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2011年6月14日 (火)

忘却のこちら側

先週の土曜日、
豪雨の中、レターバス右回りに乗って、
再春荘病院前で降りたのはいいけれど、
もちろん外は土砂降り(「チューチューガタゴト」by細野晴臣)
恵楓園までずぶ濡れ。

正門を入ると、
父の背中におぶられて病院に連れて行ってもらったことを
思い出していた。
あれは、いまは菊池養生園になっているが
昔の菊池病院だっただろうか。
再春荘だったかもしれない。
幼いときは体が弱かったから。

小学4年生の秋、
母方の祖父が交通事故で亡くなった。
誰が名付けたか、交通戦争と呼ばれた時代。
祖父は太平洋戦争で、左太ももの内側に
砲弾の破片を被弾して、傷痍軍人となった。
生きて帰れたけれど、
まさか交通戦争の犠牲になるとは
思わなかっただろう。

当時は、夕方のニュース番組の最後に、
全国の交通事故件数とその死者の数が、
まるで天気予報みたいに流されていた。
私は三人きょうだいだったけれど、
交通事故死者がゼロのときは、
妹弟三人で、良かったねって心底喜んだものだ。
もうみんな忘れていると思うけれど、
昭和40年代は、そういう時代だったんだよ。

昭和45年には、16,765人が交通事故で亡くなっている。
1日45.9人。


5月16日の熊日夕刊「雑誌コンシェルジュ」は、
文芸誌「文藝」の高木れい子編集長。
インタビューで触れられるのは東日本大震災のことだが、

「言葉には人に力を与えるという側面もあるけれど、
忘却と戦うという力も大きい」

「絶対に忘れてはいけないことが風化しそうになったら、
長期的なスパンで言葉が戦わなければいけないと思う」

忘れてはいけないことは、
世の中に一つや二つではない。



交通戦争もので忘れられないのは、
雑誌「ボーイズライフ」に連載されていた公募ページ
「1000字コント」の入賞作か佳作だったか。
ある未来のどこかの世界での話。
子どもがおとなになるために
どうしてもくぐらなければならない難関があった。
それはクルマがノンストップで何十、何百台も往来する
目の前のとてつもなく広い車道を
無事に向こうまで渡りきるという儀式である。
一応途中には安全地帯という島が用意されてはいるが、
ずっとそこにいるわけにはいかない・・・

この理不尽な不条理な設定。なんか見覚えが・・・
そう後年話題を呼ぶことになる『バトル・ロワイアル』
と基本的にはおんなじ。
そういう話は誰でも思いつくんだろうね。



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コメント

うーん「言葉」か…。
マスコミの人達がこういう場合に使う「言葉」ということばに、どうしても違和感を感じてしまう。
朝日新聞のジャーナリズム宣言(だったっけ?)にも、「…私たちは言葉の力を信じ…」というような一節があったように思うけれど、ここは「言葉」でなくて「文字」であるべきだと思う。
(当然ながら同じ意味で使用されているのだとは分かっているけれど)「言葉」ということば自体には、「記録」という重要な部分についての意味が希薄だという感じを持っているので「言った、言わないのレベルまで落ちちゃうよ」という気がするのだ。

文字として(媒体に記録された映像や音声も含めて記録として)残らなければ、まったく意味がない、とまでは言わないけれど、残っていれば次に繋がる(可能性は少なくとも皆無ではない)。

藤沢周平の「二人の失踪人」、吉村昭の「漂流」(この2冊は江戸時代の地方の行政記録文書がもとになっている)、フレッド・コイルの「(タイトルは忘れたけど、ハード軍事スリラー シリーズの内の一冊)」(これは登場人物の軍曹が、本隊からはぐれ孤軍となった時点から毎日克明な日誌をつけ始める)などを読むと、「やっぱり言葉の力ではない、文字の力だ」という思いを強く感じる。
山本七平の「私の中の日本軍」が、特にその最後の部分が私を、強くググググゥと揺さぶって以来、このことにこだわるようになってしまったのでした。(ほら、あるでしょ、どうでもいいことかもしれないけど、ちょっとコレだけはダメなのよ、って言うやつ。これがそうなんですね。)

でも、引用が短くて文脈がわかんないからねぇ!。

そうです。全文引用しても大した量ではないのですが、
やっぱりそれでは、引用ではなくて盗用なので・・・

改めて元記事を読むと、「言葉」とせずに
複数形、でも「言葉たち」なんてのは変なので、
「文章」とかを用いるべきかも。

最後に「言葉は、読み手が選ぶもの。
読み手が必要だと感じたときに、寄り添えるような
言葉を伝えていけたらと思います」とあるので、
それは「言葉」ではなくて、言葉が表現する概念であったり、
情景や情念とかそういうものを指しているものと思います。

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