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2011年7月17日 (日)

原子力防災を考える

熊本市内はゆかた祭りで、
猛暑の真昼間から、浴衣姿を見かけた。

地震にしても、原発事故にしても
ときところを問わず起きる可能性はある。
映画『ターミネーター』の最終戦争のように。

いざというときの備えは必要だ。
「いざというとき」がなければ、それに越したことはない。
しかし、たとえば原発が稼働している限り
事故が絶対にないなんてことは言えない。
事故の影響を最小限に押しとどめるのは、
技術であったり、行動であったり。

災害の程度をいくつかの段階に分けて、
その影響をシミュレートして、
その際の、避難誘導、人的配置などの計画を立てておく。
計画通りに動かすには変数が多すぎるとは思うが、
結局想像力の問題なのではないか。

想像力の問題だということは、
あり得ないことはない、ということを忘れないということ。
失策を非難することではなく、
次のステップを早く見つけて、
手や足を早くそれに掛けることが必要だ。

原発が廃止されても、
核廃棄物の処理、保管に課題は残る。
核に関する技術はさらに研究されなければならない。
そうなると、またさまざまな危険が伴う。
人間はえらいものを手に入れてしまったものだ。






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