2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最近のトラックバック

untitled

読みたい本だな

  • 読みたい本だな
無料ブログはココログ

« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »

2012年1月の34件の記事

2012年1月31日 (火)

すぱいす*Spiceにスクールカウンセラーの
岡崎光洋さんが「思春期コラム ココロとこころ」
という連載を持っている。
1月6日号に、「『絆』の本来の意味とは」という文章がある。
学研新版漢字源によると、
絆の意味は、「ひもをぐるぐる巻いてからめとること。
①馬の足にからめてしばるひも。
また、人を束縛する義理・人情などのたとえ。
②つなぐ。ほだす。しばって自由に行動できなくする」
とあるそうだ。

「本来、『絆』には支え合い、励まし合ういい面だけでなく、
煩わしさやしがらみなど、しんどい面も含むという、
人間関係の本質をきちんと伝えていると思ったからです」

誰が言っていたか書いていたか忘れたけれど、
無縁社会だなんだと、いまでは問題にするが、
そういう人と人とのつながりを煩わしいと切り捨てて、
人口密集地での孤立、
と言って悪ければ、ご近所と適度な距離を保つ、
つまり干渉しあわないことを生活の流儀にすることを
日本人自らが選び取った結果ではないのか。
ということを思い出した。

『絆』をその本来の意味で使うべきだというわけではない。
「支え合い、つながり」が同時にあわせ持つ、
窮屈さ、煩わしさを認めたうえで、
それでも『絆』を深める覚悟が問われるということだ。
まあ、そこまで決意を固めなくても
多少遊びのあるゆるい縛りが必要だってことかな。


公務員批判を跳ね返せ

合志市の荒木市長が、
愛媛県松山市で開催された

『第1回 地域に飛び出す公務員を応援する首長連合サミット』に
参加した報告が、市のホームページに掲載されている。
リンク 
あまり日を置かずに、報告をアップしたことは評価できる。
それが今後、職員を引っ張るリーダーシップにどう生かされるか
期待するところ大である。

首長連合のブログ→
リンク

役人は自分たちの城にこもって、
民(タミ)の実情に疎いという批判はおそらく大昔からあると思う。
いまの時代、民間の厳しさに比べたら、
公務員は仕事をしてるようには見えないのに
安定した給料をもらっていると思われている。
定時にはすぐに退庁するくせに、
地域の活動には滅多に参加しない、とか
一般的に見られているだろう。

たとえば、
民間企業は夜遅くまで仕事をしているという人がいる。
公務員の場合、時間外手当も税金である。
それなら、サービス残業をしろと言いかねない人もいる。
だったら、サービス残業を認める法律を
国会議員に言って作らせてくれ。

と、本題から外れてしまった。
もちろん、本来の業務をきちんと終わって、
平日や休日に、自分の住む地域の活動に参加して、
住民の一人として、地域の抱える問題を
肌身で知ることは貴重な糧となることだろう。
だがそれは、何も公務員に限ったことではない。

限られた時間に何を優先するか、
それはその人の生き方でもあるので、
他人に指図されることではない。
でも、まあ、いい音楽を聞いたり、映画を見たり、
そういう体験が人間的な深みを得ることにつながることもある。
そういう心の豊かさが職務を果たすときに
役立つこともきっとあると私は思う。

また仕事に直結した専門的な勉強をすることはさらに必要だ。
話はふたたびそれるが、
たとえば恋愛小説からは人間のエゴや自己犠牲などを
学ぶことができるからお勧めである。
しかし、それを読み取る読解力は
やはり学ばなければ得られないという矛盾もあるが。

ともかく、そういう教養を高めることを後回しにして、
地域に飛び出すことを優先させてはいけないような気がする。
市民の批判的な目には、優れた仕事で返すのが、
本来の務めである。
分かっている人は、すでに分かっていることなので、
あえて言うことではないが、
やはり自分のなすべきことをしっかり自分に問うこと。
ではないかと私は思う。











2012年1月30日 (月)

行政視察報告書

議会活性化調査研究特別委員会行政視察研修報告書

〇防府市議会


1.議会基本条例について
平成20年に自治基本条例が
執行部から提案され制定されたときに、
「市議会の役割と責務」に
「市民等に対し議会の役割と責務を明確にするため、
自らの基本とする条例を制定します」という一文が
謳いこまれていたことが議会基本条例を作るきっかけになった。

平成21年1月に議会改革推進協議会を設置。
「議会活性化」ではなく、
「議会改革」という言葉に決意が表れているようにも思える。

テーマは①監視機能の強化、②政策立案能力の強化、
③市民に開かれた議会、④市民と協働する議会。
議会基本条例の制定についてはまず作業部会を設置、
素案作成。その後1ヶ月間のパブリックコメントを実施。

2.定数について
平成20年、定数が30から27になったことで、
常任委員会を4から3に集約。
常任委員会は、総務、教育民生、産業建設の3つである。
ただ議会運営以上、委員会数を4に戻すべきという意見もある。


3.政務調査費について
1人当たり年額25万円。
条例では会派に交付となっているが、
実質的に事務局が通帳を保管、支出のすべてを管理。
書籍の場合、領収書とともに表紙のコピーも添付など。


4.会派制について
自治法上の定めはないので、議会基本条例で位置づける。
1人会派も認める。


5.一般質問のインターネット中継
 平成23年6月議会から、ライブ中継後、
映像編集後中継録画の再生ができるようにしている。
5年間保存。アクセス数は、9月末で3,137件。


6.その他議会基本条例による議会改革について
① 議会懇談会 市民との多様な意見交換の場。
請願・陳情の審議において提案者の意見を聞く。
② 文書質問 質問と回答を全議員で共有するため。
議長が保管、公文書と見なす。
③ 反問権 その論点を整理するためには
議員に対して反問ができる。

