市内まで車を運転した。
なんかイライラする。
方向指示器は早めにきちんと出そうよ。
もうずいぶん前だが、
吉井和哉も免許取得中にそう書いてた。
多分、そういう自分もそうなっているのかもしれないが、
みんな、もう少し思いやりの運転をしようじゃないか。
「笑っていいとも」に出てた君島十和子さんも言ってた。
運転してるときも口角上げてると
美しくしていられるって。

私は生保に7年間勤めていたので、
身びいきもあると思うが、
こういう十年一日の認識を知ったかぶりで書かれてもなあ。

こういう落ち着いたリツイートを読むと、
見習わなくちゃと思います。



2012年5月 7日 (月)

ルポ高齢者医療―地域で支えるために


みなさん一度読んでみる価値はあると思います。
2009(平成21)年2月に出版された本なので、
制度や高齢者医療を取り巻く環境は
ずいぶん変わっているかもしれない。
具体的事例のどれかが、
自分の地域に取り入れられるかもしれないと思って読むのは
間違いとは言いませんが、期待しない方がいいでしょう。
しかし、地域で支える高齢者医療について考える
一つのきっかけとしては役に立つと思います。




豚の角煮

このエントリーは、私の友人からときおり送られてくる
メールをもとに再構成されています。   

    ――― * ――― * ―――

わははら君から来た。
ばたばたしているので、以下はコピペ。

豚の角煮
1. 豚バラブロックを買ってくる。
いつも重さと値段がバランスしている豚もも肉の切り落としばっか
買っているので、探してしまった。

2. 生姜は茗荷の隣にあった。
なぜかヒョウ柄プリントの女性を探してしまった。

3. 卵は買い置きがあったので4個ゆでた。

4. 野菜室にほったらかしにされてもくさらずに
芽を出そうとしてる健気なネギがあったので、
なぜか感動。「お前も来い!」

5. 醤油と酒と砂糖は煮物の基本だ。

6. 豚肉は、一口大に切ってフライパンで6面焦げ目つくくらい
中火で炒める。中火は加熱調理の基本だ。

7. 油は使わなくても肉から出る。どんどん出る。
1cmくらいも出る。これは何かに使えないか、
もったいなくないかと思いながら火を止めて
キッチンペーパーにしみ込ませて燃やすゴミとして出す。

8. また中火(!)にかけて醤油・酒・砂糖(等量)をかけ回し、
肉を転がす。

9. 水を足し、殻をむいた卵、薄切りにした生姜、
出番が来て張り切っているネギを入れる。
(わ、フライパンが小さいぞ、はいはいお詰め合わせ願います)
煮立って来たら弱火にしてふたをする。

10.待つこと20分おいしそうに盛りつけて出来上がり。
(多分3食分のおかずになる)

う~ん、このうまさは! 本当に道を誤ったのかも知れない。
- - - - - !


なるほどうまそうではあるな。
今日は色々やることあって忙しいので、彼に電話するのはやめとこう。

う、かっかってきた!


Kakuni


2012年5月 6日 (日)

戦争は知らない


ビートルズの話をしようとすると、
ザ・フォーク・クルセダーズのことを語りたくなる。
そうすっと、この曲から始めることになるか。
NHK朝の連続ドラマみたいなこの歌は、
作詞 寺山修司、作曲 加藤ヒロシ。



2012年5月 5日 (土)

九州電力「やらせメール」問題の深層

アマゾンのレビューでは一部に散々な書かれよう。
確かに、九州電力の対応に対しての私憤と取られかねない
ところもあるにはあるが、
それでも、やはり九州電力眞部社長・松尾会長の対応が
前時代的であることは明白だと思う。

「はじめに」に書いてあるが、
「もとより、私が、第2章で述べているのは、
第三者委員会の委員長の側の見方であり、
その前提となる事実も私の認識に基づくものである。
九州電力側では、それとは異なった事実認識や見方が
あるかもしれない。
異論、反論があれば、それを示してもらうことが、
第三者委員会の在り方をめぐる議論を
一層深めていくことにもつながるはずである」

つまりそういうことなのだ。
コンプライアンスについて郷原氏がこれまでにも書いてきたことの
繰り返しがかなりの部分を占めるとしても、
つまり彼が言いたいことはそういうことなのだ。

「社会からの要請」に応えるということは、
こういう問題が発生する前から、
常日頃、念頭に置いていなければならないことだ。
企業だけでなく、行政や議会においても。

第3章の過去の事例との比較は、
第三者委員会の実際を知る好例となっている。
九州電力はこれからどうするんだろうと思うと、
九州に住む者として、いつも心配していなくてはならなくなる。

「原発事故後の原発再稼働は、
法的には何の問題もない場合であっても、それを、
原発事故を経験した日本社会が
容認するのかどうかが
問題なのである。
それは、法的要件がクリアされるかどうかの問題ではない。
福島原発事故すら、
それが法令違反によって生じたとの事実は明らかになっていないが、
それにもかかわらず、我々の想像を絶するあの原発事故は
起きたのである。
現在の日本社会において原発をめぐる問題が
法令によって解決できるレベルではないのは明らかであろう」

ただし、この本は原発再稼働問題の本ではない。
急激な環境の変化にどう対応すべきか、
対応に失敗したときにどうすべきか、
そのためのケーススタディの参考書である。










2012年5月 4日 (金)

市民の生活を豊かにする図書館・武雄市

佐賀県の武雄市立図書館が、
CCC、つまりTSUTAYAを指定管理者として
業務提携することを発表した。
USTREAMでその記者会見を見ることができる。→
リンク  

