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2012年3月19日 (月)

あとぜき

anan3月21日号の村上春樹「村上ラヂオ」、
タイトルは「濡れた床は滑る」。
外国のどこかの空港のトイレに
そういう張り紙があったのだそうだ。
簡潔なうえに、哲学的ですらある。

日本語的にこなれていないけれど、
いつのまにか、そういう言い回しが日本国内でも
一般的になるかもしれないということで、
そこからの展開はこれ。

「よく『美しい日本語』とか『正しい日本語』とか言われるけど、
美しいもの、正しいものは人それぞれの心の中にあるのであって、
言葉はその感覚を反映させるツールに過ぎないんじゃないか。
もちろん言葉は大事にしなくちゃいけないんだけど、
言葉の本当の価値は、言葉そのものよりも、
言葉とそれを用いる人の関係性の中に
あるのではあるまいか」

「関係性」と言ってしまうと、
ちょっととらえどころがなくなるが、
つまり、言葉を用いる人がどのような意図で使うか。
意図そのものが言葉により具現化するので、
言葉が先か、意思が先か判定しにくいが、
「美しい日本語」や「正しい日本語」は、
日本語がどういう使われ方をするかで、
美しいものになったり、正しいものになったりする、
ということではないかと私は思う。

熊本弁というと、よく引き合いに出される「あとぜき」。
これこそ、「濡れた床は滑る」的な
実用であり、価値ある言葉と言えないこともないな。

※熊本弁になじみがない方に説明をすると、
閉まっていた戸を開けて、出入りした後、
ちゃんとその戸を元のように閉めることを
「あとぜき」と言います。
これは幼児教育から用いられるしつけの言葉であり、
自分以外の人たちを気遣う、思いやりの言葉でもある。




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