・合志市議会で先行しているものもあった。
1.議案に対する賛否を議員別に公表する。
2.質問席を設け、一般質問は執行部と一問一答方式。

・所感
議会基本条例を作るうえで参考にしたのは、
北海道栗山町、三重県伊賀市、埼玉県所沢市、
京都府京丹後市などとのこと。
議会基本条例の制定の過程で、
議会と市民と行政が相互に意見を出し合うことにより議論を深め、
市の発展につなげようという意識が高まっていったように感じた

〇大牟田市議会

1.議会改革特別委員会
平成21年5月、臨時会で委員9名にて設置。
10月、京都府京丹後市議会、三重県伊賀市議会に先進地視察。
12月、講師を招いて議員研修会を実施。
平成22年2月、議会に対する市民意識をアンケート調査。
配布数2,000票に対して有効回収数1,040票(52.0%)。
経費は115万円の予算に対して執行は81万9千円だった。
回答率の高さは、途中で回答に対する礼状を送ったことも
影響しているかもしれない。

2.議会基本条例
骨格案作成後、市内団体との意見交換会、市民懇談会を開催。
平成22年11月条例案を作成、パブリックコメントを実施。

議会基本条例のポイント
① 市民意見の聴取 議会報告会など。
② 政策等調整委員会での論点の整理と集約 議員間討議など。
③ 反問権 質問に対する論点の整理。
④ 議決事件の追加 重要な計画や施策等には議決が必要。

3.政務調査費について
一人当たり月額2万円。
会派(3人以上)に対して3か月ごとに交付。
無所属は個人に。会派内で会計を決めて管理。
事務局は最終チェックのみ行う。
会派(無所属含む)に対して
一人当たり年額10万円の旅費が規定されているが、
これも一般的には政務調査費に該当するかもしれない。

 

・所感
議会には執行権はないので、
二元代表制のもとで、議会が一体となって
執行部に要望などを挙げていかなければ
議会としての責任を果たせないと言われたのが印象に残った。
かなり前から会派があり、
会派内での意見は統一されていることが前提とされているが、
会派での議決の統一がどうしても必要とは私には思えない。
ただ、会派制を取ることで
全体の調整がつけやすいという利点はあるようだ。

仮名手本中継雷舞

今日の熊日夕刊「ハイ!こちら編集局」に
山鹿市の小学生(12歳女子)の意見が載っている。
見出しは「国会 手本になる議論を」。

学校から帰ったら、テレビで国会中継をやっていたのだが、
聞くに堪えないやじが飛び交うのを聞いて、
学校の討論会でも人の意見を聞き終わってから、
みんなが発表するのに・・・
という、これを読んで(読む国会議員はいないだろうが)、
恥ずかしくならないような国会議員は、
まさか、この国(缶コーヒーBOSSのナレーション風に)には
いないと思うがよくわからない。

一つには、本会議場あるいは委員会の席で、
黙って政府の答弁を聞いているようでは
間抜けに見えてしまうということがあると思われる。
やじでも飛ばさないと、みんな寝てると国民に思われる。
いかに気の利いたやじを飛ばせるかが、
国会議員のカリア(キャリア)と思い込んでいる。
小学生に「気の利いた」やじなどわかるわけないだろ。

そこで、いつもの連想が浮かぶ。
エディ・コクランの「サマータイム・ブルース」。
私には、ザ・フーの方がなじみ深いが、
ともかくその歌詞にうたわれる、これ(意訳)
「議員さんのところに何とかしてくれと駆けこんだら/
おまえさんにゃ、まだ選挙権がないだろうと言われた/
ああ/なんてこったい/サマータイム・ブルース」

ザ・フーのは、埋め込みできないので、→リンク 
マルチ・スクリーンだから、映画『ウッドストック』のものか。



2012年1月29日 (日)

パジャマラマ

小泉今日子と中井貴一主演のドラマ
「最後から二番目の恋」→リンク 

確かに女3人のおしゃべりで始まったときには、
そのテンポの悪さにへきえきした。
私は見たことはないが、あれが「Sex and the City」の
(悪)影響というものだろうか。
その上、もう1本。
仲間由紀恵主演の「恋愛ニート」→リンク 
これにも女3人のおしゃべりが出てくる。
お互いの番組の内容を知っていたわけではないだろうが、
あまりに安易と言わざるを得ない。

それでもやっぱり面白いところはある。
中井貴一は、ニコラス・ケイジに似てる、とか。

「恋愛ニート」の方は、ちょっと・・・



2012年1月28日 (土)

連歌から俳諧へ

合志市市民大学の今クール第2回目。
熊本県立大学文学部教授 鈴木元さんの
「連歌から俳諧へ」を受講。

チラシによると、
「戦国時代、合志・菊池の武士も詠んだ連歌は、
松尾芭蕉にも影響を与えた熊本出身の連歌師、
西山宗因の登場により、江戸町民文化の俳諧を生み出します。
後の俳句の源となったその流れについてやさしく学びます」

ほんとうにやさしく学べた上に、面白かった。
連歌というのは、人の詠んだ句に「附ける」ことで
成り立つ、つまりはセッションに趣を見出すお遊びなのだ。
相手に対して無理難題を出したり、
ナンセンスな味わいを楽しむものなり。
ジョン・レノンが講義を受けたら、涙を流して喜んだろう。

源俊頼の『散木奇歌集』にはこういうのがある。
 「とりと見つるはうさぎなりけり」
つまり、鳥だと見えたら、兎だったよという上の句がある。
無茶苦茶である。
ただ単に、鳥という語に鵜と鷺を引っ掛けているだけ。
しかしそれに負けじと
 「このみかとかきはまくりもきこゆれど」
牡蠣と蛤を柿と栗に結びつけて、思い知ったか。
てな感じ。

