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2009年10月 3日 (土)

裁判員映画『審理』

今朝の熊日朝刊に、
酒井法子被告主演の裁判員制度広報用映画『審理』の
公開中止について、
切通利作さんの再公開を求める意見が掲載されている。

切通氏の映画評は、
 「ごく普通の主婦の視点で、
 裁判員制度に臨む人たちに、
 人が人を裁くのではなく、罪を裁くのだということを
 わかりやすく説いていた」
である。

監督が、末期がんで、命を刻むようにして作ったことについては、
作品の評価に含めてはいけないという考えもあるだろう。
しかし、映画はアートである。
監督の人生が投影されるものだし、
これが最後の1本と定められたような状況で、
冷静に仕事をこなせるだけでもすごいが、
それを見る側が、それを意識するかしないかは別にして、
やはり、作品として、いつでも鑑賞できる状態に置くべきだ。

 「容疑の段階でいちはやく自粛してしまった最高裁の
 あまりに迅速な対応は、
 公平な裁判員制度について描く広報映画への措置として
 性急だったのではないかと、私個人としては思う。
 裁判員制度の意義を考えても、
 被告への予断を許さないということは
 外せないテーマなのだから」

作品そのものの評価と、出演者、監督の所業を
どこまで一体とみなすのか。
最近では、ロマン・ポランスキー監督の拘束もあった。
しかし、作品は別物だ。
ただ、制作者である最高裁の非公開選択自体には、
業務上取りたてて言われる筋合いはない。
逆に公開を続けていた方が、批判されていただろうから。
しかし、だ。
求めるのは、再公開である。

ここで課題にすべきは、
広報用映画は、芸術作品になれないのか、かもしれない。
芸術だったら、モラルもへったくれもないのか、
と、私個人に対する批判があれば、
それは受けて立とう。

公開を求める署名サイトは、こちら

切通理作さんのブログは、こちら





Can you call the public information movie art?

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