武雄市長いわく、
「市民の生活を豊かにする図書館」を作るために
CCCの企画力を借りるとのこと。
記者会見で、CCCの社長は、企画が仕事なので、
コスト面や市民のメリットは現時点ではわからない。
しかしみなさんが喜んでくれることをやるだけ
と謙虚に答えていた。

市長のプレゼンを要約すると、
1.20万冊の「知」に出合う場所。豊富な蔵書。
2.雑誌(ライフスタイル)が買える図書館。
3.映画・音楽の充実。
4.文具 知的な発想を素早く書きとめるために。
 雑誌と文具は売店を置く。文具については、
 プライベートブランドを立ち上げる。
5.検索・ITソリューションの活用。
6.カフェ、ダイニング。
 お茶を飲みながら本が読める。食事もできる。
 本を借りるだけの場所ではない。
7.代官山蔦屋書店のノウハウを取り入れる。
8.Tポイントが貯まる。
 Tカードが利用者カードに。
9.開館時間9時から21時、365日営業。
ということになる。

私は自分が変化を好まない保守的な人間であると
自覚しているのだが、
武雄市立図書館については、
よその市の図書館なので、まあやってみなはれと思うだけだ。
特に素晴らしいとか、取り入れるべきだとは思わない。
武雄市は観光のまちだということが、大きな要素である。

CCCが指定管理者として回していけるのかについて。
図書を蔦屋書店から一括購入できることや、
カフェ、雑誌の売り上げもあるだろうが、
カードビジネスへの波及効果はかなりのものではないか。
お互いにとって提携のメリットは計り知れない。
それを思いついただけでもすごいと思う。
そういうやり方もあるだろう。

図書館とはどうあるべきかということについて、
私自身の確たる理想があるわけではないが、
武雄市の目指すものは、
コンビニエントなカルチャーの提示であると思う。
市立図書館の役割は多かれ少なかれ、
それほどアカデミックなものではないので、
一つの形としてはありなのかもしれないが、
私としては、もう少し別の形を模索したい。



2012年5月 3日 (木)

五月病をぶっ飛ばせ

今朝、NHKで「カーネーション」の総集編の再放送をやっていた。
何気なく見ていて、このドラマは父と娘の相克の話だったのだ、
ということに気づいたというか、思い出した。

人の心を惹きつけるドラマは、一筋縄ではいかない。
ドラマ自体が、演じる俳優たちとともに成長することはもちろん、
ストーリーそのものがどんどん発展していく、
そこには幸運の女神が舞い降りているのだと思う。
視聴率がどうのとかそういうことではなく、
ただただ、素晴らしいドラマへと発展するのだ。

私が素晴らしいドラマだと評するとき、
それはまず第一義的に、面白いということである。
笑えるとか、手に汗握るとか、泣けるとか
そのすべての要素を含むのだな。

武井咲の「アスコーマーチ」がそれであった。
私は青春ドラマが元々好きなのだが、
このたび再放送を見て、ますますその評価は高まった。
これこそ見事に幸運なTVドラマである。

回を追うごとにキャスト、スタッフの意気が高まる。
それが手に取るようにわかる。
いまの高校生がどのように感じるのかわからない。
でも、マンガだ、ドラマだと決めつけずに
いまの高校生活がそうなる可能性を秘めていることに
気づいてほしいと思う。
人間失くしてしまって、取り戻せなくなって初めて
それに気づくことが多い。
それがわかるのが、遅すぎるんだよ、たいていの場合・・・

日本の経済が低迷しっぱなしで、
国内産業のものづくりの伝統を復活させようとか
お題目を唱える(仏教的な意味ではなく、間違った慣用句として)
ばかりで、その本質を見直そうとしない輩が多い中、
「アスコーマーチ」は軽々と、そのものづくりの何たるかを
軽いけど実は重たいドラマへと昇華している。

そのことだけでも素晴らしいのに、
淡い恋心のせつなさ、やるせなさもあれば、
若さと馬鹿さ空回りの憎ったらしさもある。
教訓が教訓として生きるかどうかはわからないが(笑)
その有効性は認めざるを得ない。

まさに「青春のくそったれ」なのである。





2012年5月 2日 (水)

一起会勉強会

この4月から合志市では部の再編が行われた。
今月の講師は、齋藤事業部長。
新しくできた事業部は、
建設課、都市計画課、農政課、そして水道局を受け持つ。
建設課と水道局(上下水道課)が同じ部署になることは、
横の連絡が密になり住民サービス向上につながりそうだ。
ただ今年度の事業スケジュールの説明を聞いていると、
少ない陣容で、抱える仕事は多岐にわたることに
少々不安を覚えないではない。
もちろんそれはどの部でも同じことだが。

前にも書いたが、職員のみなさんには、
業務終了後、地域に出ていろんな活動をすることよりも、
専門書を読むだの、実務に直結する学習こそやってもらいたい。
それは、地域での活動をおろそかにしてよいというのではない。
まず第一に市役所の仕事であり、
そのストレスを軽減するためになら、
それが音楽を聴いたり、映画を見ることでもよいのではないか。

そして、職員としてのスキルと同時に、
グローバルな視点も獲得してもらいたいものだ。
そうこうするうちに、地域に出ていくことの意味が
やっと体得できるようになるのではないか。
目的と手段を取り違えてはいけない。

これまであったいくつかの事業で、
新たな角度から検証してみたいという事業部長の言葉を
頼もしく思ったことでした。





2012年5月 1日 (火)

熊本城

Dsc_0016

肉眼では、もっと迫って見えたんだけどな、熊本城。

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