いろは連歌というのは、
頭の音をいろはの順に附けていかなくてはならないルール。
たとえば、
 「ぬれにけりしほくむ海士のふぢ衣」
に続けて、「る」で始まらなければいけないので
 「るきゆく風にほしてけるかな」
やまとことばの頭には、ラ行の音は来ないのだそうだ。
もちろん「るきゆく」なんて動詞も形容詞も存在しない。
しかし、それが大うけするんだから、
いまのTVのお笑いと大して変わらない。

ただ、その場限りで記録されなかったものも多い。
大方、残すことに意味のある内容と思わなかったのだろう。

レジュメによると、
遊戯性・趣向の遊び
    ↓
表現の洗練・遊びの要素の潜行
    ↓
笑いの通俗化
    ↓
通俗化への反発
    ↓
ナンセンスの復権

となり、それに引き続き、松尾芭蕉が登場
するのだそうだ。

なるほどねえ、とそこに面白さを感じる人しか
興味を持つことはないだろう。
講座を開くに当たり、先生はこんなふうなことを言った。

30名ほどの受講者を前にして、
文学部の存続はみなさんに支えられていると実感する、と。
そうだよなあ。
文学、それも古典を研究してなんになるのって
経済学的、あるいは科学的視点からは疑問が湧くだろう。
でも、やっぱり私など、愚にもつかないかもしれないけれど、
それなりに存在価値はある。
相当あると思う。

どうでもいいけど、
やまとことばにラ行で始まる語がなかったから、
日本人は、LとRの発音の区別が苦手なのかも。



2012年1月27日 (金)

行政視察研修

議会活性化調査研究特別委員会で、
下記の日程で調査に行ってきました。

1月26日 木曜日

山口県防府市議会→リンク

1月27日 金曜日

福岡県大牟田市議会→リンク 

詳しくは、これから報告書を書きますので、
出来上がってから、アップしようと思います。

どこの議会にも言えることと思いますが、
議会や議員に対する風当たりは強い。
何をやってるかわからないという意見に対しては、
市民の方だって、議会が何をやってるかについて、
興味を持ってもらいたいと私は思う。
市民の代表として、委任しているのだから、
特に問題が表面化しない以上、うまくやってるのだろう。
という人もいるかもしれない。

私の場合も、議員になる前は、
議会に関することはお任せの口であった。
行政に関することは、条例委員会の委員をやっていたので、
直接意見を言う機会が多かったこともある。

何をやってるかわからないのに報酬だけは、
かったる(熊本弁で、きっちりの意)もらいやがって、とか。
選挙のときだけお願いしてまわる、だとか。
口利きに対する非難は、
議員が何をやってるかわからないという批判と
表裏一体のものだった。

ともかく、地方自治を鍛えることが、
暮らしやすい社会を作ることでもある。







2012年1月25日 (水)

スマイリーフェイス



180pxsmiley_svg


私の生家は菊池郡大津町にあった。
父が土地とともに処分して解体されて、
もう20年ぐらいになると思う。
祖父が質屋をやっていたので、
モルタル壁だったけれど倉庫もあった。
幼いときに悪いことをすると、母によく閉じ込められた。
ま、それはいいとして、
その家の解体前、置きっぱなしにしていた品物を
取りに行ったのだが、ほとんどそのままにしてきた。
例えば、雑誌「COM」5年分ほどや同じく雑誌「ボーイズライフ」など。
しかし、そんなものは日本のどこかにまだあると思われるが、
残してきて取り返しのつかないものがある。

それは、祖母がつけていた家計簿というか
日記というか、メモの類いである。
そのノートは、スマイルマーク→リンク
が、表紙にでかでかと印刷されていた。
私が買ってやったものである。
そんなノートは何冊でも買ってやれたのに、
その1冊を大事に大事に使っていてくれた。

それなのに、そのノートを大切に保存しようと
当時の私は考えなかったのだ。
解体される生家と一緒に葬り去るべきものと
おそらくそのときは考えたのだと思う。
そうやって第1級の歴史資料は、
全国各地あちこちで消え去っていく。
ときどき、無性にもったいないことをしたと後悔するが、
それはそれでよかったと思わないでもない。

このブログに書かれている文章は、
人に読んでもらうことが前提で、
わたくし的にカッコつけているので、
そういう意味ではあまり価値があるとは言えないかもしれない。






2012年1月24日 (火)

穢(ケガ)れた世界

1月3日の熊日に田口ランディさんが、
「水俣、福島、祈りの日。」という文章を寄せている。
その中に以下の部分がある。

「放射性物質に心が汚染されると、
それまで自分が住んでいた世界は『穢れた世界』になっていく。
事故の前まで、世界は安全であたたかく
人を包み込んでいる馴染み深い場所であった。
でも、汚染のあとの世界は、
禍々しい毒をもった恐ろしい場所として
心に認識されるようになり、
元の美しい世界からあっけなく
人間を締め出してしまうのである」

私は「放射能がからだにいい」という言説を信じるわけではない。
しかし、放射線による害というものも、いまのところ
風説以上のものでもないような気がする。
チェルノブイリの前例があったとはいえ、
人類は放射線の有害さについて、
ほんとうに確かなところはまだ知り得ていないのではなかろうか。
それでなければ、諸説紛々などあり得ないと思う。

それは言い方を変えれば、
一旦事故が起きてしまえば、その与える影響を
ほとんど測ることができないような技術を
いかにも安全なように喧伝してきたいい加減さが
露わにになるということだ。
地震や津波は自然災害なので、
その被害について想定外という逃げも
ある程度認めないわけではない。
しかし、想定外があるような技術を実用のものとし、
稼働させていたことの責任からは逃れられない。

