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2006年10月28日 (土)

美しい「日本の建築」とは

 10月22日付熊本日日新聞の読書欄で、五十嵐太郎編『見えない震災』の書評を読む。評者は建築家中村研一氏。
 耐震偽装問題について「社会全体が悪者探しに奔走し、いたずらに震災に怯える風潮に、五十嵐太郎氏は危機感を抱く。建築を投機の対象ではなく共有の社会資産ととらえる成熟したまちづくりへの気運が、一部のマスコミによってあおられた震災への恐怖から衰退してしまうのではないかと危惧されるからだ」と書かれている。
 著者は「高度成長を支えていた戦後のスクラップ・アンド・ビルドの促進こそが、実は静かな震災ではなかったのか」と問うているらしい。
 読まずに書いていいのかと言われそうだが、一を聞いて十を知ると言うではないか。

 アメリカでは、古い建物を改造して、高級マンションとして高額で売り出して成功しているという話を、どこかの新聞で読んだが、確かに公共建築物など写真で見てもかなり荘厳なつくりが多い国である。
 地盤が強固な場所も多いだろうけれど、面積も広いので建築に対する考え方も違う。そこには歴史の浅さに対するコンプレックスもあるかもしれないが。

 10月17日の同じ熊日には、「標点」というコラムで共同通信の平本邦雄記者が「国際的『現代建築』の危機」について書いている。取り上げられたのは、黒川紀章(今年度文化功労者)設計の東京・銀座「中銀カプセルタワービル」。このたび区分所有者が建て替え方針を決定したらしい。
 
 記事によると、集合住宅の再生事業に詳しい松村秀一東大助教授は、日本と欧米の公共意識の差異を挙げている。「優れた建物はその都市の景観や歴史に意味を持つ。自分の土地だから勝手に建てたり、壊したりしていいわけではない。建築物には公共性がある」というわけだ。
「欧米ではギリシャ・ローマから現代まで建築の流れが続いているが、日本では伝統建築と近代建築は文化的にも技術的にも連続性がない。明治以降の建築は心の底からの共感、愛着を持たれていない気がする」とも。

 日本にとっての近代は、いつまでも借り物というわけでもないだろうに。やはり国土の狭さが与える影響は大きいと思う。

 そして、10月24日付熊日に、歌舞伎研究家のフェイス・バッハさんというアメリカ人女性の「歌舞伎座建て替え 再考を」という記事があった。
 戦後まもなくの映画で見られる歌舞伎座で撮影されたシーンが「戦災で気を落とした国民にとっては、『日本文化は確かに生き残っている』というメッセージ」になったのではないかと彼女は書いている。
「日本文化の一つの象徴ともいえる歌舞伎座は、もはや一企業のものではない。多くの人に愛される遺産が、効率優先の犠牲となって失われようとしているのに、なぜ日本の人たちは平気でいられるのだろうか」と。

 日本人はそういう国民なのだ。そう簡単には変わらない。安倍ちゃんの「美しい日本」では想定していない部分であろう。
 

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