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2009年11月24日 (火)

民主党の政治主導とは

11月14日熊日の「視座」は、
佐伯啓思 京大大学院教授。

「民主党が、あまり大きな政策ビジョンを打ち出さず、
政治主導という概念を政権のキーワードにしたのは、
政治主導によって『国民のための政治』が
実現されるとするからである」

それは、自民党政治の問題点を、
「官僚」は「国民」の敵という構図に簡略化することでもある。

「しかし、気になるのは『国民のための政治』という時の
『国民』である」

そうだ。もっといかがわしい「消費者」、
あるいは「生活者」なんて言葉もある。
何かを語るときには、ものごとを一般化、
あるいは抽象化しないことには、まとめようもないが、
国民の一人ひとりが、
いかにも「国民」の中に含まれていると
自動的に思い込んでしまうのは、ちょっとなあ、である。

「そもそも『国民』という、
ひとつにまとまった何かがあるわけでもないし、
実際には、さまざまな利益や関心をもった
多様な人々の集団にほかならない」

だから、民主党の目指す「国民のための政治」は、
もうひとつのバラマキになるか、
あまりに「国民」を意識しすぎて、
支離滅裂なものになってしまいかねないと
教授は危惧する。

「官僚という壁を取り外せば『国民』の利益が実現する、
という名分に寄りかかっているのだ」

「しかし、本当の政治主導とは、政治が、
あるべき国家像や将来の社会像を提示して、
ある方向を打ち出し、
国民を引きつけてゆく指導行為ではなかったろうか」

もちろん、民主党は政権を取って間もない、
赤子であるので、
そんないきなり政治主導が実現できるわけないが、
パフォーマンスで国民を惹きつけることに
一所懸命になってはいけませんね。





Politics for the nation.

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