ああそれなのに、それなのに、
原子力対策本部の会議の議事録が
事故直後の設置以来まったく作成されていなかった。
テープ起しがされていないとかではなく、
録音すらされていなかったということか。
放射線の影響で、磁気記録が消去されていた、
とかなんとか言い訳をすればよかったのに(苦笑)

昨日のテレビのニュースでは、
確か情報公開請求されて初めて、
「議事次第程度」しかなかったことがわかったと言ってた。
1月24日の熊日朝刊で森山善範原子力災害対策監は
「会議の決定事項など重要な部分は
記者会見で説明し、かなりの部分は情報公開されている」
との見方を示している。
だったら、それらの公開された情報をもとに、
議事録を再構成する、と明言すればよい。
完璧ではないにせよ、そこまでやって
少しは責任を果たしたことになるのではないか。


2012年1月23日 (月)

図書室まつり

1月22日 日曜日

合志市泉ヶ丘公民館で、
図書室まつりが開かれた。
昨年に引き続き、第2回目。
小学生対象のあみだくじ大会がメインで、
賞品は百円均一セレクトショップで購入。
参加者は18名。
泉ヶ丘には約100人の小学生がいる。
18名を少ないと見るかどうか。

第2部はマンガ本の交換会というのを企画したが、
これはまったくの不入り。
あみだくじの賞品の交換で、オセロをやるというのが、
子どもたちに受けて真剣勝負だった。

ボランティアスタッフも入って、
トランプをやったり、将棋を差したりして
日曜の午後の時間はゆるやかに過ぎた。



もう一つの気づきうなずき

1月21日 土曜日

気づきうなずきフェスティバルの途中で抜けて、
菊池恵楓園のボランティアガイド研修会に参加した。
中修一さんを囲んでの会だったが、
テレビ東京の「ザ・決断!」の録画を見ることができた。
調べてみると2006年11月3日に放送されたものである→リンク  
ハンセン病国家賠償請求訴訟で、
発足してわずか1ヶ月の小泉政権が、
(歴史的)控訴断念を決定した事件である。

当時の官房長官福田康夫氏のインタビューもはさみ、
田中健が小泉純一郎を演じた、
ドキュメンタリー趣向のドラマで、
分かりやすいと言えば、わかりやすい。
「再現ドラマ」という呼び名もある手法だ。
当時の小泉首相が、自分の政権安定のために
決断したということはないと思う。
控訴しないという判断を下せたのは、
官僚のメンツも守れるという計算があったからだが、
後の小泉人気につながって行くのは、
彼の浪花節的人情の資質のせいろう。
ただ、それをいつまでも引きずらなかったのは、
彼のすごいところというか、怖いところでもあった。
違う。
人情から抜け出せなかったという見方もできるか。

ハンセン病の感染力は弱い。
また優れた薬で完治もする。
しかし後遺症はいつまでも本人を苦しめるということが
中さんの話を聞いて、改めてわかった。
その上、差別や人権侵害まで加えられて。
しかし、その経験を通じて中さんが学んだのは、
「自分が変われば人も変わる」ということだ。

こういう内輪の会で上映したことで、
まさかテレビ東京がクレームつけてくることは
ないとは思いますが、よしなに・・・



2012年1月22日 (日)

気づきうなずきフェスティバル

1月21日 土曜日

合志市男女共同参画気づきうなずきフェスティバル。

合志市文化協会の日舞各流派の皆さんによる
合志市音頭でオープニング。
おお、こういう振付だったなと思い出したが、
さすがに本物の舞は流麗だ。

市長は挨拶の中で、
住民アンケートによる男女共同参画についての認識について
言及し、啓発事業への動員のむずかしさ、
会場に来ている市民は意識が高いが、
来ていない人の意識付けをどうするのかが問題だと述べた。
それにも一理あるが、
「動員」とは来るつもりがない人を連れてくるのが、
本来の意味での動員ではないのか。
つまり男女共同参画なんて関係ねえという人を
動員しなければ意味がない。
おそらく少数とはいえ、そういう人たちが
昨日の会場にもいたのではないだろうか。
希望的観測だが、そういう十数人がこのイベントを通じ、
意識改革をしてくれたかもしれない。
まあ、それがアンケートの回答に表れていることを祈る。

ただ、参加者数とその啓発効果を関連づけて
きちんと示せるか。
フェスティバルも、2年に一度という選択もある。
そういうことを考えた。

熊本県職員で以前男女共同参画センターパレアにいた
有田知樹さんの男女共同参画替え歌は、
専門書に負けないような内容を持っていた。
許可を得て、ホームページなり、広報誌に
転載したらどうだろう。








2012年1月21日 (土)

最高の人生の終り方

TBS系で山下智久が葬儀屋になる、
「最高の人生の終り方」というドラマをやっている。
今週は、身元不明の遺体が主人公で、
行旅死亡人の取扱いが出てきた。
いわゆる無縁仏である。

ちょうど、菊池広域連合で納骨堂を作る計画が
昨日の全員協議会で説明された。
「市町内において死亡した、親族等の身寄りがないか
若しくは身寄りがあっても死亡届、火葬許可申請、
火葬を行なう者のない孤独死等の遺体
(行旅死亡人・無縁仏)の保管、火葬、遺骨の保存については
自治体の業務です」とある。

私が行旅死亡人について知ったのは、
10年ほど前のことだった。
益城町役場の掲示板を、工事関係の公示でもないかと
チェックしていたときのことだった。
身元不明の遺体についての公告である。
誰かが言ったが、死体には名前がついて初めて
遺体となる、と。
新明解国語辞典では、人格を主体とした言い方を
遺体というと出ていた。

