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2011年10月 3日 (月)

ジェーンズと日本初の男女共同参画

10月1日 土曜日

熊本市男女共同参画センターはあもにいにて。

「ジェーンズが残した日本初の男女共同参画」
講師/ジェーンズ邸館長 黒田孔太郎氏

明治4年、ときの熊本知藩事細川護久が、
熊本洋学校を作るに当たり、
アメリカから招いたのが、リロイ・ランシング・ジェーンズ。
映画『ラスト・サムライ』でトム・クルーズが演じた
オルグレンのモデルと言われたが、ウィキペディアでは
別の人物になっていた。
当時来日した人物が複数合わさっていても不思議はない。

熊本洋学校は最初男子だけの学校だったけれど、
途中で二人だけとはいえ、女子も入学する。
それが日本初の男女共学と言われるゆえんだ。
寺子屋とかではなく、公立の学校においてですね。

キリスト教に傾倒する生徒が出てきたことで、
熊本洋学校は廃校になる。
その後、京都の同志社に移った生徒の中からは
各界のリーダーとなる人物が多く生まれた。

なんで熊本から出て行くことで活躍する人物が多いのか。
それは論争好きで、議論倒れになりやすい、
熊本の県民性があるのではないかと黒田氏は指摘された。
良く言えば、自由にものが言える風土であるとも。
熊本人としては耳が痛い。

もう一つ。
ジェーンズは、ウェストポイント陸軍士官学校出身の軍人だが、
退役後農業をやっていた時期もあるらしく、
日本に、というか熊本に
キャベツ・レタス・カリフラワーを始め、
オクラ・グリーンピースなどの種子を持ち込み、
栄養不足の改善のために、栽培を奨励したらしい。

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