先の環境衛生課の説明資料の結びには、
「市町内の公営住宅等単身居住者の高齢化、
あるいは都市化に伴い、今後もその増加が懸念、
予想されることから」とも書かれていた。









全員協議会

昨日の全員協議会の議題(報告・説明)は次の通り。

1.専決処分(損害賠償に係る額の決定)の報告について
2.合志市第5期介護保険料等について
3.国保税の税率改定について
4.無縁仏遺体安置所(保冷庫)・納骨堂の建設等に関する件について
5.菊池広域連合規約の一部変更について
6.合志市土地利用計画検討委員会における経過報告について
7.ユーパレス弁天大規模改修検討委員会の結果報告について
8.合志市合併5周年記念
  男女共同参画気づきうなずきフェスティバルの参加について
9.その他

その中で、7.ユーパレス弁天大規模改修検討委員会報告書
について、担当課より説明があった。
説明後、私を含めていくつかの意見が述べられた。
建設用語的には、大規模改修といっても、

生まれ変わってしまうような改修のことばかりを指すわけではなく、
実際には耐震や設備、老朽化による外壁や防水の改修も
大規模改修と呼ぶので、どこまでやるのかについては、
本来施設のあり方、存廃まで含めて検討すべきものであろう。

報告書の「はじめに」にはこう書かれている。
「今一度原点に返り、この施設の存在意義を再確認し、
この施設の将来の在り方を検討し、
より良い施設とするために市民、議会、行政の他、
専門的知識ある市民等により『ユーパレス弁天』
大規模改修検討委員会を立ち上げた」

しかし大規模改修が前提となっていたことや、
検討期間が短く限られていたこと、また終盤になって唐突に
「道の駅構想」まで持ち出されている。
検討委員会の委員のみなさんの苦労がしのばれる。

その上、改修のランク付けが、
存続にお墨付きを与えたように見なされている。
市長は、1年かけて具体的な将来像を探りたいと言う。
執行部での検討委員会の位置づけが
元々そうだったのか、途中で変質したのか。
いや、あいまいなままでスタートしたということだろう。
そこには土地利用検討委員会の動向もある。

市民の意見を聞くという姿勢は必要である。
それは自治基本条例があろうとなかろうと同じはずだ。
それと同時に、さまざまな委員会で話し合われていることについて、
議会に対して説明すると同時に、
市民全体に対しても情報公開すべきである。
今回、全員協議会での説明を待たずとも、
市のホームページ上で公開してもよかったと私は思う。
その際、議会軽視などという言葉が万が一にも出てくるようでは
むしろそちらに問題がある。



2012年1月20日 (金)

訂正

ブログに書いた記事の訂正はむずかしい。
単純に記事を訂正しても、
すでにそこを訪れている人には伝わらないわけだし、
あとでそのことだけ書いても、
そんなことどうでもよくなっている場合もある。

そんなことばかり書いていてもしょうがないので、
ここに訂正というか、わかりやすく書き直すのは
これです→リンク
1月17日に「議会活性化小委員会きょうのまとめ」として
書いたものです。
最初の方で、正式な議事録は残さないと書いたけれども、
それは市議会本会議にあるように、
反訳された会議録という意味での文書ということです。
意見の要旨要点や議論については、
きちんと記録として残します。






2012年1月19日 (木)

懸念

昨年の12月16日付の熊日に
カトラー米通商代表補が米大使館で行った
会見の要旨が掲載されていた。
環太平洋連携協定(TPP)交渉についてである。

その中で、日本郵政の事業に関して、
「公平な(事業の)機会を設けなければならない。
この懸念は欧州、カナダだけでなく、
日本の民間保険業者とも共有している」と述べている。

「郵政グループのかんぽ生命による事業を念頭に
『民間業者と政府関係の機関が競合すべきではない』
とし、優遇措置撤廃を訴えた」とある。

注目すべきは、というほどでもないが、
懸念を「日本の民間保険業者とも共有している」という部分。
TPPが国民皆保険制度を狙っていると考える人は多いが、
それはずいぶん先にある話だと私は思う。
それよりも、かんぽ生命の解体は、
日本国内の生保各社にとって願ってもないことだと思われる。

ここでは触れられていないが、
日本の農業そのものを壊滅に追いやる前に
おそらく農協を解体したいという気もあろう。
JA共済についても、
生保各社と思いを共有しているかもしれない。


ラッキーセブン

月9で、「ラッキーセブン」という新番組が始まった。
松本潤、瑛太、大泉洋、仲里依紗、松嶋奈々子他、
ラッキーセブンなので、レギュラーが7名。

多い。

多すぎる。かどうかは、見方によるが、
他のドラマでもその傾向がある。
なぜなのか、考えてみた。
3ヶ月で終わってしまうようなドラマに
それほどの人手がいるのか。
これはタレントを供給する側の都合ではないか。
十把一絡げと言っては悪いが、
テレビ局は、タレントをひとまとめにして事務所と契約するとか、
あるいは、一人ずつではそのファンの数も限られるが、
主要メンバーが多ければ、そのファンも倍数になる。
ということもあるかもしれない。

まあ、どうでもいいことだけれど、
その「ラッキーセブン」。
来週も見るかどうかはわかりません。




2012年1月17日 (火)

議会活性化小委員会きょうのまとめ

この小委員会では、正式な議事録は残しません。
委員長の私を含め5名の委員で、
自由討論に近い形で、委員会としての意見を
まとめる予定ですが、最終的には
特別調査委員会で結論を出すことになります。

きょうは、政務調査費について話し合いました。
以前書きましたけれど、
合志市議会議員に政務調査費はありません。
それが必要か、必要ならどういう基準にするか
ルールは自分たちで作らなければなりません。
持ち寄られた条例等の資料は、
熊本県議会、熊本、山鹿、菊池の各市議会のもの。
追加で宇城市分を、ネットから取りました。

政務調査費のことを考えるとき、
そもそも議員報酬とは何かということも関連してくる。
政務調査と政治活動との線引きのあいまいさもある
という意見もありました。
全国的には、廃止する自治体もあります。

次回は、宇城市議会に出かけ、
実際どうなのかを勉強してきます。




2012年1月16日 (月)

文化庁メディア芸術祭

文化庁メディア芸術プラザ→リンク  
のサイトを初めて開いたのは、
川崎市議会議員 小田理恵子さんの「とある市議の日常」→
リンク  
が、マンガ部門の推選作品になっていたから。

平成23年度、第15回文化庁メディア芸術祭の
入賞作品の一覧を見て、→
リンク
この賞はダテではないと思った。

なんてことに今更驚いていること自体が、
時代とずれてしまっているということなのだろうな。




第3小委員会

明日、合志市議会議会活性化調査研究特別委員会、
第3小委員会を開催します。

内容は、第3小委員会に付託された事件、
1.政務調査費に関することについて
2.通年議会に関することについて

以上です。

2012年1月15日 (日)

見た目が勝負

新年が明けて、
テレビドラマの方も、ぼちぼち新番組が
始まっている。

テレビドラマというもの、第1回目が勝負と思われる。
会ったとたんに一目ぼれするような内容でなくては、
2回目以降見てもらえない。
しかし、番宣の効果があったとしても、
第1回目を見ようという気持にまで、
引っ張っていくのは大変なことだ。
よほどのドラマ好きでなければ。

そういうわけで、口コミとか第1回目を見た人の評判で、
それを見てみようかと思う人も多数いる。
雑誌等の批評を読んだだけで、
分かったような気持になって、見ない人も多いだろうけど。

兵庫県知事が、NHKの「平清盛」について、
画面が汚いとか文句を言ったらしいが、
第1回目だからこそ、ひとこと言っとかないと
と考えたのかもしれないが、
兵庫県の経済浮揚のためにドラマを作っているわけではない。
誘致のために、あるいは制作補助金を
NHKに出しているのかもしれない。
とはいえ、知事はもともとそういう軽はずみな人間なのだろう。
多忙ゆえ、テレビドラマを見る時間なんて
普段ないだろうから、
ドラマを見るための素養を著しく欠いていたとしても
しょうがないのかもしれないが。

第1回目で、決めつけを言うには、
よほどの審美眼が必要なのである。



2012年1月14日 (土)

矢嶋楫子の生涯に学ぶ

午後、「熊本市男女共同参画センターはあもにい」で、
「先輩から学ぶ!日本を変えた熊本の女性たち」の第2回。

 平和と自立を求めた矢嶋姉妹たち
      講師 谷渕 一郎氏(元ジェーンズ邸館長)

副題は、矢嶋楫子の生涯に学ぶ。
矢嶋楫子については、→リンク
(先月ウィキペディアに寄付したのでね)

なぜ、熊本の女性が、
女性の権利獲得と、地位向上のために
力を尽くし、歴史に名を遺すことができたのか。
谷渕さんは、熊本は男尊女卑が強く、
女性問題に対する理解がなかったからだと答えられたが、
私は熊本に生まれ育ったので、
熊本だけがそうなのか、と
思ってしまうのだが。





市民大学「歴史・文学」コース第1回

興味があるとか、ないとかに関係なく、
時間の都合がつけば、やっぱり受講してみるものだ。
今日は、「熊本ゆかりの萬葉歌を読む」という演題で、
熊本県立大学文学部教授 山﨑健司さんの話。

4種類の歌の背景についてだった。
その中で、益城出身の青年・大伴君熊凝(オオトモノキミクマゴリ)が、
仕事で都に上る途上で病死したときの様子を
本人の歌として書き記した大典麻田陽春(ダイテンアサダノヤス)、
またその歌のことを知り、また話を聞いて、
敬意を払いつつ歌を詠んだ山上憶良(ヤマノウエノオクラ)。

死に行く子が親を思う主題と臨死者になり代わって述べる方法。
現代人の感覚では、そんな大げさなという気持になるが、
古代の旅は、なかなか危険なもので、
交通手段も道路事情も悪く日数もかかる。
そのような状況で、途中で亡くなる人も珍しくない。

ある個人の訃報が、語りとして伝えられ、
その死が悼まれ、歌として残された。
亡くなった者を惜しむ気持ちと臨終の状況を
詳細に伝える無名の人が果たした役割は大きい。

なるほど。そういう背景まで読み取れるのか。
と大いに勉強になりました。

次回は、1月28日(土)午前10時30分から、
熊本県立大学文学部教授 鈴木元さんの
「連歌から俳諧へ」です。1講座200円。
対象は、合志市民及び合志市内事業所に勤めている人に
なっています。市外の方、申し訳ない。

今日は30名以上の参加だった。多かった。


2012年1月12日 (木)

良き導師アルトマン

ロバート・アルトマンのインタビュー集
『ロバート・アルトマン~わが映画、わが人生』
ロバート・アルトマン+デヴィッド・トンプソン著
川口敦子訳 キネマ旬報社刊

「まあ、他の作り手にくらべたら
多様な女性を登場人物として扱ってきたんだろう。
何本か女性がまったく存在しないものも撮っているけれど。
女系家族で育ったのでね。
子供の頃にはふたりの妹と従姉がいつもそばにいた。
父はあまり家にいなかったし。学校では尼さんが先生だったから。
女性たちは若かりし日の私に権力を振り回す位置にいたわけだ。
そんなふうに成長したせいで、女性といるほうが楽なんだと思う。
もちろん彼女たちの操作法も学んできたし、
彼女たちの世界で自分をいかに利用させるかも身につけてきた。
女性の頭の仕組をわかっているふうなふりをするつもりはないが、
相対的に女性のほうが男性より興味深い存在だと私は思うね」

アルトマンのことを女性映画の作り手とは誰も言わない。
それどころか、「その映画における女性の扱いの
露骨な残虐さによってアルトマンは、
機会あるごとに批判されてきた」(D.トンプソン)

「が、同時に彼を最も強烈に擁護してきたのも
他ならぬ女性たちだ。実際、女優たちとの傑出した仕事は
他ならぬ〝映画における女性〟賞良き導師部門を
彼に授けている」

彼は、女優にかぎらず男優にしても同じだが、
製作に当たり、彼らの自主性を最大限尊重というか、
引き出すことでの共同作業から生まれてくる
化学変化や即興の妙を持ち味としている。
ということに、映画を見ただけでは気づかせない。
それが真に優れたところだと言えるだろう。
アルトマンの仕事ぶりは、男女共同参画の鑑である。
俳優だけではなく、脚本家などスタッフにも
積極的に女性を登用している。

日本では神代辰巳がそうであったように、
彼が作品の中で女性を描くとき、
彼女たちに寄り添う視点の確かさを私は見てきた。

今日のところは、まあ、そういうわけだ。

2012年1月11日 (水)

猫に名前を

村上ラヂオ第141回は、
「猫に名前をつけるのは」。

「猫に名前をつけるのはむずかしい、というのは
たしかにその通りかもしれない。というか、
名前をつけること自体は簡単でも、
その名前に付着していったものは、
ときとして不思議な重さを持つことになる」

と、村上春樹は、anan2012年1月11日号に
書いている。

昔からこのブログを読んでる方は、
ご存知のことと思いますが、
このブログには
週刊ネコ通信「Cradle」→リンク 
というカテゴリーがあります。
私の友人のメルマガを
私が再構成したものです。
それを読んでもらうと、そこら辺の気持が
わかるかもしれません。


2012年1月10日 (火)

仕事するくまモン

昨年12月17日付の
熊本日日新聞の広告媒体紙あれんじ→リンク
に、くまモン生みの親 水野学さんの
インタビューが載っていた。
水野さんは、1972年東京生まれ。→リンク

くまモンをどう思うかと問われて、
「僕はくまモンのことがすごく好きなんです。
それは単にかわいいからというんじゃなくて、
くまモンって、ちゃんと人格(くま格?)があって、
ちゃんと仕事をしている
くま格をしっかり持たせてくださった方たちが素晴らしいと思うし、
いろんな人たちの手で大事に育てられたのだと思います。
あんなにちゃんと仕事をしているキャラクターって、
僕が知ってる範囲では、
ミッキーマウスの次はくまモンしかない。
色も似てますからね(笑)」

そうか、そうだったのか。
くま格があるってのは、
ツイッターも早い時期からやってるから、
まあわからないじゃないが、
それよりも、だ、
「ちゃんと仕事をしている」の部分に核心がある。
そういえば、ゆるキャラって大方の場合、
ただカワイコぶってるだけだもんな。
汗をかき、名刺を配り、駆けまわり、飛び跳ねて、
踊り、手を振り、ま、愛想はないが愛嬌はある。
そしてそれは仕事をしているのだ。

ボクとは言ってるものの、
男性か女性か定かではないので、
「それ」にしました。


2012年1月 9日 (月)

「馬刺を喰っちゃえ、昆​布締め!」

わははら君の新年会に行った。
直感調理の実物を、実際に観て食べるのは初めてである。
鍋とサラダが手作り、
あとは近くのスーパーで仕入れて来たいろんなもの。

目玉は直感「昆布締め」。

二晩ラップにまいて締めておいたらしいが、
なかなかの味。日本酒によく合う。
くちさがない参加者からは「刺身で喰った方がうまかないか」
とか「包丁切れるやつ買ったら」とかの発言もあったが、
その割には早々になくなった。

写真を撮るのを忘れたのが残念。

と思っていたら、昆布締めの写真が送って来た。

Img_8261

その時に観ていたのだが、
一瞬「切ってない高菜漬け?」と思ってしまった
(帰省からまだ戻ったばかり)。

確かに切り方か、包丁か、難しそうだな。
「明日のために」というコメントが付いていて
「昆布、柔らかく戻したときの日本酒も、
一緒に包み込んだ方がジューシーさが出たのではないか」

「余計な味をつけたくないが、酢とか味醂もトライしてみる」
とのこと。

帰省のお土産で持って行った馬刺の方が人気だったのは、
ちょっと気の毒だったナ。

Kobuzime

 ――・――・――・――・――・――

上掲の記事は、私の友人がたまにメールで送ってくれる
わははら君の直観料理実例を引用したものです。
直接の友だちでもないんだけれど、
わははら君なんていいのかしら。
まあ、君も名前の一部ってこともあるからな。







2012年1月 8日 (日)

買った人が花を咲かせるんです

『アホウドリの仕事大全』阿奈井文彦著
徳間文庫で1992(平成4)年に出ているのを
少し前にブックオフで買った。

二男が生まれたのが平成3年で、
それが今日晴れて成人式だ。

1985(昭和60)年3月現代書館より刊行されているが、
多分1975(昭和50)年前後から取材が始まっている。
元々、雑誌「宝島」かなんかで連載されていたときに、
本当に楽しく読んだ記憶がある。
永六輔さんや伊丹十三さんも得意だが、
職人さんの語りを引き出すテクニックとそれを
書き写す力量。
貧しくとも
世の中も人生もこんなに豊かだったのかと
しみじみ感じ入る。
ただね、失われてしまったものがほとんどじゃないのか。

 

もちろん新たに生まれてくるものもあろう。
ただそれを聞き出す人がいないし、
まあ、もっともっと歴史の積み重ねってものが、ネ
とスッカリ文体が乗り移っちゃった、ハ、ハハ。

「花屋の春」園芸業の加藤さんの言葉から。
「こっちは、花咲くとこを見ないからね」
「買ったひとが、花を咲かせるんです。
あたしは、それまで、こうして育ててるんですよ」


2012年1月 7日 (土)

内田樹、それを制度の惰性と呼ぶ

「教育制度もまた政治制度と同じく、
個人の資質がいかに不出来であっても
制度全体としては揺るぎなく機能するように
構築されるべきではないのか」
内田樹先生は、映画『二十四の瞳』を例に挙げる。

 

「現場にいる人間の個人的資質とはとりあえず無関係に
制度が破綻なく機能するように構築された制度のことを
『うまくできた制度』と呼ぶのである」

 

実にそうなんだけど、原状「破綻なく」だけでよいのか、
例えば、より良き高み、サービスを行政はめざすべきだ。
というのが一般論なんだけど、それは税金でまかなわれているから、
他の選択肢がないからということでもある。
だから、できることは民営化してコスト競争にさらせと
そういう意見も出てくる。しかし「個人的資質とはとりあえず無関係に
制度が破綻なく機能するように」
制度を構築、維持するにはそれなりの費用がかかる。
それを忘れてはいけません。


ポリティカリィコレクト男女雇用機会均等法

男女雇用機会均等法は1999年に改定された。
そのことについて内田樹先生の意見を聞こう。

 

「この法律の改正は女性労働者の側から言えば、
それまで参入が禁じられていた職域への進出が
許されたという「就職機会の増大」を意味するのだが、
同じことを企業経営者の側から見れば、
求職者の数が急増した「選別機会の増大」を意味している。
限定的な求人に対する求職者の数が増えれば、
労働条件は切り下げられる。
「政治的に正しい」コストカットが実現できるのである」

 

またまた『昭和のエートス』からの引用だった。
一部分を取り出しても
有効なものはある。
その解釈が誤解や曲解でなければ。
仮にそうだったら引用した人の責任は重いな。

2012年1月 6日 (金)

費用対効果

昨日に引き続き、
内田樹『昭和のエートス』から。

 

「学校教育、とりわけ公教育は
市場原理を貫徹させるために生まれたものではない。
むしろ市場原理が人間生活の全場面に
貫徹することを阻止し、
親と企業による収奪から
子どもたちを保護するために誕生したものである」
イギリスでは確かにそうなんだろうけど、
日本ではどうなのか。

 

ちなみにアメリカでは、
公教育制度の導入に公費を使うことに資本家が反対した。
そこで「適切な学校教育を受けて育った『人材』は
いずれ資本家たちの経営する企業の労働者となり、
教育を受けていない労働者よりもはるかに多くの
利潤を企業にもたらすだろう」と
「リベラルな教育学者たちは
公教育の費用対効果を力説したのである」

 

あとは「市場原理から教育を守るために」の章を
読んでください。
著者の主眼は少し別なところにあるので。


2012年1月 5日 (木)

貧乏コンシャスネス

『昭和のエートス』内田樹著 バジリコ刊

 

「貧乏で何か問題でも?」の章からの引用。

「貧乏は金の不足が生み出すのではない。
貧乏は『貧乏コンシャスネス』が生み出すのである。
誰でも他人の所有物を羨む限り、
貧乏であることを止めることはできない。
そして、たいへん困ったことに、資本主義市場経済とは、
できるだけ多くの人が
「私は貧乏だ」と思うことで繁昌するように
構造化されたシステムなのである」

 「びんぼう」は、大滝詠一氏のソロ初期の傑作である。
ひらがな表記は、日本語のロックの先達だったことを
かすかに思い出させる。
「貧乏」と「貧困」(貧しさだったかもしれない)を
対比させて、「貧乏」には青春の爽やかさがある。
とか何とか書いていたのは、
かなり若いときの五木寛之氏だ。

日本で経済成長が鈍化しっぱなしなのは、
この「貧乏コンシャスネス」が変質したからだろうか。
経済成長なくして社会保障が成り立たないなんて、
なんか変な気がするのだが。


2012年1月 4日 (水)

ゴールデンピクニック

昨夜、激しい腹痛と下痢、下血まであったので、今朝
以前内視鏡検査をしたことがあった山岡胃腸科で受診した。
診断は虚血性腸炎。
絶食と絶対安静で腸を動かさないようにしなくちゃいけない。
そこで思い切って、再春荘病院に入院しました。
一週間ほどの予定です。

2012年1月 1日 (日)

あの曲を聞かせて

去年の正月は、どういうことを書いていたのだろうと、
ちょっと調べてみると、なんと元日には
もう年賀状を投函に行っているではないか。
今年は宛名書きがほぼ終了というところです。

2010年はと見ると、ジャニーズのカウントダウンに
感動していた。昨夜も見たけれど、
さすがにすごいパワーとヒストリーがある。
映画『未知との遭遇』も見たけれど、
群衆シーンは記憶通り。
先日のカントリーパークのクリスマスイベントと同じだった。
今の映画の尺度で行くと、実にのどかなものだが、
サスペンスの積み上げとかは、
基本形として勉強になるところが多いと思う。

さて、前のが削除されていたので、
またまたチャーリー・ドアの「涙のリクエスト」。
ライヴで音も演奏もイマイチだが、
時代を感じさせるので、これを・・・

« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »